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aikoのまとめ [音楽]

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近くに古本などを扱うリサイクルショップがあって、以前は何軒かあったんですが、皆つぶれちゃって最近利用しているのは1軒のみ。でもその店は歩いて行ける距離にあります。それでこの前、小西康陽の本を読んだことを書いたんですけど、DJに使うためにはシングル盤がいいんだというお話で、う~んそうかシングル盤か、シングル盤ならいいんですね、とCDシングルを買ってみたけれど嵩張るばかりで、音楽はすぐ終わってしまいますよね。もちろん小西先生が言っているのはアナログのドーナツ盤のことで、こういうCDシングルのことじゃないんです。わかってないなぁ。

いや、これはつまりわかってるんだけどわかってないフリしてるだけで、単なるシャレです。CDシングルっていうのは一種のプロモーション用というか宣材のような気もする。しかも昔のシングルCDっていうのは、すごく小さい直径 (8cm) で、長方形のパッケージに入っていたけど、さすがに最近見かけません。あ、でも先日タワレコで安斉かれんというポスト・ギャル系みたいなデビュー盤を無料で配っていましたがこれは小さなCDで懐かしさを感じました。懐かしいとは言っても新品の8cmCDを新品で買ったことはないんですけど。それなのにノスタルジアを気取りたいのか、いまさらって感じもするけど、こうしたムリムリはプロモの仕掛けとしては楽しいのかもしれない。タイアップしてるM・A・Cとしてはベージュ系のリップが売れてた頃のブーム再来を狙ってるのかもしれないけれど、う~ん。

ところでシングルCDの話ですけれど、これも初回限定盤とかあるみたいで、それだとDVDが付いていたりその他のオマケが付いたりしてなかなか面白い。そのリサイクルショップで、たぶんコレクターの人が手放したのだろうと思われるPerfumeのシングルがあったので10枚くらい買いました。写真集とかシールとかもそのまま入っていて、ほとんど新品というか、うち2枚は未開封でした。うわ、オトナ買いだとは思うんですが、でも1枚180円。ちょっと高いかな。昔は50円か100円だったのにぃ。

で、その中古CDの中に、これはシングルCDではないんだけれど、aikoの《まとめ》というのが棚に並んでいて、さすがに180円ではなかったのですが、これはどうもベスト盤らしい、ふたつあってひとつは赤い箱、もうひとつは青い箱で、これも面白いかもしれないと思って買ってみたのですがホントに面白かったのです。
その面白かったことというのはベスト盤の曲の入っているほうのCDじゃなくて――あ、もちろん曲もあのぐにゃぐにゃ屈折するaiko特有のメロディラインで楽しめるのですが――オマケに付いてるCDのことで、「aikoのオールナイトニッポン」 というタイトルが付いています。オールナイトニッポンという深夜の番組があって、aikoはそれを担当していた時期があったそうなんですが、それの再録ではなくて新たに、あたかも番組のようにして収録した録音がこのCDということらしい。
ただ私には弱点があって、というのは私は深夜放送というのを知らない。深夜のAMでそういう放送があったということは知識としては知っているんですが、実際に聴いたことはほとんど無いに等しいんです。深夜放送というのは受験勉強を夜にやっていて、それをやりながらラジオ聴いていたらラジオのほうが面白くて、結局勉強できなかったというような話をよく聞きましたが、そもそも私はオバカで勉強しなかったので。で、深夜放送を知らないということもそうだし、駄菓子屋を知らないというのもそうだし、あと何かなぁ、知らないことっていうのはとことん知らないのです。まぁよくあることといえばよくあること。ずっと日常的な家並みの道を歩いてきたのにカドを曲がったらそこはずっと向こうまで無機質な白い塀が続いているだけで風景が欠落してしまったような軽いショック、みたいな意外性というのか、そういうのが人間の経験とか記憶の中にもきっとあるんじゃないかと思うのです。
ですからこういうフェイクな深夜放送みたいなのを聴いてもこれが果たしてその当時の再現なのか、それともちょっと違うんじゃないの、と思うのかが私には判断できなくて、それを実際に知っている人とそうではない人とでは受け取りかたにきっと差があるんだろうと思います。

その内容としては、aikoの曲もちょっとはかかるしジングルみたいなのもあるんだけど、でもほとんどはひとりで喋ってる。そのときBGMがかかってるわけではなくて、ただ喋っているだけのその背後にシンとしたスタジオの空気感が存在しているのが伝わってきて、その音にあらわされない空気感がよくて、これは夜っぽいなとも思いますし、オンエアという言い方をしますけど、あぁ、エアなんだ、つまり言葉が電波に乗って空気中を伝わってラジオで受信されるという魔法のようなシステムが実感できます。っていう素朴な感想がまるでオコチャマ。
(TVっていうのはたとえニュース番組でも常に背後がざわついていて、ほかの番組だともっとそう、常に音楽やざわめきや何かがあって、つまりノイズの上に乗った言葉がある。でもラジオはそうではない。)
でも一日経つと、何が話されていたのか全然記憶に無くて、ただ面白い話だったなぁとか、大阪弁メチャいいなぁとかそういう印象だけが残っていて、だからそれがAMの味なのかもしれないとも思います。FMの音のほうがきれいだけど、FMの音には何かのキモチワルイ成分も少し入っていてAMにはそれがなくて庶民的です。
話されている内容は結局どうでもいいのかもしれない。たとえばお得なランチとか安い居酒屋での集まりとか、そこでの話はきっとほとんどがどうでもいいことで言葉はことごとく空気の中に消えてゆく。でも残るべきことというのはたぶんもとからそんなに無いんだ、と思うと、記憶なんてどうでもいいんだと思えます。来る日も来る日も前の日の繰り返しのようで、そのうちにどんどん時が経っていってこれは魔法というより騙されているだけなのかもしれないと思いながら時は経ってしまうものなのだから。


aikoの詩。(ポニーキャニオン)
aikoの詩。(初回限定仕様盤 4CD+DVD)




aiko/横顔
https://www.youtube.com/watch?v=Cd3xak-bpg8

2002.09.07 POP JAM
https://www.youtube.com/watch?v=_Jj06KKZCis

尚、現在販売されている《まとめ》の通常盤にはaikoのオールナイトニッポンは収録されていません。
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ルツェルンのユジャ・ワン [音楽]

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Yuja Wang

ユジャ・ワンの別の演奏を探していたとき、たまたまYouTubeで見つけたプロコフィエフがあったのでそのことについて書いてみたい (尚、前回書いた簡略な記事はこれである→2018年05月12日ブログ)。
ユジャ・ワン (Yuja Wang, 1987-) は中国人のピアニストであるが、かなり多くの録音がリリースされていてとても追い切れない。彼女はテクニックのことばかりが言われるが、問題はテクニックではなく、難曲の中からどのようにその作品のテーマを、あるいは情感を汲み取れるか否かにある。

プロコフィエフの〈トッカータ〉(toccata d-moll, op.11) は1912年、まだサンクトペテルブルク音楽院に在学中の21歳のときに書かれた小曲である。1912年にはピアノ・コンチェルト第1番 op.10、ピアノ・ソナタ第2番 op.14などが書かれているが、それらは若きプロコフィエフの才能が開花し始めた頃であるとともにロシア帝国の末期であり、それ以後の彼の一生を考えると、最も幸福な音楽環境の時代だったといえるのかもしれない。1917年にロシア革命が起こり、ロシアはソヴィエト連邦となるが、共産主義とは文化芸術を蹂躙するだけの政治体制であり、それは彼の死まで継続してその才能を阻害した。

