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her little Chinese eyes — ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』その2 [本]

woolf&eliot1924_161229.jpg
Virginia Woolf & T.S. Eliot, June 1924
(http://www.npg.org.uk/より)

2016年12月03日ブログのつづきです。

この作品のトーナリティを決めている色彩は緑と灰色である。緑色は草の緑であったり海の波であったりするが、庭の描写には濃い緑などの強い色彩が用いられているにもかかわらず、全体として深い緑を感じさせず、どこか色褪せて痩せたヴェールに覆われたような印象の緑である。そして灰色は砂の色であり、夢魔の色であり、なにより灯台の壁の色である。
周到に準備されていたのかもしれない色調が繰り返しあちこちに出現し、小説全体のイメージを固定化する。

この緑と灰色の対比が出現する最初の印象的な個所は、しかし現実の色彩ではない。それは客人のひとりであるオーガスタス・カーマイケルの描写にある。

 カーマイケルさんは突き出したお腹 [なか] の上で両手を組んで、少し
 目を瞬かせただけだった。それはまるでそういう優しい言葉には (彼女
 は魅惑的だがちょっと神経質そうだ)、もっと愛想よくお答えしたいのだ
 が、あいにく今は灰色がかった緑色の眠りの世界にどっぷりと浸ってい
 るもので、とでも言いたげに見えた。(p.19)

「灰色がかった緑色の眠りの世界」 の個所の原文は次のようである。

 but could not, sunk as he was in grey-green somnolence which
 embraced them all, (E: p.014/Penguin Modern Classics, 以下同)

このとき、オーガスタス・カーマイケルは、阿片を常用している、まだ何者ともしれぬ人物である。しかし10年後、彼は有名な詩人となった。
あるいはまた、この別荘のある土地は風光明媚なため、3年前にポーンスフォルトという画家が来て絵を描いてから、皆が同じような色彩で絵を描くようになったということが語られる。その色彩が緑と灰色なのだ。

 三年前に画家のポーンスフォルトさんがここで絵を描かれてからは、と
 夫人は言った、みんなあんなふうに描くんです。緑やグレーをたっぷり
 使って、レモン色の帆船が浮かんでいたり、ピンク色の女たちが浜辺に
 いたり。(p.24)

風景描写の核となっているのは灯台である。ラムジー夫人はその美しさに声をあげた。

 巨大な水盤を満たしたような一面の青い海が眼前に横たわり、その中央
 に灰白色の灯台が、遠く、厳かにそびえ立っていた。右手の方には、風
 になびく野草の生えた緑色を帯びた砂丘が、霞 [かす] んだりくぼんだり
 しながら、なだらかな襞 [ひだ] を描きつつ果てしなく続いていて、見る
 たびにいつも、人の住まわぬ月の世界に通じる道を偲ばせるのだった。
 (p.23)

この個所における灯台の色は 「灰白色」 と訳されているが hoary という言葉が使われている (ペンギン版の注には hoary=white とあるが、白あるいは灰色を表す言葉である。hoary-headed で白髪頭の、となる)。
この緑と灰色は第3部では海と舟との対比となる。灯台に向かう舟のなかから見る海は緑である。

 確かに風が出てきた。舟は傾きながら勢いよく進み、鋭く切り裂かれた
 波は緑の滝となって泡立ち、さらに大滝となって流れ去った。(p.318)

その舟をリリーは遠くから眺めている。

 そう、あれがあの人たちの舟なんだわ、とリリーは芝生の端に立って眺
 めながら、そう決めた。それは灰褐色の帆をあげた小舟で、海の上を這
 うような姿勢になると、勢いよく入江を突っ切っていった。(p.329)

この 「灰褐色」 は greyish-brown である。いずれも単純な grey ではないけれど、しかし灰色であることに気がつく。
緑と灰色の対比はカーマイケルとラムジー夫人によってもあらわされる。

 一度ラムジー夫妻の話題になり、バンクスさんが最初に夫人に会った時
 の話になったことがある――あの人はグレーの帽子をかぶっていて、せ
 いぜい十九か二十歳 [はたち] くらいだったはずです。目を見張るほど
 美しい人でしたよ。(p.342)

 確かに夫人はそこに腰を下ろして、物思いにふけっていた (その日はグ
 レーの装いだったそうだ)。(p.343)

灰色のラムジー夫人に対し、カーマイケルは緑である。彼は前出の引用 (p.19) と同じように半覚醒のなかにいる。ラムジー夫人 (ラムジー氏も) が実利の人であるのに対し、カーマイケルは夢のなかの人である。

 彼女の思いは自らの意志とは裏腹に、いつの間にか表面に浮かび上がり、
 気がつくと絵の世界から半ば抜け出して、まるで現実ではないものでも
 見るように、少しまぶしそうな目でカーマイケル氏を見ていた。彼はお
 なかの上で両手を組んで、椅子に長々と寝そべり、読書するでもなく、
 眠るでもなく、ただ存在そのものを堪能した生き物のように日なたぼっ
 こをしていた。本は横の芝生の上に落ちたままだった。
 リリーはすぐにでも彼のところへ行って、「カーマイケルさん!」 と呼
 びかけてみたかった。そうすれば彼はいつものとおり、靄 [もや] がか
 かってぼやけたような緑色の目で、優しく見上げてくれたことだろう。
 (p.344)

ただ、だからといって緑と灰色がそれぞれを象徴しているわけではない。これは象徴主義の小説ではない。しかしそのように畳みかけることによって、ある種の、一定のムードを作り出している。
淡いパステルを思わせる色彩はポーンスフォルトの絵のように優しげな明るさを示しているのだろうか。どうもそうではない。明るい陽差しのなかにも、賑わう晩餐のなかにも何か冷たい表情が差し込まれる。それは冷静で、好意的でもなく否定的でもない。そのように繋留され定着されたような幾つものシーンのムードを主導するのが緑と灰色という色である。
もしも緑という色が担っている連想の根源に位置するものがあるとすれば、それはカーマイケルの瞳である。彼の瞳は、儚さというより幽明な何かを指し示す。それは繰り返し、彼の客観的外見となって形容される。

 そうすれば彼はいつものとおり、靄 [もや] がかかってぼやけたような
 緑色の目で、(p.344)

 Then he would look up benevolently as always, from his smoky
 vague green eyes. (E: p.193)

緑と灰色の、pale な、蒼白な色合いに対比していると思われるのは闇の黒である。それはどんな色よりも強い。第2部の、崩れゆく家の描写のなかでそれは支配的だ。

 こうしてランプが消され、月が沈むと、細かい雨が屋根を叩きだし、巨
 大な暗闇 [ダークネス] があたり一面にくまなく降り注ぎ始めた。この
 洪水、この闇の蔓延を免れるものがあるとは思えなかった。それは鍵穴
 や割れ目から忍び込み、窓のブラインドをくぐり抜け、寝室に入ってき
 ては、こちらで水差しや水盤、あちらで赤や黄色のダリアの花瓶、その
 向こうではまた大きな箪笥 [たんす] の鋭い角やどっしりとした姿をま
 るごと呑み込んでいた。(p.240)

闇の黒は鮮やかな赤や黄色までもすべて塗りつぶす。突然、出現する箪笥の鋭い角という描写がアンチロマンのようで不思議な感触を生み出す。
では暗闇は、失意であり虚無であり死をさしているのだろうか。暗闇はまた夜の長さと深さであり、それもまた死を想起させる。

 それにしても、一晩とは結局何なのか? わずかな空隙 [スペース] にす
 ぎない。とりわけ暗闇がすぐに薄れ、ほどなく鳥が歌い、雄鶏 [おんど
 り] が鳴きだし、ちょうど風にひるがえる木の葉のように、波のくぼみ
 の淡い緑色が、みるみる生気を帯び始めるような時には。しかし、やが
 て夜が夜に続くようになる。来たるべき冬は多数の夜を貯えているよう
 で、その疲れを知らぬ指先で、毎日平等にかつ均等に、それを配り続け
 ていく。夜は徐々に長くなり、徐々に暗さを増し始める。(p.243)

この部分の 「波のくぼみの淡い緑色」 は、明るい生のイメージであり、しかしそれも冬の、夜の闇に塗り込められてゆく。「しかし、やがて夜が夜に続くようになる」 (Night, however, succeeds to night) という表現が美しい。
そして夜の闇は、次の、ラムジー夫人の急な死と廊下をよろめき歩くラムジー氏の描写の伏線である。巨大な暗闇 (immense darkness) のなかでは、ラムジー夫人の死もまた卑小なものでしかない。

