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フランス・ギャル《初めてのヴァカンス》を聴く [音楽]

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France Gall, Serge Gainsbourg, 1965

フランス・ギャルの初期のアルバム5枚のリマスター盤は結果として彼女の追悼盤となってしまった。1stアルバムとされている《初めてのヴァカンス》(Mes premières vraies vacances, août 1964) を聴く。この頃のアルバムはアルバムタイトルというものがまだ確立されておらず、このアルバムもタイトルとしては france gall なのであるが、それだと区別がつかないから便宜的に1曲目をそのアルバムのタイトルとする慣習に従っている (紙ジャケットの背文字はFRANCE GALLとなっている)。

それと正確にいえばこの1stアルバムは12inch (30cm) 盤の1stであって、その前に《N’écoute pas les idoles》(mars 1964) という10inch (25cm) 盤がリリースされている。25cm盤は8曲だが30cm盤は12曲、つまり4曲プラスされていることになるが、曲順も異なる。
25cm盤ではA1が〈N’écoute pas les idoles〉、そしてB4の最後の曲が〈Pense à moi〉であり、最初と最後に重要曲を持ってくるというセオリーに沿っている。
私は25cm盤も30cm盤もまとめてカウントしたので以前のフランス・ギャルの記事では《N’écoute pas les idoles》を1st、《Mes premières vraies vacances》を2ndとしていた。だが内容的には重複しているので30cm盤の《Mes premières vraies vacances》を1stとするのが妥当だと思われる。この25cm盤というのは、4曲入り17cm盤と30cm盤の中間的な性格なのかもしれない (以前の記事は→2012年12月04日ブログ参照)。

さて、5枚出た今回のリマスター盤ではこの1stアルバムのみがモノラルであり、2枚目はモノとステレオ混在、3枚目以降はステレオとなる。1964年のモノラルだからと侮ってはいけない。非常に音がクリアで、無駄な音がなく、決してチープだったり貧弱な音ではない。

25cm盤の曲順でもわかるように、このアルバムのなかで最も重要なのはtr08 (LPではB面2曲目) の〈N’écoute pas les idoles〉(アイドルばかり聞かないで) である。唯一のセルジュ・ゲンズブールの曲であるが、4つ打ちのリズムとそれにからまるブーミーな音に乗るヴォーカルがすでに次の〈夢見るシャンソン人形〉を暗示している。途中で半音上がるお決まりなパターンもカッコいい。歌詞の美しさと完璧さについてはあえて触れない (ゲンズブールの歌詞についてはたとえばココ→2012年05月10日ブログ)。
〈アイドルばかり聞かないで〉というタイトルは、同時期にミシェル・ボワロンの監督によるコメディ映画《アイドルを探せ》(Cherchez l’idole) があり、アイドルを探せ→アイドルを探すな→アイドルを聞くな、というダジャレのような気もする。《アイドルを探せ》の公開は1964年2月となっているが、1963年公開という記述もあり、どちらにせよ〈アイドルばかり聞かないで〉よりやや先行した作品のはずである。

tr05の〈Pense à moi〉(パンサモア) についても以前の記事に書いたが、解説のサエキけんぞうもデイヴ・ブルーベックの〈テイク・ファイヴ〉(1959) 風に作られた曲であると言っている。彼女がフィリップスのオーディションを受けたときに歌ったのが〈テイク・ファイヴ〉だったとのこと。〈テイク・ファイヴ〉にも歌詞があるのか! と一瞬思ったのだが、ジャズのスタンダード曲にはまず歌詞があると思って間違いない (〈テイク・ファイヴ〉は4分の5拍子によるジャズの大ヒット曲である)。
〈Pense à moi〉は父親であるロベール・ギャルの作詞、ジャック・ダタンの作曲であるが、ダタンはtr01の〈Mes premières vraies vacances〉やtr09の〈J’entends cette musique〉(審判のテーマ) も作曲している。この曲は日本でのシングル・デビュー曲とのこと。

