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Laughter in the Dark ― 宇多田ヒカル [音楽]

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宇多田ヒカルの《Laughter in the Dark Tour 2018》は最初の予約段階であっという間に売り切れてしまった。さすがに発売日前にすでに売り切れというのはマズいと思ったのか、追加生産になったが、届くまで約1カ月。それより前にYouTubeを探していたら、ある程度upされていたのでそれを観ていた。

下にリンクしたのはそのライヴ映像の中の〈First Love〉(1999)、〈COLORS〉(2003)、〈SAKURAドロップス〉(2002) だが、どの曲もおそろしいほどの密度のライヴ映像であり、それぞれの楽曲の発表時とは異なった印象を受ける。歌唱が完璧であるだけでなく、歌詞の中に今まで気がつかなかった意味が読み取れてしまって、それは私が齢を重ねたことによって理解できるようになってきたからなのだと思うのだが、逆にいうと、宇多田が過去のその時点でこれだけの楽曲を作っていたということに驚くばかりだ。初期に作られた曲の内容が早熟過ぎて、やっと今、年齢が追いついてきたような気がする。

〈First Love〉を聴いていて思ったのは、これは尾崎豊の〈I LOVE YOU〉への一種のアンサーソングだということだ。尾崎の曲冒頭の

 I love you
 今だけは悲しい歌 聞きたくないよ

に対する

 今はまだ悲しいlove song
 新しい歌うたえるまで

そのように思ったのは宇多田が〈I LOVE YOU〉のカヴァーを歌った映像を見たことが私の意識の底にあったのかもしれないが、でもこの2曲には何らかの共通性があるのを感じる。メロディが似ているとかではなく、全体のテイストから醸し出されるイメージ。これは今まで漫然と見過ごしていたことだ。ただ〈First Love〉が〈I LOVE YOU〉と決定的に違うのは、

 明日の今頃には
 あなたはどこにいるんだろう
 誰を想っているんだろう

と未来形で歌う個所である。実はそれは未来でなく過去のことで、そのことは (つまり恋は) すでに終わっているのに、なぜ未来の不確定なできごとのように歌うのか。繰り返される同じ個所を見るとそれはもっとよくわかる。

 明日の今頃には
 わたしはきっと泣いてる
 あなたを想ってるんだろう

きっと泣いているのだろうではなくて、もうすでに泣いてしまった後なのだ。それなのに明日泣くかもしれない、それはあなたを想っているからなのかもしれないというふうに未来形にしてボカす。その歌詞の書き方の深さに気付く。
というより実は、直接関係はないのだが、この前読んでいた鴻巣友季子の『翻訳ってなんだろう?』の中に、「過去の中の未来は訳しにくい」 という説明があって、そこからの連想が私に新しい視点を与えたのかもしれない。

〈COLORS〉の歌詞も明快なイメージでありながら抽象的でもあり、すべての色に陰翳を感じる。青、白、オレンジ、黒、赤と色を繰り出していながら、最後の色は不明である。それはもはや 「あなたの知らない色」 なのであり、そこに到達するまでにすでにキャンバスは塗り潰されていて、もう何の色でもないのだ。だから知らない色であり、それは 「灰色」 であり 「白黒のチェスボード」 であるような、最終的には虚脱した無彩色へと還ってゆく。
shelaに《COLORLESS》(2001) という私の愛聴アルバムがあって、白、赤、紫、オレンジ、セピアと色について歌った曲をまとめたときのアルバム名がcolorless、それは矛盾だけれど色が多く集まることによってその総体はかえって色彩を失うということをあらわしている。イメージとしては同じだ。

〈SAKURAドロップス〉もオリジナルのPVはどぎつい程の色彩に満ちていた。オリジナルPVの最初に出てくる格子柄でわかるようにそのイメージは伊藤若冲からの連想である。だがこのライヴ (Laughter in the Dark Tour) で歌われるこの曲は、もっとずっと色彩感がない。

 降り出した 夏の雨が涙の横を通った すーっと

は〈真夏の通り雨〉(2016) の

 愛してます 尚も深く
 降り止まぬ 真夏の通り雨

に通じる。だが〈SAKURAドロップス〉を宇多田が書いたのは2002年なのだ。だとすれば 「夏の雨が涙の横を通った」 という歌詞はまるで予言のように響いてくる (〈真夏の通り雨〉の収録されているアルバム《Fantôme》は母・藤圭子へのレクイエムだといわれる)。夏の雨はtearsでなくdropsなのだ。
「恋をして」 から始まるリフレインは3回あって、その後半部分を並べると、

 桜さえ 風の中で 揺れて やがて花を咲かすよ
 桜さえ 時の中で 揺れて やがて花を咲かすよ
 桜まで 風の中で 揺れて そっと君に手を伸ばすよ

3回目が 「桜さえ」 でなく 「桜まで」 になっていること。そして3回目の桜は単に花を咲かすのでなく、擬人化されていて 「手を伸ばす」 こと。その微妙な変化の違いは、「恋をして 終わりを告げ」 ることが、同じ言葉でありながら1回目と3回目では異なることをあらわしている。
その3回目のリフレインの直前の