さて、では波の緑は明るい生のイメージかというと、そうとは限らない。正反対の描写が存在する。それは第3部で、灯台へ向かう舟に乗っているキャムが見る波から湧き起こる幻想である。

 船べりに垂らした彼女の手は波を切り、心の中で緑の渦や縞 [しま] をい
 ろいろな模様に織り上げているうち、次第に心は屍衣をまとったように
 麻痺して、想像の中で白い小枝に真珠が群がる海底の世界をさ迷い始め
 た。そこでは緑の薄明りの中で心の全体に変化が起こり、身体もまた緑
 の上っ張りにくるまれて半透明に輝く存在となっていた。(p.355)

hoary (p.23) という色の形容が白でも灰色でもあるとすれば、「緑の波」 と 「白い小枝」 という色の対比は、今までに出現してきた緑と灰色の対比と近似である印象がある。
そして海に入れた手の感覚が次第に麻痺して、そのことが幻想を生み出す様子は死のイメージに近い。つまり繰り返しあらわれてきた緑と灰色 (特に緑) という色が、ここに来て突然、意味を持つように感じられるのである。やはりそれは積み重ねられた象徴としての色彩なのだろうか。

ウルフの使う特徴的な言葉についてはどうだろうか。訳者の御輿哲也はあとがきで、注目すべき言葉として space や vision をあげている。前出引用 (p.243) にも 「一晩とは……わずかな空隙 [スペース] にすぎない」 という表現が見られるが、御輿訳はこのようにルビ付きにしてその言葉の印象を強く与えようとする方針に思える。

 たとえば “space” (「空間」 「空白」 など) や “vision” (「幻影」 「見方」 な
 ど) といった物語展開の要諦をなす言葉については、これをことさら多
 様な状況の中に導入することで、そのニュアンスの広がりや奥行の深さ
 に対して、あらためて読者の注意を喚起しようとする。(p.408 あとが
 き)

vision の大半を担っているのはリリー・ブリスコウであり、それはウルフ自身の視点でもある。小説の最終行はリリーの vision に対する認識で閉じられる。

 そう、わたしは自分の見方 [ヴィジョン] をつかんだわ。(p.406)

 I have had my vision. (E: p.226)

ラムジー夫人はリリーの絵画に対してその価値を認めていなかった。つまりリリーとラムジー夫人の絵画に対する判断基準としての vision は異なるのである。しかしリリーはラムジー夫人のそうした vision にひるむことはなかった。そしてラムジー夫人がこの世にいなくなった後、リリーは別荘でラムジー夫人の vision (幻影) を見るのである。

 「ラムジー夫人! ラムジー夫人!」 かつての恐怖――求めても求めて
 も得られないことの苦痛――が舞い戻った気がして、思わずリリーは叫
 んだ。あなたはまだわたしにこんな苦しみを与えるつもりなのですか?
 すると、まるで夫人が遠慮してくれたかのように、その苦痛自体がおだ
 やかに普通の体験の一部となり、椅子やテーブルと同じレベルのものに
 なった。ラムジー夫人は――これもリリーに対する優しさの一端なのだ
 ろう――いかにも事もなげに、以前のように客間の椅子にすわり、編針
 を左右に動かしながら赤茶色の靴下を編んでいて、踏み段には彼女の淡
 い影 [シャドー] が落ちていた。そう、確かにそこに夫人はすわってい
 た。(p.393)

実体はないのに気配が存在する、と感じたのがリリーの vision であり、オカルトでなく、そのとききっとラムジー夫人は存在していたのだ。
絵画というのは仮のジャンルに過ぎず、それを文学という言葉に置き換えれば、言うべきことはウルフの文学に対する矜恃であり、ウルフ自身の vision である。矜恃は同時に恐怖や苦痛をも伴う。

 いつだって (それが彼女の性格によるのか、女性一般に当てはまること
 なのかわからなかったが)、日常生活の流動性の世界から絵画という集
 中性の世界へと気持ちを切り換えようとする時、ほんの短い間ながら、
 自分が無防備にむき出しにされたような思いがした。まるで未だ生まれ
 ず、肉体を持たぬ魂にも似て、強風の吹きすさぶ断崖の上で、身を守る
 術 [すべ] もなくあらゆる疑問の嵐にさらされているような感じだ。だ
 としたらなぜ、そうまでして絵を描くのだろう? (p.306)

ウルフの文学観は絵画に仮託され、ナマの状態で出てくることがない。では文学的エピソードとして出現するのは何か? 小説というジャンルのかわりに、アナロジーとして出現するのが朗読という姿で見せる詩作品である。そのなかで最も印象的なものはチャールズ・エルトンの詩 「ルリアナ・ルリリー」 である。

 出ておいで、庭の小径 [こみち] をのぼって
  ルリアナ、ルリリー
 バラは盛りの花を咲かせ、黄蜂は辺りを忙しく舞う (p.208)

その詩は、晩餐会の喧噪のなかから映画のシークェンスのように立ち上がる。情景と何らかの関係性があるわけではない。それ自体が何らかの暗示であるわけでもない。まるで何かの呪文のように、いや、呪文というような重いものでなく、もっと何か軽やかな音楽のように、言葉は語られる。
ルリアナ・ルリリー (Luriana Lurilee) という L と R を多く使った固有名詞。ルリリーという音から連想するのはリリー・ブリスコウ (Lily Briscoe) のファースト・ネームであるリリーだ。また 「バラは盛りの花を咲かせ」 の部分は〈The China rose is all abloom〉(E: p.120) であり、China rose という言葉はリリーの目を形容する言葉 「小さな切れ上がった目 [チャイニーズ・アイ]」 (p.31)〈her little Chinese eyes〉(E: p.21) と呼応する。
そしてエルトンの詩であるのにもかかわらず、そこから醸し出されるのは、オーガスタス・カーマイケルの緑の瞳を透した世界であり (つまりカーマイケルの咀嚼したものであり)、映像的でありながら、具体的なイメージを結びにくい一種の謎である。
音楽的な抽象性に満ちていて、何ものをも具体的に指し示さない。

それはラムジー夫人のこだわる晩餐会の料理の出来とか、編み物とか、さらにはミンタの失くしたおばあさんのブローチとか、タンズリーがけなすジェイン・オースティンといった日常性の俗なものの集積と対立する概念でありながら、それらの具体性をかえって際立たせる言葉として作用する。


ヴァージニア・ウルフ/灯台へ (岩波書店)
灯台へ (岩波文庫)




Stephen David Daldry/The Hours (2002) trailer
邦題:めぐりあう時間たち
ヴァージニア・ウルフ役:ニコール・キッドマン
https://www.youtube.com/watch?v=gbc7jtmuOJM
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immense darkness ― ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』 [本]

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Virginia Woolf (1927)

ともすると 「意識の流れ」 (Stream of consciousness) という表現には、連想が連想を生み、心のたゆたうままに、時としてルーズに、草書体風に続いてゆくような印象がある。でも、そうだとすれば『灯台へ』は、よく言われているような 「意識の流れ」 的手法で書かれてはいない。そのように見せかけて、決して厳格ではないけれど、周到に構成された骨格を備えている。これは極めて技巧的な作品に他ならない。
シュルレアリスムの 「自動記述」 が言葉のあやであるように (と私は思っている)、「意識の流れ」 も、意識を意識の流れにまかせているのではなく、意識して意識の流れを作っている手法なのだ。

ヴァージニア・ウルフの『灯台へ』(To the Lighthouse, 1927) は、彼女の幼年期/少女期の回想を反映させた作品と言われている。登場人物のラムジー夫妻と8人の子どもたちは、ウルフの家族と同じ構成である。
家族は毎夏、コーンウォルのセント・アイヴス湾にあるタランド・ハウスという別荘を借りて過ごした。何人か客人もいた。そこからはゴドレヴィ島の灯台が見えた。そうした両親との夏の記憶が、場所こそ変えられているが、物語のなかに色濃く投影されている。

ウルフの実際の両親であるレズリー・スティーヴンとジュリア・ダックワースは共に再婚で、それぞれに連れ子があり、そして2人の間に新たに子どもができて、合計8人となった。ウルフは夫妻の間にできた3番目の子どもである。
文芸評論家で哲学者であった父親と、ヴィクトリア朝的良妻賢母であった母親がラムジー夫妻のモデルであり、つまり翻訳者・御輿哲也の書くようにこの作品はその両親へのレクイエムなのである。

