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Xperia CMの矢野沙織 [音楽]

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Saori Yano

XperiaのCMが矢野沙織になっていた (→A)。ソニーモバイルのサイトを見ると3人のパターンがあるようだが、Xperiaはこのところずっと、このカッコイイ系をメインにしているみたいだ。コスプレ・ヴァイオリニストAyasaもそうだったが、ハイレゾをイチオシにするために、今回のはちょっとメタリックな感じを狙ってみた意図が透けて見える。
クラシックだってジャズだってカッコも大切なのだ。カッコだけじゃダメだけど。

矢野沙織のことは以前に書いたが (→2014年07月21日ブログ)、《Sakura Stamp》の後のアルバム《Parker’s Mood》そして《Groovin’ High》は、よくできているんだけれど感覚的にちょっと……という印象があって、少し遠ざかってしまっていた。
でも、矢野沙織以降、急にジャズとかフュージョン系の女性サックス奏者が輩出してきたことは確かである。

小学校時代にブラスバンドでサックスをやることになったのが矢野の楽器との出会いだったというが、昔は、つまり私が子どもの頃は、伝統的な吹奏楽においてサックスはマイナーで、あまり人気の無い楽器だった。でも最近はブラバンといっても、単なるマーチングバンドではなくなってきているので変化があるのかもしれない。
ともかくジャズやフュージョンにおいてはサックスは花形楽器であるし、最近の音楽教室では管楽器を教えてくれるところも多くなり、そしてサックスの場合、特にクラシック系のサックスだと講師の先生がたは圧倒的に女性である。
ボディが金属製ではあるけれど、サックスはクラリネットなどと同じ木管楽器なので、親しみやすい楽器なのかもしれない。

ということで〈I Got Rhythm〉を聴いてみる。2005年、ニューヨーク、SMOKEでのライヴはリチャード・ワイアンズ、ジョン・ウェッバー、ジミー・コブのトリオをバックにしている (→B)。ジミー・コブは《Kind of Blue》の頃のマイルス・バンドにいた人で、いまやドラマーの重鎮である。矢野沙織はこのとき18歳。それが今は30歳になってしまったのだから、時の流れはあっという間である。

〈I Got Rhythm〉はジョージ・ガーシュウィン作曲のスタンダード・ナンバーであるが、試しに聴き較べてみると、まずチャーリー・パーカーのはYouTubeにはあまり良い演奏がなかった。なぜか鈍重な感じがする。それでこうしたビ・パップ系として最も比較しやすいのはソニー・スティットである。
スティットはパーカー直系のサックスであるが、この余裕となめらかさ、アーティキュレーションはすごい (→C)。スティットはほんのわずかだけ、マイルス・バンドにいたことがあるが、飲んだくれで解雇されてしまったという。そうなのか。ちょっと見た目と違うけど、まぁジャケット写真には見た目のよいのを使うのがお約束なので何とも言えない。

〈I Got Rhythm〉という曲を遡ってゆくと、たとえばベニー・グッドマンがある。昔のスウィングの時代は、どうしても曲芸的なテイストがジャズには求められていたが、単純に楽しく音楽の喜びに満ちているのがグッドマンの特質である。ライオネル・ハンプトンが素晴らしい (→D)。

さて、矢野がジャズにのめりこむきっかけとなったのがパーカーの〈Donna Lee〉である (実際にはマイルスの作曲であるともいわれる)。この曲は《Sakura Stamp》の冒頭に収められているが、パーカーを良くコピーしていて、しかもパーカーよりやや速い。サックスとトランペットの2管で、トランペットはニコラス・ペイトンである (→E)。元となるパーカーはこれである (→F)。
しかしパーカーはそんなに簡単に超えられる存在ではないので、たとえば油井正一と悠雅彦の対談番組でも同曲をかけているのがあるが (→G)、これはトランペットの無い、パーカーだけで吹いているテーマとインプロヴィゼーションである。

特に〈I Got Rhythm〉などを聴くと、ベニー・グッドマン、ソニー・スティット、矢野沙織と、時代によってその音楽性が変わってゆくのが如実にわかる。上手いとか下手とかではなく、好き嫌いでもなく、音楽とは歴史に寄り添うものなのだという感慨がある。つまりガーシュウィンは単なる素材であり、それをどのように変奏するのかがジャズなのだ。


矢野沙織 BEST ~ジャズ回帰~ (Columbia Music Entertainment)
矢野沙織 BEST~ジャズ回帰~(DVD付)




A: Xperia CM
http://www.sonymobile.co.jp/adgallery/

B: Saori Yano/I Got Rhythm
https://www.youtube.com/watch?v=k5JFtt9rf9I

C: Sonny Stitt/I Got Rhythm
https://www.youtube.com/watch?v=TFq-JQyoy54

D: Benny Goodman/I Got Rhythm
https://www.youtube.com/watch?v=NTKOgTk2gGE

E: Saori Yano/Donna Lee
https://www.youtube.com/watch?v=sDsDhh3evtc

F: Charlie Parker/Donna Lee
https://www.youtube.com/watch?v=02apSoxB7B4

G: Charlie Parker/Donna Lee (油井正一&悠雅彦)
https://www.youtube.com/watch?v=ErWbBWlWD3s

スコット・ロスのスカルラッティを聴く [音楽]

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Scott Ross

1685年に生まれた作曲家にはヨハン・セバスティアン・バッハ、ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル、そしてドメニコ・スカルラッティがいる。歴史の中でこのように突出した人物が生まれる確率は万遍なくあることではなくて、ある時点に偏在して出現することが多いような気がする。1685年もそうした年なのかもしれない。

ドメニコ・スカルラッティ (Domenico scarlatti, 1685-1757) はアレッサンドロ・スカルラッティの息子であり、つまり作曲家二世である。あまり知られていないピエトロ・フィリポ・スカルラッティも作曲家でドメニコの兄である。
ドメニコの作品は《マリア・マグダレーナ・バルバラ王女のための555曲の練習曲》が有名である。内容的には単一楽章の数分で弾く練習曲の体裁なのだが、普通、ソナタという名称で呼ばれる。
長大な曲集であるため校訂者が複数にいて、人によって作品番号が違うが、最も使われているラルフ・カークパトリックの校訂版も一般的に手に入るのは選集に過ぎない。
カークパトリックは私が最初に買ったArchiv盤のバッハのレコードの演奏者で、でも最近までスカルラッティの研究者であることは知らなかった。彼の整理したスカルラッティの作品番号の記号はカークパトリック番号Kkであり、現在この番号で表示されることが多い (カークパトリック番号はKでもよいとされるが、通常、Kはモーツァルトのケッフェル番号なので、エラート盤ではKkの表示となっている)。