あらためてこの〈Pense à moi〉を聴いても、歌の上手さは最初から完成していて単なるアイドル歌手とは全然異なる。「大人趣味の彼女が “わざと?” 舌っ足らずに歌う魅力」 とサエキけんぞうも指摘しているが、あらためて思うのは、かわいく歌っている部分はブリッコであって確信犯だということだ。
たとえばtr06の〈Ça va je t’aime〉(恋のサバ・サバ娘) の冒頭のようなベタッとした地声的な発声もその一環であり、歌が下手なのではない。

tr07の〈La cloche〉(ギターとバンジョーと鐘) についてサエキけんぞうは大瀧詠一の〈FUN×4〉(アルバム《A LONG VACATION》(1981) に収録) にそっくり、というが、たぶんというかほとんど間違いなく大瀧詠一はこの曲を知っていたのだろう。ただ、大瀧詠一はやはり日本人で、テイストが日本風に翻訳されている。この元曲を知ってしまうと、ヨーロッパと日本の音感覚 (そのリズム) の違いを思い知らされる。もちろん大瀧はその差異をわかっていてわざとやったのに違いない (イエローサブマリン音頭と同じ)。
この曲でも高音部が出ないので無理して歌っているような箇所があるが、それも〈かわいさ〉の変形としての仕掛けであるように思える。つまりフランス・ギャルのテクニックは底知れない。
この1964年という頃、音楽は今よりソフィスティケートされていて、その本質を知っていたように思える。くだらない飾りはいらない。


France Gall/初めてのヴァカンス (Mes premières vraies vacances)
(ユニバーサルミュージック)
初めてのヴァカンス(紙ジャケット仕様)




France Gall/N’écoute pas les idoles
https://www.youtube.com/watch?v=NyvbFSve_Fo
or
https://www.youtube.com/watch?v=dXHW6oOXYhc

France Gall/Pense à moi
https://www.youtube.com/watch?v=nS4gtEij2qY

France Gall/La cloche
https://www.youtube.com/watch?v=YUaaTM4PlX4
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マッコイ・タイナーとコルトレーン、そしてその後 [音楽]

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McCoy Tyner (bluenote.comより)

ジョン・コルトレーンのグループとその音楽において最も重要な役目を果たしたピアニストはマッコイ・タイナーである。
マッコイ・タイナー (McCoy Tyner, 1938-) はフィラデルフィア生まれのジャズ・ピアニストで、1960年から65年までコルトレーンと共に演奏した。ジミー・ギャリソン (bass)、エルヴィン・ジョーンズ (ds) とのクァルテットはコルトレーンの歴史のなかで最も優れたグループである。

コルトレーン (John Coltrane, 1926-1967) は最初、かなり下手なプレイヤーだった。それを自分のグループに加えたのがマイルス・デイヴィスである。その頃のコルトレーンはあまり冒険的なアプローチをせず、スクエアで安心して聴ける音というのがそのイメージとして存在していた。しかし彼はどんどん変貌してゆく。
マイルス・バンドから独立して《Giant Steps》(1960) をリリースした頃から、その方法論をどんどん突き詰めていった。すごく簡単にいえばコード・プログレッションの複雑化であり、そのアルバムのときのピアニスト、トミー・フラナガンはコルトレーンの目まぐるしい進行についていけなかったという話がある。

コルトレーンのマッコイを含むクァルテットのこの頃の作品にはコルトレーンの代表作的アルバムが多いが、コルトレーンの音使いは斬新な方向へと進化してゆき、フリー・ジャズに近づいていった。複雑化することは使用できる音の範囲が拡がっていくことであり、結果としてどの音でも使ってよいように見えるが、最初からどの音でも使ってよいというコンセプトの下で演奏しているフリーとは、実はその成立過程が異なる。異なるのにもかかわらずその音はフリーであるのと見分けがつかなくなっていった。
さらにいえばリズムはパルスのように細かく打ち出され、どんなに複雑化してもスウィングしているそれまでのジャズとはリズムの構造そのものが違って感じられてしまう。

そうしたコルトレーンの変貌あるいは追求の方向性にマッコイ・タイナーはだんだんとついていけなくなりグループから退く。その境目となったのが《Meditations》(1966) である (このアルバムのリリースは1966年だがレコーディングは1965年11月23日)。エルヴィン・ジョーンズも1966年に同様の道を辿り、コルトレーン晩年のフリー期のピアニストは妻のアリス・コルトレーン、ドラマーはラシッド・アリとなる。しかし翌1967年、コルトレーンは40歳で亡くなる。

ネットで動画を見ていたらたまたまコルトレーン・グループの動画があって、マッコイ・タイナーのピアノの弾き方にとても引き込まれた。この頃の動画の数は少ないと思えるが、やはり音だけで聴くのと映像があるのとではその情報量が違う。
マッコイ・タイナーはその速弾きで知られる。どのくらい速いかというと、ピアノの鍵盤が戻ってくるより速く次の音を叩いてしまうなどとよく揶揄されていたのだが、確かに速いし、クラシック系のスクエアなピアノの先生に 「こういう弾き方をしたらダメですよ」 と言われそうな奏法である。
また左手が次第にパーカッシヴな弾き方となっていき、コードを押さえるというよりは音程のある打楽器を叩いているような状態になっていたりする。