第1部 「窓」 は幼い頃の別荘の一日の出来事 (舞台設定はスコットランドのヘブリディーズ諸島という場所になっている) で、幼いジェイムズは明日、灯台に行きたいと思っているのだが天候が悪く果たせない。そして夜、家族と別荘に来ている客人たちが晩餐会をする様子が描かれる (ジェイムズはヴァージニアの1歳年下の弟、エイドリアンをモデルにしているといわれる)。
第3部 「灯台」 はそれから10年経った一日、成長したジェイムズが父や姉とともについに灯台に行くことが描かれている。目立って起こる事件はそれだけだ。ほとんど何も起こらないといってもよい。

その間にはさまれた第2部 「時はゆく」 (Time Passes) は interlude であり、第1部と第3部の間の10年間が詩的な文体で記述される。主人公は人がいなくなり荒れ果ててゆく別荘=家 (the house) である。
ラムジー夫人は突然のように死に、娘のひとり、プルーも結婚した後、早々に死ぬ。しかし最も劇的な事件であるはずのそうした死の情景はほとんど語られない。なぜなら、時は人々の上を過ぎてゆくのではなく、家の上を過ぎてゆくのだから。あるいは、主人公は、家にダメージを与えてゆく自然そのものでもある。
第2部は第1部、第3部と較べて最も短い。最も短い文章のなかで最も長い時が語られ、しかも事件として語られるべきことは語られず、そうすることによって前後 (第1部と第3部) の各一日の出来事を際立たせる構造になっている。それはいわば 「永遠」 と 「一日」 の対比のようにも思えるし、時間とは相対的なものであることの証しでもあるし、ウルフのアヴァンギャルドな手法でもある。

ウルフの描くラムジー夫人は、時に専横で押しつけがましいところがあるにせよ、いつも気づかいし、他人のために尽くすという性格の、当時 (ヴィクトリア朝) の典型的母親像である。すべてを尽くしてしまうため、自分に何も残らないことを夫人は知っている。学問的知識はないかもしれないが、存在論的な 「カン」 を夫人は持っている。編み物をする夫人の座っているその位置こそが、夫人の存在を主張していて、それは夫人の死後も、夫人がそこに在るべき位置として残存しているのだ。
ウルフの実際の母ジュリアは、ウルフが13歳の時に急逝する。ラムジー夫人にはウルフの、母に対する冷徹な観察眼と、その愛を渇望していた思慕とかないまぜとなって現出している。母を亡くした衝撃がその後のウルフの精神的な不安定さの最初の引き金となった。

ラムジー氏もまた、ウルフの実際の父親であるレズリー・スティーヴンの面影を映しているのであろう。気難しく、時に独善的であったが、学問に深く沈潜してゆくタイプのレズリーは、しかし不器用にだが子どもたちを愛していたのだと思う。
ウルフは学校には通わず、父からの教育を受けたが、彼女が若い頃から父はその文才を見抜いていた。

しかしこの小説のなかでは、娘たちの中の誰にもウルフらしき面影は反映されていない。ウルフの心象を代弁しているのはリリー・ブリスコウである。彼女は別荘の客のひとりであり、切れ上がった目 (chinese eyes) をしたあまり目立つことのない画家で、熱心に絵を描こうとしているが、ラムジー夫人はリリーの画才を認めていない。
しかし彼女の視点がこの作品のほとんどの骨格を成している。絵を描くという行為のなかに、ウルフは小説を書く苦悩や喜悦をアナロジカルに籠めようとした。ヘルマン・ヘッセの『ロスハルデ』(湖畔のアトリエ) は自立した画家を描いた作品だが、リリーはもっとちっぽけで無名の、試行錯誤を繰り返している画家に過ぎない。
そのリリーの心の移ろいに、ウルフの心象は時に近づき、時に離れて、一人称的であったり三人称的であったりするような、陽の輝きと翳りのような変化を宿している。

(→2016年12月29日ブログにつづく)


ヴァージニア・ウルフ/灯台へ (岩波書店)
灯台へ (岩波文庫)

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瓶入りの手紙 — 大久保賢『黄昏の調べ』を読む [本]

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Claude Debussy (1862-1918)

書店で、音楽書の書棚を見ていたら 「買って!」 と言っている本があったので買ってきた。大久保賢『黄昏の調べ』という本で、「現代音楽はなぜ嫌われる?」 という帯が付いている。
黄昏の調べというタイトルがすでに意味深である。最初に書いてしまうと、つまり20世紀に最も隆盛を極めた現代音楽はすでに黄昏れてしまったというのがその結論なのである。

前半は現代音楽に至るまでの音楽の歴史の過程が描かれていて、シンプルでわかりやすくて読みやすい。音楽史の教科書のようである。現代音楽というものの定義も明快で、それは 「調性」 があるかどうかによる、というのである (p.26)。調性がないのが現代音楽、調性のあるのはクラシック音楽という分類法なのだ。大久保によれば現代音楽という語が意味するのは20世紀以降に書かれた前衛音楽のことであり、前衛とはつまり非調性と言い換えることができるともいう。だからラヴェルとかブリテンは調性があるので、20世紀の音楽であっても現代音楽ではなくてクラシック音楽であるとのこと。

さらに調性とはメジャー&マイナースケールとその上に生成される三和音に基づく音組織の体系であって、

 とりわけ重要なのは 「ドミナント和音 (ソ・シ・レ) → 主和音 (ド・ミ・
 ソ)」 (そして、その中に含まれる 「導音 (シ) → 主音 (ド)」) という連結で
 あり、これが句読点となって調性音楽の文章は綴られている。(p.40)

とある。この個所の註にはサブドミナントの性格に関する言及もあって、これとは視点が異なるけれども、この前、プリンスについて書いたとき、大谷能生がドミナント→トニックが強過ぎると書いていたことを思い出した (→2016年07月25日ブログ)。それはすべてを解決するモーションで、つまりそれこそが伝統的ヨーロッパ音楽の典型的な手法のひとつなのだとも言える。マイルス・デイヴィスがモードに新たなルートを見出そうとしたのも、この導音解決の押しつけがましさからの離脱に他ならない。

さて、上記のように現代音楽を定義してしまったので、その水源はたとえばスクリャービンとかドビュッシーに始まることになっている。ドビュッシーの和声の曖昧さを、機能的和声が生まれる以前、つまり中世~ルネサンス期の施法への志向があったと言い、そうした施法を拡大解釈していくことにより和声の機能を無効化したのだと分析している (p.52)。そしてドビュッシーの音は、アンセルメの言葉も引用しながら、調性でなく音響であるというように表現している (p.129)。
シェーンベルクとドビュッシーの対比 (シェーンベルクは協和音を意図的に避けようとしたがドビュッシーは和声進行そのものを無効化したのだという)、バルトークとストラヴィンスキーの対比 (バルトークはドビュッシーの影響を受けながらもヨーロッパ伝統音楽とハンガリー民族音楽の語法を共に尊重したが、ストラヴィンスキーは素材の切り貼りこそが方法論だとしたこと) という比較論もなるほどと思わせる。

そして現代音楽は、特に伝統的ヨーロッパ音楽の末裔として、より複雑に難解に高踏的に変化していったため、それに対抗する方法として、パロディ的な意味あいも想起させる引用/コラージュといった方法が出現してきたのだという。
コラージュの度合いと引用の多さとしてベリオの《シンフォニア》について言及し、そしてライヒを始めとするアメリカ系の反復技法 (≒ミニマル・ミュージック) の出現、そしてビートルズのミュージック・コンクレート的アプローチやフランク・ザッパ、セシル・テイラーなどのポピュラー・ミュージックにそうしたムーヴメントが影響して発展していくというのは、ごく表層的な辿りかたではあるが、それゆえに理解が容易である。

モートン・フェルドマンについての見方も興味深い。大久保はフェルドマンはクセナキスと逆に極端に少ない音でありながら、その 「音のありようが多義的 (≒曖昧)」 という。さらに庄野進を引用し 「フェルドマンの音楽は、まったくの無秩序でもなければ、厳密に構成し尽くされた秩序でもない」 と規定する (p.140)。
また、フェルドマンと同じように静寂が支配する作品でありながら、ルイジ・ノーノの《断章――静寂、ディオティマへ》(1980) に対して、同じ静けさでもフェルドマンのような静けさではなくて、そこに時々露出する暴力的な表情がノーノだとする。そうした緊張感は息苦しくもあり、本来享楽的であるはずの音楽という場を拒んでいるようにも見えるという (p.168)。
ノーノについて私は、著者も言うように、かつてポリーニの弾いた曲くらいきり知らず、フェルドマンとの比較となる沈黙に近い音の作品があるというのは意外だった (尚、フェルドマンについて私はすでに過去のブログで繰り返し書いた。たとえば→2013年03月19日ブログ)。

