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Pasco超熟 [雑記]

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Pascoの超熟のCMはカレーサンド篇が素敵だ。
さんさんと陽のあたる川沿いの道に、移動キッチン車の深津絵里のお店があって、そこにチェロを背負った学生が通りがかりカレーサンドを注文する。このCMには他に少年野球の子どもたち4人が来るのとか、幾つものヴァージョンがあってどれも良いのだけれど、この風景がとても目を引く。あ、食べたい。このお店に行ってみたい。
こんなところにお店を開いたって売れるわけないとか、このロケ地はどこなのかと詮索したりするようなことを 「野暮」 と形容することに昔からなっている。どこでもない場所だから夢が持てるのだ。そこがどこでもない場所あるいはどこにもない場所であるということから連想するのは、ジブリ美術館の短編映画〈星をかった日〉だ。PascoのCMの空間と感覚が似ている。この短編映画に出てくる少年ノナと、ますむらひろしのアタゴオルのテンプラは同じだということはすでに書いた (→2013年09月18日ブログ)。

そのアタゴオルの雨床通りのイラストをジャケットに使ったのが谷山浩子の《時の少女》で、橋本一子がアレンジしていたのだが、その後、私はラーゼフォンの音楽をやっているのを見つけて聴いてみたこともあるのだけれど、何か違うぞと思ってしまい、ちょっと残念。CDは一度だけ聴いて死蔵になってしまった。一子さんは、オシャレな手袋したままキーボードを弾いていたりしているのを観たことがあって、おいおい、それじゃ弾けないだろ、とツッコミたかった。昔のYMOのワールドツアーの映像をYouTubeで探してみるうち、矢野顕子ヴァージョンでなく橋本一子ヴァージョンもあるのを発見。う~ん、まだまだ知らないことが多過ぎる。(雨床通りというのはアタゴオルの床屋がずらっと並んでいる通りで、いつも雨が降っているので雨床通りと呼ばれている)

でもPascoのCMがなぜ出て来たのかというと、《1999年の夏休み》というのを検索していたら深津絵里 (水原里絵) という名前が候補にあがったからなのだが、この映画は『トーマの心臓』を原案にした映画なのだという。でもアンテ・ローエって誰よ?
映画の脚本を岸田理生が書いていたのが目を惹く。岸田は寺山修司の天井桟敷にいた人で《身毒丸》や《草迷宮》は寺山との共作とのことだが、その後、自己の劇団を持って活動したのだけれど57歳で亡くなってしまった。寺山の最も暗い部分を担っていた印象があって、暗すぎてどうなの? とも思っていたが、今となると懐かしい感じもする。幾つか観た公演のうち、大正天皇と黒い日の丸みたいな舞台をかすかに覚えている。
こうした少女マンガをそのまま芝居にしようとするとむずかしい。以前、シロート芝居も含めてそういうのを幾つか観たけれど、原作に忠実であろうとすればするほど原作から離れてしまう。それは演じている人間が生身の身体を持っているからなのだ。少女マンガ的少年を描くためには、たとえば野田秀樹のように大人の目で一度translateするしかない。変換した分だけ水分は失われてしまうがそれはしかたがない。『ゼンダ城の虜』で赤頭巾が 「世界ばかりが沈んでいくんだ」 というのは大人の目から見た少年の回想でしかない。けれどそれこそが少年を少年のようにリアルに見せる鍵なのだ。