だがたとえば1963年頃のコルトレーン・グループでの演奏を見ると十分にモダン・ジャズであり、むしろコルトレーンも端正でまだスクエアだ。マッコイのピアノも流麗で、左手もおとなしくて、そんなに活躍していない。【→ (1)
しかし1965年になるとコルトレーンのソロは明らかに先鋭化し、ピアノにもそれに応じた音が要求されていたのだと思われる。マッコイはその要求に応えながらも自分の音楽を維持したいと思っていたようだが、見ようによってはやや投げやりな演奏にも見えてしまう。音数を多くしようとするあまり、インプロヴィゼーションのメロディラインが間歇的になり、つながっていかないのだ。この年の暮れに彼はコルトレーン・グループから退団してしまうのだから納得できるのだが、その気持ちがなんとなくわかるような気がする。【→ (2)

マッコイ・タイナーの名盤といえば《Real McCoy》(1967) とか《Enlightenment》(1973) あたりだと思うが、コルトレーンの影響というか呪縛 (?) みたいなものから逃れ出た開放感があるような感じもする。《Enlightenment》は1973年のモントルー・ジャズ・フェスティヴァルにおける演奏を収録したものだが、当時流行のクロスオーヴァー的なテイストがあるにせよ、あきれるほど速いピアニズムも絶好調である。逆にいえば、マッコイ・タイナーへの批判的な意見として 「速いだけ」 という形容があることも確かである。2曲目、10'03"あたりからのピアノのみでのソロが彼の音の使い方をよく現している。【→ (3)

こうした彼の特質は1998年になっても衰えているようには見えない。ニューポート・ジャズ・フェスティヴァルの動画があったが、これはフル・ヴァージョンで長過ぎるので最初のほうだけでも見れば十分だと思う。ニューポートというとマッコイには《Live at Newport》という1963年のライヴ・アルバムがあるが、それから35年後のニューポートである。【→ (4)
ややフュージョン寄りと感じられてしまうのはマイケル・ブレッカーがいるための私の偏見かもしれないが、この日のブレッカーは最高だし、マッコイのこのピアノの音の爽快感も素晴らしい。音楽に内容なんか無くてもいいのである、カッコさえよければ、と思わず言ってしまいそうになる。あ、もう言ってるし。


McCoy Tyner/The Real McCoy (Blue Note Records)
Real Mccoy




McCoy Tyner/Enlightenment (Milestone)
http://www.hmv.co.jp/artist_McCoy-Tyner_000000000003932/item_Enlightenment_76874

Enlightenment




(1)
John Coltrane Quartet/Impressions
TVB, Jazz Casual TV Show, KQED TV Studio, SF, Dec. 7, 1963
https://www.youtube.com/watch?v=03juO5oS2gg

(2)
John Coltrane Quartet/My Favorite Things
Comblain-la-Tour, Belgium, Aug. 1, 1965
https://www.youtube.com/watch?v=59pbGmckFE8

(3)
McCoy Tyner Quartet, Montreux 1973 (Part 1)
The Montreux Jazz Festival in Switzerland, July 7, 1973
https://www.youtube.com/watch?v=9RdHXui_SxA

(4)
McCoy Tyner & His Trio
Newport Jazz Festival, August 15, 1998
Michael Brecker (ts), Avery Sharpe (b), Aaron Scott (ds)
https://www.youtube.com/watch?v=FKyYLlzMyFo
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もう来ない夏 ― 浜崎あゆみ《Fly high》 [音楽]

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何かに心を惹かれること、興味を持つことには2種類あって、「これだ!」 と瞬間的に沸騰してしまう場合と、最初はぼんやりと何となく気になっているだけなのに、次第にそれがかたちを成して大きな位置を占めてしまう場合がある。
瞬間的に分かってしまうのは私の場合、服で、ショップに入ったとき、どれが自分の欲しい服かは瞬間的に分かる。ただ、いきなりそれに手を出すのは恥ずかしいので他のものを見てみたりするフェイントがあるのだが。たとえばファッションショーの何十枚の写真からこれ1枚を選ぶのだったら簡単に決められる。好みが明快だからだ。
だが音楽の場合は、「最初はぼんやり」 であることがほとんどで、心に引っかかっているのか、それともそうでないのかがよくわからない。形がないものだからなのだろうか。選びとるまでの過程がとても臆病である。

