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Xperia CMの矢野沙織 [音楽]

SaoriYano_170615.jpg
Saori Yano

XperiaのCMが矢野沙織になっていた (→A)。ソニーモバイルのサイトを見ると3人のパターンがあるようだが、Xperiaはこのところずっと、このカッコイイ系をメインにしているみたいだ。コスプレ・ヴァイオリニストAyasaもそうだったが、ハイレゾをイチオシにするために、今回のはちょっとメタリックな感じを狙ってみた意図が透けて見える。
クラシックだってジャズだってカッコも大切なのだ。カッコだけじゃダメだけど。

矢野沙織のことは以前に書いたが (→2014年07月21日ブログ)、《Sakura Stamp》の後のアルバム《Parker’s Mood》そして《Groovin’ High》は、よくできているんだけれど感覚的にちょっと……という印象があって、少し遠ざかってしまっていた。
でも、矢野沙織以降、急にジャズとかフュージョン系の女性サックス奏者が輩出してきたことは確かである。

小学校時代にブラスバンドでサックスをやることになったのが矢野の楽器との出会いだったというが、昔は、つまり私が子どもの頃は、伝統的な吹奏楽においてサックスはマイナーで、あまり人気の無い楽器だった。でも最近はブラバンといっても、単なるマーチングバンドではなくなってきているので変化があるのかもしれない。
ともかくジャズやフュージョンにおいてはサックスは花形楽器であるし、最近の音楽教室では管楽器を教えてくれるところも多くなり、そしてサックスの場合、特にクラシック系のサックスだと講師の先生がたは圧倒的に女性である。
ボディが金属製ではあるけれど、サックスはクラリネットなどと同じ木管楽器なので、親しみやすい楽器なのかもしれない。

ということで〈I Got Rhythm〉を聴いてみる。2005年、ニューヨーク、SMOKEでのライヴはリチャード・ワイアンズ、ジョン・ウェッバー、ジミー・コブのトリオをバックにしている (→B)。ジミー・コブは《Kind of Blue》の頃のマイルス・バンドにいた人で、いまやドラマーの重鎮である。矢野沙織はこのとき18歳。それが今は30歳になってしまったのだから、時の流れはあっという間である。

〈I Got Rhythm〉はジョージ・ガーシュウィン作曲のスタンダード・ナンバーであるが、試しに聴き較べてみると、まずチャーリー・パーカーのはYouTubeにはあまり良い演奏がなかった。なぜか鈍重な感じがする。それでこうしたビ・パップ系として最も比較しやすいのはソニー・スティットである。
スティットはパーカー直系のサックスであるが、この余裕となめらかさ、アーティキュレーションはすごい (→C)。スティットはほんのわずかだけ、マイルス・バンドにいたことがあるが、飲んだくれで解雇されてしまったという。そうなのか。ちょっと見た目と違うけど、まぁジャケット写真には見た目のよいのを使うのがお約束なので何とも言えない。

〈I Got Rhythm〉という曲を遡ってゆくと、たとえばベニー・グッドマンがある。昔のスウィングの時代は、どうしても曲芸的なテイストがジャズには求められていたが、単純に楽しく音楽の喜びに満ちているのがグッドマンの特質である。ライオネル・ハンプトンが素晴らしい (→D)。

さて、矢野がジャズにのめりこむきっかけとなったのがパーカーの〈Donna Lee〉である (実際にはマイルスの作曲であるともいわれる)。この曲は《Sakura Stamp》の冒頭に収められているが、パーカーを良くコピーしていて、しかもパーカーよりやや速い。サックスとトランペットの2管で、トランペットはニコラス・ペイトンである (→E)。元となるパーカーはこれである (→F)。
しかしパーカーはそんなに簡単に超えられる存在ではないので、たとえば油井正一と悠雅彦の対談番組でも同曲をかけているのがあるが (→G)、これはトランペットの無い、パーカーだけで吹いているテーマとインプロヴィゼーションである。