そのスカルラッティのソナタを全曲弾こうと企画し完成させたのがスコット・ロスである。
スコット・ロス (Scott Stonebreaker Ross, 1951-1989) はアメリカのチェンバロ奏者であるが、主にフランスとカナダで暮らした。スカルラッティのアルバムもRadio Franceで録音され、仏エラート盤でリリースされている。
スコット・ロスのチェンバロは、ひとことで言って明快な音であり、それは彼の資質によるものか、それともスカルラッティの作品がそもそもそうした音楽なのか、たぶんその両方なのだと思う。
スコット・ロスに対してチェンバロのグレン・グールドというような形容もあるようだが、グールドのような屈折した感情はないしトリッキーな印象もない。というよりスカルラッティはそれほどの複雑な感情を必要としていない曲なのである。たとえばバッハなどと較べると歯切れ良くストレート過ぎるのかもしれない。でもそれはもともと音楽の中心地として存在していたイタリアの栄華の音なのである。それは通俗であるとか音楽的に底が浅いとかいう意味ではなく、そうした曖昧な色味を必要としていなかったからなのだろう。長調の曲が主体であるが、ときどき混じる短調も、しんと澄み切った夕方の哀しみである。
調性的にも、バッハの平均律は例外として、スカルラッティの場合は 「普段使い」 のしやすい調性が選択されていることがほとんどである。それはこの時代のころ他の作曲家の場合も同様であり、調性はまだその調性固有の特徴を持っていた。

チェンバロという楽器の特性もあって、その鍵盤は現代のピアノのように反応速度が良くないから、たとえばアルゲリッチの弾く、まるでプレストのような速度のKk141のアレグロも、スコット・ロスの場合は、ごく普通に感じられる一曲に過ぎない。
音楽はスピードではないのである。速く指が回ればすごくてエライというものでもない (といって、アルゲリッチのスカルラッティが悪いということではないが)。もちろん指が速く動作することは必要だが、そもそも速度記号にしても、当時感じていたアレグロの標準的な速度と現代のアレグロはきっと違うはずだと思う。極端にいえば当時と現代では、1ランクくらい速度の感じ方に違いがあるのではないだろうか。

また、スコット・ロスを聴いていて思ったのはチェンバロという楽器は雑音を伴う音色であるということだ。先日話題にした武満徹の場合、彼は《ノヴェンバー・ステップス》をはじめとする日本の楽器を採用した曲についての解説で、日本の楽器はストレートな音色でなく、皆、制限されてわざと音の出しにくいように調整された楽器を用いている、と言っている。そして日本の楽器は欧米の楽器と較べるとノイズがあり、たった一音の中に機能的な音色ではない意味性があり、そしてそのノイズ (というよりそれは自然音に近似している) が独特の存在感を表すための役目を担っているというのだが、バロック時代の楽器の音も、武満が指摘しているのとはやや違う意味だが、十分にノイジーなのではないかと感じたのである。
チェンバロはピアノのようにハンマーの打鍵によって音を作るのではなく、ギターと同じように撥弦によって音を出している楽器である。弦がこすられるときに滑らかで無い音が発生する。それは今回、彼のそのかなり特徴的なアーティキュレーションも含めて聴いたからそういう感想を抱いてしまったのか、それともスコット・ロスが限定的にノイジーな演奏者であって、他の演奏者はそうではないのか、微妙なところである。特に左手で和音を作り出すときにその刺激的なざらっとした感触が、トリガー音としてリスナーの耳に達する。

スカルラッティのソナタのアプローチは多彩だ。バッハのように複雑で対位法的な様相を呈することはほとんどない。またバッハほど研究されていないために、奏者によってその演奏に 「揺れ」 が見られる。それはバロック期の装飾音がかなり自由であったということ以上の融通性を持っているように思える。そして、同じような構造のヴァリエーションの中で、しかも無機的な速度記号の表示だけで羅列されたソナタのひとつひとつが輝いているのはなぜなのだろう。


Scott Ross/Scarlatti: The Complete Keyboard Sonatas (Erato)
Scarlatti: The Complete Keyboard Sonatas




Scott Ross/Scarlatti: Sonata Kk209
https://www.youtube.com/watch?v=3vpG1PgFF34

une leçon particulière de musique avec Scott Ross
(Bach: Partita etc.)
https://www.youtube.com/watch?v=vkQp_QIzd7w

Martha Argerich/Scarlatti: Sonata Kk141
https://www.youtube.com/watch?v=wjghYFgt8Zk
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ブロッサム・ディアリーを聴く [音楽]

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blossom dearie/my gentleman friend (1961) ジャケット

ブロッサム・ディアリー (Blossom Dearie, 1924-2009) は、ピアノを弾きながら歌うニューヨーク生まれのジャズ歌手である。一度聴いたら忘れられないコケティッシュとも思える声に特徴があり、wikipediaでは light and girlish voice と表現されているので、そういうイメージでとらえられているのかと思っていたが、あらためて聴いてみると全然ベティ・ブープなどではない。シンプルな中に、しっかりと芯の通ったヴォーカルのように思う。そしてピアノが美しい。ナット・キング・コールもピアノが上手かったが、天は二物を与えることもあるのである。

ディアリーはアメリカで、ウディ・ハーマン・オーケストラ (the Blue Flames) やブルー・レイズ・バンド (the Blue Reys) などのジャズ楽団のコーラス・グループで歌っていたが (カッコ内はグループ名)、1952年にフランスに渡る。そしてパリでクリスチャン・ルグランなどとブルー・スターズというコーラス・グループを結成。このグループはレ・ドゥブル・シスを経てスゥイングル・シンガーズへと連なる系譜にある。ちなみにスゥイングル・シンガーズは8人のジャズ・スキャットのコーラス・グループとして知られ、バッハの曲をアレンジした《Jazz Sébastien Bach》(1963)という大ヒットアルバムなどがある。メンバーのひとり、クリスチャン・ルグランはミシェル・ルグランの姉である。

しかしディアリーはコーラスで歌うことから離れてアメリカに戻り、ソロのヴォーカル・アルバムとして最初に出されたのが《Blossom Dearie》(1957) である。パリの香りはこのソロの1stアルバムにも生かされており、〈It Might as Well Be Spring〉などもフランス語で歌われている。
正確には《Blossom Dearie》の前にプレスティッジ、エマーシーなどから出されたアルバムがあるが、ソロ・ヴォーカルということで考えればこのヴァーヴからのアルバムがディアリーのキャリアの第1弾と考えてよいのではないだろうか。

《Blossom Dearie》(1957) から《My Gentleman Friend》(1961) までの初期アルバム6枚をCD3枚に収めてあるReal Gone JAZZレーベルの廉価盤《Six Classic Albums》で聴いた。ピアノ・トリオにギターを加えたクァルテットというのがほとんどのフォームであり、どれもが同じパターンといえばその通りなのだが、スタンダードでメインストリームなジャズ・アルバムとして聴ける良質な音で綴られている。ところどころに入るフランス語詞も違和感がない (5枚目の《Soubrette Sings Broadway Hit Songs》(1960) のみラッセル・ガルシアによるオーケストレーションとなっているが、トゥッティで鳴るようなオケではない)。

私は長い間、アルバム2枚目の《Give Him the Ooh La La》(1958) のアナログ盤でしかディアリーを知らなかったが、1曲目の、ランニング・ベースだけで始まりそれに歌の乗る〈Just One of Those Things〉は今聴いてもスリリングだ。フランク・シナトラとは全く異なるスピードなのが心地よい。このアルバムの〈Just One of Those Things〉〈Like Someone in Love〉そして〈Between the Devil and the Deep Blue Sea〉と続く導入部は秀逸である。(でも〈Between the Devil and the Deep Blue Sea〉の邦題が 「絶体絶命」 だと初めて知ったのだが、直截すぎて……)