浜崎あゆみについて語ることはむずかしい。音楽以外の夾雑物が多すぎるし、その音楽自体がそうした夾雑物を含めて成立している実態もあるからである。
まず年代的な視点でいうと、浜崎はよく安室奈美恵と比較されることがあるが、安室がブレイクしたのは1995年1月の〈TRY ME〉あたりからであって、浜崎の1stシングル〈poker face〉は1998年4月、時代として少しズレている。
浜崎の最初のアルバム《A Song for ××》の発売は1999年1月1日だが、この1999年という年は特異な年であり、アルバムの発売日で見ると、椎名林檎《無罪モラトリアム》が同年2月24日、宇多田ヒカル《First Love》が同年3月10日である。つまり浜崎、椎名、宇多田の1stアルバムがこの年の1月から3月の間にリリースされているのだ。音楽に限らず、こうした 「出現」 は多くの場合、特異点であり、時間軸の中に偏在する。
安室はむしろ、Every Little Thing (1stシングル〈Feel My Heart〉が1996年8月7日発売) などと同時代であり、浜崎などよりひとつ前の世代であるというふうに捉えたほうがよいのだと思う。

もうひとつ、安室と浜崎が異なるのは、安室は単純に 「歌手」 だということである。一方、宇多田や椎名は作詩作曲をするシンガーソングライターであり、浜崎はその中間に位置する存在であって、原則的に作詩のみをするライターであることだ。
夾雑物ということで述べるのならば、その当時 (今でも?)、浜崎の作詩は本当は彼女が書いているのではない、という風聞もあった。彼女を目の敵のように攻撃していたマニアなHPがあって、その彼が強力に推しているアイドル・グループが存在していたのだが、それは泡沫アイドルでしかなく、今となっては影も形もないし、名前さえ忘れてしまっている。マニアックなプロモーションの一環だったのかもしれない。
大雑把に言ってしまえば、浜崎が作詞を実際にしているかいないかなど、どうでもいいのである。それを含めたそのプロジェクト総体におけるコンセプトが時代の心象風景を反映していたかどうかが問題なのだ。

何となく気になっていただけの浜崎あゆみが明確にかたちをとったのは、私にしては珍しくはっきりしていて、それは〈Fly high〉(2002.2.9リリース) のPVによってである。つまり時代のトレンドへのかかわりかたとしては、やや遅い。
PVと同時に彼女が自分の音楽について語る動画があって、その確信的な自信と、同時に感じた乖離のようなものが興味を引き起こした。年齢の割に妙に悟っている部分と、幼い感じとが混在していて、プロデュースされていることに沿っているものとそれに反撥しているものが同居しているように思えたからである。

〈Fly high〉のPVは、スタジオライヴのような設定であり、めまぐるしく動くカメラワークが、雑然としたライヴの雰囲気を作り出している。ダボッとしたひかりもののトップスにダメージのショートパンツ、ブロンドのショートヘアでクラシカルなフォルムのマイクを持って歌う浜崎あゆみは少年っぽい。それは歌詞にも表れる。

 僕は考え過ぎたのかもしれない

1stシングル〈poker face〉(1998.4.8) のPVは、樹に鈴なりとなったモニター画面で、それはナム・ジュン・パイクのインスタレーションを連想させる (ということはすでに書いた→2012年04月24日ブログ)。そしてこうした初期の浜崎のPVから受ける印象は、やや実年齢より上の、オネエサンな雰囲気を湛えているように思える。
〈poker face〉以後、シングルは昔の流行歌手のように2カ月毎にリリースされる。〈YOU〉(1998.6.10)、〈Trust〉(1998.8.5)、〈For My Dear...〉(1998.10.7)、〈Depend on you〉(1998.12.9)、そして1999年元旦の1stアルバム《A Song for ××》へとつながる。

だが《A Song for ××》のジャケット写真は、フードを被った正面からの顔で、オネエサンな雰囲気でなく、むしろロリータ的に幼い。白を基調としたモノクロームなイメージ、そして繊細に絡まるヘアラインのデザインからはある種のメッセージが感じ取れるが、それはそれまでの各シングルから発せられてきたメッセージとは微妙に異なるのだ。私はそれがプロデュース・チームに存在する相剋のように感じられる。どのようにして売るべきか、まだキャラクターが定まっていなかったように思える。

