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クロイツェル・ソナタを聴きながら [音楽]

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Leoš Janáček

黒田恭一の『ぼくだけの音楽』という昨年出た本があって、出版元のブログによれば一般書店では扱っていなくてamazonとかCDショップでのみの扱いとあるのだけれど、私は神田の一般書店に山積みされていたのを買った。
とてもやわらかな筆致で音楽への愛情のこもった文章が集められているのだが、リストアップされているのがほとんど巨匠の領域の人々ばかりで、意外性のないのがちょっと物足りない。そのへんの王道さが、時代に流されずいつまでも普遍的であり続ける秘訣なのかもしれないと思う。
でも私は常にメインストリームから少し踏み外したところを狙いたいのだ。

さて、マイブームの続いているアリーナ・イブラギモヴァだが (もうマイブームなんて言葉は古いかも)、ベートーヴェンのソナタ全集は番号順に収録されているわけではなくて、だからCDの最後に位置するのはもちろん、ソナタのなかで一番有名なクロイツェル・ソナタなのだが、今日の話題はイブラギモヴァではない。

クロイツェル・ソナタは1803年にベートーヴェンがルドルフ・クロイツェルというヴァイオリニストに献呈したので、その名がある。ところがこのクロイツェル・ソナタに触発されてトルストイが書いた『クロイツェル・ソナタ』(1899) という小説がある。不倫した自分の妻を殺してしまったことを告白する公爵の話なのだが、妻の不倫の相手がヴァイオリニストであるということからクロイツェル・ソナタがその小道具となっているらしいが、私はこの小説を読んでいないので詳しいことはよくわからない。

そしてレオシュ・ヤナーチェクには《クロイツェル・ソナタ》(1923) という弦楽四重奏曲があって、このクロイツェル・ソナタはトルストイの小説から発想して作られた曲なのだという。
つまり音楽→文学→音楽という過程を経て成立している曲なのである。

ヤナーチェクには2曲の弦楽四重奏曲があり、第1番が《クロイツェル・ソナタ》、そして第2番には《ないしょの手紙》(1928) という標題が付けられている。第2番は作曲家の最晩年の曲で、彼はその年に亡くなっている。
私が最初にヤナーチェクの第2番を聴いたのはヤナーチェク・クァルテットによる演奏で、たぶん例によってFM放送かなにかで流れていたのがきっかけだったと思う。早速買ってみたヤナーチェクはチェコ盤のアナログレコードで、ジャケットは比較的シンプルな、というより質素なつくりで、紙質もペラペラで、こういうものなのかというかすかな感動があった。それはつまり虚飾のない美学という意味である。収録曲は第1番と第2番で、それで第1番の《クロイツェル・ソナタ》も聴くことになった。

その頃、私はバルトークやコダーイの追い求めた民族音楽系の音にはまっていて、その関連でヤナーチェクにいきついたのだろうと思う。ほぼ同じ時期に私はアーシュラ・K・ル・グィンのSF作品『所有せざる人々』(1974) にも強い影響を受けていて、それは一種のコミュニズムの話なのだが、資本主義国アメリカにおける知識人から見た共産主義 (より正確にいうのならば理想的共産主義) とは何かという示唆に満ちた内容であった。現在、この地球に正統的共産主義国家は存在しないが、ル・グィンは現実には存在しない共産主義の理想とその限界とを冷静かつ明確に描き出している。
そしてごく上滑りな私のような視点からは、ル・グィンの描いた共産主義国家アナレスも、禁欲的な宗教として知られるシェイカーズも同じようで、それは出来もしないのに質素さに憧れるというごく浅薄な思考に過ぎず、たとえば共産主義という名の恐怖政治のなかでのショスタコーヴィチの苦悩など理解できないようなレヴェルでしかなかったのだと思う。つまりヤナーチェクも、そうしたその当時のごく気楽な、勘違い的視点でとらえたヤナーチェクだったのかもしれない。

だが、ヤナーチェクの《クロイツェル・ソナタ》から受けた第一印象は、こう言ってしまうとどうなのかという危惧もあるのだが、ごくわかりやすく、というよりは通俗で、もっと言えば午後のTVの不倫ドラマのBGMのような感じもして、それはヤナーチェクが発想のもととしたトルストイの小説が十分に通俗的であったことに由来するのではないかと思う。

たとえば第1楽章の最初の3つの上向音が、そのまま上がっていってしまったらまるでツィゴイネルワイゼンのようで、でも逆にその通俗さ加減がロマっぽくて、それが民族音楽的面目躍如という点にもあるのかもしれない。バルトークとはまるで違う非・禁欲さで (むしろ情動的で) キャッチーな音である。
第2楽章も印象的な舞曲ふうのパターンの繰り返しから始まっていることでは同じで、このキャッチーさの連続は少し面映ゆい。何度かの波が収まると、ヴィオラのスル・ポンティチェロによるトレモロが始まり (48)、これが各楽器に引き継がれ、やや晦渋な雰囲気に変わる。幾つかの変形とつなぎの部分はあるものの、基本的には最初のパターンによる印象がこの楽章を支配している。
第3楽章はセンチメンタルに、いかにもドヴォルザーク風に1stが歌おうとするが、2ndとヴィオラが邪魔をする。そこで少し表情を変え、諦めたようになって2ndが呟く。それに1stが応答しチェロが下から支える。だがそれは長く続かず、再びドヴォルザーク的主題に戻ってゆく (93)。
第4楽章は前楽章に続き1stの詠嘆が続くが、センチメンタルというよりもっと虚ろな音に変化していく。この部分は美しい。1stだけとなりリタルダントして一転、(37から) Un poco più mossoで2ndの細かく刻むリズムの上に、他の楽器がかわるがわる顔を出す。
Adagioとなりやや刺激的な下降するピチカートが繰り返し刻まれる (98)。リズムが変わって (127) ヴィオラが維持するリズムの上に1stの毅然としたメロディが投げ出される。やがてリズムの刻みが優勢となるが突然それは止まり (168)、何回かキメ台詞を呼び交わすようにして終わる。