大久保のユニークな点は、必ずしも音楽系の人でないところから言葉を探してきて、それを音楽論としてとりこんでいることだ。たとえば哲学者ホセ・オルテガ・イ・ガセットの音楽論から、今までの音楽は自分自身の中に引き起こす反響であったが、新しい音楽とは自己の外にある音楽であって、純然たる観照者となることだとか (p.128)、ジュリア・クリステヴァの記号論から 「どのようなテクストも引用のモザイクとしてできている。言い換えれば、どのようなテクストも別のテクストを取り入れ、変形したものだ」 という個所を引用し、そうした見方は音楽に敷衍できるとする (p.166)。

というようにわかりやすいけれど現代音楽史を、ある意味、淡々と解説しているようにも見えるこうした解説の果てに、巻末の結論的部分になるにしたがって、本書は俄然面白くなってくる。著者は現代音楽を愛しながらも、それが極端にわかりにくくなり、そしてその結果、孤絶した音楽となっていることに不満を表明しているのだ。そして現代音楽は能や歌舞伎のような一種の古典芸能だ、とまで言い切る。一定の枠組みや約束事や、そしてなにより世の中の動向から隔絶していることがまさにそうだと断言する。もはや現代音楽は contemporary ではなくtemporary (つかの間のもの) に過ぎないという。ああ、つまり一種の temporary file に成り下がっているということなのだろうか。

そして、ではどうすればいいか、という問いに対して、「芸術であることの程度を少しばかり下げること」 だと大久保はいう (p.208)。かつてモーツァルトの音楽は、ハイブロウな人にも一般大衆にも、同時に受け入れられていた。そのような処世術があるはずだというのである。そしてシェーンベルクは 「芸術は万人のためのものではない」 と言っていたが、しかし 「ものには限度がある」 と切り返すのだ。
即物的かもしれないが、わからな過ぎる特殊化し過ぎた音楽を少しはわかるように、と願う著者の考え方がストレートに書かれていて小気味よい。大久保は、現代音楽でなくて、現代の音楽を聴きたいというのである。
しかし一方で、リチャード・パワーズの《オルフェオ》のように、孤絶した環境だからこそ輝きを増す現代音楽というとらえかたもあるわけで、それは自閉的でもあるのだが、どちらに加担すべきか簡単に選択することは困難だ (オルフェオについてはすでに書いた通りである→2015年10月09日ブログ)。

それと、後書きにあるように、大久保は武満徹の《カトレーン》を聴いた衝撃から現代音楽というものに興味を持ち、そして深入りしていったという自らの過去を語るのにもかかわらず、日本の現代音楽家のことに全く触れていない。とりあえず重要な作曲家のひとりである武満に触れていないのはアンバランスであるように思う。
それは著者自身もよくわかっているし今後の課題なのだろうが、世界のなかにおける日本の現代音楽の立ち位置について、次の著作を期待したい。


大久保賢/黄昏の調べ (春秋社)
黄昏の調べ: 現代音楽の行方




Mitsuko Uchida/Debussy: Etudes
https://www.youtube.com/watch?v=nafCb9wId1c
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池澤春菜の3つのアイテム [本]

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池澤春菜の『SFのSは、ステキのS』を読む。
144ページという薄めな本なのだが、そのうち本文は105ページで、後注が38ページもあるってどぉよ?(しょーがないなぁ)

それと連載されているときはあまり気にしていなかったのだけれど、このタイトルの付け方は新古今和歌集かっ! ってことです (そもそもこんなタイトル付いていたっけ?)。つまりSF小説のパロディなんだけれど、よくわからなかったりするものもあります。
「勇ましいチビのSF者現る」 とか 「ボーカロイドは音楽の神の夢を見るか」 くらいならたぶん誰でもわかるけど (ちなみに元となるタイトルはトマス・M・ディッシュ 「いさましいちびのトースター」、フィリップ・K・ディック 「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」 です)、「あるいは萌えでいっぱいの世界」 だと難易度高いような気がする (元タイトルはエイヴラム・デイヴィッドスン 「あるいは牡蠣でいっぱいの海」。しかもこれ、その後邦題を改変してしまった本が存在します)。

まぁこれも池澤春菜のSF好きがモロ出ているということなんでしょうが、鉄オタとかアニメオタはかなり一般的になってきてるのに対して、SFを語る女性はまだまだ少ない。SFを書く作家はいっぱいいるのに。
池澤春菜はケロロ軍曹とかマリみてなど、声優がそのメインなんだと思うんだけど、川上未映子なんかと同じでマルチな方向性を感じます。声優とSFとMac (ハンバーガーではありませぬ) が3大アイテムなのかもしれない。レイヤーっぽい面もあるしCDも出していて、やりたい放題。エミリーテンプルキュートやジェーンマープルが好きとも書いてある。

池澤春菜はSFに限らず、子どもの頃から重度の読書マニアだったとのこと。母親が本を読み過ぎると小学校の先生に相談したというエピソードがあるが、そもそも読書なんていうのは悪徳のひとつであって、母親の気持ちはよくわかる。私も子どもの頃、読書という禁断の悪に染まっていたほうだから。
私の祖母は昔気質の人だったので、私が小学生の頃、知り合いのおばさんなどに私のことを 「本ばっかり読んで勉強しないんですよ~」 と、よく言って嘆いていた。祖母の頭のなかでは、読書と勉強とは全く正反対のことであって、本ばかり読んでるようなヤツはロクなもんじゃないという価値基準があったわけです。それはまさにその通りなんでしたが。
教科書も非教科書もどっちも同じ本じゃん、というのは詭弁であって、それを読んでいるとき楽しいか苦しいかによって厳然と区別できます。現代の状況に換言すれば、PCの画面見てれば仕事しているように見えると思いこんでいるかもしれないけど、仕事用の画面を見てるときとそうじゃない画面を仕事のふりして見ているときとでは表情が違うはずなんです。ふふふ。

読んでいて一番納得したのは本の量のこととか、他人の書棚が気になるとかいうところで、そもそも彼女はもともと家に大量の父親の蔵書があったわけで、そこがスタート地点になっているからかなりアドヴァンテージがあって、ズルイっていえばズルイ。でも幾ら蔵書があったって、その夜の大海のなかからチョイスする眼力がなければなんにもなりませんから、すべては本人のこころがけ次第とも言える。

引っ越し屋さんが書棚を見て暗澹たる表情になったという話も笑えます。本というのは少ない数だったら紙ですが、実は組成的にはもはや石なので、悪の根源の要素のひとつとして数えられる。それは大量になったときに初めて認識できることだから。
それと本の収納に関する話題で、「限られたスペースにいかに大量の本を美しく、取りやすく収めるか」 と書いていますが、これも大変納得。ウチの場合、取りやすくというのがおろそかになっているので反省することしきりです。池澤によれば、本は横にして積んではいけないとのこと。横にした途端、本は死にます、と書いてる。つまり出しにくくなってしまうから。これはとても納得できるけど、でも横積みにしたほうが大量に入るということもあるので悩むところです。私の場合、縦に並んだ本の上の空間がもったいないので、その部分に本を横にして何冊か積む。確かに、とりにくくはなるんだけれど、でも少しでも書棚のスペースをかせがないとね。
理想としては本がいくらでもおけるような広大な空間があればいいんだけど、実際にはそんなことは無理ですし (京極夏彦先生の書斎の写真見ましたけど、すごかったなぁ)。

一応wiki的説明を付け加えておくと池澤春菜の父親は池澤夏樹で (金原ひとみ―金原瑞人という関係性に似ている)、ですから彼女の祖父は福永武彦ということになります。3代目ということ。もっとも幸田露伴―幸田文―青木玉―青木奈緒という系譜もあります。そういうふうに連綿と継続できる家系っていうのも一種のパワーというか、血のなせる技なのかもしれない。
もっとも最近はどんなジャンルでも世襲って多いようにも思えます。


池澤春菜/SFのSは、ステキのS (早川書房)
SFのSは、ステキのS




池澤春菜/夜想サァカス
http://www.nicovideo.jp/watch/1274840058
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ビートに抱かれて — プリンス [本]

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ここのところ本を読む気力が無くて未読の本が溜まるばかりなのだが、とりあえず雑誌の『現代思想』臨時増刊号のプリンス特集を読み始めたところである。

