So-net無料ブログ作成
検索選択

ピリスのクラコヴィアクを聴く [音楽]

pires_a_1974_170804.jpg
Maria João Pires (1974)

マリア・ジョアン・ピリスの仏エラート盤はテオドール・グシュルバウアーとのモーツァルトの数曲のコンチェルトが最も有名だが、その他にも幾つかの録音があって、ショパンのプレリュードは1975年に録音されている。
そのエラート盤のプレリュード集の最後にオマケのように収録されているのが、1977年に弾かれたロンド・クラコヴィアクである。

グシュルバウアーとのコンチェルトが1972年から74年にかけて、そしてデンオンの東京での録音による最初のモーツァルト・ソナタ全集が1974年であるから、この頃が若きピリスの最も輝いていた時期ともいえる。

モーツァルトのコンチェルトは、グシュルバウアーとの後、76~77年にはアルミン・ジョルダン指揮によるアルバムが続くが、グシュルバウアーに較べるとジョルダンはやや落ちるように私は思う。したがってこのクラコヴィアクも77年録音なのでジョルダンの指揮であるが、曲の面白さに気をとられてしまい、あまりオケのことは気にならない (し、悪くはないと思う)。

ショパンは 「ピアノの詩人」 とよく言われるが、正確にはソロピアノの詩人であって、そのオーケストレーションはあまり評価されてこなかった。2つのコンチェルト、第1番 op.11と第2番 op.21はどちらも1830年だが、実際には第2番のほうが先に作曲されている。
だが評価が高くなかったので、やがてショパンはオーケストラ付きのピアノ曲を書くのを辞めてしまう。

《ロンド・クラコヴィアク》op.14はこれらのコンチェルトに先立つ1828年に作曲された。ショパン18歳のときである。あまり多くないオーケストラ作品のひとつであり、ごく短い序奏とロンドによって成立している小さめの曲で、私の好きな、若き作曲家の初々しさのある曲であると思う。
ショパンは結局、オーケストレーションがあまり得意でなかったというのが一般的な世評であり、近年、別の人の手が入っているとかいろいろと説が出ているが、それは少し身贔屓であって、基本的にはショパンが書いたものなのだと思う。

クラコヴィアクはポーランドの民族舞踏の名称とのことだが、まさに民族的な香りがところどころに感じられること、そしてそのオーケストレーションがまだ若く、ただいま勉強中とでもいいたげなほどに古典的なやや硬い雰囲気で、それを粒揃いの音で綴っていくピリスの弾き方が曲想に合っている。
ただ、そうはいっても独特のショパン・フレーズの萌芽がところどころに湧き出るので、たとえば序奏が終わってロンドに入っていくところはまさにショパンで、それはやはりモーツァルトとは異なる。ところどころ、すっと翳るような素朴な味わいが感傷的で東欧のにおいがする。

現代のリスナーはショパンのこの後の、その変遷と死までの歴史を知っているのでそれを含めて聴こうとするが、ショパンがこの曲を書いていたときは、まだわからないこれからの未知への希望を書き綴っていたはずなのだと思うと、その美しく明るい、世の中をあまり知らないかもしれないでいる音に青春の喜びがこめられているのを感じる。

ピリスの動画を探していたが見つからず、かわりにネルソン・ゲルナーが18世紀オーケストラをバックにエラールで弾いているのを見つけた。ブリュッヘンだから当然だけれど、その木管がエラールにマッチしている。
YouTubeで次に選択されたのは、ピリスがフォルテピアノでコンチェルト第2番を試奏する動画だったのでびっくり。
そしてコンセルトヘボウにおけるコンチェルト第2番の終楽章の動画もあったのでリンクしておくことにする。

pires_b_170804.jpg

chopin_krakowiak_170804.jpg
Krakowiak (Allegro moltoからRondeauに繋がる部分)

Maria João Pires,
Armin Jordan/Orchestre National de l’Opera Monte-Carlo
Chopin: 24 Prékydes, Prélude op.45, Krakowiak
(ワーナーミュージック・ジャパン)
ショパン:24の前奏曲集




Maria João Pires/Mozart: The Great concertos for Piano
(Warner Classics UK) [Erato盤]
Mozart: Pno Ctos




Nelson Goerner, Frans Brüggen/Orkest van de Achttiende Eeuw
Chopin: Rondo à la krakowiak en fa mayor Op.14
2010.02.26.
https://www.youtube.com/watch?v=KhQRBt7YTiU