 一回り しては戻り
 青い空をずっと手探り

では 「一回り」 「戻り」 「手探り」 と 「り」 の脚韻があるが、この曲の中での 「り」 は 「終わり」 の 「り」 でもあるのだ。桜色の中でたった一度だけ出てくる青い空の虚無感が胸に突き刺さる。
Laughter in the Dark Tourライヴの〈SAKURAドロップス〉の後半には、Prophet-6によるシークェンス・パターンを使った宇多田のキーボードのソロがある。

ネットを検索しているうちに小田和正と宇多田ヒカルによる動画を見つけた。ギター1本によるデュエット。透明なシンプルさのなかに歌が屹立する。


Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018 (SonyMusic)
https://www.yodobashi.com/product/100000009003133662/
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Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018
2018.12.09 幕張メッセ
First Love
https://www.youtube.com/watch?v=NuKluSrbHik

COLORS
https://www.youtube.com/watch?v=OutA_EstePs

SAKURAドロップス
https://www.youtube.com/watch?v=cTT6ExQUvts

     *

小田和正/宇多田ヒカル クリスマスの約束2016
2016.12.19 赤坂BLITZ

Automatic
https://muxiv.net/ja/mv/5427010

花束を君に
https://muxiv.net/ja/mv/5426011
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里中高志『栗本薫と中島梓』を読む [本]

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豹頭の戦士グインかぁ……そういうの、あったなあ。なつかしい香りがする。本の帯には 「没後10年/グイン・サーガ誕生40年/記念出版」 とある。
栗本薫/中島梓 (1953-2009) は早川書房の文庫における長篇ヒロイック・ファンタジィ『グイン・サーガ』で知られるが、2つのペンネームを使い分け、栗本薫では主に小説を、それ以外の評論等では中島梓名義で膨大な著作を残した。
これは彼女の評伝であり、里中高志は関係者に綿密に取材し、その一生をシンパシィをもって描いている (以下、栗本/中島の名称は中島梓で統一することとする)。

この本の中で最も衝撃 (でもないが) を受けたのは中島梓の発言だという次の個所である。

 「最初、文壇は自分たちのフィールドの人間として、私に好意的だった
 と思います。しかし、栗本薫の名で作家として仕事を始めると、はっき
 りしているのは確実に無視されること。取り上げられるのは匿名批評に
 よるからかい、嘲笑だけ。著書が約百冊という栗本薫のキャリアも、文
 壇から見れば無いようなもの。新人賞以来鳴かず飛ばずの新人評論家と
 しか扱われない」 (p.304)

そういうことってあるのかもしれない、と思う。そもそもSFとかヒロイック・ファンタジィというジャンルは、アメリカのパルプマガジンの生み出したもので、それらは大量に生産され、消費され、忘れ去られてゆくという経緯を辿るのだ。すぐれた作品もあったのかもしれないが、俗悪で性的でステロタイプな作品がその何層倍もあった。日本の大衆小説は通俗小説とも呼ばれ、パルプマガジンと同様に消費されてしまうものであり、文壇という権威があるのだとすれば、そこからは一段低いものとして認識されているのかもしれない。海外における 「ペーパーバック・ライター」 という形容は一種の差別用語であり、それは当初から文庫本として出版された『グイン・サーガ』に通じる。日本における文庫本は、すなわちペーパーバックだからである。
中島梓の慨嘆は、内容こそ少し違うけれど、かつて筒井康隆が言っていたことに通じる。

でもそれは仕方のないことではないかと思う。すべてをひとつのヒエラルキーの中に統合しようとするから無理が起こる。エンターテインメントとはそういうもので、それは文学だけに限らない。ヒエラルキーに厳密に階層分けされ、順位をつけられるものではない。そうしたジャンル分けは次第に崩れつつあるが、でも依然として存在している部分もあるのかもしれない。たとえば団鬼六とか、山田風太郎とか、そうした人たちは 「自分のことを文壇は正当に評価しない」 などとは、たぶん言わなかったのではないかと思う。そのように 「ふっ切れる」 かどうかが問題なのだ。
文芸作品に高級/低級とか、上品/下品などという区分けは存在しないと私は思う。それは幻想に過ぎない。かつて海外小説に 「教養小説」 という分類があったが (今でもあるのだろうか)、その 「教養」 という言葉はもはやギャグでしかない。

いきなり一般論のようになってしまったが、話を中島梓に戻すと、幼い頃からの文才とそれにまつわる逸話、そして評論家・作家としてのデビューから旺盛な執筆活動のことは今までにも聞いた話である。幾らでも淀みなく書けること、そのフィールドの広さなど、才能があふれるばかりという形容はもはや神話の領域なのだ。
だが演劇や音楽にまで手を広げたことを私はあまり知らなかったが、そこでそれまでの破竹の進撃 (?) から少し翳りが生じたようにも感じる。
またプライヴェートにおける不倫を越えての結婚、そして今まで全く知らなかったことだが、障がいを持った弟がいたこと、そこから生じたコンプレックスがあったことなどについては、いままで謎だった部分がつながったような気もする。

中島梓のかかわった演劇を観たことはないし、音楽活動についても、複数のバンドによるフェスティヴァルのような場に出演していたのを一度だけ聴いたような記憶があるが、内容は全く覚えていないので、もしかすると単にステージに出て来て挨拶をしただけだったのかもしれない。
つまり演劇や音楽活動についてはこの本に書かれていることから伝聞推定するしかないのだが、特に演劇についてはかなり混沌とした印象を受ける。時代がそうした混沌を受け入れていた頃だったから成立していたものだったようにも思える。