宇野維正がプリンスが踊れなくなったことについて書いているのを読んで納得した。
最近のプリンスのライヴでは、その中間あたりにヒット曲をメドレーで歌う 「サンプラー・セット」 というのが存在していたのだそうだが、それはサンプラーの音源による、いわゆるカラオケで、いくらメドレーで歌うのだとしてもそれはちょっと手抜きなんじゃない? という否定的な意見をいうファンもいたのだそうだ。
しかし完全主義のプリンスがそうした手抜きをするはずがない。ではなぜその 「サンプラー・セット」 によりピアノやギターの弾き語りのような演奏スタイルをとったのかというと、その原因は踊れなくなったことにあるのだという結論なのである。

もともとプリンスは踊るパフォーマンスをする人ではなかったが、それが映画《パープル・レイン》において急に踊るようになったのは、やはりマイケル・ジャクソンの〈スリラー〉の影響があったのではないかという。
しかし《Diamonds and Pearls》あたりからダンスはだんだんと減ってきて、そして名前の読めない時期を経て《Musicology》で再びプリンスとしてメジャー・マーケットに復活した頃には完全に踊らなくなっている。そのPVでは子どもたちのダンスに目がいくようにしむけられているが、プリンス自身は踊っていない、というのだ。

《Diamonds and Pearls》が出たときに私のプリンスへの注目も復活したのだが (→2016年04月23日ブログ)、それは一般的なファンなら同じように彼の動向を注目することに回帰した時期だったのだと思われるのだけれど、でもそうした分水嶺の時期でもあったのだとは全然感じてはいなかった。

宇野によれば、プリンスは最近踊らなくなったよねぇ、と思わせるように見せかけていたが、実は踊らないのではなく踊れなくなったのであって、それは身体の酷使によってもはやダンスができる身体ではなくなったことを意味している、しかしそれをプリンスは死に至るまで隠し続けていたというのである。
だから2015年のグラミー賞にプレゼンターとして杖をついて現れたプリンスに対しても、杖本来の役目でなく、杖をまるでファッションアイテムのように見せかけたのだとすれば、それもプリンス一流の矜恃だったのだということなのだ。
マイケル・ジャクソンもプリンスも、ともに薬によってその命を短くしたといっていいだろうが、そのように薬に頼らなければならなかったプレッシャーとかストレスを考えると胸が痛むという結論になっている。

そしてまた、彼の未発表音源を今後無理矢理発表するのはプリンス自身のフィジカル、つまり彼が監修し最終的にチェックする工程が伴っていないのだからそれは音楽的なゴーストであって、そういうものをプリンスの作品として出しても意味が無いとするのだ。これは大変厳しい意見だが頷けるものがある (大全集を出して欲しいとするミーハーな心はもちろんあるのだが)。
プリンスは最後まで自分の音楽をCDというフィジカルに籠めることにこだわったが、そうした彼の意志とは関係なく、かたちの存在しない配信という方法に音楽の今後は変わりつつある。そんなときにフィジカルというメディア (=CD) にこだわったプリンス自身のフィジカル (=肉体) が消失してしまったという暗合は象徴的であるとするのだ。

また大谷能生によるベースラインの存在しない曲があるという指摘にも大変興味を持った。
大谷によれば〈When Doves Cry〉(ビートに抱かれて) にも〈Kiss〉にもベースラインが存在しない。これはいわゆるR&Bとかブルースという黒人発祥の音楽としては異質である。
マイルス・デイヴィスがこのことについてプリンスに聞いたところ、プリンスは 「僕にとってベースラインは邪魔者」 だと答えたのだという。ベース音が存在しない奇妙な空間の虚ろさが、いままでの定型的音楽と異質の感触を与えてくれるとのことなのである。プリンスの場合、曲のスカスカ感こそがカッコイイことはよくある。それはトラックを音で埋め尽くさないと気が済まない強迫観念へのアンチテーゼでもある。

大谷は濱瀬元彦のブルーノート理論を援用して、IV→I といういわゆるアーメン終止の可能性とその広がりについても書いているが、V→I のドミナント・モーションでは終止形として強過ぎる解決がアーメン終止では薄まるということであり、それはあえて近代スケールでなくチャーチ・モードへと遡ったかつてのジャズの拡張性/融通性/曖昧さと通じる部分でもある (濱瀬のパーカーに対する解析『チャーリー・パーカーの技法』についてはすでに書いた。というか私には高度過ぎてわからないということでしかないが。→2014年07月21日ブログ)。
プリンスがベースラインを除去したのもいままでのオーソドクスなセオリーからの逸脱であり、その結果としてジャームス・ブラウン的ステロタイプなR&Bテイストからも離れてしまうという道をとったのだともいえる。それゆえにプリンスのサウンドは奇妙で孤高であり、それがエロティックな志向とも重なるのである。

書店で、平積みしてある蓮實重彦の『伯爵夫人』を見たらすでに四刷。しかも百田尚樹の本と並んでいた。『重版出来』に出て来る河さんみたいな書店員がやったに違いないと想像して笑ってしまった。


現代思想 2016年8月臨時増刊号 プリンス1958-2016 (青土社)
現代思想 2016年8月臨時増刊号 総特集◎プリンス1958-2016




濱瀬元彦/チャーリー・パーカーの技法 (岩波書店)
チャーリー・パーカーの技法――インプロヴィゼーションの構造分析




When Doves Cry
http://www.nicovideo.jp/watch/sm14347765

スーパーボウルでの完璧なライヴ完全版:
Prince/Live 2007: Super Bowl XLI Halftime Show
https://www.youtube.com/watch?v=IAVQGtOxOhI
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音楽における言葉、その前に名前の読み方 ― ピーター・バラカン『ロックの英詞を読む ― 世界を変える歌』 [本]

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Peter Barakan

この前、巽孝之の本について書いたとき、ひっかかっていたのはアメリカン・パイのことだった (→2016年05月14日ブログ)。巽が書いているのは萩尾望都の漫画作品〈アメリカン・パイ〉(1976) についてなのだが、アメリカン・パイというタイトルは、もちろんドン・マクリーンの歌〈アメリカン・パイ〉(1971) のことであり、その関連性についても言及している。

私にとって〈アメリカン・パイ〉はまず萩尾の作品であったため、その曲の実体を知らず、作品から受ける無音のイメージがすべてであった。実際に初めて〈アメリカン・パイ〉という曲を聴いたとき、自分の想像していた曲と甚だしくズレていて、信じられなかったことを覚えている。
ただ、それだけではなくて、そもそも〈アメリカン・パイ〉という曲は何だかよくわからない歌詞なのであった。それは巽の解説によって随分わかりやすくなったが、つまり原曲の作られたのが1971年、そして萩尾の作品が1976年に描かれたということをあらためて考えなければならない。

ドン・マクリーンの歌詞のなかの 「音楽の死んだ日」 というのは1959年にバディ・ホリーなどのミュージシャンが飛行機事故で亡くなったその日のことを指す。しかし、では1959年という年は、1971年という時点で曲を作ったドン・マクリーンから見てどのように見えていたのかが理解できないと歌詞の意味はわからないし、1959年以後、アメリカは繁栄から没落への歴史を歩み始めたのだといわれてもあまり実感が湧かない。そもそも私はバディ・ホリーがどんな歌手なのかさえ知らなかった。
飛行機事故という言葉から思い出すのは1935年のカルロス・ガルデルの死のことだが、そうした死に対して思うのは、運命というような言葉で語られる神の仕業への不快さばかりだ。ガルデルと幼い頃のアストル・ピアソラのことはすでに書いた (→2014年10月18日ブログ)。

それで歌詞ということについて考えていたとき、書店にピーター・バラカンの新刊が山積みされていたので思わず買ってしまった。『ロックの英詞を読む ― 世界を変える歌』である。
翻訳については柴田元幸の『翻訳教室』などがあるが、読んでいて面白いのだけれど、内容的には散文の翻訳のことだし、こだわっているレヴェルが高過ぎて難しい。それよりピーター・バラカンのほうが歌詞だから、という安直な理由づけである。

この本のなかにミュージシャンの名前のカタカナ表記のことが書いてあって、これが大変参考になる。
「たとえば、語尾の s は、基本的にその前が有声音なら 「ズ」、無声音の場合は 「ス」 になります。これは鉄則です」 とのことだ。
例として

 Bill Evans ビル・エヴァンズ (× ビル・エヴァンス)
 Boz Scaggs ボズ・スキャッグズ (× ボズ・スキャッグス)
 Eagles イーグルズ (× イーグルス)

