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この書を持ちて その町を捨てよ ―『文藝別冊 寺山修司』を読む [シアター]

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推理小説の記述法の分類のひとつに 「信用できない語り手」 というのがある。クリスティにその具体例があるが、愉しみの読書の中でそうした文章上のテクニックに翻弄されるのならともかく、それが現実世界における 「信用できない語り手」 だったり、「信用できない語り手による信用できない情報」 だったりすると、精神的な疲労は甚だしい。そのような悪意の語り手は何も失わず、聞き手のみが深刻なダメージを受けてしまう。そうした環境からは (信じられないかもしれないが、知性の存在しない世界というものがこの世界には存在していて、そこには魑魅魍魎が跋扈しているものなので) 逃げ去るべきだと考えている今日この頃なのだ。

これもまた推理小説の比喩で言えば、いや、推理小説よりもTVの刑事ドラマを連想したほうがわかりやすいが、刑事は何人もの目撃者や関係者にあたり、証拠を積み上げてゆくもので、それは多角的な視点を構築することとも言える。
このブログ記事は文藝別冊というムックの寺山修司特集のつづきだが、こうした本の編集方針も、何人もの語り手から複数の証言を聞き出し、それによってひとりの作家のプロフィールを描き出そうとする意図であるはずだ。つまり刑事の証拠集めに似ている。だがそれが必ずしも多角的で普遍的な視線を持ちうるかどうかはわからない。かえって曖昧な海に沈んでしまうことがあるかもしれない。これはひとつの仮定であって、このムックがそうだと言っているわけではない。しかし最終的に信じられるのは自分の直感だけである。

ざっと読んだ中で最も示唆に富んでいるように思えたのは、高取英と安藤礼二の対談であった。二人の会話によれば、寺山は名も無い市井の人、無名の人に注目したのだという。たとえば有名人の記念写真があると、有名人Aさん、有名人Bさん、一人おいて……のこの 「一人おかれてしまう人」 に興味があるのだという (p.109)。だからシロウトの詩集を作ったし、シロウトで芝居をしようとした。その無名性へのこだわりが胸を打つ。だが新劇のセオリーはシロウトを舞台に上げるなという時代だったので、寺山の手法は顰蹙をかった。
寺山は『家出のすすめ』を書き、そうして家出をした少年少女たちが集まって演劇をやってしまうというプロセスを夢想し、そしてある意味ではそれを現実のものともしていった。シロウトの詩で本を作ってしまうという行為、シロウトに芝居をさせてしまう行為、そうしたすべての流れは、ともすると 「弱い者の味方」 的な見方をされてしまう可能性もある。
寺山が演劇的な 「わざとらしさ」 を嫌ったのは、方法論的にはロベール・ブレッソンを連想させるが、単なる 「わざとらしさ」 の排除だけでなく、それによって生成するステロタイプな演劇の美学に対するアンチテーゼでもあったのではないかと感じる。

高取英は言う。

 寺山さんはよく私探しの元祖とか誤解されるんですよ。私探しの人とい
 うよりは、「私」 なんかないんだと 「私」 は解体した方がいいと言った人
 です。(p.108)

そして、

 『星の王子さま』でもラストで屋台が崩れて、点子ちゃんというヒロイ
 ンが現実であるかのようにモノローグをする。この手法が寺山さんは大
 好きで、『青ひげ』でももう一度やっていて、舞台が崩壊した中でヒロ
 インがモノローグを現実に語りつづける。(p.109)

「私探し」 とか、昔流行した自分の 「ルーツ」 とは何かとか、そうした卑俗なものへのシンパシィやセンチメンタリズムは、寺山修司には一見存在するように見えて、実は無いのだと私も思う。センチメンタリズムを標榜しているからといってセンチメンタリストとは限らない。寺山の演劇における『星の王子さま』でも『青ひげ』でも舞台が崩壊して、演劇が現実と同一線上になっても継続するというその手法は、演劇というシステム自体の崩壊を意味していて、それは 「私」 を敷衍させた無名の人々であり、芝居を演じていたはずの人々はいつの間にか現実の人々になってしまう。
寺山の夢想する 「私」 は、たとえば 「がんばった私をほめてあげたい」 というような 「私」 とは最も遠い地点にいる 「私」 である。

 だから寺山さんは芝居が終わった後にカーテンコールをするのを嫌がっ
 た。(p.109)

というのも当然であり、寺山はそうしたメソッドの演劇を目指していたのではなかったということがわかる。「子どもだまし」 「機械仕掛けマニア」 といった批評は的外れであり、なぜならそれらはメタファーであり、それ自体の真贋、優劣を意図していないからだ。能舞台に出てくる作り物を、リアリティが無いと言って貶す人がどこにいるだろうか。

安藤礼二の寺山と唐十郎の比較も面白い。

 ただ寺山さんは非常に頭脳的な人で、唐さんは肉体的な人だと捉えられ
 ている向きがあります。しかしその理解はまったく逆なのかもしれない。
 唐さんの方が論理的、知的であり、寺山さんのほうがより偶然に開かれ
 ている。(p.111)

唐十郎や野田秀樹の戯曲が、戯曲という形態として確立されているのだとするのならば、寺山の戯曲は単なるレシピに過ぎない。レシピだからどんな料理人にも提供され得るのだが、肝心な部分を寺山は書いていない。だから永遠に不完全なのである。
one and onlyな点で、寺山とアストル・ピアソラは似ている。誰でもトレースできるが、トレースしたものはすべてイミテーションでしかない。何かが欠けているのである。お役所の書類のように、コピーすると 「これはコピーです」 という文字が浮き出てしまう。