特に〈I Got Rhythm〉などを聴くと、ベニー・グッドマン、ソニー・スティット、矢野沙織と、時代によってその音楽性が変わってゆくのが如実にわかる。上手いとか下手とかではなく、好き嫌いでもなく、音楽とは歴史に寄り添うものなのだという感慨がある。つまりガーシュウィンは単なる素材であり、それをどのように変奏するのかがジャズなのだ。


矢野沙織 BEST ~ジャズ回帰~ (Columbia Music Entertainment)
矢野沙織 BEST~ジャズ回帰~(DVD付)




A: Xperia CM
http://www.sonymobile.co.jp/adgallery/

B: Saori Yano/I Got Rhythm
https://www.youtube.com/watch?v=k5JFtt9rf9I

C: Sonny Stitt/I Got Rhythm
https://www.youtube.com/watch?v=TFq-JQyoy54

D: Benny Goodman/I Got Rhythm
https://www.youtube.com/watch?v=NTKOgTk2gGE

E: Saori Yano/Donna Lee
https://www.youtube.com/watch?v=sDsDhh3evtc

F: Charlie Parker/Donna Lee
https://www.youtube.com/watch?v=02apSoxB7B4

G: Charlie Parker/Donna Lee (油井正一&悠雅彦)
https://www.youtube.com/watch?v=ErWbBWlWD3s

《奇想天外》を読む [本]

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Queen (pastdaily.comより)

古書店が何店舗か集まって出展している古書フェアみたいなところで、『奇想天外』という雑誌を見つけた。『奇想天外』は出版社を変えて3種類あり、第2期目の奇想天外社から発行されていた頃が発行期間も最も長くて有名であるが、今回見つけたのは最初の盛光社から出された雑誌である。1974年1月が創刊号で、月刊で10号出したところで休刊、つまり10カ月しかもたなかった。

私は初めて実物を見たので、それに安かったので思わず数冊買ってしまったが、後で調べたら比較的手に入りやすい古書らしい。『SFマガジン』などに較べるとあまり人気が無いのかもしれない。表紙、背文字にSF・MYSTERYとジャンルが示されているが、後になるとNONFICTIONという言葉が加わっている。『SFマガジン』などより、ややジャンルが広い感じがする。というより、その頃はSFだけで記事を満たすのは、競合誌としての『SFマガジン』も存在するし無理だったのだろう。

外見はかなり痛んでいて周囲が焼けているが、中身を読むのには支障はない。1974年という年がどういう年だったのだろうか、と思いながら雑誌を開く。
創刊号のトップはカート・ヴォネガット・ジュニアの短編。この頃は名前の最後にジュニアが付いていたのだということがわかる。雑誌の中の広告に映画《日本沈没》の小さな広告があり、’74年正月東宝系公開、とある。
第2号 (2月号) には読者投稿欄というのがあって、前号の感想などが書いてあるのだが、投稿者の名前だけでなく住所まで掲載されている。今のプライバシー重視の時代とくらべるとまさに隔世の感である。この雑誌ではないけれど、その頃の他の雑誌か書籍で見た記憶があるのだが、巻末に作家の住所までしっかり掲載されていたりするのが普通にあったのだからすごい。それを見て、作家の家まで押しかける人だっていたのだろう。

4月号には小野耕世のコラムがあって、ブルース・リーの映画のこととか、山本寛斎のスタジオのことなどが書いてあるが、それに続いてキャロルというグループの記述がある。カッコのなかにキャロルの説明があるのだが、

 〈キャロル〉というのは、いうまでもなく、ロックンロールのグループ
 のことである。

そして、そのリーダーは 「エーちゃん」 と書いてある。写真のキャプションも 「エーちゃん」 である。キャロルは74年に山本寛斎のパリでのショーに出演しているのでそれに関連させた記事になっているのだと思われる。