なのだという。確かにアガサ・クリスティの『なぜエヴァンズにたのまなかったのか?』はエヴァン 「ズ」 である。
でも

 MIles Davis マイルズ・デイヴィス (× マイルス・デイヴィス)

と、デイヴィスは例外的に 「ス」、だが MIles は 「マイルズ」 なのだそうだ。

必要のない 「ッ」 を入れない、というのもあって、

 Joni Mitchell ジョーニ・ミチェル (× ジョニ・ミッチェル)
 Paul McCartney ポール・マカートニー (× ポール・マッカートニー)

「o」 を 「ア」 と発音する場合の例として

 Sonny Rollins サニー・ロリンズ (× ソニー・ロリンズ)
 Thelonious Monk セローニアス・マンク (× セロニアス・モンク)

不自然、もしくは明らかに間違った表記として

 Oasis オエイシス (× オアシス)
 Pat Metheny パット・メスィーニ (× パット・メセニー)

などなど。あ、唯一 Pat Metheny は知ってました。
SF作家でも A. E. van Vogt という人がいて、昔からヴァン・ヴォクトと言っている。でも実際にはヴォートであって、wikipediaでは、中間をとったのかヴォークトなどと苦しい表記になっている。Isaac Asimov もアジモフなのだが、昔からのアシモフが定着したままだ。
特に固有名詞は、日本語としてすでに定着してしまっていることが多いから、これは難問である。しかし、歌詞の解釈とかいう以前に問題山積であることがよくわかった。


ピーター・バラカン/ロックの英詞を読む ― 世界を変える歌
(集英社インターナショナル)
ロックの英詞を読む──世界を変える歌

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Every day I listen to my heart あるいはHALの見る夢 ― 高野史緒『ムジカ・マキーナ』 [本]

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Zauberflöte (Deutsche Oper Berlin)

前にとりあげた巽孝之『プログレッシヴ・ロックの哲学』のなかに、音楽SF小説として紹介されていた高野史緒『ムジカ・マキーナ』を読んでみた (前の記事は→2016年05月14日ブログ)。
文庫のカヴァーには次のようなキャッチがある。

 1870年、理想の音楽を希求するベルンシュタイン公爵は、訪問先のウィ
 ーンで、音楽を絶対的な快楽に変える麻薬〈魔笛〉の流行を知る。その
 背後には、ある画期的な技術を売りにする舞踏場の存在があった。調査
 を開始した公爵は、やがて新進音楽家フランツらとともに、〈魔笛〉と
 〈音楽機械 = ムジカ・マキーナ〉をめぐる謀略の渦中へ堕ちていく。
 虚実混淆の西欧史を舞台に究極の音楽を幻視した江戸川乱歩賞作家のデ
 ビュー長篇

魔笛にはわざわざツァウベルフレーテとルビが振ってあるが、もちろんモーツァルトのジングシュピール〈魔笛〉を連想させる。
フランツ・ヨーゼフ・マイヤーは駆け出しの指揮者で、自分の考える理想の音楽に近づけようと奮闘しているのだが、老獪なオーケストラをうまく動かすことができずイライラしている。ベルンシュタイン公爵にスポンサーになってもらえるかどうかもイマイチという状態。ところが商売敵の指揮者の振る〈魔笛〉を恋人と一緒に聴いているとき、彼女と仲違いしてしまい、外に出たところでイギリス人のセントルークス卿と興行主モーリィに出会う。セントルークスは今評判の《プレジャー・ドーム》というダンスホールを建てたのだが、そこには楽士はひとりもいなくて、機械が音楽を奏でているのだということをフランツは知る。
モーリィはフランツに、副業としてDJをしてみないか、ベルンシュタインなんかよりこっちの水のほうが甘いぞ、と誘うのだが、そのシステムをオペレーションするためには麻薬〈魔笛〉が必須で、気がつかないうちにフランツは毒されてゆく。理想の音楽が実現できるようなのは見せかけで大きな陥穽があったのだ。
ロンドンのクラブに集う客たちも同様に〈魔笛〉に浸食され廃人となってゆく。

ややミステリーっぽい仕立てでもあるので結末がどうなるかまでは書かないが、理想の音楽という考え方と、ストーリーのなかに散見される音楽的な小技が面白い。
ただ、舞台設定が1870年とあり、ウィーンではヨハン&ヨーゼフ・シュトラウスが現役であり、ナポレオン3世も登場するのだが、そんななかに突然、機械仕掛けの (というより電化された) ミキシング・コンソールやスピーカーが併存してしまうという世界で、その設定がやや唐突だ。
巽孝之は前述の著書で、

 蒸気機関とコンピューターが奇妙にも併存して混淆し、世にも妖しいア
 ラベスクを奏でる世界。(p.117)

と書いているのでスチーム・パンクを連想させるが、実際には蒸気機関という言葉は 「ロイヤル・アルバート・ホールの大オルガン」 が蒸気機関で風力を供給しているという記述が出てくる1個所だけで (ハヤカワ文庫JA・p.351╱以下同)、1870年という時代性はほとんど感じられない。ロンドンの描写は現代そのままといってもよいと思われる。

巽孝之の解説によれば pleasure dome とか、ディスコテークの店名として出てくる Xanadu といった用語はコールリッジの《Kubla Khan》(1816) からの着想であり、ピラネージからコールリッジ、ド・クインシーなどを経てボードレールやランボーに至る麻薬文化と人工楽園幻想の伝統によっている、とある (p.440)。
理想の音楽という概念とか、「〈それ〉は存在する」 というような表現で語られる、いわゆる 「おりてくる音楽」 についてのこととか、音楽の理解は一瞬である、つまりわかるかわからないかであることとか、ところどころに著者の哲学が披瀝されるが (p.21, p.101, p.239)、それよりもコールリッジの元ネタのような、一種のパロディのようなものがどうしても気になってしまう。

オルガンに向かうブルックナー教授という、「べらんめい」 みたいな (でも、ちょっと違う) 妙な言葉を話す人物が出てくるが、これはもちろんまだ認められていないアントン・ブルックナーのカリカチュアで、そのブルックナーが即興演奏に興じるシーンはジュリアン・グラックの『アルゴールの城』を連想させる (p.80)。
そのオルガンの調律師であるサンクレールは一種のメカマニアであり、彼の信奉するのは単純な2つの方法であるという。ひとつは人間の手を介さないで音楽を存在させる方法、それが音楽機械であり、もうひとつは、あらゆる物音に含まれ、それでいてあまりにも僅かな音楽の瞬間を最大限に鋭く感じ取るために薬物、つまり究極の麻薬が必要だというのだ (p.402)。
端役の軍人たちが、ワインガルトナーとかシューリヒトとかシャイーとかマズアとかいう指揮者の名前なのもお遊びの一環である。
stand-aloneで動いてしまう音楽機械という概念はキューブリックのHAL9000を連想してしまう。コンピュータが人間的な反応を見せるか見せないかは、単に人間から見た外面の表情でしかなくて、機械自体が傲慢で確信犯であるのは同じなのだ。

著者によれば、フランツは指揮者のフランツ・ウェルザー=メストがモデルであり、セントルークス卿はトレヴァー・ホーンがモデルなのだという。
だからモーリィがフランツのことをフランキーと呼び、「ねえ、ハリウッドに行ってみたくない? フランキー?」 と言うのだ (フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドのプロデュースをしたのはトレヴァー・ホーンだから)。

ただ、ストーリーの弱点と思えるのは、クラシックの指揮者が安易に単なるDJに鞍替えしたりするものなのかという点 (つまりこの音楽機械の性能に対して私はそれほどの魅力は感じない) と、そのようにして機械に踊らされる登場人物の個性がやや薄いということである。
そもそもこの話の主人公がベルンシュタインなのかフランツなのかが判然としないし、ベルンシュタインもアクの強くないアルド・ナリスといった印象で、シンパシィを感じにくい (アルド・ナリスは栗本薫の小説に出てくるキャラクター)。ただ、主人公は人間ではなく音楽なのだといわれたら納得させられてしまうのかもしれない。

ふたたび巽の解説の部分を読むと、「高野作品が得意とする 「おぞましさ」 や 「いかがわしさ」 のもつキメラ的魅力」 (p.442) とある。
プログレ大好きな巽孝之だと思っていたが、その視点は意外にも冷静であるように感じる。私はプログレやフュージョンはは知識としてはわかるのだけれど、それは単なる一般教養であって、没入しにくい音楽だと感じていることもあり、なぜならたとえばELPには、やはりクラシックへのコンプレックスと剽窃があるからだ。それが悪だと言っているわけではなくて、そうした編曲ものの 「いかがわしさ」 こそがプログレの精神性のように思えるからである。いかがわしいことでは、たとえばデヴィッド・ボウイだって同様である。むしろそのいかがわしさがなければグラムではないし、それとは異なるのだけれど、プログレもまた 「いかがわしい」 のである。
メロディもまたマテリアルに過ぎない。だから、冨田勲より平原綾香のほうがホルストらしいかもしれないのである。