まだ延々と立花隆の武満徹本を読んでいるのだが、武満と高橋悠治との出会いと確執のことが書いてあって、私は高橋アキに較べると悠治さんはほとんど聴いていないのだが (DENONの廉価盤サティの3枚は聴いた)、とても興味を持ってしまった。矢野顕子の《Brooch》は高橋悠治のピアノだったはずで、最初EP盤で出された作品である。
矢野顕子で私が好きなのは〈おもちゃのチャチャチャ〉で、ドラムがウラからウラから入ってきて、一種の錯覚というか目眩ましなのだが、「これがいいのよ~」 といつだったか2人で話していたのをFMで聴いたことがある。下にリンクしたライヴだと、ユキヒロさんが入リのところでリズムを打ち直してしまっているのが惜しい。
〈おもちゃのチャチャチャ〉は1959年に作られた名曲だが (野坂昭如・作詞/越部信義・作曲)、越部はオンシアター自由劇場の音楽をずっと担当していた (オンシアター自由劇場のことは→2017年02月06日ブログ)。演劇は失われやすい芸術形態なので、もっと記録しておくべきなのである。たとえば扇田昭彦の全集を出して欲しいと切に願うのだ。
三省堂で寺山修司劇場『ノック』というのをゾッキで買った。今はゾッキとか言わないらしいけれど、でもゾッキだもん。

この前、銀座のヤマハに行ったとき、GINZA SIXの前を通ったら妙に混み合っていて、並んでいる人がたくさんいたのだが、どうやらその日が開店日だったようだ。ビルの角のところで、紋付き袴の人がプラカードを持って観世能楽堂への誘導をやっていた。紋付き袴にプラカードという異質さがすごくウケた。

このところ、伝記本をつい買ってしまうクセがあって、トニー・ヴィスコンティとかジョージ・マーティンの新装版とか (あと、伝記じゃないけどポール・マッカートニーのザップルの話とか)、でも買ってしまうと安心してしまって読まない。困ったものである (困ってないけど)。それより鹿島茂の『神田神保町書肆街考』という本が出色である。神田の書店街のことを、その周辺の地理にからめて詳述していて超力作。そのなかに古い映画館のこととか、植草甚一が映画にかかわっていた頃のことが書いてある。弁士だった徳川夢声のことなども、ちらっと。植草は戦争末期にも神田で英語の古書などを買っていたそうで、鬼畜米英などと言っておきながら、そういうこともありだったのか、とちょっと驚く。
古書といえば、いまでも残念だったのが、神田の某書店で (某書店といってもわかる人にはわかるだろうけど)、書き込みのいっぱい入った見慣れぬ装丁のプルーストの『失われた時を求めて』の原書があったのだが、こんな汚い本買えるか、と買わなかったことである。それは辰野隆の蔵書だったのだが、私はまだガキで辰野隆が誰か知らなかった。

以上、こころにうつりゆくよしなしごとを書いてみました。あやしうこそ、いとをかし。(ちがうだろ)
あ、そうそう、川上未映子の 「たけくらべ」 の現代語訳は秀逸です。


谷山浩子/時の少女 (ヤマハミュージックコミュニケーションズ)
時の少女 (紙ジャケット仕様)




寺山修司劇場『ノック』(日東書院本社)
寺山修司劇場 『ノック』




矢野顕子/オーエスオーエス (ミディ)
オーエスオーエス




矢野顕子/BROOCH (ミディ)
BROOCH(紙ジャケット仕様)




鹿島茂/神田神保町書肆街考 (筑摩書房)
神田神保町書肆街考: 世界遺産的“本の街”の誕生から現在まで (単行本)




Pasco超熟 カレーサンド篇
https://www.youtube.com/watch?v=yrjl4k9KuQY
こんがり篇
https://www.youtube.com/watch?v=i1hkAXJjzKk
知らない街篇
https://www.youtube.com/watch?v=nQ-dHluldq0
出会い篇
https://www.youtube.com/watch?v=lNp7Qy_T6J8
トースト篇
https://www.youtube.com/watch?v=dSKTKvYruBA

矢野顕子/オーエスオーエス
https://www.youtube.com/watch?v=vbLTn45HkDA
矢野顕子/おもちゃのチャチャチャ (live 1984)
http://www.dailymotion.com/video/x130zji
谷山浩子/時の少女
https://www.youtube.com/watch?v=2CoDmsiSPoQ
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トマス・スタンコ《Message from Poland》 [音楽]

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Tomasz Stańko (culture.pl/Życie i twórczośćより)