1999年もほぼ2カ月毎のシングル発売は続き、浜崎はまさに 「流行歌」 を連発し続けていた。だがタイトルが全て英語であることが一種の抽象性を持ち、連続性の陶酔なのか、それともどこを切っても同じ金太郎飴のようなステロタイプなのか (例えが古い!)、その均衡のなかにいたようでもあった。
1999年の終わりから翌年はじめの3曲、枚数限定のシングル〈appears〉(1999.11.10)、〈kanariya〉(1999.12.8)、〈Fly high〉(2000.2.95) はその連続性に変化を持たせるためのビジュアルを強調したセットのようでもある。
〈appears〉と同日に、2ndアルバム《LOVEppears》がリリースされ、ここがひとつの転換点であることを暗示していた。

2000年4月から次のセット、いわゆる 「絶望3部作」 と呼ばれる3曲が1カ月毎に出された。〈vogue〉(2000.4.26)、〈Far away〉(200.5.17)、〈SEASONS〉(2000.6.7) というセットである。その後のシングル〈SURREAL〉(2000.9.27) が出たとき、その頃親しかった浜崎好きな友人と私が共通の認識を持ってしまったことは確かである。「終わったね」 と。
この2つ目のセットは、わかりやすいたとえで言えば、ビートルズのサージェント・ペパーズのようなもので (この例えも古い!)、ここがピークだったのだと、振り返ってみると思える。

この時期、通常のシングル、アルバムだけでなく、リミックス盤、アナログ盤と、浜崎サイトは多彩なかたちで攻撃を仕掛けた。幾つものヴァージョンで稼ごうとするのはミレーヌ・ファルメールと同じで、夢にうかされると霊感商法のように何でも買わされてしまうのである。
リミックス盤とはそのほとんどが製作者サイドの自己満足であり駄盤であるが、浜崎の2枚目のリミックス・アルバム《SUPER EUROBEAT presents ayu-ro mix》は例外的な傑作であり、個人的にはこのリミックス・アルバムが浜崎の最高傑作であると思う。このアルバムはシングル〈Fly high〉の発売から1週間後の2000年2月16日にリリースされているが、このアルバムのトップに収録されているのが〈Fly high〉のリミックスなのである。

冒頭、〈Fly high〉はクジラの鳴き声のようなエフェクトから始まる。私が連想したのはジェラルド大下であるが、曲に入ればそれは軽快なユーロビートであり、車の中で聴いてはいけない。スピードが出過ぎるからである (でも、今聴いてももうスピードは出ないだろう。なぜならときが過ぎてしまったから)。

さて、ユーロミクスではない本来の〈Fly high〉のPVに戻ろう。この曲から私が感じるのは、浜崎あゆみの少年性である。彼女はときどき歌詞に 「僕」 という一人称を使う。

 僕は考え過ぎたのかもしれない 〈Fly high〉

 振り向けば君が
 笑っていました 〈vogue〉

 僕らは今生きていて
 そして何を見つけるだろう 〈SEASONS〉

〈vogue〉の歌詞は 「ですます」 調で、「僕」 は出てこないが 「君」 という第二人称によって、それを言っている第一人称が 「僕」 っぽいことがわかる。
浜崎自身は、なぜ 「僕」 という単語を使うかという問いに対して 「(わたしという言葉を使うのが) 恥ずかしいから」 という答えを出していたような記憶がある。また、女性が 「僕」 という第一人称を用いても別によいのではないかという意見もある。もちろん、単に男性歌手が女心を歌う演歌もあるのだから、その逆だという解釈も当然ある。だが、そんなに簡単なことではないと私は思う。

人は常に自分の心の中に自分の性とは反対の性を持つ。男性の中にも 「女性」 性は存在し、女性の中にも 「男性」 性は存在する。
浜崎の初期PVはきれいなオネエサンを志向しながらも、どこか美少年的な翳りをも同時に併せ持っている。ヘアスタイルもロングよりショートのほうが少年っぽいはずである。

〈Fly high〉のPVにはフードを被って立っている浜崎が出てくる。それはアルバム《A Song for ××》のジャケットを暗示している。フードを被った浜崎あゆみは内向的な過去のもうひとりの浜崎あゆみであり、もっといえば性的に未分化なキャラクターを指しているのかもしれない。つまり正確にいえばロリータ以前かもしれない。
〈Fly high〉から私が連想したのはトマス・M・ディッシュの『歌の翼に』でもある。主人公はどうしても飛べない。だが主人公の彼女は簡単に飛べてしまう。飛ぶことはピーターパンに似て、まだ未分化な性の象徴でもある。大人になったら飛べないのだ。まだ飛べていた〈Fly high〉から、飛べなくなった〈SEASONS〉への移行というふうにも考えられる (ディッシュについては→2014年02月01日ブログ参照)。
少年性を連想させるということでは〈SURREAL〉以後の曲だが〈NEVER EVER〉のPVやジャケット写真がそうである。服がワンピースであるにもかかわらず、迷彩柄であること、顔が泥で汚れていること、髪がやはりショートであることなどが倒錯した性を感じさせる。