プロコフィエフの〈トッカータ〉はシューマンの〈トッカータ〉に影響されて作られた曲だという。どちらも急速ないわゆる常動曲で、延々と積み重ねられてゆくリズムの動きと全体の佇まいが確かに似ている。だがもちろんプロコフィエフのほうが現代的であり、無調に近い。
どちらも短い曲でありインパクトがあるので、アンコール曲とするのには好適である。シューマンの場合、唯一、繰り返し出てくる明確なメロディのようなものがあるが、その弾き方でピアニストのスタンスがわかるような気がする。シフラはそのメロディを大切に叙情性をこめて扱うが、ポゴレリチだと他の部分とそんなに分け隔て無く、均等に弾いてしまう。リズムに対する感覚もシフラとポゴレリチは対照的で、シフラは全体的に流麗、ポゴレリチは棘がある。私の感じ方では、シフラには 「シューマンなんだからこのくらいの感じで」 とする予めの意図があり、ポゴレリチには 「シューマンでも現代曲でも同じじゃん!」 とする均質化の認識があるように思える (もっともポゴレリチは現代曲や現代曲に近い曲は弾きそうにない。なぜなら古典を弾いても現代曲風だからなのだが)。

さて、ユジャ・ワンのプロコフィエフの〈トッカータ〉だが、下にリンクしたのは2018年ルツェルン音楽祭におけるライヴで、プロコフィエフのピアノ・コンチェルト第3番の演奏後のアンコールの映像である。彼女は繰り返しプロコフィエフのコンチェルトを演奏しているので得意曲だと思われるが、同じプロコフィエフを得意としているピアニストにエル=バシャがいて、そのエル=バシャの同じ曲を較べてみると面白い。エル=バシャのほうが音の輪郭がかっちりとしていて厳格だが、しなやかさではユジャ・ワンのほうが聴きやすくて心地良さがある。
かつてエル=バシャの弾いたプロコフィエフのソナタ第2番を聴きながら、私は同曲のリヒテルの弾き方について不満があると書いたが (→2012年06月17日ブログ)、もっと言えばリヒテルってこの曲がわかってないんじゃないの? というくらいの疑いだったのだが、逆にいうとどんどん現代的に弾いてしまうと、このプロコフィエフに付随していた時代の色彩がふり落とされてしまうのかもしれない、とも今になると思う。だが同時にそんな時代の古びた色彩など消し去ってしまったほうがいいと考える自分も同時にいて、なぜならプロコフィエフの作品はそれだけで自立しているのだから歴史という泥臭い幻影など不要だとも思うのだ。

そしてユジャ・ワンのピアニズムには余裕があって、だからこの複雑でわかりにくい曲想から立ちのぼってくる香気が、若きプロコフィエフの言葉を紡ぎ出しているようにも聞こえる。プロコフィエフのほうがショスタコーヴィチよりわかりやすいのは、彼がショスタコーヴィチほど屈折していないからだろう。
バルトークの弦楽四重奏曲がベートーヴェンの後期の弦楽四重奏曲に対するオマージュであることは、全く関連性の無いような印象を持ってしまうかもしれないのにもかかわらず自明のことであるが、そこに存在するバルトークの屈折した心情とは異なり、このシューマンとプロコフィエフのトッカータの近似性はもっと具体的で、それは単純なテクニックの積み重ねによるメカニカルな表現が、作曲家の抽象性への美学に対する共有感覚として同一だからである。
そうしたアプローチは若きプロコフィエフがその後に経験することになる革命という名の愚劣で悲惨な状況の裏に潜むくだらなさとか、その後のジダーノフ批判というような痴呆的で愚鈍な腐敗をあらかじめ無意識的に予想し無化していたように私には感じられるのだ。音楽は政治性という醜悪な圧力には無力であるが、それゆえに醜悪になろうとする素地を持たない。

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Abbado, Wang/Lucerne Festival, Mahler, Prokofiev (Euroarts)
Lucerne Fest / Mahler Sym 1/ Prokofiev Piano Cto 3 [Blu-ray]




Yuja Wang/The Best & Rarities (Deutsche Grammophon)
Best & Rarities




Yuja Wang/Prokofiev: Toccata op.11
As broadcasted by ARTE TV. Lucerne Festival 2018
https://www.youtube.com/watch?v=AVpnr8dI_50

Abdel Rahman El Bacha/Prokofiev: Toccata op.11
https://www.youtube.com/watch?v=XYFpfFsbshk

《参考》
Ivo Pogorelić/Schumann: Toccata op.7
https://www.youtube.com/watch?v=EUHobIa3TL0

György Cziffra/Schumann: Toccata op.7
https://www.youtube.com/watch?v=NncHj0BKCps

《参考の参考》
Yuja Wang/The Best & Rarities (アンコールなどのベスト盤)
https://www.youtube.com/watch?v=yIAk61xEZ80&list=PLkLimRXN6NKxB7z1YvaIxkEWWjatj4Oi9
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フランソワ・クープラン《Les Nations》 [音楽]

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François Couperin

バッハの時代以前に遡ることへの私の興味は、リチャード・パワーズの『オルフェオ』がきっかけである。主人公エルズと彼の幼なじみだったクララは大人になってからイギリスで再会するが、もはや彼女は新しい音楽への興味を持った才気煥発な女の子ではなく、バロックとバロック以前の古風な音楽に絡め取られていて、エルズは彼女から神々しさが失われていると感じる。古風な音楽は一種の迷宮であり、そこに深入りし、奏でられる音楽をエルズは 「永遠に忘れ去られていたかも知れない不揃いな真珠」 と形容する。それは幻滅と訣別を意味し、エルズはクララを捨て去るのだが、クララの神々しさを失わせた音楽の迷宮とはなにかということに私はかえって惹かれたのだった。クララが輝きを失ったのは、その生命を古楽に吸い取られたからである。では彼女を形骸化してしまった魔の音楽とは何だろうかというのが私に与えられた命題のように思えた (パワーズ『オルフェオ』については→2015年10月23日ブログ参照)。

だがスウェーリンクもそうだしシャルパンティエもそうだが、そんなに簡単に答えは出ない。シャルパンティエからマラン・マレへと視野が広がっていくことによって闇はさらに曖昧になり、深い森はさらに深くなる (マラン・マレについては→2019年05月01日ブログ参照)。そのラインハルト・ゲーベルのアルヒーフ盤《Le Parnasse français》のセットの中にあるクープランを聴く。以下は初心者バロック・ファンのひとりごとなので、見当外れなことがあってもご容赦のほど。

フランソワ・クープラン (François Couperin, 1668-1733) はフランスのバロック期の作曲家で、J・S・バッハ (1685-1750) よりやや前の人である。でもクープランというと、クープランより《クープランの墓》のほうが有名なのかもしれないという危惧もある。
ラヴェルの《クープランの墓》の中には〈リゴドン〉という曲があって、あたかもセリーヌのようだが、ラヴェルの命名は昔の舞曲配列のイミテーションであり、そしてリゴドン (rigodon あるいは rigaudon) には鐘の意味もあるという。同じラヴェルの曲にある〈鐘の谷〉の cloche とはどう違うのだろうか。というようなことは単なる些末な連想に過ぎないのでどうでもいいことなのだが。

クープランでもっとも重要で有名なのはクラヴサン曲集であるが、ゲーベルのセットに収録されているのは《Les Nations》(1726) という室内楽であり、それは4つの組曲からなっている。ordreという序数を使い、1er ordreから4e ordreまであるが、それぞれが La Françoise, L’Espagnole, L’Impériale, La Piémontaise と名づけられているのがまさにレ・ナシオンであって、しかしこれらは以前に書かれたトリオ・ソナタが元になっているとのことである。1erがトリオ・ソナタ《少女》(La pucelle, ca,1692)、2eが《幻影》(La visionnaire, ca.1693)、4eが《アストレ》(L’Astrée, ca.1693) に対応する (1er ordreがwikiではLa Françaiseと表記されているが、アルヒーフのパンフレットでもIMSLPの楽譜タイトルでもLa FrançoiseとなっているのでLa Françoiseとする)。