ざっと聴いて心惹かれるのは1枚目のアルバムのロレンツ・ハートとリチャード・ロジャースの〈Ev’rything I’ve Got〉のここちよい韻の連鎖だったりして、でもソロ第1作としての気負いもあまり感じられないのに、1曲1曲がとても練られているのはさすがである。インストゥルメンタルの〈More Than You Know〉のしっとりしたギターとピアノのインタープレイも心に沁みる。ギタリストはハーブ・エリス、マンデル・ロウ、ケニー・バレルと変わっているがいずれも名演である。
アルバム5枚目のオスカー・ハマースタインII&リチャード・ロジャースの〈The Gentleman Is a Dope〉の暗くスゥイングするヴォーカルとオーケストレーションも美しい。ガルシアは木管の使い方が洒落ている。(選択したのが2曲ともたまたまリチャード・ロジャースだったが、その作品は書かれた映画やミュージカルそのものが知られなくなっても曲だけが残る典型である。ロジャースについては→2016年03月21日ブログに簡単に書いた)
そしてディアリーの歌はほとんどがごく短い曲なのに、その空間にジャズのエッセンスが満ちている。YouTubeには若い頃から21世紀になってのライヴまで幾つもの動画があるが、年齢を重ねてからの姿も凜としていて、その基本は柔らかなBe Bopの形見である。


Blossom Dearie/Six Classic Albums (Real Gone JAZZ)
6 CLASSIC ALBUMS




Blossom Dearie/I Wish You Love
live french TV 1965
https://www.youtube.com/watch?v=4hGjzuXchGg

Blossom Dearie/Just One of Those Things
https://www.youtube.com/watch?v=x4PzlqMTaNs

追加リンクしました。
Blossom Dearie/Try Your Wings
https://www.youtube.com/watch?v=9an3X-qlo5Y
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立花隆『武満徹・音楽創造への旅』を読む・1 [音楽]

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(左から) 武満徹、小澤征爾、横山勝也、鶴田錦史 Toronto, 1967

立花隆『武満徹・音楽創造への旅』をやっと読み終わった。集中して読めればいいのだが、時間がとれなくて手の空いたときに読んでいたのでなかなか進まない。ギッシリ2段組で800ページ近くあるのだから仕方がないのだが、長さはあまり感じられなかった。内容的にもギッシリである。

武満徹の生前、立花がインタヴューして雑誌に掲載した内容が元になっているので、重複している個所もあるし、やや混然としている部分もある。だが、つまり 「聞き書き」 のようなものであるのにもかかわらず、立花隆流のルポルタージュになっていて、日本の経済成長期における現代音楽の動向がどうだったのかが体感できるような構成になっている。編集して整然ときれいにまとめてしまったら、この時代性を映し出しているようなパワフルな部分も薄まってしまったのかもしれないと思うと、雑誌掲載時のかたちを残したままで良かったのであろう。

ただ、本が出てからすでに1年以上が経過しているし、他の文献を参照しようとすると、この本も含めて武満徹について書かれたものはあまりにも多いので、その情報量の多さに茫然としてしまう。武満徹は音楽だけでなく、自身の多くの著作もあり、それが音楽作品と関連し合っていることもあって、すべてをひもとくのは不可能なのではないかと思う。誰もが大きな象のごく一面しか見られないという状況なのだ。
音楽作品も、もっともメインの現代音楽作品以外に、多数の映画音楽などが存在し、それは彼がまだ作曲家として売れていない頃、生活費を稼ぐ目的で作られたものを含め多岐にわたるが、それでいてどこにも武満色が感じられる。
まともに武満論を書けるような力量は私には無いので、ミーハー的な感覚をもって、ごく簡単な感想を書いてみようと思う。

一番笑ったのは、黒澤明と映画の仕事をしたときの回想の部分である。武満と黒澤は音楽的な意見が合わずにぶつかったこともあるらしいのだが、黒澤は意外に小心で、武満にズバリと不満を言わないことがあったのだそうである。そして武満が語るのには、

 朝ホテルの部屋のドアの下から、ズズズッと紙が入ってくるの。それに
 『ぼくはきみの音楽が大きらいです。黒澤明』なんて書いてあるわけ。
 (p.89)

武満はアカデミックな場で音楽を学んだことはないが、その周辺に集まっていた人びとが、何でそんなに、と思えるほど優れた個性を持っていて、そうした環境は彼の才能が人を呼び寄せるパワーとなって働いたのではないかと思わせる。
一柳慧との出会いはあまりにも偶然過ぎる。武満の下宿の前の道をチェロをかかえて通る父親と息子がいて、その息子が一柳慧だった。武満は一柳に声をかけ、そこで交友が始まった。そのとき武満19歳、一柳は16歳だったという。武満は一柳からメシアンの楽譜を借りる。メシアンなどまだ誰も知らなかった頃である。
一柳は高校卒業後に渡米して当時のジュリアード音楽院に入る。アメリカでジョン・ケージの影響を受け、日本に戻って来て、そうしたアヴァンギャルドな音楽を紹介し、また自分でも作曲した。天才的ピアニストとも言われた。小野洋子と最初に結婚したのが一柳である。

武満徹を語る場合、最も重要な作品はやはり《ノヴェンバー・ステップス》であり、立花の記述もそこへ収斂していくような構成が見て取れる。
だがそこに至るまでの数々の試行錯誤のなかで、ミュージック・コンクレートについて武満が述懐している部分が大変興味深い。ミュージック・コンクレートとは1948年にフランスのピエール・シェフェール (Pierre Henri Marie Schaeffer, 1910-1995) が創始したジャンルと言われているが、今の言葉ですごく簡単に表現するのならサンプリング音のコラージュである。だが当時、サンプリング機器などはもちろん無く、テープレコーダーにより録音した音をそのまま、あるいは変調させてストックし、さらにそれらのテープをスプライシングして完成させる作品である。シェフェールの盟友として、後にリュク・フェラーリなどの名前もある (私の偏愛する作曲家のひとりであるフェラーリについては少しだけ、すでに書いた→2012年02月03日ブログ)。

シェフェールの作品が最初に公開演奏されたランピール座の客席にいたのが、1951~52年に給費留学生としてフランスにいた黛敏郎で、黛は日本に帰ってきてからミュージック・コンクレートの作品を作る。そうした時代の風潮に武満も影響を受けるが、そのサンプリング音の作り方がものすごく原始的なのである。たとえばある自然音を録音したら、その音の入っている分の磁気テープを切断して壁に貼り付けていくのである。何百本何千本ものテープが、七夕の飾りのようなひらひら状態で分類され、あの音はどれ、と探して、持ってきてつなぎ合わせるのである。
テープレコーダーもまだ大型の時代で (といっても実際にどんなものなのか知らないが)、NHKのような専門的な場所にしか存在していなかった頃である。
おそらくモノラルか、あったとしても2chで、それらのデッキを複数に使ってピンポン録音するのだが、当然のことながらどんどんノイズは増してしまうので、限界を感じて武満はそれをやめてしまう。