 彼のギンギラギンのけばけばしさは、ものすごく迫力があり、セクシー
 だ。この男は、なにを着ても下品になって、それがすごくいい。

と小野は書く。そして、「寛斎のショーにキャロルを連れて行く提案をしているT」 という部分があるが、このTというのは龍村仁のことと思われる。wikipediaなどを見るとNHKキャロル事件という項目があって、そこに詳しい経緯が書いてあるが、この雑誌の記事はその事件に至る前夜の話なのだ。
40年以上も前のことなので、ああそうなのか、というようなぼんやりとした感想しか湧かないのだが、以前のブログに書いたザップルの顛末と同様に、この時代の表情が垣間見える。その頃のNHKではキャロルなんてとんでもないと大顰蹙だったのだろう。

4月号には岡田英明 (鏡明) のコラムもあって 「フェアポートコンベンションのコンサート良かったよ。サンディ・デニーが出たんだ!」 なんて書いてある。
アメリカのコミックブックについては、多いのは百万部以上出ているし種類がやたら多いからすごい。ポスト・パルプマガジンで、ひとつのサブ・カルチャーを結成しているとも。そして、スパイダーマンのレコードを買ったと自慢しているが、その当時、国内盤でスパイダーマンを出す (しかもレコード) っていうのは相当にマニアックなはずだ。

その記事の最後にクイーンというバンドのことが書いてある。

 それよりもクイーンで*バンドを聴いてやってよ。やたらドライブがかか
 ってて凄いの。リードのブライアン・メイの全部自作のマホガニー製ギ
 ターがファンタスティックな音で迫るし、ボーカルはいい声してるし、
 ドラムスはまるで女の子みたいに可愛い顔してるし、見かけたら絶対買
 い。(* ママ)

1stアルバムの国内盤は74年3月に発売とあるから、岡田が原稿を書いていた時点ではまだ出ていなかったのだ。「日本じゃ出ないかもしれない。無名だもんね」 とも書いてあって、とってもタイムトリップした気にさせてくれる。

kisoutengai_jan1974_170611.jpg
奇想天外 1974年1月号 (創刊号)

Past Daily
Queen live at Golders Green 1973.10.20.
http://pastdaily.com/2016/06/11/queen-live-1973-backstage-weekend/

Queen live in London 1973
https://www.youtube.com/watch?v=RrynLWrYFJ8

キャロル/ファンキーモンキーベイビー live 1973.09.02.
https://www.youtube.com/watch?v=rV4fhbn-Bgg

キャロル/ファンキーモンキーベイビー PV
https://www.youtube.com/watch?v=0PBNQIJP0D0
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《19世紀パリ時間旅行》に行ったこと、その他 [アート]

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Henri Rousseau/Vue de la Tour Eiffel et Trocadéro

練馬区立美術館で《19世紀パリ時間旅行》という展覧会が開かれているのを知り、最終日に行ってみた。西武池袋線中村橋という、ちょっと行きにくいところにあり、電車で行ったら途中で眠くなって乗り過ごしてしまった。強い陽差しの6月、駅を降りてすぐ、ローカルで親近感のある美術館である。

美術館サイトには次のような説明がある。

 フランス文学者の鹿島茂氏 (明治大学教授、フランス文学者) による 「失
 われたパリの復元」 (『芸術新潮』連載) をもとに、19世紀パリの全体像
 に迫る展覧会を開催します。
 パリのはじまりは遡ること紀元前3世紀、以後少しずつ拡大し、ヨーロッ
 パを、世界を牽引する近代都市として形成されました。その長い歴史の
 中で、もっとも衝撃的な出来事が第二帝政期 (1852-70)に行われた
 「パリ大改造」 (1853-70) です。しばしば 「パリの外科手術」 とも呼ば
 れるこの大改造は、時の皇帝ナポレオン3世 (1808-73/在位:1852-
 70) の肝いりで、1853年にセーヌ県知事に就任したオスマン男爵 (1809
 -91) によって着手されました。都市としての基本部分こそ大きな変化
 なく引き継がれましたが、ナポレオン3世の治世当初とその終焉の年で
 はパリの景観は様変わりしました。この大改造によって、現代のパリに
 続く都市の骨格が形成されたのです。
 1870年代に入り、大手術を経たパリの景観は、印象派をはじめとした画
 家たちの格好の題材となりました。それは新しいパリが、同時代の芸術
 家にとって創作の源泉となったことを意味しており、言い換えれば、近
 代都市の成立は近代美術の形成とも連動していると指摘できるでしょう。