だがそのような、空間に消えてしまったものについては追認のしようがない。とすれば検証できるのは、文字となって残されているものである。
彼女が速書きだったことは有名であり、言葉があとからあとからあふれて来るのでそれをただ書き記しているだけとか、指定された文章量に合わせて、訂正することもなく書き、原稿用紙の最後のマス目にぴたりとおさまるとか (まだ手書きの時代なのだ)、まさにそれは神話である。
だが、名前を失念してしまったが、アメリカのSF作家で、朝、オフィスに出勤し、タイプライターに向かって仕事開始、規則的なタイピングの音が途切れなく続き、止まることなく書き続け、9時/5時で小説を書いていた人とか、神話とは意外にあまねく存在するものでもある。

といって別に私は中島梓について否定的に語っているわけではない。そのストーリーテリングの巧さや、わくわくするような、まさにセンスオブワンダーなシチュエーションにハマッて読み続けていた頃があった。
彼女が子どもの頃から大量の読書をしていたということには共感できるし、その読む本を幾らでも買い与えられていた裕福な家庭であったということに対しては羨望があるばかりである。

中島梓が群像新人賞 (評論部門) をとった『文学の輪郭』は1977年だが、その前年、1976年の群像新人賞 (小説部門) は村上龍の『限りなく透明に近いブルー』、そして1979年の群像新人賞 (小説部門) は村上春樹の『風の歌を聴け』であり、この一連の流れは、時代を象徴しているのではないか、ということである。(p.175)
そして『文学の輪郭』の翌年である1978年に中島梓は『ぼくらの時代』で江戸川乱歩賞をとるのであるが、『ぼくらの時代』は、主人公の名前も含め、庄司薫を連想させると私は思うのである。つまりそのテイストは 「この時代の一連の流れ」 ではなく、やや古風である。表面的にライトな擬装がなされているだけである。
だが今となっては、どの時代も同様のセピア色に変わってしまっているので、その時代性の微妙な色分けを峻別する手がかりは無い。

もうひとつ、中島梓の作品の特徴として、ホモセクシュアルな世界への執着・耽溺があげられる。俗に 「やおい」 などと呼ばれ、最近ではBLとか、種々の称呼があるが、厳密に考えればホモセクシュアル (≒ゲイ) と 「やおい」 は異なるものであり、男性の同性愛を描くことによって、女性の性的葛藤あるいは欲望から逃れているような、免罪符的働きをしているのが 「やおい」 のようにも思う。
萩尾望都、竹宮惠子といった24年組を中心とした少女マンガ家によって一気にそれがメジャー化した時期があったが、萩尾と竹宮でもそのアプローチには違いがあるし、単なるトレンドとしてのエピゴーネン的なフォロワーもいたのではないかと思える。

また、その表象としてコミック誌『JUNE』(1978年創刊。創刊当時はJUNだったが、たぶん大手アパレルからのクレームがあってJUNEになったのではないか) があげられる。雑誌全体がいわゆるBL的であり、出版社はサン出版である。創刊号に掲載された 「薔薇十字館」 という短編小説はジュスティーヌ・セリエ・作、あかぎはるな・訳、竹宮惠子・イラストとあるが、ジュスティーヌ・セリエというのはボリス・ヴィアン的フェイクであって、中島梓のペンネームであるとのこと (p.205)。つまり中島梓と竹宮惠子のタッグによって、この雑誌は先導されてゆく。

少年愛・同性愛的な要素への興味を中島梓が持ったのは森茉莉の『枯葉の寝床』であったという。だがその当時、それは文庫には入っておらず、彼女にとって幻の本であって、入手するまでに3年かかったのだということである (p.97)。その出会いのことは『森茉莉全集』第2巻の月報に収録されている、とある。

そしてBL物の小説として、まずあげられるのが『真夜中の天使』である。これは何度も書き直されたりして、幾つものヴァリエーションがあるということを初めて知ったのだが、基本的に今西良という美少年が主人公になっている小説で、そのストーリーは暗い。
それと、これはあくまで私の感覚なのであるが、今西良というネーミングが’すでに古い。でも逆にいうと、その、ややくすんだ色彩こそが中島梓の世界なのかもしれないとも思うのだ。

1975年にTBSTVで《悪魔のようなあいつ》というTVドラマがあり、その主演は沢田研二、役名が 「可門良」 だったので、そこからの発想ではないか、といわれると納得できる (p.145)。私はそのドラマを知らないが、当時の、たぶん絶頂期だった沢田研二からインスパイアされたイメージをそのまま使ってしまうミーハー度においては、中島梓と森茉莉は似ている (森茉莉は『ドッキリチャンネル』という著作にも見られるように、非常に偏向したミーハーでもあった)。そして暗いというよりも退嬰的な設定において両者は似ているが、つまり森茉莉からの影響を自分なりに変奏して作品に呼応させたということなのだろう。