今、バリー・マイルズの『ザップル・レコード興亡記』という本を読んでいるのだが、アップルの一種のウラメニューとしてザップルというのがあったのだそうで、バリー・マイルズはそのザップルを取り仕切っていた人である。
ポール・マッカートニーのアヴァンギャルド・ミュージックへの傾斜について、以前にもそのような内容の本が出ていたが、見逃してしまった。一般的なイメージとは裏腹に、ジョン・レノンは比較的コンサヴァティヴな音楽志向があり、ポールのほうがアヴァンギャルドであることが知られるようになったが、そのザップル・レコードに至る経緯の中で、Revoxを導入する話やポールがBrenellのテープレコーダーを使っていることなどが出てくる。
そしてカットアップという言葉で語られていることは、つまりテープを切り貼りしてランダムにつなぎ合わせたりすることによって音を作り出すアヴァンギャルドな手法であり、それはポールが〈エリナー・リグビー〉を書いた頃という記述で判るように1966年頃の話である。
武満がミュージック・コンクレートに出会った頃からすでに15年が経過していて、テープレコーダーも小型化されてきたのであろう。そしてアヴァンギャルドなクラシック音楽レヴェルで取り扱われていたテープ音楽が、ポップスにまで広がって来た証左であるとも言える。ザップルが始まった頃、ポールはルチアーノ・ベリオを好んでいたと書いてあるが (ザップル p.26)、武満とベリオは1961年に親交を結んでいた。ベリオはその時ちょうど、日本に滞在していたのである (p.736)。

そして武満がバーンスタイン/ニューヨーク・フィルから依頼され作曲した《ノヴェンバー・ステップス》が初演されたのが1967年11月9日。それは西洋オーケストラに日本の琵琶と尺八をソロ楽器として導入した曲で、大成功を収める。バーンスタインと武満の糸を繋いだのは若き小澤征爾であった。
その同じ年、1967年6月1日にリリースされたビートルズのアルバムが《サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド》である。1960年代後半は、まさにアヴァンギャルドの時代だった。


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武満徹&カールハインツ・シュトックハウゼン


立花隆/武満徹・音楽創造への旅 (文藝春秋)
武満徹・音楽創造への旅




バリー・マイルズ/ザップル・レコード興亡記 (河出書房新社)
ザップル・レコード興亡記: 伝説のビートルズ・レーベルの真実




小澤征爾/新日本フィルハーモニー交響楽団
武満徹:弦楽のためのレクイエム
live 1990.11.06. 東京文化会館
https://www.youtube.com/watch?v=lpBiLQV0lM0
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ヘンゲルブロックのマーラーを聴く [音楽]

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Thomas Hengelbrock (http://www.abendblatt.de/より)

ジョン・バルビローリのマーラーのライヴ集が伊Memories Reverenceから現在2セット発売されている。第1集に収録されている第1番は1959年1月、ニューヨーク・フィルとのカーネギー・ホールでのライヴ。歴史的に貴重な録音なのかもしれないが、モノラルだし、音もくぐもっているし、それに冬だからか聴衆の咳が多かったりして、最初は音楽に入って行けないのだが、古いフルトヴェングラーの録音と同じでそのうちに気にならなくなる。
でも最新のヘンゲルブロックのマーラーと較べてしまうと、音の鮮明さに相当な隔たりがあるのだが、でもそれは60年近い時の差があるのだからあたりまえなので、そもそも較べるほうが間違いである。

ただ、たとえば有名な第3楽章 (悲しい 「Are You Sleeping?」) などを聴き較べてみると、もっとも違いがあるのはそのアーティキュレーションであり、バルビローリはなるほど確かにバルビローリなので、それはたとえばバーンスタインなどとも異なるのだが、そうした20世紀の巨匠たちの音作りとトーマス・ヘンゲルブロックの音は著しく異なっていて、でもそれがマーラー解釈の面白さで、またそれだけ違いが出やすいのがマーラーなのだとも思う。

ヘンゲルブロックとバルタザール=ノイマンのことは前のブログに書いたが (→2017年04月16日ブログ)、ヘンゲルブロックは北ドイツ放送エルプフィルハーモニー交響楽団 (NDR Elbphilharmonie Orchester) の首席指揮者であり、ヘンゲルブロックに注目するのならば、むしろNDRを中心とした演奏活動をメインに考えたほうがいいのかもしれない。

ヘンゲルブロックのマーラー第1番のCDは、1893年ハンブルク稿に拠るものと表示されている。マーラーは1889年にこの第1番をブダペストで初演したが、失敗したといわれる。その第1稿 (ブダペスト稿) を改訂した第2稿を1893年にハンブルクで演奏した。この第2稿をハンブルク稿という。第1稿も第2稿も5楽章であり、第2楽章は 「花の章」 といわれる。
しかしマーラーは第2稿をさらに改訂し、「花の章」 を削除して4楽章にした。そして編成を4管とした。これが第3稿であり、最終的な交響曲第1番となっている。

いままで、削除された 「花の章」 を復活させる意味で 「花の章付き」 などと表示された5楽章版が存在したが、第3稿のなかに 「花の章」 を挿入したただけだったりする演奏もあったようである。マーラーは 「改訂の鬼」 みたいな人だったので、それぞれの稿のなかにも細かい違いがあり、第3稿にも幾つかの異なる楽譜が存在するようである。
ヘンゲルブロックのハンブルク稿版は、第2稿の段階のマーラーをなるべく忠実に再現した演奏とのことであるが、ハンブルクでの上演の翌年 (1894年)、さらに改訂してヴァイマールで演奏されたものをヴァイマール稿と呼び、ヘンゲルブロックの演奏はこのヴァイマール版に近いとの情報も読んだが、未確認である。

さて、ヘンゲルブロックの演奏を聴いてみると、そのクリアさとしなやかさ、全体のピュアなイメージに驚く。録音が優秀なこともあるのかもしれないが、そんなことではなく、肌理の細かい音で成り立っている印象を受ける。
第2稿と第3稿では、どの楽器がどのように違うのかを詳述している評などもあるのだが、そんなに聴き込んでもいないし、細かい専門的なことはわからないのでそうしたことは措くとして、その違いは3管と4管の差にあるのだと直感的に思う。なぜならトゥッティで鳴ったときのバランスが異なるからである。

3管は、4管と比較すればややつつしまやかであり、ヘンゲルブロックのバルタザール=ノイマンに通じる古楽的なテイストを持っている (とはいっても古典派だったら2管なのだから3管は普通なのだが)。第3稿の場合、基本は4管だが、ホルンは7本に増強されていて、パワフルさがまるで違う。
ヘンゲルブロックはそうしたパワフルさでなく、まだ若きマーラーの不安定にさすらう心を現したかったのかもしれない。特に、音の流れの中から立ち現れてくる木管にドキッとする表情がある。こうした表情はテンシュテットにもジンマンにも無かった音である。それはマーラーに対するアプローチが異なるからなのだ。
ただ、たぶんマーラーが最終的に志向したシンフォニーの音は、バーンスタイン的な執拗で起爆力のある音——不適切な言葉かもしれないがヘヴィな音だったのだろうとは思う。ヘンゲルブロックはその方法論を採らなかった。それによって生かされた部分もあるし、失われた部分もあると思う。

ndr.de/のサイトを見るとすでにマーラー第2番、第9番のプロモーション動画がある。この方向性でヘンゲルブロックの次のマーラーが出てくるのだろうと思われるが、どのような演奏になるのか、とても楽しみである。