〈SEASONS〉のPVにおける浜崎の衣裳は喪服である。少年と少女は白い服で浜崎は黒い服、それは少年期・少女期からの訣別としての喪服であるのかもしれない。未分化なときから、大人としてのときへの移行。未来ある白から絶望の黒へ。傾いた風景は廃墟となった未来を思わせる。
と書いてはきたが、もしかするとこれは 「考え過ぎかもしれない」。

浜崎あゆみと安室奈美恵は、その一時期、カリスマ性を持っていたことで同根のように語られたりもするが、最も異なるのは浜崎の歌詞の中に存在する泥くささである。たとえば〈A Song for ××〉のそれは時として直截すぎ、洗練されていなくて、なめらかでない。そして結論なく終わる。
十代の少女たちに浜崎が共感を得ていたのは、世間の不条理感に対する個別の抗いであって、連帯感とは無縁である。少女たちは共通した共感を持っているがそれは個々のことで、連帯することはなく、やがてそこから卒業してゆく。なぜなら大人になってゆくから。ウェンディのように。
ディッシュの『歌の翼に』の悲劇は、ウェンディが飛べて、ピーターパン自身が飛べないことにあるのだ。それは倒錯したマゾヒスティックな悲劇でもある。

〈SEASONS〉を過ぎてから、浜崎は普通の女性としての作品がほとんどになった。彼女の商業的成功は、すべてを手に入れたように思えるが、何も手に入れていないようにも見える。すべてがありながら、同時にすべてはないという矛盾した孤独感は、小室哲哉から感じ取られる孤独感に似る。
近年になって浜崎あゆみは太ったと言われるが、彼女は 「あの時代にはもう戻りたくない」 という。もっとも好きなことができるべき時期に、体型維持のため食べるものを制限され、いつもひもじかったという。

〈Far away〉で歌われるのはかたちのないものであり、それは音楽の別名でもある。

 新しく 私らしく あなたらしく 生まれ変わる...
 幸せは 口にすればほら 指のすき間
 こぼれ落ちてゆく 形ないもの

曲の最後のフレーズはこう歌われる。

 もうすぐで夏が来るよ あなたなしの...

〈vogue〉と〈SEASONS〉の間に位置するこの曲は普通の失恋の歌のように見えてなにか不穏だ。「忘れてた景色たち」 と、景色は複数形で呼ばれる。それは残酷な風景であり、「もうすぐに」 でなく 「もうすぐで」 というところに飛散する夏ではない夏を見るのである。


浜崎あゆみ/A Song for ×× (エイベックス・トラックス)
A Song for ××




Fly high
https://videa.hu/videok/zene/ayumi-hamasaki-fly-high-japan-jpop-mv-xmKC4OyfoqE72S2X

A Song for ××
https://www.youtube.com/watch?v=st8eRKaqchU

SEASONS
https://www.youtube.com/watch?v=BQEBJeZSaVs

Far away
https://www.youtube.com/watch?v=M80sHiboK3o
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ハイドンへの長い道 ― エカテリーナ・デルジャヴィナ《Haydn The Piano Sonatas》 [音楽]

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Ekaterina Derzhavina

メトネルからハイドンへとデルジャヴィナを聴き始めたのだが、いきなりひっかかってしまった。それはProfil盤のハイドンのソナタ集 (一般的にはソナタ全集と呼ばれている) でのことである。それでなかなか前に進めないのだが、前に進めないということをとりあえず書いてしまうと、前に進めるかもしれないと思ってこれを書くのである。だからたぶん間違ったことも含めて書いてしまうかもしれない。(デルジャヴィナの先行記事は→2018年01月22日ブログ)