Maria João Pires on old fortepiano plays Chopin Piano Concerto no. 2
2011.06.19.
https://www.youtube.com/watch?v=n0E3iqttI_E

Maria João Pires, Emmanuel Krivine/The Chamber Orchestra of Europe
Chopin: Piano Concerto II-3/Allegro vivace
2004.09.25。
https://www.youtube.com/watch?v=8t6_StAyOeg
nice!(75)  コメント(10) 
共通テーマ:音楽

カール・シューリヒトとタワーレコード [音楽]

Schuricht1910_170729.jpg
Carl Schuricht (1910年頃)

シューリヒトはエーリッヒ・クライバーと並んで、私にとって重要な指揮者である。
カール・シューリヒト (Carl Adolph Schuricht, 1880-1967) を最初に聴いたのは仏Adès盤で出ていたブラームスの第3番と第4番で、3番はバーデン=バーデン・フライブルクSWR交響楽団 (Orchestre du Südwestfunk, Baden-Baden, 1962)、そして4番はバイエルン放送交響楽団 (Orchestre symponique de la radio Bavaroise, 1961) と表記されている (Adès盤はマイナーなレーベルのためかライナーノーツを含めフランス語でしか表記されていない。このAdès盤のシューリヒトのことはすでに書いた→2012年04月14日ブログ)。

この音源は、通販レコードのレーベルであったコンサートホール・ソサエティ盤であるが、2012年に英Scribendum盤で復刻された《The Concert Hall Recordings Carl Schuricht》という10枚組セットには、第4番きり収録されていない。でも他の収録曲も聴きたいし、それにこの時、リマスタリングされていたので買い時だったのだが、価格が当初比較的高めだったので逡巡しているうちに完売してしまった。

ところがタワーレコード限定という素晴らしい悪魔のような企画があって、その中にこのブラームス3番&4番があるのを見つけた。しかもSACDハイブリッドで、さらにウェーバーの序曲が2曲追加収録されている。
国内盤でリマスター、そしてSACDだからAdès盤より音は当然良いのだろうが (Adès盤のリリースは1988~1989年)、価格は国内盤の適正価格になってしまっている。

シューリヒトはマインツ市立歌劇場のコレペティトールから指揮者の道をスタートさせたとのことだが、コレペティトールとはオペラ歌手が練習する際の劇場付きピアニストのことで、スポーツ競技におけるコーチみたいなものだが、オーケストラ譜から適切な音をピアノで弾き出しながら、かつ歌手のトレーニングをするという非常に難度の高い仕事である。
かつての大指揮者はコレペティトール上がりが多いと聞くが、オペラを指揮することは、たぶんステージ上でシンフォニーを指揮することよりも難度が高い。なぜなら気を遣う部分が多いし、イレギュラーなことが起こる可能性も高いはずだからだ。カーレースの比喩でいうのならばF1とラリーの違いのようなもので、歌劇場の指揮者はラリー・ドライヴァーであり、次になにがあるか、常に未知の世界との戦いである。そのスリリングさが、指揮にしたたかさを付け加える。

エーリヒ・クライバー (Erich Kleiber, 1890-1956) はシューリヒトより10年遅い生まれであるが、亡くなったのはシューリヒトより早い。シューリヒトと同様に歌劇場指揮者からスタートしたが、ナチスからの不穏な圧力から逃れるため、一時、アルゼンチンに移住する。ブエノスアイレスのテアトル・コロンの首席指揮者になったが、テアトル・コロンはアストル・ピアソラなど、タンゴのライヴなどで耳にする名前である。
カルロス・クライバー (Carlos Kleiber, 1930-2004) はエーリヒの息子であるが、エーリヒは最初、カルロスが音楽を志すことに反対したという。結果としてエーリヒは親子2代続けて著名な指揮者となったが、そしてカルロスは父親の助言によりそのキャリアの足掛かりを得たともいえるが、親子の確執は当然あったはずであり、音楽に対するアプローチもエーリヒとカルロスでは随分違う。だが歌劇場の叩き上げということに関しては、カルロスも同様であり、カルロスの最もすぐれた演奏はオペラ指揮に多く存在すると思われる。