構成はどの組曲もほぼ同様で、最初に比較的長めのソナタが置かれ、その後に舞曲が Allemande, Courante, Sarabande といった伝統的な順序で配列される。ただ、クーラントの後にはスゴンド・クーラントがあり、組曲終結部はGigueで終わったりMenuetだったり、定型的ではない。2eのL’Espagnoleの場合、終曲はPassacailleだ。しかし1erでは7曲目にChaconne en Passacailleがあり、その後、Gavotteがあり、Menuetで終わる。
それよりも認識を新たにしたのは、パッサカイユ (つまりパッサカリア) が、たとえばバッハの《パッサカリアとフーガ》を聴いて知っているようなパッサカリアかと思うと、全くそうしたパッサカリア的曲構造を備えてはいないことである。それは定型的な舞曲の曲名とその出現順である Allemande → Courante → Sarabande の流れを聴いても、バッハのようにそれぞれの舞曲がその舞曲特有の基本パターンを備えていて、それを展開させるという技法とはやや異なるのではないか、という印象を受けたのである。
話がわかりにくいかもしれないので、パッサカリアを例にとると、バッハの場合、パッサカリアは低音にテーマの繰り返しがあって (オスティナート)、その執拗なルフランの上に異なる幾つもの変奏が乗って行く構造であるというようなイメージがある。しかし、クープランのパッサカリアは、これパッサカリアなの? というように、どこがパッサカリアなのかがわからない。それはバッハのパッサカリアのような特徴的なクリシェが出現しないからなのである。
しかしそれは間違いであることがわかってきた。つまりバッハのパッサカリアはバッハの提示したパッサカリアであって、それは一般的に示されるパッサカリアではないのだ。パッサカリアはシャコンヌ (チャッコーナ) と対比して考えられる変奏曲の形式に過ぎず、パターンそのものの定義はもっと緩いものであるように思われる、というのがとりあえずの私の理解である。

ja.wikiのアルマンドには次のような解説がある。

 16世紀のフランスでは 「地面に足をつけた中庸の遅さ」 (トワノ・アル
 ボ 「オルケゾグラフィOrchésographie」 1589年) の2拍子のダンスで、
 組になった男女が列を作って進みながら踊るダンスであった。パヴァー
 ヌに似ているが、それよりは若干速いとされる。この時代のアルマンド
 のダンスは、アルマンド本体、retourと呼ばれる同じリズムの部分、そ
 れに続き拍が3分割されるクーラントと呼ばれる部分で構成されていた。
 イタリアに移入されたこのダンスも、同じようにアルマンド本体と3拍
 子のコレンテ、またはサルタレロなどが組になっていた。

コレンテはクーラントのイタリア語読みであり、この解説によるとアルマンドとクーラントはセットとして考えられていたように思われる。fr.wikiには 「Dans la suite de danses baroque, l'allemande occupe en général la première place avant la courante;」 とあり、en.wikiのアルマンドの項にも 「paired with a subsequent courante」 と記述がある。

少し前にヴィヴァルディを聴いていて、通俗的だと今まで思っていた音の中に何か異なる意味があるようなことに突然気がついた。イタリア・バロックもフランス・バロックも、延々と同じパターンの繰り返しのように聞こえて変化がない、と私は思っていたのだが、その微妙な変化しかないことこそがラテンのバロックなのだ。ドイツは、特にバッハは、その論理性で楽曲を明快に構成し変化させ築き上げる。だからアルマンドとクーラントも区別がつくように切り分けられている。だが、たとえばクープランはそうではないのだ。単純な符割りのように思えてそこに複雑なリズム感覚が存在している。アウフタクトのようにして始まりながらいつの間にかそれが解消され、どこからかまた変わってゆくような眩暈のリズム。でもそれは意図して作り上げた錯誤のリズムではない。拍動は必ずしも一定しないこと、つまり縦線の存在が弱いのだ。だからそれが2拍子であっても3拍子であっても、その差異を寄せ付けない何かがあるような気がする。緩いのだけれどだらしなく緩いのではなく、バッハ以降の厳密な感覚とは異なるゆるやかな縛りをそこに聞くのだ。


Reinhard Goebel/Musica Antiqua Köln
Le Parnasse français (Archiv)
Various: Le Parnasse Francais




Les Ombres/François Couperin: Les Nations (ambronay)
F.クープラン: 諸国の人びと - 3声の合奏のソナタと組曲(全曲) (Francois Couperin : Les Nations / Les Ombres - Margaux Blanchard, Sylvain Sartre) (2CD) [輸入盤]




Les Ombres/François Couperin: Les Nations,
premier ordre ”La françoise”
Chaconne en Passacaille
https://www.youtube.com/watch?v=ELMFYdZuvM8

Reinhard Goebel, Musica Antiqua Köln/
François Couperin: Les Nations (1er et 2e 全曲)
Chaconne en Passacaille は15’55”~
https://www.youtube.com/watch?v=seM902c432Y
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小西康陽『わたくしのビートルズ』を読みながら [音楽]

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さて、小西康陽の『わたくしのビートルズ 小西康陽のコラム1992-2019』を読んでいて、実は最後の日記の部分をまだ読み終わっていないのだけれど、簡単に感想を書いてみよう。

小西康陽は作詞・作曲・編曲家であり、ミュージシャンでありプロデューサーであり、こうした文筆家でもあり、そのバンド 「ピチカート・ファイヴ」 は有名なのか、それとも知る人ぞ知るなのか、つまりオーディナリーなのかカルトなのか、世間的な評価はどの程度なのだろう。
でも、あんなところにもこんなところにも名前のある才人である。たぶん一番有名なのは、本人も書いているが〈慎吾ママのおはロック〉だろう。この曲の作詞・作曲・プロデュースが小西康陽である。
ただ、この本を読んでいると、DJに対するマニアックでものすごく深い入れ込みように驚く。DJという作業そのものに私は無知なのだが、音楽をその場の空気に合わせて次々とつないてゆくのはテクニックというよりもインスピレーションとセンスで、単純に曲を垂れ流しでかけてゆくのとは違うのだということがわかる。

小西のもうひとつのこだわりは最近になって嗜好が復活し、再び見始めたという映画で、その2013年から始まる映画メモによれば、年間500本以上、最も多いのは2014年に726本を観ていて、そのほとんどが日本の古い映画であり、しかもいわゆる名画座のスクリーンでしか観ないのだそうである。自宅でDVD等を鑑賞するのではないのだ。
私は異常に映画を観ない人間なので、小西康陽のタイトルリストは暗号のようにしか読めないのだが、おそらくその沈潜度に対する世間的評価はカルトなのだろうと思われる。

いわゆる渋谷系といわれる音楽に対して私は最も遠い位置にいたし、ピチカートに対してもところどころのポイントでしか知らないし、CDもユーズドで何枚か聴いただけだ。これではいけないと思ったので最近再発された1stの《couples》はCDもLPも持っている (だけではダメなんだけれど。だんだんと遡って買いますのでお許しを)。たまたま《couples》だったのに過ぎない。だから以下は、不失者ならぬ不案内者による感想であることをあらかじめおことわりしておくのである。

DJにおける小西康陽のこだわりは7インチアナログ盤である。アナログ盤でしかかけない、というポリシーがあるようで、いわゆる45回転のドーナツ盤である。しかも、どうも国内盤がいいらしい。ドーナツ盤という言葉を久しぶりに聞いたような気がして、でもドーナツから連想してしまうのはオサムグッズだったりして、でもオサムグッズそのものが懐旧的過ぎるがそんなことはどうでもよくて、ドーナツ盤の利点はただひとつ、穴が大きいのでターンテーブルに載せやすいというのがある。
レコードの扱いにうるさい人は、LPの中心の穴をスピンドルにぐにゅぐにゅと探ってストンと落としたりするやり方を 「ヒゲ付けちゃダメ」 と嫌うが、ドーナツ盤ならその心配もない (言い訳だけど)。
ジュークボックスというレコード再生機に使われていたのもドーナツ盤で、といってもリアルにジュークボックスという機械を私は2、3度しか見たことがないが、あの機械的な構造の不思議さと美しさがポピュラー音楽の原点のひとつにあるのかもしれないとも思う。