私はこの本の著者である里中高志のように熱心な中島梓の読者ではないし、熱心に読んでいた時期もあったがそれは過去のことで、だからニュアンスはつい過去形になってしまう。
過去形になってしまった原因には2つあって、ひとつは《キャバレー》という映画であった。これは1983年に上梓された原作を角川春樹が監督した作品であり、中島梓の責任は薄いのだが、繰り返し出てくる〈Left Alone〉のメロディがあまりにも多過ぎて陳腐で、これはきっとジャズを聴き始めたばかりの人のセンスだ、と思ってしまったことにある。音楽とはほどほどに使うのが良いのであって、鼻についたらおしまいである。
リュック・ベッソンの映画《レオン》(1994) はそのエンディングにスティングの歌〈Shape of My Heart〉が流れるが、あらかじめエンディグ・ソングとして想定されたものであるとはいえ、その印象は鮮烈である。ずっと押さえていて最後に出すからこそ効果的なのだ。映画音楽にはここぞというポジションがあるべきだ。

もうひとつは彼女の代表作である『グイン・サーガ』で、読み始めたとき、その面白さは群を抜くものであった。次がすぐに読みたくなる渇望度は池田理代子の『ベルサイユのばら』に似る。
だが『グイン・サーガ』が何十巻か経ったところで、それがどこだったか、どんなシーンだったのかも忘れてしまったのだが、「ちょっとこれはどうなの?」 という個所があって、そこで私の読書は止まってしまった。中島梓は出版時、ストーリーの中での矛盾に対する、いわゆるファクトチェックには応じていたが、「文体とかには一切触れさせてもらえませんでした」 (p.265) というスタッフの発言があるが、私が引っかかったのはおそらくその文体についてであったと思う。

でもだからといって中島梓の独創性がそがれるわけではない。その時の夢、その時の幻想にだけ輝き、やがて褪せてゆく小説があってもよいと思うのである。それはかえってその時代、その状況を伴って思い出される性質の記憶であるからだ。
たとえば (以前の記事にも書いたが) 寺山修司の演劇がそうである。その戯曲を読んでも、劇評にあたっても、残された映像を観たとしても、それでは補いきれないものが多過ぎる。そして寺山修司が存在しないと寺山の演劇は存在しない。まるで主人を欠いた宏壮な邸のように。
その時代にシンクロしていないと輝かないものがある。それが 「流行」 というものである。たとえば小室哲哉の一連の音楽がある。アーカイヴから解凍しても元の新鮮さは戻らない。たとえば東京キッドブラザースもそうなのかもしれない (私はほとんど知らないが)。

永遠に残るものがよいとは限らない。なぜなら人間自体が永遠に残るものではないからだ。残るものは美化されるが、やがて風化し、そして朽ち果てる。それよりももっと軽いスパンのものが 「流行」 であり、だから流行は刹那的であり、流行作家も刹那的だ。主人となるものは時代であり、人間はそれに引っ張られているだけの従属物であり端役に過ぎない。


里中高志/栗本薫と中島梓 (早川書房)
栗本薫と中島梓 世界最長の物語を書いた人

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鴻巣友季子『翻訳ってなんだろう?』を読む [本]

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Margaret Mitchell (1900-1949)

NHKの《100分de名著》の放送の中にマーガレット・ミッチェルの『風と共に去りぬ』があって、その講師が鴻巣友季子だった。『風と共に去りぬ』というのは大ベストセラー小説であるだけでなく、映画としても有名で、原作も以前読んだことはあったけれど、もうほとんど忘れているし、正直にいうとストーリーは波瀾万丈だけれど通俗なのではという先入観もあったはずである。

だがNHKサイトの鴻巣友季子の解説コラムを読んで、そうした先入観は打ち破られてしまう。先入観というよりも今まで気がつかなかった視点だ。それは次の個所である。

 『風と共に去りぬ』という作品に言葉の当事者として関わっていくなか
 で、初めて気づいたことがいくつかあります。一つは、この作品が持つ
 高度な文体戦略です。これについても、このテキストで解説していきま
 す。本作について、その歴史的背景や社会的意義を掘り下げた研究書は
 数多くあるのですが、ミッチェルのテクストそのもの――彼女が織り上
 げた巧緻 (こうち) な文章――を分析する評論は圧倒的に少ない。つま
 り、「何が書かれているか」 は存分に説かれてきたものの、「どのように
 描かれているか」 はあまり論じられてこなかったのではないでしょうか。

そして先日、買っておきながら読んでいなかった『翻訳ってなんだろう?』という新書版のその明快な翻訳に関する解説に、ある個所は何度も繰り返し読んでしまうほどの感銘を受けた。私には翻訳における細かいニュアンスの違いがわかるような理解力・語学力は無いが、このように説明されると、あぁそうなのかと納得してしまう。
もうひとつ、目からウロコだったのは前述解説コラムの次の個所である。

 わたしは2015年に『風と共に去りぬ』の新訳を刊行しました。一般的
 に翻訳とは、外国語を日本語に移して 「書く」 作業のことだと思われて
 いるようです。しかし実は、翻訳では原文を的確に 「読む」 という部分
 が作業の九割くらいを占めると私は考えています。読んだ上で、自分の
 言葉で再創造する。ここが一般の読者と異なる点で、翻訳者は原作者の
 「言葉の当事者」 にならなくてはなりません。そのため、わたしは常々、
 翻訳を 「体を張った読書」であると表現しています。