高野史緒/ムジカ・マキーナ (早川書房)
ムジカ・マキーナ (ハヤカワ文庫JA)




Frankie Goes to Hollywood/Welcome to the Pleasuredome
https://www.youtube.com/watch?v=WfHKgcTaU_4
平原綾香/Jupiter
https://www.youtube.com/watch?v=K7rob0JVlfE
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巽孝之『プログレッシヴ・ロックの哲学』を読む [本]

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Patric Moraz (patricmoraz.comより)

1980年代の中頃に留学していたニューヨーク州イサカのコーネル大学は、風光明媚な峡谷のなかにあり、全米でいちばん美しい大学のひとつであるが、そこにかかるサスペンション・ブリッジは自殺の名所としても有名であったと著者は書く。

 かつてビートルズは 「ビコーズ」 で 「あまりに空が青いから泣きたくな
 るんだ」 と歌ったが、このイサカという環境がもたらすのはさしずめ
 「あまりに峡谷が美しいから死にたくなるんだ」 とでも要約できる情緒
 だろうか。(9.64)

ビートルズの〈Because〉から醸し出される音の記憶が形容される風景に重なる。その大学のキャンパスで、ビル・ブルーフォードとパトリック・モラーツのデュオ・コンサートを聴いたこと。そうした描写の積み重ねが、著者の過ごしたその時代とその場の雰囲気を的確に伝えてくれるようで想像力を刺激される。

巽孝之の名前はSF系の雑誌などでよく目にしていたが、書店の音楽書の売場にこの本が置いてあったので、一瞬小さな驚きがあった。平凡社で2002年に出されたものを今回増補改訂したとのことである。

私はプログレのことをよく知らないので、ごく表面的にしか理解できないのだが、巽孝之のお好みは巻末のプログレッシヴ・ロック20選というリストでよくわかると思う。第1番目に選ばれているのがパトリック・モラーツの《Refugee》であり、プログレの3大グループ、キング・クリムゾン、エマーソン・レイク&パーマー、イエスが各1章ずつに設定されているなかで、モラーツにも1章が与えられている。
そのようにして巽の視点から見たプログレや、その他の関連する音楽についての取り上げ方を辿っていくのは面白い。
アルバムの20選は各グループ毎に1枚という選定基準らしく思われるが、イエスは《Relayer》、キング・クリムゾンは《Thrak》である。ちょっとマニアック!
サイモン&ガーファンクルをカヴァーしたイエスの〈America〉について言及している個所では、初期のイエスはビーチ・ボーイズやCSN&Y風コーラスとヴァニラ・ファッジ風オルガンを好んでいたと書かれている。

第二部のロック文学の起源として、ポーの 「アッシャー家の崩壊」 (1839) やトーマス・マンの『ファウストゥス博士』(1947) とともに、アレホ・カルペンティエールの『バロック協奏曲』(Concierto barroco, 1974) が提示されているが、この本、入手困難なので、う~ん……。
トマス・ピンチョンが『メイソン&ディクソン』(1977; 柴田元幸訳・新潮社・2010のタイトルは『メイスン&ディクスン』) のなかで、クリムゾンの《Thrak》のヴルーム (Vrooom) という名前を使っていると指摘している。また、ピンチョンの影響は矢作俊彦の小説にもあるのではないかとのことだが、このへんのことは未読だしよくわからない。
でもそうしたよくわからないことの断片がなかなか興味を引く。

その他、プログレ以外の話題として、ジョン・レノンの死に対する見方もなるほどと思わせられる部分がある。村上陽一郎のレノンに対する批判的記述、つまり 「音楽にメッセージだの、意味だのという夾雑物が入り込む余地はないはずだ」 というのに対して巽は、ロックは夾雑物のかたまりだという。

 ロックンローラーは夾雑物のかたまりなのである。その過程で、音を聞
 かずに音楽を評するという決定的に矛盾した向きも現れるだろう。だが、
 そうした夾雑物をも含めて生成していくのが文化であることを、とくに
 大衆文化であることを、わたしは基本的に疑っていない。(p.96)

また、マイルス・デイヴィスの《ビッチェズ・ブリュー》とクリムゾンの《クリムゾン・キングの宮殿》がどちらも1969年であったことを改めて認識させられた (厳密にいえば Bitches Brew のレコーディングは1969年9月であるがリリースされたのは1970年になってから)。

また、ビートルズの《リヴォルヴァー》《サージェント・ペパーズ》《マジカル・ミステリー・ツアー》といったサイケデリック的アルバムとSFとの関連について、密接に関わっているように見えるのがサミュエル・R・ディレイニーとジェイムズ・ティプトリーJr.であるという。
ビートルズを文学的主題として取り込んだのがディレイニーの『アインシュタイン交点』であり、ティプトリーの場合は 《The Tousand Light-Years from Home》に収録されている〈Mother in the Sky with Diamonds〉というタイトルを見れば自明である (Lucy in the Sky with Diamondsのパロディ)。そしてティプトリーの母親はメアリ・ヘイスティングス・ブラッドリーという大衆小説作家であったが、その晩年の母と娘との確執と (ジェイムズ・ティプトリーはペンネームであり、ティプトリーは女性である)、ジョン・レノンとその母ジュリアとの関係性が鏡像のようであるというのは鋭い。時代のそうした横のつながりについて、いままで意識していなかったのでとても納得してしまった (ティプトリーに関しては→ブログ2012年10月13日参照)。

それから第三部の 「ロック漫画の詩学」 において萩尾望都の〈アメリカン・パイ〉が取り上げられていて、これも非常に面白かったのだがそれについては稿を改めて。


巽孝之/プログレッシヴ・ロックの哲学 (河出書房新社)
プログレッシヴ・ロックの哲学 増補決定版

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カノープスの見える空 — 野尻抱影 [本]

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野尻抱影

東京FMの篠原ともえの番組《東京まちかど☆天文台》の話題は以前のブログに書いたことがあるが (→2014年03月03日ブログ)、今年の4月から《東京プラネタリー☆カフェ》というタイトルに変わって、でもそんなに変わらない内容で続いている。いつもホッとする時間だ。
ちょっと前だけれど4月16日と23日の2回続けて、ゲストは南波志帆で、篠原と2人でしゃべっていると、それぞれに個性が違うのだがその声の周波数がこころよい。ラジオの気持ちよさを再確認させてくれる。

番組は南波志帆のニューアルバム《meets sparkjoy》のプロモーションであるが、今回はトーレ・ヨハンソンが参加していたり、持田香織が歌詞を書いていたりと、盛り沢山な内容のアルバムだ。会話のなかで篠原が、番組のコンセプトにからめて前アルバムの〈カノープス〉という曲のことにふれていたが、その曲も土岐麻子が歌詞を書いていて、大体の傾向がつかめてきた。
声は不思議ちゃん系なのかもしれないが、やっていることは不思議ちゃんではない。

この前、書店で本を見ていたらSTANDARD BOOKSという平凡社のシリーズ本を見つけた。一種のアンソロジーというか、その著者の入門書みたいなコンセプトらしいのだが、その1冊『野尻抱影 星は周る』を買う。黒と紺の2色を使ったシンプルな装丁で、色をたくさん使ったり、大きな文字のタイトルだったりというような自己主張し過ぎな今の本では全くなくて、ごく地味で慎ましやかで、昔の本のような雰囲気に心惹かれる。それで思わず手にとってしまったのである。

野尻抱影 (1885−1977) は天文が好きだった小学生の頃に読んだことがあって、その頃の私にとって最も大切な本は全天恒星図だったのだが、それと同じようにして繰り返し読んだ本であった。それはきっと子供向けに書かれた本だったのだと思うが、野尻には星に関する本が何冊もある。だが、今回の本の解説を読んで知ったのだが、彼は天文学者ではなく、本職は研究社の編集者だったということに驚いた。

この本はあちこちから集めた星に関するごく短い文章がほとんどで、だがその文章の品のよさ、全然古くなっていない平明さに引き込まれる。土星についての一文を引用してみよう。