Hengelbrock, NDR Sinfonieorchester/
Mahler: Symphonie No.1 (SMJ)
マーラー:交響曲第1番「巨人」[1893年ハンブルク稿(5楽章版)]




長い曲なのでさわりだけでも。
Hengelbrock/Mahler: Symphonie Nr.1 D-dur (live)
https://www.youtube.com/watch?v=RKA6G1icH1U&t=2781s

Hengelbrock/Mahler: Symphonie Nr.1 D-dur
2015.03.26 live: Korean ART Centre Concert Hall
https://www.youtube.com/watch?v=GDej24w2HYY

Hengelbrock/Mahler: Symphonie Nr.1 D-dur (CD)
https://www.youtube.com/watch?v=1Z2lR5jqRQo&t=32s
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トマス・スタンコ《Message from Poland》 [音楽]

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Tomasz Stańko (culture.pl/Życie i twórczośćより)

前記事で私は、トマス・スタンコの音の形容として 「若い頃のもっとストレートで行き場のないような音」 と書いたが、その若い頃の録音が最近再発された。
《Jazzmessage from Poland》は1972年、スタンコが30歳のときのライヴで、彼の2ndアルバムである。オリジナルはJG Recordsであるが、再発盤はBe! Recordsという名称で、モノクロのイラストのジャケット・デザインが印象的だ。

ライヴが録音されたのはドイツのイーザーローンという、ドルトムントの近くにある人口9万5千人 (現在) の古都である。どのような経緯でこのライヴが行われたのかはわからないが、試みにいくつかのディスコグラフィを参照してみると1972年という時代が見えてくる。

1972年とは華やかな時代である。デヴィッド・ボウイの《Ziggy Stardust》がリリースされた年であり、フュージョンの大ヒットアルバムとなったチック・コリアの《Retrun to Forever》もそうである。
しかしたぶんスタンコはそうしたシーンとは無縁であったと思われる。ポーランドはソヴィエト連邦の強い支配下にあり、しかし1970年にグダニスク暴動があった。ドイツもまだ東西に別れていた。
チック・コリアと別れたアンソニー・ブラクストンのライヴ《Town Hall 1972》は1972年5月22日。そしてこのスタンコのライヴはその6日後の28日である。もちろん偶然であろうが、光があれば影があるという比喩に従えば、これらのライヴはすべて影の領域にある。タルコフスキーの《ソラリス》も、ジョージ・ロイ・ヒルの《スローターハウス5》も、ル=グィンの《さいはての島へ》も1972年だった。

《Jazzmessage from Poland》は2つのパートに別れているが、Part 2の〈Piece for Diana〉の音が魅力的だ。ほとんどジャズ的ではない、つまりスウィングしていない音の重なりで曲が始まる。パーカッションの燦めき。そこから連想したのは、全く異なるのだがマリオン・ブラウンの《Afternoon of Georgia Faun》(1971) であった。だがジョージア・フォーンが南国の鳥や密林を連想させるのだとすれば、《Jazzmessage from Poland》のサウンドは、そんなに楽天的ではなくて、もっと喉につかえるような何かだ。ジョゼフ・コンラッドのような闇であり、ブラインドの隙間から覗く未知の狂気である。

13分過ぎから22分頃まで、ヴァイオリンの持続音に乗って、急にアヴァンギャルド性を増すスタンコ、そしてサックスのムニアクのソロ。この頃のスタンコは、トランペットの音がぐちゃっとしていないで、ごく普通のストレートなブロウで、まだ若さを感じてしまう。
私が最初に聴いたのはリュブリャナ・ジャズ・フェスティヴァルでのライヴの録音であったが、その頃にはすでにスタンコはあのダークな音色を獲得していたから、ある意味、スタンコのアンデンティティが定まっていない未完成な時期とも言えるが、その未完成さが音楽の真摯さとなって伝わってくる。

ボウイが《Low》で〈ワルシャワ〉をその中心にしたのは1977年。ポーランドはまだ影の領域のなかにあった。


Tomasz Stańko/Jazzmessage From Poland (Be! Records)
Jazzmessage From Poland




Tomasz Stańko/Piece for Diana
https://www.youtube.com/watch?v=voIFtaxQFqI
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トマス・スタンコ《December Avenue》 [音楽]

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Tomasz Stańko

トマス・スタンコ (Tomasz Stańko, 1942-) の《December Avenue》は2016年6月にレコーディングされたアルバムである。収録地は南フランスのStudios La Buissonne, Pernes les-Fontaineとある。でも、それがどこであっても、いつであっても、スタンコの音は同じだ。冷たいひとしずくの音が流れて、すっと全ての風景を変えてゆく。いつでもそこでは12月の静かな木枯らしが響いている。

スタンコ・クァルテットは、前アルバム《Wisława》(2013) と較べると、ベーシストがルーベン・ロジャース (Reuben Rogers) に変わったが、ピアニストのダヴィ・ヴィレージェス (David Virelles)、ドラムスのジェラルド・クリーヴァー (Gerald Cleaver) は同じ。
スタンコのアプローチは、どんな曲を吹いているときでも、ひとつのモニュメントをいろいろな角度から見た解析結果のようで、光を透過させたネガフィルムに浮かび上がる物体のようでもあり、しかしなぜか懐かしいにおいを感じさせる。常に同じようでいて、でもどこなのか判別のつかない夢のなかの景色に似ていて、いつも違う場所なのかもしれない。
賑わいもなく色彩の乏しい町の、その街路をたどって歩いてみると、懐かしさの亡骸だけがとり残されている。そして、もつれて前に出て行かない足。しがみつく根は、冷え切った明け方の毛布だったりする。

アルバムはスローな〈Cloud〉から始まる。終わったような終わらないような装い。何曲か続くそうした静謐の連なりは5曲目の〈Burning Hot〉で打ち破られる。繰り返すベースのリフの上にアヴァンギャルドなピアノが重なる。ヴィレージェスのピアノが、ときとしてややフリーに駆けずり回るときがスリリングで彼の本領のように思える。

7曲目の〈Ballad for Bruno Schulz〉はポーランドの不遇な作家、ブルーノ・シュルツ (1892-1942) に捧げられた曲。その悲哀ともとれるトランペットの後の8曲目〈Sound Space〉では、ベースとピアノの音数の少ない対話のように思えて、突然ピアノがセシル・テイラー化する。