これは例えば澁澤龍彦が言っていたとされる 「翻訳はその言語に堪能なのではなくて、日本語がうまいからだよ」 というのとは全く逆である。もっとも澁澤はある種の衒いでそう言っていたのだろうけれど、鴻巣は『翻訳ってなんだろう?』では、もっとはっきりと書いている。

 翻訳でいちばん重要なのはいかに読むかで、わたしは翻訳講座などでも、
 「日本語力」 「文章センス」 はそんなに求めません。翻訳でそういうもの
 が役に立つとしたら、十割のうち最後の一割くらいのものでしょう。
 (p.16)

本書の内容は名作の一部をどのように訳すか、その翻訳講座における過程を説明した後でその解説、あるいは解答があり、さらに最後に鴻巣訳例が載っているという構成で、柴田元幸の翻訳講座にも同様のものがあったが、面白いけれどむずかしいという点では共通している。
ただ、鴻巣がここでとりあげているのは比較的有名な作品ばかりなので、翻訳のテクニックに関してわからなくても、ある程度納得して読み進むことができる。
とりあげられているのは『赤毛のアン』から始まって、『不思議の国のアリス』『嵐が丘』『アッシャー家の崩壊』『ライ麦畑でつかまえて』と著者名など書かなくてもわかるような作品が続くが、印象としてだんだんと難しくなってゆく。

『赤毛のアン』の、

 it would by best to have a beautiful bosom friend.

のbosomという言い回しの古風さ、bosomは胸という意味を持つが、breast, chest, bustなどより古風で、西ゲルマン語からの言葉であるという。つまり普通には使われないけれど、アンが少し背伸びをして使っている言葉で、これを村岡花子が 「腹心の友」 と訳したのは、よくニュアンスを伝えていると鴻巣はいう。心の友、胸襟を開ける友というように訳してもよいとのことだ。(p.28)

トマスおじさんが食器棚として使っている本棚を壊してしまったというくだりの、

 Mr. Thomas smashed it one night when he was slightly
 intoxicated.

も同様で、intoxicated (この言葉はtower recordsの宣伝誌名で知っていた) も 「酔った状態」 をあらわしているのだけれど、drunkとかtipsyでなくintoxicatedという観念的・抽象的な言葉を使っているのは上等な響きがあり、それは以前の養家であったトマス家の人々をアンがかばっている、あるいは自分がおかれてきた悲惨な環境を恥じている、憐れまれたくない、というような自尊心から出てきた表現なのだとのこと。(p.32)
つまり簡単な言葉でもいいのに、そこにわざわざ小難しい言葉を使うことによって、アンがどのように屈折しているかがわかるというのである。(p.24)

ケイティ・モーリスに関する次の個所、

 I called her Katie Maurice, and we were very intimate. I used
 to talk to her by the hour, especially on Sunday, and tell her
 everything. Katie was the confort and consulation of my life.

でのthe comfort and consulationもまた同様であって、格調高い表現というよりも11歳のアンにとっては気張った表現であるだけでなく、the confort and consulationはcon-の頭韻 (アリタレーション) になっていて、さらにそれは

 This is my confort and consolation im my affiction: that Your
 word has revived me and given me life.

という聖書の詩篇からの言葉でもあり、つまりアンはそれを聞きかじって自分の言葉として使ったのだろうということなのだ。(p.36)

と、ここまで書いてきて、これでは簡単な感想を書こうと思っていたのにどんどん長くなっていくのに気がついた。最初の『赤毛のアン』にしてこうである。私が最も興味深く読んだのはヴァージニア・ウルフの『灯台へ』と、そしてもちろん、最後の章の『風と共に去りぬ』であるが、もうすでに息切れしてしまって、これだとそこまで辿り着けそうもない。
キャロルのas mad as a hatterとか、ブロンテの章におけるfancyとimaginationは違うという解説。サリンジャーのkind of, sort ofというホールデンの口癖、そしてand allという 「言い切りを避ける」 というのもよくわかる解説であった。「~みたいな」 「~だったり」 という言葉をあてているのにも納得する。私は野崎孝訳で読んだが、さすがに今の時代からすると言葉が古いのは仕方がない。でもその時代にはそれがリアルだったのだろう。
『高慢と偏見』の貴族階級のランク付けの表は、読んでもよくわからなかったけれど複雑過ぎて面白い。さすが階級社会の老舗である。

と尻切れとんぼに終わってしまうのであるが、とても濃密な内容の本であった。
『風と共に去りぬ』の新訳は鴻巣訳以外にも、荒このみ訳が出ていて、つまりこういうのが再評価の動きというのかなとも思う。


鴻巣友季子/翻訳ってなんだろう? (筑摩書房)
翻訳ってなんだろう? (ちくまプリマー新書)

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この書を持ちて その町を捨てよ ―『文藝別冊 寺山修司』を読む [シアター]

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推理小説の記述法の分類のひとつに 「信用できない語り手」 というのがある。クリスティにその具体例があるが、愉しみの読書の中でそうした文章上のテクニックに翻弄されるのならともかく、それが現実世界における 「信用できない語り手」 だったり、「信用できない語り手による信用できない情報」 だったりすると、精神的な疲労は甚だしい。そのような悪意の語り手は何も失わず、聞き手のみが深刻なダメージを受けてしまう。そうした環境からは (信じられないかもしれないが、知性の存在しない世界というものがこの世界には存在していて、そこには魑魅魍魎が跋扈しているものなので) 逃げ去るべきだと考えている今日この頃なのだ。