曲の長さがそれほどではないためか、展開がごくコンパクトにまとめられているという印象を受ける。なによりも、小説にインスパイアされているということからもわかるように、描写的で具体的なドラマのイメージがその元にあるのだろう。
《ないしょの手紙》もそうだが、ヤナーチェクには曲の後ろ側に作曲家のインティメイトなプライベートっぽさがいつもチラチラしている。絶対音楽的なベートーヴェンのような圧倒的パワーはなくて、ちょっとうろたえたりしていつも隙だらけだが、その親しみやすさのようなものがヤナーチェクらしさなのだ。


Janáček Quartet/Janáček: String Quartets nos.1&2 (日本コロムビア)
ヤナーチェク:弦楽四重奏曲




黒田恭一/ぼくだけの音楽 1 (MUZAK)
ぼくだけの音楽 1 (黒田恭一コレクション①)




黒田恭一/ぼくだけの音楽 2 (MUZAK)
ぼくだけの音楽 2 (黒田恭一コレクション2)




Leoš Janáček/String Quartet No.1 “Kreutzer Sonata”
https://www.youtube.com/watch?v=0TNeUJYiAoo
Leoš Janáček/String Quartet No.2 “Intimate Letters”
https://www.youtube.com/watch?v=FOSFulkl4o0
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末尾ルコ(アルベール)

トルストイの『クロイツェル・ソナタ』!わたしもずっと本を持っていながら、いまだ2ページほどしか読んでおりません(笑)。
アーシュラ・K・ル・グィン『所有せざる人々』・・・こちらも未読で、ぜひ手に入れて読んでみたいです。
ヤナーチェクとの関係もとても興味深いお話で、さらに「通俗的」というキーワードにも納得です。近年、「文学」とか「クラシック」とかカテゴライズされると、「しきいが高い」ともとより無視する人が多いですが、多くは(いい意味も含めて)「通俗的」に楽しめるものではないかと。「カテゴライズ」の弊害ですね。 RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2016-07-15 12:44) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

トルストイって私はなぜか読んだことがないです。
食わず嫌いなのかもしれませんが。(^^;)

ル・グィンは『闇の左手』ばかりが有名ですが、
『所有せざる人々』ももっと知られていい作品だと思います。
光と闇とか、資本主義と共産主義とか、
ル・グィンは常に対比概念というのを大切にしていて、
しかもそれは単純な対比に終わらない意味を持っています。

ヤナーチェクという人は比較的土俗的なテイストを持っていて、
それを決して隠さず、これはこれ、というふうに提示している
というように思います。
たとえばプロコフィエフだって難しい曲ばかりではなくて、
《ピーターと狼》のような曲がありますし、
いろいろな傾向の音楽が並立すると考えるべきなのでしょう。
ちなみにプロコフィエフには《戦争と平和》というタイトルの
オペラもあるのですが、未聴です。
by lequiche (2016-07-17 23:38) 

moz

音楽→文学→音楽というのは面白いですね。
一つの作品に感化されてというのは聞いたことがあるけれど、3つめがあるのは面白いです。
ベートーベンはヤナーチェクの音楽を聴いてどう思うのでしょう?
トルストイは戦争と平和くらいでしょうか、ドストエフスキーは好きで若い頃たくさん読みました。白痴のムイシュキン侯爵が好きでした。クロイツェル読んでみますね。 ^^ 
by moz (2016-07-18 08:11) 

lequiche

>> moz 様

ベートーヴェンは、きっと 「何だこりゃ?」 っていうと思います。(^^)
ヤナーチェクは曲数も多いのでよく知らないのですが、
一番有名なのはたぶん《利口な女狐の物語》だと思います。
常に標題音楽的で、象徴ではなくて具象なんですね。
ちょっと違うかもしれませんが、
ウォルト・ディズニーの劇伴みたいなテイストもあります。
モラヴィアの風土はボヘミアより土俗的でプリミティヴで、
そのかわり渺々としたメランコリズムは薄いのでは、と感じます。

お時間があったら読んでみてください。
といって私も読んでないから読まなきゃ。(^^;)
トルストイよりドストエフスキーのほうが
なぜか、その世界のなかに入っていきやすい気がしますね。
私はカラマーゾフのアリョーシャが好きです。
中井英夫の『虚無への供物』の3兄弟の性格は
カラマーゾフのパクリだと思うんですけど、
昔の日本文学への影響も大きいですね。
by lequiche (2016-07-18 10:23) 

hatumi30331

ヒマワリ、いいよね〜♪
前にならえ!って感じがね。^^

祭り大好きなんです!
今週、:後半から、祭りばかりになります!へへ;
by hatumi30331 (2016-07-18 11:03) 

lequiche

>> hatumi30331 様

これからシーズンですからねぇ〜。→お祭り
やぱ、なにごとも元気があるほうがいいです。
ひまわりもおまつりも。(^-^)
by lequiche (2016-07-18 12:49) 

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