前記事で私は、トマス・スタンコの音の形容として 「若い頃のもっとストレートで行き場のないような音」 と書いたが、その若い頃の録音が最近再発された。
《Jazzmessage from Poland》は1972年、スタンコが30歳のときのライヴで、彼の2ndアルバムである。オリジナルはJG Recordsであるが、再発盤はBe! Recordsという名称で、モノクロのイラストのジャケット・デザインが印象的だ。

ライヴが録音されたのはドイツのイーザーローンという、ドルトムントの近くにある人口9万5千人 (現在) の古都である。どのような経緯でこのライヴが行われたのかはわからないが、試みにいくつかのディスコグラフィを参照してみると1972年という時代が見えてくる。

1972年とは華やかな時代である。デヴィッド・ボウイの《Ziggy Stardust》がリリースされた年であり、フュージョンの大ヒットアルバムとなったチック・コリアの《Retrun to Forever》もそうである。
しかしたぶんスタンコはそうしたシーンとは無縁であったと思われる。ポーランドはソヴィエト連邦の強い支配下にあり、しかし1970年にグダニスク暴動があった。ドイツもまだ東西に別れていた。
チック・コリアと別れたアンソニー・ブラクストンのライヴ《Town Hall 1972》は1972年5月22日。そしてこのスタンコのライヴはその6日後の28日である。もちろん偶然であろうが、光があれば影があるという比喩に従えば、これらのライヴはすべて影の領域にある。タルコフスキーの《ソラリス》も、ジョージ・ロイ・ヒルの《スローターハウス5》も、ル=グィンの《さいはての島へ》も1972年だった。

《Jazzmessage from Poland》は2つのパートに別れているが、Part 2の〈Piece for Diana〉の音が魅力的だ。ほとんどジャズ的ではない、つまりスウィングしていない音の重なりで曲が始まる。パーカッションの燦めき。そこから連想したのは、全く異なるのだがマリオン・ブラウンの《Afternoon of Georgia Faun》(1971) であった。だがジョージア・フォーンが南国の鳥や密林を連想させるのだとすれば、《Jazzmessage from Poland》のサウンドは、そんなに楽天的ではなくて、もっと喉につかえるような何かだ。ジョゼフ・コンラッドのような闇であり、ブラインドの隙間から覗く未知の狂気である。

13分過ぎから22分頃まで、ヴァイオリンの持続音に乗って、急にアヴァンギャルド性を増すスタンコ、そしてサックスのムニアクのソロ。この頃のスタンコは、トランペットの音がぐちゃっとしていないで、ごく普通のストレートなブロウで、まだ若さを感じてしまう。
私が最初に聴いたのはリュブリャナ・ジャズ・フェスティヴァルでのライヴの録音であったが、その頃にはすでにスタンコはあのダークな音色を獲得していたから、ある意味、スタンコのアンデンティティが定まっていない未完成な時期とも言えるが、その未完成さが音楽の真摯さとなって伝わってくる。

ボウイが《Low》で〈ワルシャワ〉をその中心にしたのは1977年。ポーランドはまだ影の領域のなかにあった。


Tomasz Stańko/Jazzmessage From Poland (Be! Records)
Jazzmessage From Poland




Tomasz Stańko/Piece for Diana
https://www.youtube.com/watch?v=voIFtaxQFqI
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トマス・スタンコ《December Avenue》 [音楽]

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Tomasz Stańko

トマス・スタンコ (Tomasz Stańko, 1942-) の《December Avenue》は2016年6月にレコーディングされたアルバムである。収録地は南フランスのStudios La Buissonne, Pernes les-Fontaineとある。でも、それがどこであっても、いつであっても、スタンコの音は同じだ。冷たいひとしずくの音が流れて、すっと全ての風景を変えてゆく。いつでもそこでは12月の静かな木枯らしが響いている。