そして9曲目はタイトル曲〈December Avenue〉。トランペットの上行するテーマが印象的だ。全体の雰囲気はメインストリームなジャズといってよい。
10曲目の〈The Street of Crocodiles〉は、アルコ・ベースとブラシのスネアの上に展開されるトランペット、そしてピアノの内省的なつぶやき。トランペットもピアノも点描的で、ヴィレージェスはまた異なった一面を見せる。
11曲目の〈Yankiels Lid〉はベースの効果的な刻みから始まる、ミディアムの軽快な曲。マッコイ・タイナーを一瞬連想させるようなピアノだが、長くは続かない。そしてここでも長めのベースソロ。
もともとスタンコの音楽的ルーツは、アヴァンギャルドなスタンスのプレイであり、しかしそれは破壊的でも強迫的でもなかったために、ごく中庸でスタンダード風であるという、いわば誤解を受けながらそのまま年齢を重ねてしまったような面があって、そうしたプロフィールはチャールス・ロイドに似る。さりげなさの中に隠した棘はいまだに鋭い。

ピアノのヴィレージェスとベースのロジャースの使い方が上手いのも特徴としてあげられる。キューバ生まれのヴィレージェスには多彩なテクニックがあり、何でも弾けそうな予感がする。多分にフリー寄りであり、自身のアルバム《Continuum》ではフリー・ドラマーの重鎮、アンドリュー・シリルを起用している。

スタンコのフレージングは、一音一音の粒立ちがつぶれるようにつながってしまうときがあるが、それが彼特有の音を形成しているともいえるし、そのダークな音色はあいかわらず健在だ。エキセントリックではなく、といって枯れているわけでもなく、サウンドに滋味が滲み出てきているような感じがするのは年齢を重ねたためなのだろうか。
若い頃のもっとストレートで行き場のないような音と較べると、齢をとるのも悪くないと思えるのである。


Tomasz Stańko/December Avenue (ECM)
December Avenue




Tomasz Stańko/Wisława (ECM)
Wislawa




Tomasz Stańko New York Quartet/December Avenue trailer
https://www.youtube.com/watch?v=rB7GF8KWG4E

Tomasz Stańko Quartet:
live at Jazzklubb Fasching Stockholm, 2016.4.7.
(1曲目:December Avenue)
https://www.youtube.com/watch?v=eFsC-SHjDcU
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ヘンゲルブロックのロッティを聴く [音楽]

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Thomas Hengelbrock

トーマス・ヘンゲルブロック (Thomas Hengelbrock, 1958-) に興味を持ったのは、実はマーラーなのだが、彼の立ち上げたバルタザール=ノイマンの独ハルモニア・ムンディ盤が2016年末にまとめられてリリースされたので、まずそれを聴いている。

バルタザール=ノイマン・コーラス&アンサンブルはヘンゲルブロックのいわば手兵で、主に古楽へのアプローチをするために創立されたもので、まずコーラスが1991年に、そしてアンサンブルは1995年に結成された。このハルモニア・ムンディ・エディションはその創立25周年と20周年記念のリリースとのことである。

バルタザール=ノイマンというネーミングが最初はわからなくて、ノイマンといって連想するのはマイクロフォンだからゲオルク・ノイマンGmbHのスポンサードなのだろうか、などとバカなことを連想していたのだが、その由来はバルタザール・ノイマンというバロックからロココの頃の建築家の名前なのだそうで、音楽なのになぜ建築? という疑問が残るのだが、詳しいことはよくわからない。
ヨハン・バルタザール・ノイマン (Johann Balthasar Neumann, 1687?-1753) は非常に多くの教会や城館などを作ったが、その最も有名な建築物はヴュルツブルクのレジデンツ (Würzburger Residenz) であるという。

バルタザール=ノイマン・アンサンブルができて、コーラスとアンサンブルの両方が揃ってからの第1弾の作品がロッティのレクイエムであった。
アントニオ・ロッティ (Antonio Lotti, 1667-1740) はヴェネツィアの作曲家で、ヨハン・セバスティアン・バッハ (1685-1750) より少し前の人である。ヴェネツィア出身ということから見れば、アントニオ・ヴィヴァルディ (1678-1741) と同じで、当時は音楽の中心地はまだイタリアであったから、まさにバロック最盛期の頃の作曲家のひとりである。
弟子にドメニコ・アルベルティ (Domenico Alberti) やヤン・ディスマス・ゼレンカ (Jan Dismas Zelenka) がいるが、アルベルティはアルベルティ・バスという音楽用語由来の人である (アルベルティ・バスとは、ピアノの初歩の練習曲によく出てくる、左手のドソミソドソミソみたいな奏法のこと)。またボヘミアのバッハと呼ばれるゼレンカのことはヴァーツラフ・ルクス/コレギウム1704の記事ですでに書いたが (→2012年12月23日2013年01月02日ブログ)、目立つ録音がカメラータ・ベルンしかなかった頃と較べると、最近はずいぶん知られるようになったと思う。

さて、このハルモニア・ムンディ・エディションに入っているロッティの作品は、レクイエム、ミゼレーレ、クレドの収録されている盤と、叡智のミサ (Missa Sapientiae) である。サピエンティアエはバッハのマニフィカト243aと一緒に入っている。
レクイエムというとどうしてもモーツァルトとかフォーレ、さらにはブラームスなどを連想してしまうが、ちょっと構えてしまうようなそうしたレクイエムとは趣が異なる。
たとえばゼレンカだったら、やや素朴というかローカルなシンプルさを感じてしまうが、ロッティの場合はシンプルではあるが、それはルネサンス期から受け渡されたような正統的なシンプルさであり、ヴェネチア的な明るさも持っている。レクイエムの場合は明るさという形容が不適当であるかもしれないので、透明感といったほうがよいのかもしれない。
バロックが歪んだ真珠だとするのならば、バッハなどによって歪まされる前のクリアな質感を持っている。曲の表情は単一であり、ときとして明るく、そして愁いに満ち、というように様変わりするバッハのような複雑性は無いし、曲が流れて行くなかでの変化も少ない。それゆえにそのピュアなラインが心に沁みる。

まだ全部を聴いていないし、雑な聴き方しかしていなかった報いなのだが、BGMのようにして聴いていたら、いつの間にかミサ・サピエンティアエが終わり、次のバッハのマニフィカトに入ってしまっていて、それを知らずに、なかなか陰翳が感じられていいなぁと思っていたらバッハだったというオチに気づいて、ひとりで笑ってしまった。
つまりバッハと比較するのは無理過ぎるが、でもヴィヴァルディと較べてみるのならば、随分表情が違っていて、その澄んだ和声が心地よい。ヴィヴァルディがオレンジ色とすれば、ロッティは褪めたブルー。でも寂寥の色ではなく、なにものをも示さないブルーだ。

ロッティはヴェネツィアにあるサン・マルコ寺院に一生を捧げた人である。それは1683年、当時のサン・マルコ寺院楽長ジョヴァンニ・レグレンツィに音楽を学んだことに始まる。ロッティはやがてサン・マルコのオルガニスト助手となり、だんだんと地位を上げて1704年、37歳で第1オルガニストとなった。しかしサン・マルコ寺院の終身楽長に就任したのは1736年、69歳のときであった。
ロッティは1740年に亡くなるが、その墓のあった教会は後年、ナポレオンによりとり壊されてしまい、墓は不明となってしまう。翌1741年に亡くなったヴィヴァルディも共同墓地に入れられたため墓がない。これらヴェネツィアの作曲家たちの音楽が今も確実に残っていることが、せめてもの救いである。