私にとって小西康陽が身近になったのは、ほとんどの評論家とかファンがけなすローリング・ストーンズの《サタニック・マジェスティーズ》を褒めていたこととか、この本の中のビートルズのマイベストの中に〈悲しみをぶっとばせ〉と〈ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア〉が入っていることとか、そういう些細な点で、この人信頼できると思ってしまったりするものなのだ (もっとも私が最初に〈悲しみをぶっとばせ〉を聴いたのは《ビーチ・ボーイズ・パーティ》で、他にも〈バーバラ・アン〉とか、あのアルバムは名盤です。持ってないけど)。
「真夜中のターンテーブル」 というエッセイには、自分がかけようとするシングルのリストが延々と続いているのだが、ザ・ビートルズ 「ペイパーバック・ライター」 のあとにピチカート・ファイヴ 「夜をぶっとばせ」 が続いていて、このへんのオシャレさがいいなぁと思ってしまう (p.174)。(念のためですが 「夜をぶっとばせ」 というのはストーンズのLet’s Spend The Night Togetherの邦題です。その邦題だけを借りたピチカートの曲です)。

それと冒頭の文章に出てくる南青山の嶋田洋書のこと。私には新しくなった移転先の店しか知らなくて、旧店舗は行ったことがあるのかどうか覚えていないが、そして新しい店でもほとんど本は買わなかったけれどあの佇まいが好きな店だった。原宿から表参道をあちこち寄り道して、最後に辿り着くみたいな憧れの店だったのに、でも良い店は必ず無くなってしまう。

どこを読んでも面白くてためになる本なんだけれど、気がついたところだけ書き抜いてみる。

 子供の頃に住んでいた渋谷区恵比寿・豊沢町のすぐ隣り、港区白金三光
 町では月に三度、九の付く日ごとに縁日があって、たくさんの夜店が並
 んだ。(p.53)

 食事のときに料理の写真を撮るのは行儀のよくないことだと知っている
 が、一枚だけ撮らずにはいられなくなってシャッターを押した。(p.55)

月に3回も縁日があるなんて極楽のような日々なのでは、と思う。「行儀のよくないこと」 という表現は私の亡くなった祖母も言っていたが、久しぶりに聞いた言葉で、そうだよなぁと心に沁みる。
私が東京都知事になったら東京の住所・町名を旧名に戻したいという言葉にも、さらっとした毒がある。確か小林信彦も同じようなことを書いていたが、なぜ行政は地名を無味乾燥な東西南北一二三みたいな名称に変換してしまうのだろうか。知性の無さがなせるワザなのだ。

 霞町、蛎殻町に笄町、田村町に箪笥町、鳥居坂町、一ツ木町、人形町に
 小伝馬町。あーあ、東京の地名は美しい。(p.245)

モニカ・ゼタールンドとスティーヴ・キューンのこと、Nice Girls Don’t Stay for Breakfastのジュリー・ロンドン、そしてチェルシー・ガールのニコのこと。うんうんと頷きながら読んでしまう (p.91, p.100, p.103)。

北野武映画の音楽に関する提言。

 それなら誰か北野監督に進言してくれないだろうか。あなたの映画は、
 音楽家に海外の巨匠を起用してもよいのではないだろうか。もっと重厚
 なスコアを書く人。少なくとも、オーケストラをデジタル音源で代用し
 ない音楽家。素晴らしい映画には、それなりの格調が必要だ。ひとが命
 を奪い合う映画なら、なおさらのことだ。(p.133)

かまやつひろしがまだ元気な頃、雑誌のインタヴュー記事から。かまやつさんは車にこだわりがあって、それもイギリス車が好きだったという。

 「昔ね、トゥイギーが持っていたっていうミニクーパーに乗っていたこと
 があるんです」
 「……鮮やかなグリーンのミニクーパーでした。内側はシートも中も真っ
 白でね。木が貼ってあるんです」 (p.155)

でもロンドンで撮影があって、そのとき、「撮影用のギターは当然ヴォックスの赤いティアドロップ」 がいいと言ったら、ロンドンにはレプリカしかない。「世界中の良い楽器はすべてニッポンのオタクが買い占めてしまった」 のだそう (p.151)。きっと日本のバブルがイギリスにまで影響してしまったのだろう。

山本リンダの〈きりきり舞い〉という曲について。作詞は阿久悠だが、小西康陽は阿久悠が嫌いらしい。それでこんなことが書いてある。

 ああ、近田春夫はこの曲を下敷きに 「ジョニーはご機嫌ななめ」 を作っ
 たのか、と気づくなら、よりいとおしく思えてくる歌だが、たった一行
 「祭が近いだけでも」 というラインの、祭、という言葉のせいで、ぼくは
 この歌をカヴァーするのをためらうだろう。(p.212)

祭という一言で山本リンダが一瞬、北島三郎になってしまうのだ。何と鋭い。
一方でゲンズブールの〈Je t’ame moi non plus〉を「この曲をただのヒップホップ/R&Bと理解することができた」 とも言っている (p.236)。う~ん。
そうした辛辣さは日記の中にもあって、たとえば、

 ザ・バンド 「南十字星」 や大瀧詠一 「GO! GO! NIAGARA」 を聴いた時
 のガッカリ感は一生忘れられない。 (p.328)

と書いたりする。はっぴいえんどを高く評価しながら、だからといって全てを絶賛というような一面性は存在しないのだ。
もうひとつ。日記の中に、

 フランソワーズ・アルディ 「私の詩集」 を聴いている。いつかこういう
 アルバムを作りたい、と思った直後に、もうこんなアルバムを作れるチ
 ャンスは無いだろう、と考えてしまう。(p.327)

アルディのこのアルバムのことは、以前に私も書いたことがあるが (→2015年03月16日ブログ)、さりげないこうした記述に、小西康陽に感じるシンパシィというか、むしろ尊敬の念は深まるばかりなのだ。

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わたくしのビートルズ 小西康陽のコラム1992-2019 (朝日新聞出版)
わたくしのビートルズ 小西康陽のコラム1992-2019




Françoise Hardy/La question (Virgin France)
La Question (Fra)




ピチカート・ファイヴ/東京の夜は七時(live)
https://www.youtube.com/watch?v=-wUeLbJy0zw

The Beach Boys/You’ve Got To Hide Your Love Away
https://www.youtube.com/watch?v=enmX8ToQRYg

Françoise Hardy/La question
https://www.youtube.com/watch?v=suHf_o5RQ-Q
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虹の彼方に [音楽]

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Livingston Taylor

小西康陽の『わたくしのビートルズ』という本を読み始めたのだが、ハードカヴァーの堅牢な本で、読んでも読んでも終わらない。なぜなら幾つものレイアウトで組まれていて、一番小さなフォントのページは4段組だったりするからだ。この、読んでも読んでも終わらないというのは私にとっては悦楽で、なかなか読み切れない本というのに魅力を感じる。書籍でも雑誌でもスカスカの中身だと買いたくなかったりする。文字がびっちり入っているほうがお得感もあると思う。これって貧乏性? でも『大菩薩峠』は読んでいないし、『グイン・サーガ』も30巻か40巻くらいまでは読んだのだが、ちょっとここどうなの? というラフな感じを受けた個所があってそこでやめてしまった。読書なんてそんなものなんだと思う。

でも『わたくしのビートルズ』はいわばエッセイ集だから、どこから読んでもいいし、好きなところだけ読めばよいので気が楽。といいながら最初からページ順に読んでいて、合間合間に読んでいるのでなかなか消化できないのだが、なんとか半分は過ぎた。1日かければ読めるかと思っていたのだが全然無理だった。
小西康陽のことは以前、市川紗椰のCDの記事で書いたことがあるが (→2015年07月13日ブログ)、その後、ピチカートを熱心に聴いたとか、そんなことはない。そんなことはないなんて書いたらとても失礼だが、渋谷系って私にはとてもオシャレ過ぎて近寄りがたいイメージがある。

この本については、読み終わったらまたあらためて書こうと思っているのだが、リヴィングストン・テイラーのことが紹介されていて、でも今読み返そうとしたらどこに書いてあったのかわからなくなってしまったのだが、そしてそのあたりの音楽は私にとってはよくわからないジャンルなのだけれど、でもリヴィングストン・テイラーもケイト・テイラーもCDを買った覚えはある。リヴィングストンのアルバムはたまたま《Unsolicited Material》だったりする。