これもまた推理小説の比喩で言えば、いや、推理小説よりもTVの刑事ドラマを連想したほうがわかりやすいが、刑事は何人もの目撃者や関係者にあたり、証拠を積み上げてゆくもので、それは多角的な視点を構築することとも言える。
このブログ記事は文藝別冊というムックの寺山修司特集のつづきだが、こうした本の編集方針も、何人もの語り手から複数の証言を聞き出し、それによってひとりの作家のプロフィールを描き出そうとする意図であるはずだ。つまり刑事の証拠集めに似ている。だがそれが必ずしも多角的で普遍的な視線を持ちうるかどうかはわからない。かえって曖昧な海に沈んでしまうことがあるかもしれない。これはひとつの仮定であって、このムックがそうだと言っているわけではない。しかし最終的に信じられるのは自分の直感だけである。

ざっと読んだ中で最も示唆に富んでいるように思えたのは、高取英と安藤礼二の対談であった。二人の会話によれば、寺山は名も無い市井の人、無名の人に注目したのだという。たとえば有名人の記念写真があると、有名人Aさん、有名人Bさん、一人おいて……のこの 「一人おかれてしまう人」 に興味があるのだという (p.109)。だからシロウトの詩集を作ったし、シロウトで芝居をしようとした。その無名性へのこだわりが胸を打つ。だが新劇のセオリーはシロウトを舞台に上げるなという時代だったので、寺山の手法は顰蹙をかった。
寺山は『家出のすすめ』を書き、そうして家出をした少年少女たちが集まって演劇をやってしまうというプロセスを夢想し、そしてある意味ではそれを現実のものともしていった。シロウトの詩で本を作ってしまうという行為、シロウトに芝居をさせてしまう行為、そうしたすべての流れは、ともすると 「弱い者の味方」 的な見方をされてしまう可能性もある。
寺山が演劇的な 「わざとらしさ」 を嫌ったのは、方法論的にはロベール・ブレッソンを連想させるが、単なる 「わざとらしさ」 の排除だけでなく、それによって生成するステロタイプな演劇の美学に対するアンチテーゼでもあったのではないかと感じる。

高取英は言う。

 寺山さんはよく私探しの元祖とか誤解されるんですよ。私探しの人とい
 うよりは、「私」 なんかないんだと 「私」 は解体した方がいいと言った人
 です。(p.108)

そして、

 『星の王子さま』でもラストで屋台が崩れて、点子ちゃんというヒロイ
 ンが現実であるかのようにモノローグをする。この手法が寺山さんは大
 好きで、『青ひげ』でももう一度やっていて、舞台が崩壊した中でヒロ
 インがモノローグを現実に語りつづける。(p.109)

「私探し」 とか、昔流行した自分の 「ルーツ」 とは何かとか、そうした卑俗なものへのシンパシィやセンチメンタリズムは、寺山修司には一見存在するように見えて、実は無いのだと私も思う。センチメンタリズムを標榜しているからといってセンチメンタリストとは限らない。寺山の演劇における『星の王子さま』でも『青ひげ』でも舞台が崩壊して、演劇が現実と同一線上になっても継続するというその手法は、演劇というシステム自体の崩壊を意味していて、それは 「私」 を敷衍させた無名の人々であり、芝居を演じていたはずの人々はいつの間にか現実の人々になってしまう。
寺山の夢想する 「私」 は、たとえば 「がんばった私をほめてあげたい」 というような 「私」 とは最も遠い地点にいる 「私」 である。

 だから寺山さんは芝居が終わった後にカーテンコールをするのを嫌がっ
 た。(p.109)

というのも当然であり、寺山はそうしたメソッドの演劇を目指していたのではなかったということがわかる。「子どもだまし」 「機械仕掛けマニア」 といった批評は的外れであり、なぜならそれらはメタファーであり、それ自体の真贋、優劣を意図していないからだ。能舞台に出てくる作り物を、リアリティが無いと言って貶す人がどこにいるだろうか。

安藤礼二の寺山と唐十郎の比較も面白い。

 ただ寺山さんは非常に頭脳的な人で、唐さんは肉体的な人だと捉えられ
 ている向きがあります。しかしその理解はまったく逆なのかもしれない。
 唐さんの方が論理的、知的であり、寺山さんのほうがより偶然に開かれ
 ている。(p.111)

唐十郎や野田秀樹の戯曲が、戯曲という形態として確立されているのだとするのならば、寺山の戯曲は単なるレシピに過ぎない。レシピだからどんな料理人にも提供され得るのだが、肝心な部分を寺山は書いていない。だから永遠に不完全なのである。
one and onlyな点で、寺山とアストル・ピアソラは似ている。誰でもトレースできるが、トレースしたものはすべてイミテーションでしかない。何かが欠けているのである。お役所の書類のように、コピーすると 「これはコピーです」 という文字が浮き出てしまう。