Balthasar-Neumann -Chor & -Ensemble
Thomas Hengelbrock
deutsche harmonia mundi edition (harmonia mundi)
EDITION




Thomas Hengelbrock, Balthasar-Neumann -Chor and -Ensemble/
Lotti: Requiem aeternam
https://www.youtube.com/watch?v=_7Vuv60YPgM
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8年前のPerfume [音楽]

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この前、《関ジャム》でPerfumeを観てしまったので、衝動的に最近のアルバムを聴いてみた。最近といっても1年前の発売なのであるが、《Cosmic Explorer》である。去年の『装苑』にこの衣裳の表紙があったことを憶えていたこともある。ホントは映像のほうが良いのだろうけれど、とりあえず音だけでも、と思って。

というのはPerfumeは初期の頃に聴いていたのだけれど、あっという間にものすごい人気になってしまったので、まぁいいか、と思ってしばらく遠ざかっていたのである。

Perfumeの音はあい変わらずといえばあい変わらず。でも音のクォリティがさらに上がっているような気がする。ただ逆にいえば、あぁこういう音ね、という既視感ならぬ既聴感的な音もあって、人間ってすぐに慣れてしまうものなんだとも思う。
今、やっとのことで立花隆の武満徹本を読み出したところなのだが、当時、ミュージック・コンクレートという手法があって、まだテープレコーダーっきり無い頃だから、創った音、採集した音をひとつひとつ磁気テープに録音して、それらをつなぎ合わせて曲を作っていたのだそうである。音の断片の入ったそういうテープを壁に貼り付けて、そういうひらひらした吹き流しのようなテープがおそらく何百本とあって (いや、もっとかも)、それらの中から使いたい音を取捨選択するという気の遠くなるような作業をしていたのだ。もちろんサンプリング機器などまだ無いし、そもそもマルチトラック・レコーダーさえ存在しない頃である。
デジタル音の最先端である中田ヤスタカのサウンドを聴きながら考えていたのはそんなことだった。

Perfumeは最初にベスト盤を聴いて、それから《トライアングル》が出た頃で、見事にハマッてしまった。でもそれはもうすでに8年も前のことなのだ。
中田ヤスタカは基本的にヴォーカルも楽器のひとつとして捉えている。だから変調させても良いし、クチパクでも構わないのだ。そのいさぎよさがスゴい。

8年前にPerfumeについて書いていたことがあったのを思い出して、ひっぱり出してみた。
自分の過去の文章をあらためて読んでみると、今の私とちょっと感覚の違う部分があるかもしれなくて、あえて再録してみる。

たとえばライヴでもクチパクがあることについて、8年前の私はこう書いている。
「ジャック・ドゥミのシェルブールの雨傘は全編が歌詞になっているミュージカル映画だが、歌っているのはカトリーヌ・ドヌーヴでなく、ダニエル・リカーリという人だ。北京オリンピックの開会式で、パフォーマーと歌手が違うことが問題になったけど、そのうちパフォーマーと歌手が異なってもいいときが来るかもしれない。Perfumeのライヴを見ていて、そう考えた」
北京オリンピックという言葉が時代を感じさせるが、そしてまだオモテだってそういうことは起きていないが、でもそうなってもおかしくない。むしろCGとか、アニメ/声優という関係性のなかで職能の分離がもっと発展していく可能性もある。

〈edge〉についてはこんなふうだ。
「《トライアングル》付属のDVDでもっとも刺激的なダンスは〈edge〉である。このフリはつまりあえて英語で書いてしまうと、deaf & blindなのだと思う。マルソーの壁があるのはシャレだろうけれど」

〈edge〉の歌詞は当時、話題になった。

 誰だっていつかは死んでしまうでしょ
 だったらその前にわたしの
 一番硬くてとがった部分を
 ぶつけて see new world
 say yeh!

「see new world」 が 「死・ぬ・わ」 の語呂合わせというのがそれだが、今、読むと 「わたしの一番硬くてとがった部分をぶつけて」 という個所が鋭くささる。それに 「いつか死ぬ前に自分で死ぬ」 のだ。でも、そんなに深い意味はない。なぜなら音はサウンドでしかないからだ。母音 「い」 「う」 「あ」 の連鎖でしかない。

ただ、このアルバムとDVDの中心となっている曲は、Perfumeなのにあえて踊らないという〈I still love U〉である。これは今聴いても色褪せていない。

「DVDのトップにも入っていますが、このアルバムのメイン曲は I still love U です。youじゃなくUっていうのがプリンスっぽい。

 キミをどんなに想い続けても
 あたしにできることなんかなくて
 夕焼けみたいに沈む気持ちを
 胸にしまいこむ

「夕焼けみたいに沈む気持ち」 っていうのが妙に和風で、森高のディスカバー・ジャパン的な味があります。でもDVDの画像を見ると、これってマニエリスムですね。ズバリ言っちゃえば、キモチワルイかどうかのギリギリのところでやってる。

キモチ悪さは、サビの 「I still love U 抜け出せない」 のところにもあって、つまり4小節目と12小節目の最後が、短調にもかかわらずトニックマイナーじゃなくトニックで終止。これがキモチ悪くてキモチイイ!んです。繰り返し聴きのリピートに耐えます。

 震えた気がして電話を見て
 気のせいだとがっかりしたりもして
 次はいつになるとあえるかな
 思い続ける

「がっかりしたりして」 じゃなく 「がっかりしたりもして」、「あえるかなと思い続ける」 じゃなく 「あえるかな/思い続ける」、この違いが胸に痛いです」

と8年前の私は書く。
歌詞を聴かないはずの私が、細かいことに気がついているのはそれだけ聴き返していたのに違いない。
EQで音を補正するのは過去のことで、音をいじることは常に音を劣化させる方向へとシフトしている。むかしのAMラジオの同調がズレていくように、汚していくことが終着点で、フェイズもノイズも、すべてはダメージデニムと同じだ。

その他の曲については、
「〈NIGHT FLIGHT〉ってタイトルはサン=テグジュペリからのパクリです。そしてこのリズム・パターン、っていうかシークェンス・パターンはYMOの〈テクノポリス〉です。インダストリアル・ミュージック的な音が笑わせる (ホメ言葉です)。
あと最後の曲〈願い〉の出だしのメロディー部分は、鈴木あみの〈OUR DAYS〉ですね。これらのことってパクリっていえばそうなんだけど、たぶんワザとやってますよね~」

ああ、確かに。鈴木あみの後期はクォリティが低下していて音痴だったりするのにもかかわらず、そのレイドバックしたルーズさがなぜか心地よい。それはあまりにひねくれた見方かもしれないのだが。
でも最後のシメの言葉がもっと笑わせる。
「最後に、このPerfumeの3人のキャラ分担とノリって私はマジックナイト・レイアースだと思うんだけど」