で、そのリヴィングストン・テイラーの若き頃でなく、もうかなり最近になってからの〈Over The Rainbow〉を歌う映像があって、これがシブいというか、とても美しい。晩年のレナード・コーエンなどと同じで、いや、コーエンはまだギラギラした何かの残滓を湛えていたがそういうのとは違う美学がリヴィングストン・テイラーにはあって、音楽の楽しさをしみじみと感じる。
〈Over The Rainbow〉は映画《オズの魔法使》(The Wizard of Oz, 1939) の挿入歌で、ハーバーグ/アーレンの作品。ほとんど誰でも知っているスタンダードである。1939年はタイプ41を設計したジャン・ブガッティが亡くなった年だということを脈絡もなく思い出したりする。

原作のライマン・フランク・ボーム (Lyman Frank Baum, 1856-1919) はハヤカワ文庫の佐藤高子訳で読んだが、それまでは 「オズの魔法使い」 の内容を全く知らなくて、怖い内容なのかもしれないと思っていた。訳文もすぐれているが、新井苑子のシンプルな線の挿絵も美しくて愛読していた。

〈Over The Rainbow〉は映画の《オズの魔法使》の中でジュディ・ガーランドの歌った曲だが、小西康陽の本の中にモニカ・ゼタールンドのことが書かれている個所があって、ジュディ・ガーランドもモニカ・ゼタールンドもその悲劇的な最期に関しては共通するものがあって、それを思うと心がしんとする。


わたくしのビートルズ 小西康陽のコラム1992-2019 (朝日新聞出版)
わたくしのビートルズ 小西康陽のコラム1992-2019




Livingston Taylor/Good Friends (Chesky Records)
Good Friends




Livingston Taylor/Over The Rainbow
https://www.youtube.com/watch?v=i5ZjWkUFnTg

Judy Garland/Over The Rainbow
https://www.youtube.com/watch?v=1HRa4X07jdE
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椎名林檎《三毒史》 [音楽]

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椎名林檎の《三毒史》を聴く。三毒史というタイトルはもちろん三国志のパロディだろうが、そのカバー写真は甲冑を着たペガサスがRDを持っているというメチャクチャさ。中に収められた歌詞のパンフレットは、まるで年代を経たようなシミやヤケが印刷されている。トラックはずっとつながっていて、曲間が無い。

椎名林檎はデビューの頃にはかかさず聴いていたのだが、そのうち人気が出過ぎてしまって、するとワタクシ的には 「まぁいいか」 状態になってしまい、一応買ったり買わなかったり、マジメに聴いたのは久しぶりかもしれない。それはPerfumeも同じことで、あまり人気があるミュージシャンに関しては買わないというのが私の不文律でもあるのだ。だからDMの音楽に関しては、桑田佳祐もドリカムも買わない。だって誰でも知ってるし、いつでも買えるじゃん!

今回の椎名のアルバムのPV〈鶏と蛇と豚〉を見たとき、ん~、まず音がPerfumeだし、つまり声の変調が、そして絵柄は寺山修司だしみたいな、腐敗した風景はグロテスクでありフリークスみたいな絵柄はどうなのかな、でもPV作る人にとってはそういうのが魅力あるんだろうな、とは思うのだけれど。お坊さんのお経みたいなのに対して私は、ズバリ好きじゃない。
最近はカラオケボックスにVT-4を持って行ってPerfume歌うって話も聞くけどホントなのかな。単にローランドの回し者の戯れ言のような気もする (念のためですがホストクラブの人じゃないです)。つまりピッチ変えてフォルマントいじれば面白いのかもしれないけれど、皆、同じ音になってしまうんですよね~、と私は思うのです。そうしたオモチャの音とは根本が違うのかもしれないけど、でも出てくる印象はそんなに変わらない。
般若波羅蜜多と潰れた英語詞の声という傾向から思うのは、つまり声はサウンドであって歌詞を聞かせようとは考えていないのかもしれない。

幸いなことに、結果としてVTみたいな音響は〈鶏と蛇と豚〉と〈長く短い祭〉のみ顕著な特徴で、あとはいつもっぽい林檎節だったわけです。それより今回のは、デュエットというのがコンセプトだったとも言えます。
宮本浩次、櫻井敦司、向井秀徳、トータス松本といった豪華メンバーで、しかもフルバンドの蠱惑みたいなサウンドには痺れる。最後に持ってきたのは齋藤ネコ・コンダクトの〈目抜き通り〉と、そしてヴァーニャ・モネヴァというブルガリアン・コーラス、それにからむアコーディオンが美しい〈あの世の門〉。アコーディオンの背後にひそむルーム感が、なにげなくだけど深い。
サンレコの椎名とエンジニア・井上雨迩のインタヴューによれば、マスタリングしないことというのが今回の録音に用いられたポリシーでありテクニックらしいのだが、その意味がよくわからない。Pro Tools内でのミックスというのが従来のマスタリングとどのように違うのか。でも知ったからってどうなるものでもないのだけれど。私にとってのドキッとする音というのはたとえば〈TOKYO〉の冒頭のピアノだったりする。

今観ることができる映像のなかで、あえてPerfumeな〈長く短い祭〉を選んでみる。これは2018年のアリーナツアー・林檎博’18のものだと思えるが、弦の厚みなどCDの演奏より豪華である。
腕のアクションを多用するダンスは、先日記事にしたミレーヌ・ファルメールのライヴを連想させるが、つまり世界的にこうしたスタイルが流行なのだろうか。同じ曲の2015年の百鬼夜行ライヴもあるが、パフォーマンスの方向性がまるで違う。3年経つとこうなるのかとも思うし、だからそれを進化とするのか、しかし逆にそうしたトレンド感は必ず古びるのだからとも思うし、その刹那感が良いのだとも思う。常に新しい面を拓き、それまでの結果を捨象することで椎名林檎は生き続ける。つまり〈鶏と蛇と豚〉のフリークスは一種のメタファーなのだ。それは単に私の素朴な印象に過ぎないのだが。

SheenaRingo2018_190529.jpg

*動画リンクは貼れないので適宜検索してください。

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柴田淳 ― 蝶 [音楽]

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柴田淳の〈蝶〉は7thアルバム《ゴーストライター》(2009) の5曲目に収録されている曲である。タイトルはゴーストライターだが、別にゴーストライターが書いた曲というわけではなく、全曲柴田淳による作詞作曲である。

歌詞には花と蝶が出てくるが、「花と蝶」 という言葉から連想するのは森進一の〈花と蝶〉(彩木雅夫/川内康範、1968) である。歌詞はいきなり 「花が女か 男が蝶か」 と始まってしまうように、咲いている花と花に寄ってくる蝶を男女関係に喩えているわかりやすい歌詞である。
また、蝶という言葉から思い出すのは木村カエラの〈Butterfly〉(木村カエラ/末光篤、2009) で、これは木村カエラが友人の結婚式用に書いたとされる明るい曲であり、歌詞の最後は 「運命の花を見つけた チョウは青い空を舞う」 となっていて、これも飛んで行く蝶に運命を託した明快な曲である。

一方の花には数多くの曲があると思われるが、私があえて選んでしまうのはSugar Soulの〈悲しみの花に〉(Sugar Soul/朝本浩文・サヨコ、1998) である。〈悲しみの花に〉における花は、

 そう 悲しみもやがて
 涙色の花に かわるの

という花で、「涙色の花」 にかわるのは 「悲しみ」 であって 「私」 ではない。悲しんでいるのは私なんだから同じじゃん! と感じるかもしれないが、曲の最後は、

 あぁ 悲しみはやがて
 涙色の花になるでしょう
 もう なにも言わないで
 こうしていよう あたしがいるよ

と、しめくくられている。この部分を分析すると、涙色の花になった 「悲しみ」 は私が見ている 「悲しみさん」 なのであって、それを冷静に見つめている 「あたし」 が別にいるのである。これはもちろん一種の詭弁なのであるが、「悲しみさん」 を突き放している 「あたし」 の悲しみはより深いのかもしれない。
前のフレーズでは 「涙色の花に かわるの」 と言っているのに、後では 「涙色の花になるでしょう」 と丁寧な表現に変わっているのも諦念のあらわれなのだ。