というのは冒頭の1曲目、Es-Dur Hob.XVI:16のことである。このCDのタイトルはNEUN FRÜHE SONATEN (NINE EARLY SONATAS) となっていて、つまり初期のソナタを集めたものという意味なのだろうが、ランドンでもホーボーケンでもない独自の曲順なのである。でも別に全集だからといって番号順でなければならないきまりはない (ハイドンのピアノソナタにはホーボーケン番号とランドン番号がある。さらに作品番号が付いているものもあって複雑である。ホーボーケンとランドンは基本的には年代順なのだがその後の研究でその法則性も崩れている。ホーボーケン番号 [記号: Hob.] はディレクトリ構造になっていてピアノソナタはXVIに分類される。XVIの中の16という指定により1曲が特定される)。
ただHob.16というのはja.wikiによれば 「真偽が問われる作品」 とされている。en.wikiのリストはホーボーケンでなくランドンの番号順となっているが、ランドンではこのEs-durには番号は振られていない (Doubtfulとある)。そしてHob.15~17は、ランドン27 (Hob.2h) とランドン28 (XIV/5と表記されているが5a) の間に置かれている。
ja.wikiではHob.15は偽作、Hob.17はJ. G. シュヴァンベルガーの作品であるとされていて、この2曲はデルジャヴィナのCDでも最後にANHANGとしてまとめられている中にある (尚、シュヴァンベルガーはen.のリストではJ. G. Schwanenbergerと表記されているが、SchwanbergerとSchwanenberger、さらにSchwanbergなどの表記があるようだ)。

ということから翻ってみればデルジャヴィナはHob.16をハイドンの作品として認知しているというふうにも考えられる。アムランのハイドンのリストを見ると (もちろんアムランは全集というわけではなく選集に近いが)、3枚のCDのなかで、このHob.16は当然弾いていない。アムランの場合、Hob.1から19まではほとんど弾いていなくて、録音があるのはわずかに1、2、6のみ。このうちDoubtfulとされているのに弾いているのはHob.1のみである。IMSLP (Imternational Music Score Library Project: 国際楽譜ライブラリープロジェクト) にもHob.15と、そしてHob.17まであるのにHob.16のデータは存在しない。
つまりすごく簡単にいえば、アムランは確立されているものしか弾かない、でもデルジャヴィナはとりあえず何でも弾いてしまおう、というスタンスの差である。

なぜこのHob.16にこだわるのかといえば、これが結構すごいからなのである。そのすごいというのが原曲そのものがすごいのか、それともデルジャヴィナがすごいのかがよくわからない。そもそもの彼女のハイドンに対するアプローチが私には少し異様に感じる。異様というと表現がよくないが、いままでのハイドンに対する解釈とはまるで異なっているという意味で言う 「異様さ」 なのである。
第1楽章はAndanteで、ごくゆっくりと始まる。優雅であるが、妙に流れていないような感じもする。ところがPrestoになると、突然のようなめくるめく速度。音のつながりかたはハイドンないしはハイドンの時代のものなのだが、音の出し方がもっとずっと現代風なのだ。これがハイドンなのだろうか、という気もちょっとする。でもそれもまた否定的な印象ではない。これもあり、なのだと思う。
第2楽章のMenuetではもっとそれが如実に現れる。グールドのように 「おちょくって」 聞こえるような箇所もあるが、グールドのようなアクがない。
第3楽章はごく短いPresto. 比較的普通っぽいアプローチに聞こえるが、ときどき 「えっ?」 というような弾き方に聞こえるときがある。

2曲目がA-Dur Hob.XVI:5. この曲もランドンでは第8番とされているがDoubtfulと言う表示がある。ものすごく軽やかな右手と、重く短めの長さで刻む左手との対比が絶妙である。右手と左手のキャラクターが異なるように聞こえてくる。速いパッセージでの右手の回りかたがすごいが、それでいてメカニカルな無味乾燥さではなく、よくコントロールされた柔らかなタッチである。

というような印象なのだが、でもとりあえずデルジャヴィナのパターンは、というか彼女の手法はわかってきたので、すごろくのように、次に進めるかもしれないと思う。


Ekaterina Derzhavina/Haydn: The Piano Sonatas (Profil)
ハイドン : ピアノソナタ全集 (Joseph Haydn : The piano sonatas (Die Klaviersonaten) / Ekaterina Derzhavina) (9CD Box) [輸入盤]




Ekaterina Derzhavina/Haydn: Sonata h-moll Hob.XVI:32
Gnessin School Organ Hall, 2016.11.07 live
https://www.youtube.com/watch?v=JL89GuSZ-xk

Privatkonzert der Pianistin Ekaterina Derzhavina
https://www.youtube.com/watch?v=UPT7kfByL1E
https://www.youtube.com/watch?v=WUs29MAMK8c
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There will be love there ― GLIM SPANKYを聴く [音楽]