その他にも私が今まで知らなかったことが語られていて興味深い。
高取によれば、寺山は沼正三の『家畜人ヤプー』をそれが連載されている頃から高く評価していたという。また、団鬼六を評価していて、彼の紹介で新高恵子が天井桟敷に来たことなど。(p.112)
安藤は、中井英夫の働きについて述べる。折口信夫の最後の短歌があり、そして寺山の最初の短歌があり、これらを取り上げたのが短歌雑誌の編集者であった中井だったこと。そして折口の小説『身毒丸』と寺山の戯曲『身毒丸』は重なる (身毒丸は俊徳丸伝説がその元であり、謡曲の『弱法師』、説教節の『しんとく丸』はそこから派生したものである)。ただ、寺山の『身毒丸』は主人公が柳田國夫になっていて、これは折口と柳田がごっちゃになっていたのかもしれない、ということだが、わざとしたのだと思えなくもない (似た人をわざと間違えるのも諧謔の一手法である)。そして、折口、柳田と最も親交のあった泉鏡花の『草迷宮』へと寺山の作品がつながる (p.115)。
1953年晩夏に折口信夫が亡くなり、1954年末に寺山修司がデビュー。そして中井の『虚無への供物』の連載が開始されたのが1955年だとのこと。連載されたのはゲイの同人誌『アドニス』なのだそうである。登場人物の氷沼藍司に、安藤は寺山との相似性を見る (尚、安藤礼二は折口信夫のオーソリティである)。

足立正生が映画『椀』を撮った頃のこと。山野浩一は『デルタ』を撮り、二人の作品がTVで学生映画として紹介されたとき、批評家として出演していたのが松本俊夫と寺山修司だったこと。山野浩一の原点というのを今まで知らないでいたので納得した。

そしてこのムックの中で最も私の心に突き刺さったのは橋本治である。河出文庫の『書を捨てよ、町へ出よう』の解説として1993年に書かれたものである。
言葉は何度もリフレインして、そして鋭い。解説であるようでいて、解説でない。あまりにすご過ぎるので全文を引用したいところだがそれはアンフェアであり、思考の放棄でしかないので思いとどまることにする。

 寺山修司は、日本の近代文学の外にいた。(p.132)

 寺山修司は、紛れもなく詩人である。

 だから理性とは、普通、「肉体に由来する混乱を排除する力」 だと解され
 ている。理性する哲学者にとって肉体は邪魔で、人間の論理は肉体の論
 理を排除することによって完成され、そのように完成させられた論理は、
 常にそこからの逸脱を渇仰する方向にしか動かない。(p.133)

この、精神と肉体との比較は、先にあげた安藤礼二の寺山と唐の本質の比較に通底する思考である。特に演劇において、というか舞台芸術において、肉体と精神をどのようにコントロールするのかは最も重要な課題である。

 寺山修司とは肉体を持った青年で、詩とは、肉体からしか生まれて来な
 い言葉の論理である。(p.133)

橋本は、寺山が詩人として発した言葉にはそれを発する肉体が伴っているから詩なのであり、それは書斎から発せられる、文学が文学であるというだけの 「正統日本近代文学」 の言葉とは異なっているのだ、だから理解ができないのだとする。正統というのはもちろん皮肉であり揶揄である。そして既存の詩人についての疑問を提出する。

 寺山修司の文章は、すべて詩人の文章である。だがしかし、「詩人」 と
 いう肩書を持った者の文章の中から詩が聞こえてくるということは、稀
 でもある。寺山修司の文章は、しかしそれとは違って、明らかに詩であ
 る。何故そうなるのかというと、それは寺山修司が、言葉と言葉のつな
 ぎ目を接続詞でつながなかったからだ。(p.134)

何という比喩であろうか。このめちゃくちゃさが、めちゃくちゃカッコイイ。でも橋本はきっと、どこがめちゃくちゃなんだ? と言うだろうが。
橋本は、寺山の美学をひとりの少女の美についてを例にとって語る。少女は美しいけれど、同時に美しくない。「ドラマとは、美しい少女が所詮ただの一人の少女に過ぎないという発見をする」 ことなのだという。このシュレディンガーの猫的な形容の果てに橋本は決めゼリフを放つ。

 寺山修司は、肉体を排斥する理性の産物である書を 「捨てよ」 と言った。
 そして、肉体が肉体のままで存在しうる場である筈の町へ 「出よう」 と
 言った。そう言った瞬間、そこには 「それを言う書」 があった。そして
 町は 「それを言わない書」 に侵された人間達で一杯になっていた。だか
 ら今ここで言う ―― 「この書を持ちて その町を捨てよ」 と。(p.135)

「書を捨てよ」 というためには、そもそも書がなければならない。でも最初から捨てるべき書がそもそもないのではないか。それが橋本の提示する問いである。かつて町は、書を捨ててまで出かけて行くことに魅力のある場所であったのかもしれない。しかし今、そうした町は幻想なのかもしれない。いや、幻想なのだと橋本は断言しているのだ。これは橋本らしいアイロニーである。書と町は並列して比べられるものではない。しかし今、このたった1冊の書のほうが、町よりも有益であるのかもしれない。それは町の退廃であり、そして腐敗である。寺山の描く町はもはや書の中にしか存在しない。それほどにこの町は爛れてしまったのだ。それが橋本の遺言のように私にまとわりつく。


文藝別冊 総特集 寺山修司 増補新版 (河出書房新社)
総特集 寺山修司 増補新版 (文藝別冊)