以上は単なる前フリである。さて、そのような視点で柴田淳の〈蝶〉を読んでいくと、これはもっと屈折していて複雑である。歌詞の冒頭は、

 あなたが私にしたことは
 忘れてあげない なんて言わない

である。メロディとしては 「あなたが私にしたことは 忘れてあげない」 と歌っておいて、その後に 「なんて言わない」 と付け加える。いきなり出現するこの二重否定に、えっ? と心が動く。しかも 「忘れない」 のではなくて 「忘れてあげない」 のだ。
「忘れてあげる」 のではなくて 「忘れてあげない」 のだけれど、それを 「なんて言わない」 のだから、つまり結論は 「忘れてあげる」 ということなのだが、それを 「あなたが私にしたことは忘れてあげるよ」 と言わずに二重否定を使う屈折度がダークである。そして 「あげる」 という表現にプライドと高慢さがただよう。それは負の高慢さだ。
歌詞のつづきはこうである。

 あなたもあなたの存在も
 忘れてあげるから

ここで初めてシンプルに、ストレートに 「忘れてあげるから」 と歌う。これは 「忘れてあげない なんて言わない」 の言い換えなのであるが、もちろん二重否定と肯定は同じ意味あいではあるけれど、だからといってニュアンスは同じなのではない。そこに含意が存在するから二重否定なのである。
そしてここにはまた別の屈折がある。「あなたもあなたの存在も」 とあるが、これを額面通りにとらえるならば 「あなた」 と 「あなたの存在」 は別のものなのである。「あなたを忘れてあげる」 だけでなく 「あなたという存在そのものも忘れてあげる」 というダメ押しなのである。
さらに続く歌詞は、

 あなたが望むままに 今

つまり 「あなた」 という彼に対して、「あなたは私のことを忘れたがっているのが望みのようだから、私もあなたのことなんか忘れるよ」 とまとめて納得しているのである。恩着せがましいように見えて、実は 「あなた」 はそんなに 「私」 のことを重く思っているわけではないのだけれど、でもそれを 「私」 は認めたくないので、「あなた」 に罪を被せているとも言える。

この最初の5行がこの曲の暗さと屈折度を決定づけている。それが柴田淳であり、それは極端にいえば 「声を聴いただけで悲しい」 彼女の声質の特徴をあらわしている。

さて、歌詞は続いて次のように展開する。

 摘み取られるのが花だと知っているの 痛いくらい
 忘れ去られた花が どんなに哀しいか

以下は、一種の恨み節であり、内容としては演歌に近いような印象も受けてしまう。ただ、Sugar Soulの 「悲しみの涙色の花」 と同様に、すべては 「花」 に仮託されて、「私」 が哀しいとは一言もいわないのがやはりプライドなのである。

 どこかで笑ってるあなたに
 踏み潰されもせず

 忘れ去られた花のように

は、せめて踏み潰されたのならまだしも、それさえ無く忘れ去られてただ咲いているだけの花という虚無のことである。そして、

 もがくほど絡み付く糸を
 説く術を身につけた蝶は

と、花の比喩は蝶の比喩にすげ替わる。
歌詞の最後は最初の歌詞のルフランであるが3~4行目が変化する。

 あなたが私にしたことは
 許してあげない なんて言わない

 忘れた花には止まらない
 舞い上がる蝶になる

 あなたが望むままに 今

忘れ去られた花はすでに死の花なのであるから、そんな花にとまる蝶はいない。しかし、その死の花は 「私」 の過去の姿であり、それを客観的に見つめている 「私」 がいるのである。ではこの後、「私」 に希望があるのかというとそれはほとんど見えない。そうしたダークな風景のままで歌は終わる。花や蝶は、前述した歌の歌詞のように具体的ではなく抽象的だ。花が女で男が蝶だったらわかりやすくていいのに、というような地点がずっと過ぎ去った時代からこの歌は始まっているので、明視性が乏しいのである。
思わず 「時代」 と書いてしまったが、時はそのようにリニアに経過してゆくものであり決して遡行することはない。それゆえに哀しみはそこここにうち捨てられていくものなのである。

柴田淳に惹かれたきっかけは、荒井由実の〈ひこうき雲〉あるいは〈卒業写真〉のカヴァーの古い映像であった。彼女のカヴァーには定評があるが、なによりもその声がすべての曲想を変えてしまう。それは化学反応であり、ときとして虚無という毒を生成する。


柴田淳/ブライニクル (ビクターエンタテインメント)
ブライニクル (初回生産限定盤)




柴田淳/蝶
https://www.youtube.com/watch?v=v5lzx8mpuE4

柴田淳/Love Letter
https://www.youtube.com/watch?v=jdfNX5TsNfs

柴田淳/それでも来た道
https://www.youtube.com/watch?v=EJCsPXFGW7E

柴田淳+大江千里/卒業写真
https://www.youtube.com/watch?v=kFA3J8lNH18
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ペーター・ブロッツマンを聴く [音楽]

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Peter Brötzmann (2008)

ペーター・ブロッツマン (Peter Brötzmann, 1941-) はドイツのフリージャズのリード奏者である。主にサックス奏者だがクラリネットも吹く。だがサックスだろうがクラリネットだろうが、極端に言えば皆同じである。メチャクチャ吹いて吹いて吹きまくる。怒濤のように来襲して、ワンパターンで、常にフォルティシモで、音なんてどうだっていいので、楽器が全部無くてもいいので、楽器の下半分をとりあげられて上半分のリードの部分だけになっても、それでも延々と吹き続ける。もう、ほとんどトムとジェリーの世界である。そして吹くだけ吹くと、嵐のように去って行く。

昔からそのスタイルで、全然自分のスタイルを曲げない。フリージャズっていったって、いつでもメチャクチャやっていればいいってもんではなくて、たまには違う方法論があったっていいだろう、と普通なら思う。でもそれが彼には無い。全く無いのである。スタイリッシュとかセンシティヴとか、そういう単語は辞書に存在しない。常にフル・ヴォリュームでVU振り切れるだけ吹けばそれでオッケーなのである。ほとんどバカである。ほとんどというか、もう完全にバカなのかもしれない。

たとえばYouTubeに1974年10月のワルシャワでのライヴ映像がある。クァルテットの演奏で、ピアノはまだ若い頃のアレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハである。TVP (Telewizja Polska SA) によるモノクロの映像だが、もう最初から全開である。シュリッペンバッハはさすがに緩急とか強弱を心得ていて、混沌一辺倒でなくリリカルな方向に持って行こうとしたりするが、結局元の木阿弥になる予感を常に秘めている。
ベーシストのペーター・コヴァルトはアルコを多用するが、このメチャクチャな音群の中で正統的な音をキープし続けている。しかしシュリッペンバッハがピアノの中をスティックで叩いたりし始めると、演奏は次の局面に突入するが、ピアノのひとつひとつの音はまだクラスターにはならない。走り続けるブロッツマンに対して、シュリッペンバッハのピアノとパウル・ローフェンスのドラムスの細かい音の応酬がより細分化されたリズムになって降りかかる。
楽器は凶器であり、演奏は時として狂気であるが、そう見えて実はそうではない。メチャクチャのように見えてそこにブロッツマンの音楽構造が透けて見える。でもブロッツマンはきっと言うだろう。「ただ吹きたいだけ吹いてるだけだよ」 と。

1974年がポーランドにとってどういう時代だったかということを思い出さなければならない。それはオイル・ショックの頃であり、PZPRの時代であり、鬱屈の時代である。
たとえば同じ1974年にレコーディングされたアルバムには山下洋輔トリオの《CLAY》がある。ドイツのメルス・ジャズ・フェスティヴァルにおける1974年6月2日のライヴであり、メンバーは山下、坂田明、森山威男であるが、このブロッツマンを聴いてしまうと坂田のアルトのほうがずっとスタイリッシュだ。
同じ1974年にはセシル・テイラーのソロ《Silent Tongues》がある。1974年7月2日、スイスのモントルー・ジャズ・フェスティヴァルにおけるライヴである。その前年、ピアノ・トリオでの日本におけるライヴ《Akisakila》を経てのソロであり、彼の最も充実していた時期である。
つまりそうした時代性を考慮した上でブロッツマンを聴かなければならない。音楽は世界情勢と関係ないようでいて、如実に時代を映すものである。