その他にも私が今まで知らなかったことが語られていて興味深い。
高取によれば、寺山は沼正三の『家畜人ヤプー』をそれが連載されている頃から高く評価していたという。また、団鬼六を評価していて、彼の紹介で新高恵子が天井桟敷に来たことなど。(p.112)
安藤は、中井英夫の働きについて述べる。折口信夫の最後の短歌があり、そして寺山の最初の短歌があり、これらを取り上げたのが短歌雑誌の編集者であった中井だったこと。そして折口の小説『身毒丸』と寺山の戯曲『身毒丸』は重なる (身毒丸は俊徳丸伝説がその元であり、謡曲の『弱法師』、説教節の『しんとく丸』はそこから派生したものである)。ただ、寺山の『身毒丸』は主人公が柳田國夫になっていて、これは折口と柳田がごっちゃになっていたのかもしれない、ということだが、わざとしたのだと思えなくもない (似た人をわざと間違えるのも諧謔の一手法である)。そして、折口、柳田と最も親交のあった泉鏡花の『草迷宮』へと寺山の作品がつながる (p.115)。
1953年晩夏に折口信夫が亡くなり、1954年末に寺山修司がデビュー。そして中井の『虚無への供物』の連載が開始されたのが1955年だとのこと。連載されたのはゲイの同人誌『アドニス』なのだそうである。登場人物の氷沼藍司に、安藤は寺山との相似性を見る (尚、安藤礼二は折口信夫のオーソリティである)。

足立正生が映画『椀』を撮った頃のこと。山野浩一は『デルタ』を撮り、二人の作品がTVで学生映画として紹介されたとき、批評家として出演していたのが松本俊夫と寺山修司だったこと。山野浩一の原点というのを今まで知らないでいたので納得した。

そしてこのムックの中で最も私の心に突き刺さったのは橋本治である。河出文庫の『書を捨てよ、町へ出よう』の解説として1993年に書かれたものである。
言葉は何度もリフレインして、そして鋭い。解説であるようでいて、解説でない。あまりにすご過ぎるので全文を引用したいところだがそれはアンフェアであり、思考の放棄でしかないので思いとどまることにする。

 寺山修司は、日本の近代文学の外にいた。(p.132)

 寺山修司は、紛れもなく詩人である。

 だから理性とは、普通、「肉体に由来する混乱を排除する力」 だと解され
 ている。理性する哲学者にとって肉体は邪魔で、人間の論理は肉体の論
 理を排除することによって完成され、そのように完成させられた論理は、
 常にそこからの逸脱を渇仰する方向にしか動かない。(p.133)

この、精神と肉体との比較は、先にあげた安藤礼二の寺山と唐の本質の比較に通底する思考である。特に演劇において、というか舞台芸術において、肉体と精神をどのようにコントロールするのかは最も重要な課題である。

 寺山修司とは肉体を持った青年で、詩とは、肉体からしか生まれて来な
 い言葉の論理である。(p.133)

橋本は、寺山が詩人として発した言葉にはそれを発する肉体が伴っているから詩なのであり、それは書斎から発せられる、文学が文学であるというだけの 「正統日本近代文学」 の言葉とは異なっているのだ、だから理解ができないのだとする。正統というのはもちろん皮肉であり揶揄である。そして既存の詩人についての疑問を提出する。

 寺山修司の文章は、すべて詩人の文章である。だがしかし、「詩人」 と
 いう肩書を持った者の文章の中から詩が聞こえてくるということは、稀
 でもある。寺山修司の文章は、しかしそれとは違って、明らかに詩であ
 る。何故そうなるのかというと、それは寺山修司が、言葉と言葉のつな
 ぎ目を接続詞でつながなかったからだ。(p.134)

何という比喩であろうか。このめちゃくちゃさが、めちゃくちゃカッコイイ。でも橋本はきっと、どこがめちゃくちゃなんだ? と言うだろうが。
橋本は、寺山の美学をひとりの少女の美についてを例にとって語る。少女は美しいけれど、同時に美しくない。「ドラマとは、美しい少女が所詮ただの一人の少女に過ぎないという発見をする」 ことなのだという。このシュレディンガーの猫的な形容の果てに橋本は決めゼリフを放つ。

 寺山修司は、肉体を排斥する理性の産物である書を 「捨てよ」 と言った。
 そして、肉体が肉体のままで存在しうる場である筈の町へ 「出よう」 と
 言った。そう言った瞬間、そこには 「それを言う書」 があった。そして
 町は 「それを言わない書」 に侵された人間達で一杯になっていた。だか
 ら今ここで言う ―― 「この書を持ちて その町を捨てよ」 と。(p.135)

「書を捨てよ」 というためには、そもそも書がなければならない。でも最初から捨てるべき書がそもそもないのではないか。それが橋本の提示する問いである。かつて町は、書を捨ててまで出かけて行くことに魅力のある場所であったのかもしれない。しかし今、そうした町は幻想なのかもしれない。いや、幻想なのだと橋本は断言しているのだ。これは橋本らしいアイロニーである。書と町は並列して比べられるものではない。しかし今、このたった1冊の書のほうが、町よりも有益であるのかもしれない。それは町の退廃であり、そして腐敗である。寺山の描く町はもはや書の中にしか存在しない。それほどにこの町は爛れてしまったのだ。それが橋本の遺言のように私にまとわりつく。


文藝別冊 総特集 寺山修司 増補新版 (河出書房新社)
総特集 寺山修司 増補新版 (文藝別冊)




寺山修司/書を捨てよ、町へ出よう (角川文庫)
書を捨てよ、町へ出よう (角川文庫)

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