スタンコ・クァルテットは、前アルバム《Wisława》(2013) と較べると、ベーシストがルーベン・ロジャース (Reuben Rogers) に変わったが、ピアニストのダヴィ・ヴィレージェス (David Virelles)、ドラムスのジェラルド・クリーヴァー (Gerald Cleaver) は同じ。
スタンコのアプローチは、どんな曲を吹いているときでも、ひとつのモニュメントをいろいろな角度から見た解析結果のようで、光を透過させたネガフィルムに浮かび上がる物体のようでもあり、しかしなぜか懐かしいにおいを感じさせる。常に同じようでいて、でもどこなのか判別のつかない夢のなかの景色に似ていて、いつも違う場所なのかもしれない。
賑わいもなく色彩の乏しい町の、その街路をたどって歩いてみると、懐かしさの亡骸だけがとり残されている。そして、もつれて前に出て行かない足。しがみつく根は、冷え切った明け方の毛布だったりする。

アルバムはスローな〈Cloud〉から始まる。終わったような終わらないような装い。何曲か続くそうした静謐の連なりは5曲目の〈Burning Hot〉で打ち破られる。繰り返すベースのリフの上にアヴァンギャルドなピアノが重なる。ヴィレージェスのピアノが、ときとしてややフリーに駆けずり回るときがスリリングで彼の本領のように思える。

7曲目の〈Ballad for Bruno Schulz〉はポーランドの不遇な作家、ブルーノ・シュルツ (1892-1942) に捧げられた曲。その悲哀ともとれるトランペットの後の8曲目〈Sound Space〉では、ベースとピアノの音数の少ない対話のように思えて、突然ピアノがセシル・テイラー化する。

そして9曲目はタイトル曲〈December Avenue〉。トランペットの上行するテーマが印象的だ。全体の雰囲気はメインストリームなジャズといってよい。
10曲目の〈The Street of Crocodiles〉は、アルコ・ベースとブラシのスネアの上に展開されるトランペット、そしてピアノの内省的なつぶやき。トランペットもピアノも点描的で、ヴィレージェスはまた異なった一面を見せる。
11曲目の〈Yankiels Lid〉はベースの効果的な刻みから始まる、ミディアムの軽快な曲。マッコイ・タイナーを一瞬連想させるようなピアノだが、長くは続かない。そしてここでも長めのベースソロ。
もともとスタンコの音楽的ルーツは、アヴァンギャルドなスタンスのプレイであり、しかしそれは破壊的でも強迫的でもなかったために、ごく中庸でスタンダード風であるという、いわば誤解を受けながらそのまま年齢を重ねてしまったような面があって、そうしたプロフィールはチャールス・ロイドに似る。さりげなさの中に隠した棘はいまだに鋭い。

ピアノのヴィレージェスとベースのロジャースの使い方が上手いのも特徴としてあげられる。キューバ生まれのヴィレージェスには多彩なテクニックがあり、何でも弾けそうな予感がする。多分にフリー寄りであり、自身のアルバム《Continuum》ではフリー・ドラマーの重鎮、アンドリュー・シリルを起用している。

スタンコのフレージングは、一音一音の粒立ちがつぶれるようにつながってしまうときがあるが、それが彼特有の音を形成しているともいえるし、そのダークな音色はあいかわらず健在だ。エキセントリックではなく、といって枯れているわけでもなく、サウンドに滋味が滲み出てきているような感じがするのは年齢を重ねたためなのだろうか。
若い頃のもっとストレートで行き場のないような音と較べると、齢をとるのも悪くないと思えるのである。


Tomasz Stańko/December Avenue (ECM)
December Avenue




Tomasz Stańko/Wisława (ECM)
Wislawa




Tomasz Stańko New York Quartet/December Avenue trailer
https://www.youtube.com/watch?v=rB7GF8KWG4E

Tomasz Stańko Quartet:
live at Jazzklubb Fasching Stockholm, 2016.4.7.
(1曲目:December Avenue)
https://www.youtube.com/watch?v=eFsC-SHjDcU
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