だが21世紀になってもブロッツマンの演奏は変わらない。相変わらずのフォルティシモ吹きまくりであり、年齢とか時代とか周囲の反応とか、全然考えのうちに入っていないのである。だからやっぱりバカなのである。だが実は、おそろしい静謐の音楽を内包しているのに知らないふりをしているバカなのである。

私はある日の演奏の後で、ブロッツマンから直接サインしてもらったCDを持っている。これはかけがえのない宝物である。


Peter Brötzmann/Brötzmann Box (Jazzwerkstatt)
Brotzmann Box




Peter Brötzmann/Machine Gun (Cien Fuegos) [LP]
MACHINE GUN [LP] [Analog]




Peter Brötzmann Quartet
17. Międzynarodowy Festiwal Muzyki Jazzowej "Jazz Jamboree"
Poland, October 1974, Warsaw (Sala Kongresowa)
https://www.youtube.com/watch?v=dFa0oyF63d0

Masahiko Satoh, Akira Sakata, Peter Brötzmann
“BrötzFest 2011” Shinjuku Pit Inn
https://www.youtube.com/watch?v=mPGsk1FnhKA
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駅から駅へ ―《関ジャム》竹内まりや特集を観る [音楽]

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05月12日の夜《関ジャム 完全燃SHOW》〈竹内まりやのスゴさ〉大特集を楽しく観た。
さすがに本人が登場することはなく、本人からの取材ということだったが、それを元にした竹内まりやフリークなシンガーソングライター・さかいゆう、作詞家・zopp、評論家・能地祐子の3人を中心としたトークがなかなか面白い。

まずオキマリの好きな曲ランキング。20~50代の選んだベスト20ということなのだが、

1位 駅(1987)
2位 元気を出して(1987)
3位 不思議なピーチパイ(1980)
4位 SEPTEMBER(1979)

ああ、やっぱり〈駅〉が1位なのかと納得する。
〈駅〉は中森明菜に提供した曲、〈元気を出して〉は薬師丸ひろ子に提供した曲だが、セルフカヴァーしてむしろそのほうがヒットした自作曲である。しかし3位と4位は竹内の作曲ではない。初期のヒット曲である〈不思議なピーチパイ〉は安井かずみ/加藤和彦、〈SEPTEMBER〉は松本隆/林哲司の作品であり、3rdアルバム《LOVE SONGS》(1980) に収録されているが、年齢の高い層に最も刷り込まれている曲のようである。初期の頃は自分の曲でない、意に染まない曲を歌わせられていたことが不満だったみたいなことをどこかで読んだような記憶があるが、さすがにこのへんの大ヒット曲はそんなことはないのだとは思うけれど、ではどのへんの曲が苦痛だったのかがちょっと知りたい。でも当然ながらそういう話にはならなかった。

〈純愛ラプソディ〉を素材にした歌唱法へのアプローチ。微妙なこぶしと鼻濁音に関しての話、そしてヴォーカルがダブルで入っていることの指摘など、この部分の分析も面白い。大瀧詠一が 「まりやさんの鼻濁音が日本で一番スゴい」 と言っていたとのことだが、そう言われるととても納得できる。でも、たとえば松任谷由実には東京生まれにもかかわらず鼻濁音が無い。それはそれぞれの好みや志向もあるのだろうし、今は 「一匹、二匹、……」 という 「ひき」 の使い分けを正確にいえない人だって随分いるから、しかたがないのかなぁと嘆息する。
〈純愛ラプソディ〉に関する竹内まりやの回答というのは次のようである。

 純愛ラプソディですが、実はこぶしが入るということは意識した事があ
 りません。デビューの時から本能的に音が移り変わるところにちょこっ
 と装飾音を入れるという歌い癖があり、それは誰かに指導されたもので
 はないんです。ただ、この曲をあえてダブル歌唱で入れたのはちょっと
 歌に自信がなかったからなんです。アレンジも割と穏やかなので、シン
 グルでやるには強さが足りないなと自分で判断して、ダブルにしました。
 ダブルって微妙にずれてるからこそ重なって聴こえる。だから言葉尻や
 ビブラートの位置などを合わせていくのにすごく集中して歌いましたね。

確かにそういうのを注意して聴くと、微妙に音が変化している個所があって、本人は歌いグセと言っているし、それ自身が歌手としての味になっているのだろうけれど、全部ダブルで入れちゃったというのはやっぱりすごい。

こうした竹内まりやの回答の中で最も印象的だったのは、もちろん山下達郎との音楽的関係性、もっといえば力関係である。2人ともそれぞれ曲を作るし、かつ歌手でもあるという同業者なのだから、ぶつからないほうがおかしいと考えてしまうのが普通である。これについての回答は素晴らしく明快だった。

 デモの段階で、自分の中では具体的に見えている音像がある。
 それを達郎に伝えて「ここの間奏は絶対トロンボーンを入れたい」 とか
 「ハーモニカがいい」 とか伝えうる限りのことは伝えて、でも達郎が 「そ
 うじゃなくてこの曲はもっとこういう風にした方がいい」 という別のア
 イディアを出してくることがあるのでそっちが良かったらそっちにする。
 自分で見えているものは全て伝える。
 コードなども、もちろん自分で決めるが、達郎が 「このコードの方がい
 いんじゃない?」 と出してきても、自分の生理感にないものは元々のコ
 ードに戻してもらう。というのは、それをどんどん許容していくとだん
 だん山下達郎の音世界になってしまうので。達郎の音楽性と私の音楽性
 は明らかに違うので。達郎自身の音楽と違う部分がある接点を持つこと
 の面白さが私のプロジェクト。
 サブカル出身の達郎が大事にしないといけない部分と、芸能活動から入
 ってる私の世界とは、おのずと線引きがあるしファン層も違うので、で
 もそれが重なり合う時の科学反応的な面白さとか、一緒にやる必然性を
 音楽で感じてもらわないといけないので。

「デモの段階で、自分の中では具体的に見えている音像がある」 というのが当然だがすごい。つまり自分で編曲はしないけれどそのコンセプトは固まっているのだ。コードに関しても 「自分の生理感にないもの」 は却下というのが毅然としている。他の回答のときも、彼女は 「自分は最先端である必要はない」 と言い切っていた。自分の音楽がどうなのか、ということを知っていて、解説者が指摘していたように、あまり高い音まで無理に持っていかないという作曲理念もその一環である。
山下達郎と自分の音楽は違うという主張は当然だが、その説明の中で 「サブカル出身の達郎」 と 「芸能活動から入ってる私」 という比較の語法が、もうそのものズバリで、自分の最初の一歩は 「芸能活動」 なのだと理解しているのもすごい。それが 「意に染まなかった曲」 云々につながっているのだと思う。

人気第1位だった〈駅〉に関してはwikiにも書いてあること (山下達郎が中森明菜ヴァージョンについて否定的だったこと) だからわざわざ繰り返さないが、シンガーソングライターが他人に曲を書いた場合の機微というか、むずかしいことがあるものだと感じる。その〈駅〉の中森明菜ヴァージョンも聴いてみた。オリジナルではなく、後年のライヴ映像だが、歌の乗りにくそうな弦楽の編曲は鬱陶しさの一歩手前みたいな印象があって、いや、むしろ一歩過ぎているかもしれなくて、それに乗せて歌える中森明菜の歌唱テクニックを聴く。歌手によってその歌詞を違うふうに解釈したのだとしても、解釈が違うのは当然であり、それもまた歌詞に対する別の角度からの視点なのである。