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ロック、ポップス系の話題に関してSo-netブログで私が一番参考にしているのはSpeakeasyさんの記事です。どのくらい参考にしているかというと、実はあまり読みたくない→なぜなら記事を読んでしまうと必ずそのCDが欲しくなってしまうからです。

で先日、GLIM SPANKYに関する記事がありましたが、最近なぜJ-pop系の比重が大きくなったのかということを含めていろいろと考えさせられました。最近、欧米でも 「ロックが無い」 というのは確かに言えてます。
まぁそれはともかくとして、いまさらお恥ずかしいですけれどGLIM SPANKY、すごいです。この音は。

それで乗り遅れてしまったので、どのへんからアプローチしていけばいいのかと、YouTubeなどでいろいろと聴いていたんですが、〈There will be love there〉をカヴァーしている動画があって、ああなるほど、と私の中で繋がる部分がありました。
〈There will be love there〉は the brilliant green の1stに入っている曲ですが、ブリグリと志向性が似ているというか、こういうふうにカヴァーされちゃうと……ともかくカッコイイです。J-popのカヴァーというのが何曲かあって、たとえば荒井由実の〈ひこうき雲〉というのもあるんですが、こういうのもありだなぁと思います。それはSugar Soulがユーミンのカヴァーをした〈Those Days〉(あの日に帰りたい) に似たインパクトがあります。

で、レスポールとリッケン、これですね。そうしたギターの選択とかふたりのファッションとか、たぶんにキャラ作ってる傾向もあるのかもしれませんけれど、やぱ、太い音を出すにはフェンダーよりギブソンです。シューゲだとジャズマスターかジャガーというのがすごく多くて、その少し古っぽい感じがいいのかもしれませんけど、それはあくまでちょっとひねった感覚なのであって、ロックの王道はレスポです。
GLIM SPANKYには基本的にはジャニスがありますけれど、それだけじゃなくていろいろな混淆がある。それで三越伊勢丹のキャンペーンというのが今、YouTubeにありますが、ビルの屋上で演奏するというパフォーマンスは、わかる人にはわかると思いますけど、そう、まさにそのパロディです。

で、唐突ですが、いまだにボックスが買えてないんですがジェファーソン・エアプレインというのは結構重要なバンドなんだと感じます。これは単なるつぶやきでしかないか。そのへんがサイケデリックなんかのベースにあるんだと思う。バリー・マイルズのザップルのなかにもジェファーソンの名前が挙げられていましたし (ザップルのことは→2017年05月28日ブログ参照)。

つまりブリグリは最初はよかったけど次第に残念になっていった面もあったわけで、それがこういうかたちで次世代に受け継がれてきたというふうに私は見るんです。〈吹き抜く風のように〉というタイトルはボブ・ディランの〈転がる石のように〉でもあるんですが、ブリグリの〈長いため息のように〉でもあるんだと思います。
あ、ちなみに私はブリグリはトミフェブを含めてほとんど全部ありますし (ブリグリは最初のシングル2枚 Bye Bye Mr. Mugとgoodbye and good luckがカッコイイ)、Sugar Soulもほとんど持っていて《on》のアナログ盤は2セットありますが、そーゆーのはあまり書かないようにしているのですけれど、今日はすこしだけ書いてしまいました。そう言ってしまえるのは単なる懐古趣味であるということを知っていながら韜晦しているからなので、そうした音がセピア色の古色蒼然とはいわないですけど、時代が過ぎてしまっているという感慨はあります。やっぱ時代につれて音楽も進化して行くのだと思います。同じようなコンセプトに見えても準宝石の螺旋状になってどんどん上昇するので、前と同じようでも実は同じではないというところはファッションの流行と同じです。


GLIM SPANKY/愚か者たち (Universal Music)
愚か者たち




There will be love there
https://www.youtube.com/watch?v=Rm5BoB0wtUg

美しい棘
https://www.youtube.com/watch?v=Nb-1KGieb1c

The Wall
https://www.youtube.com/watch?v=qDp5VcVKMCs

愚か者たち
https://www.youtube.com/watch?v=C9aDr97q7mc

ひこうき雲
https://www.youtube.com/watch?v=K4i8kATjFzE

ISETAN SHINJUKU blog
https://i.isetan.co.jp/shinjuku/blog/2018/03/glimspanky.html

the brilliant green/There will be love there (live)
https://www.youtube.com/watch?v=TjWUP_N9ALQ
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