 土星は、この夏も南の山羊座にいて、どんよりと憂鬱なモノクルを光ら
 せている。まったくあの星の表情は昔の星占いや伝説を聞くまでもなく、
 誰の目にもグルーミーである。けれど、一度小さい望遠鏡でも向けると、
 彼はたちまち、その憂鬱さを捨てて、星の世界にもこれ一つきりの奇観
 を見せてくれる。(p.44)

各文章の最後にそれが執筆された年号が入っているのだが、1945年という日付がとても多く、それは太平洋戦争が終わる前なのか後なのか、どちらにせよ一番大変な時期である。だが、戦争の雰囲気は文章のどこからもほとんど感じられない。まるで無いわけではなく、「甥の一人も沈んだガダルカナルの海」 という表現が出てくるが、野尻にとって当時の戦争体験を自分の著書のなかに反映させることは、きっとその美学が許さなかったのだろう。

文章は古びていないのだが、今では使わないような言葉がいくつも出てきて、そのヴォキャブラリーの広さにあらためて感心する。
たとえば 「鳩羽ねずみ」 という色があるのだということを私は知らなかった。 「〜ねずみ」 という色は幾つも存在するようで、北原白秋の 「利休ねずみ」 なら聞いたことがあるが、もっとたくさんの色味の種類があるということがわかった。そうした色の選別はいつしか廃れてしまっているが、それは文化が衰退しているのとかわりない。

カノープスのことは野尻抱影のなかにも出てくる。カノープスはりゅうこつ座アルファであり、シリウスの次に明るい恒星であるが、日本から見ると高度が低いため見えにくい星である。南極老人星とも呼ばれるが、見えにくいので見ることができると幸運が訪れるとか、逆に不吉なことの前兆であるとか言われる。
野尻が最も好きだった星座はオリオンだとのことで、そのシンプルで純朴な選択にうたれるが、つまり星々の配置は地球から偶然に見た2次元的な結果でしかなくて、実際にそれらが星座を構成しているのではないのだけれど、その偶然性になんらかの意図があるのではないか、という疑念が通り過ぎる。

1945年と日付の付いている文章のなかに、野尻が望遠鏡で星空を見ているところに子どもたちと一緒に志賀さんという人がやってきたということが書かれていて、それは近所に住んでいた志賀直哉のことなのである。望遠鏡はミザールに向けてあって、それを説明しているのだが、その星への情熱のなかに1945年という時がかすめてゆく。
大佛次郎は野尻の実弟であるが、そのこともさらりと書いてあるだけだ。昨年は野尻抱影生誕130周年であったが、その記念展覧会は横浜の大佛次郎記念館で行われたということである。知らないままに過ぎてしまった。

抱影という雅号は、彼にまさにぴったりなイメージではないだろうか。影を抱くという意味のなかに、いくつもの意味が重なる。天文に対する一途な姿勢は、この小さな地球で争いごとを繰り返すことがいかに虚しいものであるかを無言で示している。


野尻抱影 星は周る (平凡社)
野尻抱影 星は周る (STANDARD BOOKS)




南波志帆/クラスメイト
https://www.youtube.com/watch?v=xmiWcg1qZAo
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泉麻人『僕とニュー・ミュージックの時代』を読む [本]

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書店で、泉麻人のレコード評に関する本があったのでちょっと手にとってみたら、これらのアルバムは皆、オンタイムで買って何度も聴き込んだもので、針音のあるレコードであることが重要なのだ、と書かれていた。
アナログレコードは何度も聴くと、その部分が針でこすれてノイズが出てしまう。でもそうして新品のものを使用することによって傷がついて自分のものになっていくことこそが過去の記憶なのだという意味なのだろうと思った。

泉麻人は、ちょっとマニアックでサブカルチャーに詳しい人という印象があるのだけれど、普段の私ならまず買わない種類の本で、でもこの前書きの部分にすごく納得してしまって、買ってきた。
それは『僕とニュー・ミュージックの時代』というタイトルで、でも著者もことわっているように、音楽論というのでなく時代論のような内容で、雑誌に連載されたものをまとめたごく軽いエッセイ集である。

思っていたとおり、彼の若い頃に聴いたニュー・ミュージック系というか、いわゆるJ-popについての内容なのだが、全然わからない部分もあって、でもそれがとても面白い。
たとえば、繰り返し出てくるのが、自分の気に入った曲をカセットに録音して、自分のオリジナルカセットを作るという描写で、それはドライブのBGMとして使用されるのだという。つまり自分のお気に入りの音楽を選択して一種のDJ作業を行っているわけで、それはPCに登録された曲がランダムに出てくるような最近のシステムとはまったく逆の方法論で、その能動的な行動力に感心する。それに、ドライブというイヴェントが当時のポパイ少年たちにとってはかなり重要な意味を占めていたらしいこともわかる。

ポパイ少年と書いたのは、『POPEYE』という雑誌の話が繰り返し出てくるからであり、さらに泉はポパイの前身の雑誌から知っていて注目していたらしいが、いわゆるカタログ文化というか、いろいろなノウハウが記述されている雑誌で、それって間違っていることもあるのかもしれないのだけれど、ともかくやってみようという、とりあえず能動的な、ある意味、脳天気な志向の雑誌なのである。

今までTVなどでたまに見かけたときも、マニアックな人であるのは知っているのだけれど、その得意とする分野みたいなのがよくわからなくて、ぼんやりとした印象しか持っていなかった。
意外だったのはナイアガラ・フリークであったと書いていたことで、つまり大瀧詠一が好きだったとのことなのである。だが、ついに本人とは直接会っていないというのがいかにも泉麻人らしい。
彼にとって最も思い入れのあるのは、はっぴいえんどや松任谷由実や吉田拓郎なのではないか。歌謡曲の一番古いのは舟木一夫あたりで、そのへんがどのくらいまでリアルタイムなのかわからないが、つまりかなり幼い頃から彼はマニアックな素質を持っていたのだろう。
大貫妙子に会ったとき、ネクタイの小さなシミをめざとく見つけられて笑われたなどという些細なことを覚えていて、なぜならその日は泉の父親が亡くなった日だったそうで、そんなことはもちろん言わず、そのくだらない笑いにむしろほっとした、みたいなくだりになぜかとても共感する。

私にとって全然わからない部分というのは、たとえばサタデー・ナイト・フィーバーの頃のディスコ・ブームについての記述とか、昔の萩原健一のTVドラマに関することとかで、でも全然わからないのにもかかわらず興味をそそる。それは泉麻人独特の淡々とした熱気である。

はっぴいえんどの歌詞のなかに 「電車通り」 という単語があって、「これはかつて都電が走る道の俗称として使われていた」 と解説されているのだが、「松本隆のはっぴいえんど時代の詞には、よく幻想としての都電(路面電車)風景が描かれる」 というのだ (p.150)。つまりその頃、そうした風景はすでに過去のことだったというのである。

誰かにきいた話なのだが、本ならお金さえ出せばどんな過去の本でも手に入るが、雑誌だとその入手難度は高くなり、さらに、たとえばチラシとかパンフレットなんてどうやっても手に入らない。だから捨てられてしまうようなもののほうが風俗論には不可欠なのだというのである。
泉麻人の記述には、ごく曖昧な個所もところどころあるが、それは記憶がいい加減だからではなくて、資料がなかったり記録がなかったりすることについてだからなのであると思う。
みうらじゅんが、いらないものとか、どうでもいいものにこだわるのも、そこにその時代の本来の風俗と文化があるからだ。

以前に書いたことがあるのだけれど、ハーラン・エリスンの〈ジェフティは5つ Jeffty is Five〉は昔のアメリカのTV番組とか、そうした風俗的なことを書いていて、それが全然わからないのにもかかわらずとても面白い。泉麻人が描く昔のTV番組の解説に似ている。でも、そういうのを面白いと感じるか、それとも自分が経験したことでないから、もしくは興味がないから、ということで面白味を感じないのか、それは人それぞれなのだと思う。

私がこの本を読んでいて唐突に連想したのはスチームパンクのことだった。スチームパンクはその舞台そのものが幻想であって、でもそこにノスタルジアを乗せようとする設定が真髄であり、その無理さ加減が虚構の都市への憧憬なのである。
過ぎてしまったことは美しい、という言葉だけでは片付けられない過去のリアルさが泉麻人の視点にあって、それが、やっぱり音楽はアナログレコードだよね、みたいなところに行き着くのではないかと、ふと思ってみた。


泉麻人/僕とニュー・ミュージックの時代 (シンコーミュージック)
僕とニュー・ミュージックの時代[青春のJ盤アワー]

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