ナポレオン3世といえば独裁と失脚、そしてナポレオンという名前を継承しただけの徒花的な時代の人物という印象も強いが、都市開発やパリ万博と結びつけて語られることも多い。今のパリという都市の形成を担ったのが彼であり、同時にそれまでの古いパリを消失させたのも彼である。
パリがどのように変わっていったのかという視点から見るという展示の方法として、その当時の地図と、それに対応する景観がどのように変わり、あるいは変わらなかったのかという比較から思わず連想してしまったのは《ブラタモリ》だったりするので、つまり一種の都市論・文化論でもある。

それともうひとつ、私の興味を惹いたのは、最近何かというと目に付いてしまう鹿島茂という名前に引っ張られてしまったというのが大きい。たまたまマイブームとして興味を持った対象と、鹿島茂の業績とが単純にシンクロしただけなのかもしれないが、もしそうだとしても、そこに何かあるのかもしれないという期待だけでも十分なのではないかと思う。

場所と時間の経過、そこから展開している絵画の変遷という見せ方は、ともすると煩雑になる危険性があるが、それが整然としていて、とてもよく考えられた展示であることが理解できる。時代が下るにつれて、都市の景観に並列して展示されている絵画も見知っている作品が多くなり、地味なルノアールがあって 「へぇ、こんなのあるんだ」 と思ったり、可憐でも華奢でもないドガの踊り子とか、白くならない頃のユトリロがとてもよかったりする。

館内で会場が3個所に別れているのだが、その区切りもかえって心地よくて、でもやはりパリ万博とそれが都市や人々に与える影響は強かったのではと思わせられる。最も象徴的な建築物はエッフェル塔だが、アンリ・ルソーの描いた《エッフェル塔とトロカデロ宮殿の眺望》はちょっと見るとエッフェル塔らしくなくて、でもその色彩感覚と穏やかな風景のかたちがまさにルソーである。
そしてベルエポックの、時代を象徴するような巨大なポスター群を経て、展示の最後に佐伯祐三が掛かっていた。近代美術館にある《ガス灯と広告》(Réverbère à gaz et affiches, 1927) である。有名な作品であるが、たぶん実物を見たのは初めてのような気がする。あぁ、これが最後かぁ。そうだよね……やるな練馬美術館! という感じ。
ナポレオン3世が造った (と言ってもいい) パリの街がこなれてきた頃に、その地に憧れ、訪れた東洋人がその街のぐちゃぐちゃした日常的風景を描いて、それがまた歴史のなかに確かにとどまっているという不思議。佐伯はその翌年 (1928年)、30歳で亡くなるが、彼の描いたパリは美しい歴史の眩暈である。

その後、時間があったので池袋に行き、この前買い損ねたナターシャ・プーリーの文庫本を買って、ついでに新潮文庫の新訳版『あしながおじさん』を買う。そしたら訳者の岩本正恵は2014年に亡くなったため、これが最後の翻訳書なのだと書かれていた。まだ50歳だったのに早過ぎる。
カート・ヴォネガットを読んだのが翻訳家になるきっかけだったと岩本は語っているが、その最後がウェブスターの翻訳だったっていうのは、ちょっと心があたたかくなる。

     *

この展覧会のことは、うっかりくまさんから教えていただきました。ありがとうございました。
それと佐伯祐三のことは以前、久生十蘭の話題に加えて、少しだけ書いたことがあります (→2012年05月03日ブログ)。


鹿島茂/19世紀パリ時間旅行 (青幻舎)
19世紀パリ時間旅行 失われた街を求めて




練馬区独立70周年記念展
19世紀パリ時間旅行 ―失われた街を求めて―
(展示は終了しています)
https://www.neribun.or.jp/event/detail_m.cgi?id=201702111486797027
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