その頃、CLAMPを読んでいたということもあるけれど、3人という単位はどうしてもそういうパターンになってしまうというのが、無難な解釈なんだろうと思う。でもレイアース、いいなぁ。そういうこと、最近の私は全然考えなくなってしまったし。

8年前のPerfume、あと2年経つと10年目の毬絵。あ、なんでもないです。
ところで《Cosmic Explorer》というのは……以下次号。


Perfume/TOKYO GIRL (Universal Music)
TOKYO GIRL(初回限定盤)(DVD付)




Perfume/COSMIC EXPLORER (Universal Music)
COSMIC EXPLORER(初回限定盤A)(2CD+Blu-ray)




Perfume/TOKYO GIRL
https://www.youtube.com/watch?v=vxl4gsvgEQY

Perfume/I Still Love U
https://www.youtube.com/watch?v=CZa4fyhQXBc

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《ドナウエッシンゲン音楽祭2015》を聴く [音楽]

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Mark Andre

ドナウエッシンゲン音楽祭 (Donaueschinger Musiktage) はドイツで開催されている現代音楽のイヴェントである。歴史的には1921年に始まった室内音楽祭が、第2次大戦後も何度か名称を変えながら継続されてきて、もうすぐ100年になろうとする伝統のある音楽祭である。
開催地のドナウエッシンゲンはシュヴァルツヴァルト (黒い森) にある人口2万人ほどの町である。シュヴァルツヴァルトという想像力を刺激する魅惑的な固有名詞から連想するのはメルセデスのシュトゥットガルトとかF1のホッケンハイムなど、自動車にゆかりのある地名であるが、ドナウエッシンゲンもダルムシュタットと並んで音楽の分野では有名な町である。
ナチスの強権により当初の理念と異なるプログラムを組まざるを得なかった時期もあり、その結果として戦後しばらくの間、評価を失ったが再び復活して現在に至っているとのことだ。

このドナウエッシンゲンの記録が、独NEOS盤でリリースされているのがずっと気になっていたが、その年によって枚数が異なっていたり、それにドナウエッシンゲンの基本的なポリシーは初演の曲ということになっていて、それを聴くのは一種の賭けである。いいかもしれないし、そうでないかもしれない。
以前の盤のなかにはブーレーズが振った年もあるのだが、とりあえず現時点で一番新しい2015年盤を聴いてみた。

収録されているのは6曲。作曲家は、ゲオルク・フリードリヒ・ハース、ヨハネス・ボリス・ボロウスキ、シュテファン・プリンス、マーク・アンドレ、フランチェスコ・フィリデイ、ヨアフ・パソフスキ。ん~、全然知らないや。

ざっと聴いてみたなかではマーク・アンドレの《„über“ for clarinet, orchestra and live electronics》が印象に残った。
冒頭、全然音が出て来ない。ヴォリュームを上げてみると、ノイズのようなごく小さな音が入っているのだが、音量がだんだん大きくなってきても各音は断片的で、連続した音の連なりにはなかなか達しない。ソロ楽器となっているクラリネットもなかなか本来のクラリネットの音を発さない。次第に音数が多くなってくると、パーカッシヴな音が支配的となる。そうした流れに覆いかぶさるようにして、クラリネットが音を引き摺りながらだんだんと正体を現してくる。
9’00”を過ぎてから、やや違うアプローチになり、クラリネットとオーケストラの音が増してくる。しかしオケの音は不穏だ。持続音と細かく変化するパルス的な音の錯綜。タイトルにライヴ・エレクトロニクスとあるが、そうした電気的な処理の音と生音との境目が曖昧になるように意図されている。
18’00”前後からもやもやした音が螺旋のように続き、それが終わるとクラリネットの早くて断続的なパッセージ。いつもバックグラウンドのどこかでセミが鳴いていたり鈴が鳴っているようなイメージ。22’50”あたりからの一定のリズムに乗ったクラリネットの、相変わらず断続的ないななきが繰り返される。
リズムが収まると、長く引き伸ばされた音が交錯し、27’50”頃から長いサステインを打ち倒そうとする打撃音が何度も炸裂する。
29’45”を過ぎてそれが収まると、ささやきと風、そしてその風の道をくぐもったクラリネットが通り過ぎる。強風は静まり、嵐の後の風のような、曇った音。バウンドするクラリネット。クラリネットは内省的でいつもヴェールがかかっている。それがときどき薄くなって、実像が垣間見える。
34’30”を過ぎてから音は沈黙し、ごく微細に。ほとんど停まってしまったような音楽。36’40”より後はかすかに音の残滓があるだけで、やがて音楽そのものの死となる。

現代音楽といってもその音の作り方に、ともするとステロタイプな印象を感じるときがある。それはごく私的で感覚的なもので、どこがどうだから、という理論的なものはない。アンドレのこの曲から感じられる潔癖さと鋭敏さは、そうした親密さや既視感からやや離れているが、それでいて孤絶感のような暗い表情とも違う。いまは曇り日なのだが、これから晴れるのか、それとも雨になるのかわからないような、繋留された場所・時間の不安定なここちよさのようなもの。スフォルツァンドは計算されていて、決して暴力的にならない。ほとんど音の無い部分に、なにかの音がある。

マーク・アンドレ (Mark André, 1964) はヘルムート・ラッヘンマンの弟子であり、フランス人だがドイツで作曲活動をしていて、名前のAndréのアクサンテギュがとれている。タイトルには《...als...》とか《üg》《hij》、そしてこの《über》など、略号のような短いものが多い。また、音価や音高に対する指示が厳密なのが特徴だとのことだ。
たとえば《Contrapunctus für Klavier》(1998/1999) という、やや古い作品が楽譜付きでYouTubeにあったのだが、煩雑に変わる拍子、強弱記号、3:♪といった指定など、難解過ぎる書法である。

アンドレ以外の曲では、フランチェスコ・フィリデイの《Killing Bach》が聴きやすい。キリング・バッハというタイトルは刺激的だが、一種のコラージュの積み重ねであって、ときどき懐かしい音が湧き出すように現れるのが過去の滅びた風景を幻視するようである。
ゲオルク・ハースの《Oktett für Posaunen》は脱力したように下降するトロンボーンがキモチワルくてインパクトがあるので、ぬるぬるした感触が好きな人にはたまらない曲かもしれない。

尚、アーチー・シェップに《Life at the Donaueschingen Music Festival》というジャズのアルバムがあるが、1967年のドナウエッシンゲンでのライヴ (SWF-Jazz-Session) とある。フリー・ジャズが音楽祭の一環としてセッティングされたのだろう。演奏日の1967年10月21日はジョン・コルトレーンの死後約3カ月であり、アルバムのタイトル曲〈ワン・フォー・ザ・トレーン〉(といってもこれ1曲だけなのだが) は、コルトレーンへのレクイエムという意味合いが込められている。


Donaueschinger Musiktage 2015 (NEOS)
Various: Donaueschinger Musikt




Mark Andre: „über“ for clarinet, orchestra and live electronics
https://www.youtube.com/watch?v=71So38QKPGI&t=2048s

Mark Andre: Contrapunctus für Klavier
https://www.youtube.com/watch?v=MjE6uTVrUNU
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