中森明菜の〈駅〉は10枚目のスタジオ・アルバム《CRIMSON》(1986) に収録された。クリムゾンなのに黒いモノクロのジャケットで、でもそれは異なった意味のクリムゾンなのかもしれない。ちなみに相川七瀬にも《crimson》(1998) というタイトルのアルバムが存在する。もっとも相川の場合は、《Red》(1996) とか《FOXTROT》(2000) とか、もうねぇ。

実は私はそんなに竹内まりやを聴いてきたわけでもないし、山下達郎もそこそこ聴いてはいるが、全てを聴き込んでいるような聴き方ではなく、ごく普通のリスナーに過ぎない。でも今回の番組は、久しぶりにややマニアックで楽しめた。
以前住んでいた街に公営のプールがあって、でもそこは9月のはじめで営業を終えてしまう。賑わっていたプールは9月になった途端、客数が急激に減り、秋の気配がただよう。そのプールでその時期に、いつも竹内まりやの〈SEPTEMBER〉が、プアなスピーカーから繰り返し繰り返し流れていたことを唐突に思い出す。こういう曲こそが良質な歌謡曲なのだと私は思う。でもこうしたシンプルで美しかったはずのメロディは、今の時代には、もはや喪われてしまっている。それはきっと永遠に、かもしれないのだ。


竹内まりや/Turntable (ワーナーミュージック・ジャパン)
【Amazon.co.jp限定】Turntable(デカジャケ付)




竹内まりや/Expressions (ワーナーミュージック・ジャパン)
Expressions (通常盤)




竹内まりや/駅
https://www.youtube.com/watch?v=gjyXtpdX_Bw

中森明菜/駅
https://www.youtube.com/watch?v=ZMmHBtc60-E

番組自体をご覧になる場合は
画像は小さく音も悪いですがコレ (お早めに)
https://www.youtube.com/watch?v=mYIKg69HRUI
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〈Agharta〉と〈Time After Time〉の間 ― マイルス・デイヴィス [音楽]

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Cyndi Lauper (Time After Time PVより)

シンディ・ローパーの〈Time After Time〉のPVはマレーネ・ディートリヒの映画から始まる。ニッパーを抱いたシンディ。物語は始まるがそれはシンディの過去の戯画のようでもあり、すべてが幻想のようでもある。最後の、列車の窓のシーンに至るまで。

過去に、マイルス・デイヴィスのことは何回か書いてきた。《Miles in the Sky》(1968) から始まり《Bitches Brew》(1969) を経て《Agharta》(1975)《Pangaea》(1975) に至るエレクトリック・シーンは、彼の歴史の中で閉じた生態系のようにみえる。次第に進化し変貌していった手法は、進化しているように見えながら、実は停滞しているのに過ぎないのを錯視しているだけなのかもしれないと思えてしまう部分もあり、常にステロタイプに陥る危険性を併せ持っている。その頃の、あるいはその頃を回想した最近に至るまでの評価を読むと、意外に否定的な意見が散見されるのは、まさにそのステロタイプ的なルーティンであると感じてしまう方法論にあったのだと思う。

私はその頃のライヴをまとめて聴いた時期があって、それは幾つかの記事としてすでに書いたが、冷静に聴いているようにみえて、何かしらの先入観を抱いていたこともあったのではないかと今になって思う。つまりマイルスの方法論は最初から繰り返されるクリシェに過ぎないと思い、また当時のマイルスの態度が尊大過ぎるとか、PAスピーカーがうるさ過ぎた云々などと書いてあると、その場を知らない者にとっては、そうだったのかと信じてしまうものなのである。ライヴ会場での印象は実際にそうだったのだろうが、音源として聴いた場合は別の様相を帯びてくる。
《Bitches Brew》以降のライヴは後年になるほど過激になっていったが、その転換点はオフィシャルなアルバムでいうのならば《Get Up with It》(1974) から《Agharta》《Pangaea》までの2年間であり*、それはキーボードの不在によって区切られる。ギタリストが3人もいながらキーボードを弾くのはマイルス自身であって、キーボード専任のプレイヤーがいないということに意味がある。
それはシンプルに比較するのならばオーネット・コールマンの《The Shape of Jazz to Come》(1959) における2管+ベース&ドラムでピアノレスという方向性を思い出させる。
(*ピアニストの不在を正確に言うのならば、jazzdiscoのdiscography等を参照すると、ピアニストがいるのは1972年9月29日のニューヨーク、リンカーン・センターのフィルハーモニック・ホールにおけるライヴ《In Concert》のセドリック・ローソンが最後である。したがって実質的には1973年以降の3年間ということになる。《Get Up with It》に収録されているテイクも72年まではピアニストが在籍している)。

先日、なんとなく《Agharta》を聴いていたらハマッてしまった。この時期の演奏は皆同じようなものというような思い込みがあったのかもしれない。たとえば1975年1月22日の東京厚生年金ホールのライヴのブート《Live in Tokyo 1975》があるが、《Agharta》(1975年2月1日) とは明らかに違うのである。日本盤として《Agharta》を最初にリリースした際に、もちろん全公演は録音されていてそのなかから最も優れた演奏として2月1日をチョイスしたのだろうとは思う。
だがそれだけではなく、マイルスが弾くごく短いオルガンによる和音、それは曲をどこに持って行くかという一種のトリガーであり合図なのだが、その音色そのものが神秘性を帯びてしまうときがある。ギターも、それは以前にも 「よく聴くとそんなにデタラメではなくノイジーなだけではない」 とは書いたが、《Agharta》におけるリヴァーブの使い方とか、ギターとサックスの出入り、そしてそこに絡まっているポリリズムのようなものから感じ取れる印象は、すごくうまく組み上がった寄木細工のような精緻な構築物なのだ。しかしそれは物体としての形状を持ち得ない。なぜなら音楽だからである。
それゆえに、どこが優れているのかということを表現しにくい。それはごく些細な気配であり、小さな符号に過ぎない。私だけの勘違いなのかもしれない。短い一音が、その後の膨大な音群を支配する契機となることがあるのだ、と私は思う。

柴田淳のブログに、音程へのこだわりとして興味をひかれることが書いてあった。
コンピュータで歌った音を直すことは今はよくある方法なのだが、それをやるとその一瞬が自分の声で無くなるのでそれはやらない。歌い直すか、それとも何回も録音したテイクのなかから良いテイクを探すのだが、その、気になる音は 「大抵一文字なのです」 というのである (JUN SHIBATA Official site 2019年4月24日ブログ)。
ひとつの音はその曲の総体から見ればごく小さい。だがそのひとつの音が重要である場合は確実に存在する。いつでもではない。ある特定の時、地点において、重要性を持ってしまう音がある。《Agharta》に聴くのはそうした特異点の音が幾つも打ち出されることだ。

《Agharta》《Pangaea》を最後として、マイルスは長い休暇に入る。それは肉体的な疲労と病気だけでなく、尊大とも見える態度を押し通して自分の音楽を展開させたことによる精神的なストレスもあったのだろう。
1980年の復活以降、過激なスタイルは影を潜める。ポップスも取り上げ、その中で〈Time After Time〉もカヴァーされた。だがそれはあくまでジャズとしての〈Time After Time〉である。深層に流れるメロディとその上に屹立するマイルスのソロが鮮明である。《Bitches Brew》以降のエレクトリック・シーンに対して 「ロックに接近」 というような形容がされることがあるが、それは間違いであり、どこまでいってもマイルスはジャズでしかない。《Agharta》もそうである。ギタリストが3人いても、リズムがロックっぽく聞こえてもその本質はジャズでしかないし、「どうだ、ロックだろう?」 というのはマイルスの韜晦でしかない。


Miles Davis/Agharta (SMJ)
【Blu-spec CD】アガルタ




Miles Davis/Pangaea (SMJ)
パンゲア [Blu-spec CD]




Cyndi Lauper/Time After Time (PV)
https://www.youtube.com/watch?v=VdQY7BusJNU

Miles Davis/Time After Time
live in Germany 1988
https://www.youtube.com/watch?v=FpZHjvFXprk

Miles Davis/
Live in Stadthalle, Vienna, Austria, November 3, 1973.
(full)
https://www.youtube.com/watch?v=wOA9_TdRFt4
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