寺山修司/書を捨てよ、町へ出よう (角川文庫)
書を捨てよ、町へ出よう (角川文庫)

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Candy ― ナット・キング・コール [音楽]

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Nat King Cole (wikipediaより)

〈ハーバー・ライツ〉という曲がなぜか気になって検索していた。この前読んだ小西康陽の本の中に、ラジオ関東で〈ポート・ジョッキー〉というケン田島の担当していた音楽番組があって、そのオープニングがビリー・ヴォーンの〈ハーバー・ライツ〉だったとのことだが (p.213)、もちろんその番組を聞いたことはない。だが〈ハーバー・ライツ〉という言葉から醸し出されるその時代の感じはなんとなくわかってしまう。
私にとっての検索の動機は、単純にハーバー・ライツという言葉が存在していて、それは私の幻想の中にあるひとつのきっかけでありトリガーであったのだが、それは説明すると長くなるし、ごく私的な回想なので、そんなことはどうでもいい。というより調べているうちに当初の目的が失われてしまって自分が何を目的として探しているのかがわからなくなる。
Herbour Lights はヴィルヘルム・グロシュ (Wilhelm Grosz, 1894-1939) の作曲したスタンダード・ナンバーであるが、この曲はヴィルヘルム・グロシュという名前ではなく、ヒュー・ウィリアムズ (Hugh Williams) として書かれた曲である。ヒューという名前から連想するのは『星の時計のLiddell』であるが、ビックス・バイダーベックは夭折したコルネット奏者である。そしてウラジーミルは元KGBの大統領ではなくウラジーミル・ナボコフのことである (バイダーベックについてはすでに書いた→2012年08月16日ブログ)。

ヒュー・ウィリアムズの曲には他に〈夕陽に赤い帆〉があって、この曲もかなり知られているスタンダードである。彼はウィーンの音楽家でもともとはクラシックの人であったが、ナチスを避けてアメリカに渡り、ポピュラーソング、映画音楽などに携わった。だが詳しいことは知らない。
〈ハーバー・ライツ〉は1937年にフランセス・ラングフォードのために書かれた曲である。この気怠い雰囲気がたまらない。戦前のアメリカのポピュラーソングの典型であり、音楽が最も輝いていた時期の頃だったのだろうと思う。
ラングフォードのオリジナル録音は、伴奏楽器のためもあるのかハワイアンなテイストもあるし、気怠さが顕著である。それは私が望んでいたハーバー・ライツという語感から来る肌寒さと孤独なイメージとは異なるものだが、何も考えなくてよい愉悦のFM番組の音のようでもあり、過去に浸るのにはこうした曲に限るのかもしれない。

だが〈夕陽に赤い帆〉(Red Sails In The Sunset) を聴こうとしているうちにナット・キング・コールに行き当たった。私はあまり歌ものを聴かないので、彼のアルバムは《After Midnight》しか持っていなかったように思うが (他にもあったかもしれないが忘れてしまっている)、歌だけでなくピアノの明快なスウィング感が伝わってくるアルバムである。
YouTubeにある彼の歌唱による〈アンフォゲタブル〉〈ルート66〉のような、よく知られている曲のどれを聴いても全く破綻がなくて安心して聴くことのできる歌手である。
オリジナルのLP《After Midnight》には入っていなかった曲がCDになってから追加され、トータルの曲数が多くなってしまうというのがこのアルバムにも見られるが、〈キャンディ〉(Candy) があるのに気がついた。

〈キャンディ〉はアレックス・クラマーの書いた曲で1944年に出されたとwikiにある。早速、ナット・キング・コールの〈キャンディ〉を聴いてみたのだが、ジョニー・マーサー、ジョー・スタッフォード、ポール・ウェストン&ザ・パイドパイパーズによる〈キャンディ〉もあって、この違いが面白い。
山中千尋が初めてヴァーヴからリリースした《Outside by the Swing》という2005年のアルバムは、澤野工房のときよりもやや肩に力が入っているなというのが最初の印象だったが、このアルバムの最後に、オマケのように、お遊びのように入れたピアニカによる〈キャンディ〉があって、これがとても心がなごむ。以前、この最後のトラックばかり聴いていたことがあるが、おそらく山中千尋にとっては本望ではない。


Nat King Cole/
The Complete After Midnight Sessions (Poll Winners)
The Complete After Midnight Se




Frances Langford/Harbor Lights
https://www.youtube.com/watch?v=SLeXA0FapcM

Nat King Cole/Red Sails In The Sunset
https://www.youtube.com/watch?v=HLQZZoAkdig

Nat King Cole/Unforgettable
https://www.youtube.com/watch?v=JFyuOEovTOE

Nat King Cole/Route 66
https://www.youtube.com/watch?v=dCYApJtsyd0

Nat King Cole Show Feat JATP/I Want To Be Happy
https://www.youtube.com/watch?v=CUD0QiD00hY


Nat King Cole/Candy
https://www.youtube.com/watch?v=MiUzwUGh--U

Johnny Mercer, Jo Stafford, Paul Weston
& The Pied Pipers/Candy
https://www.youtube.com/watch?v=6j6t2zcdkw0

山中千尋/Candy
https://www.youtube.com/watch?v=6sEf139WeU8
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