シューリヒトに戻ると、最近聴いている《The Complete Decca Recordings》はシューリヒトがデッカに録音した演奏の集成であり、1947年から1956年にかけての録音であるが、ほとんどがモノラルにもかかわらずその音の美しさに驚く。収録されているベートーヴェンの交響曲は1番、2番が2つ、5番、ブラームスは2番しかないが、ベートーヴェンの初期交響曲の清新さ、その快活さは比類がない。マーラーなどで混濁してしまった耳が洗われるような、などと書くとマーラーがまるで汚れているようだが、ベートーヴェンはやはりずっとモーツァルト寄りで、苦悩があったとしてもその音は透明で構造も明快である。心に最も響くのは明快な和声とメロディであり、その真摯さが胸をうつ。
シューリヒトの指揮には、粘っこいものがない。いつもさらっとしていて、時に突き放すようでもあり、しかしその音楽の本質を常に理解している。現代の指揮者の指揮法からすれば単純過ぎるのかもしれない。そのシンプルさがシューリヒトの真髄である。

シューリヒトにはパリ音楽院管弦楽団とのEMI盤の有名なベートーヴェン全集があるが、現在Warnerで出ている廉価盤とほぼ同内容でありながら、タワーレコード限定が存在する。これもコンサートホール・ソサエティ盤と同様にタワーレコード・ヴァージョンはSACDであって、しかも新たなマスタリングがされていて、でも価格も7倍くらいする。とりあえず音が聴ければいいか、というのが私のスタンスだが、でもシューリヒトとなると、心が揺れてしまって悩ましい。
古い録音は、ただ音源を集めただけという体裁で、同一のポーズのジャケット写真ばかりという味気ないデザインがよくあるが、タワレコのはオリジナル・ジャケット・デザインで、そういう部分でも魅力があるのだが、タワーレコードのサイトは魅力があり過ぎるので、だからあまり見ないようにしている。

Schuricht1957_170729.jpg
Carl Schuricht (1957年頃)


Carl Schuricht/The Complete Decca Recordings (Decca)
The Complete Decca Recordings




Carl Schuricht/The Complete EMI Recordings (Warner Classics)
Icon: Complete EMI Recordings




ブラームス:交響曲第3番、第4番 (タワーレコード限定)
http://tower.jp/item/4100966/
ベートーヴェン:交響曲全集 (タワーレコード限定)
http://tower.jp/item/4210878/

Carl Schuricht/Mozart: Symphony No.35 D-dur K.385 - IV. Presto
Radio Sinfonieorchester Stuttgart, Ludwigsburg 1956
https://www.youtube.com/watch?v=qd8VIon8LFM
nice!(89)  コメント(4)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

バルナバーシュ・ケレメンの弾くバルトーク [音楽]

KelemenQ_170717.jpg
Kelemen Quartet (www.kelemenquartet.huより)

フンガロトンのBartók New Series (いわゆる新全集) は、ダークグリーンの旧全集に較べると格段の進歩があり、それはコチシュに負うところが多く、かえすがえすもコチシュの逝去が残念でならないというようなことはすでに書いた。
もうすぐ彼のオムニバス的な追悼盤が出るようだが、販売元の宣伝文では、バルトークの演奏に対するコチシュのアプローチを 「狂気と兇暴性を見せる凄みにみちてい」 ると書いていて、なんとも刺激的だ。

ただ、この新全集の全容がぼんやりと掴みにくくて、仕様がSACDだったりただのCDだったりするのは仕方が無いとして、そのパッケージには全集としての番号 (つまり本でいえば第何巻か) が振られているのだが、それが明記されている情報がどこにもなくて、いまだに買い逃している盤があったりする。緻密にサーチすればいいのだろうが、そもそも売る気があるのならもっとわかりやすく表記するべきだと思うのだ。

それでこの前、気づいて買ったのがヴァイオリン・ソナタの1番と2番、そして無伴奏の収録されているNo.15なのだが、バルトークのソナタには多くの録音があり、私はいままでテツラフのソナタを偏愛していたのだけれど、このケレメンとコチシュのを聴いてしまうとそれが簡単に揺らぐ。たぶんテクニックとか音楽の構築性とかそういうことではなくて、もっと精神的ななにかなのだと思う。それもコチシュがケレメンに及ぼしている影響があるのだろう。

でも、今回はそのソナタ盤ではなくて、つまりケレメンのヴァイオリンのバルトークに対する 「味」 みたいなのを知るのには、ヴァイオリン協奏曲第2番と2つのラプソディの入っているNo.9が適切なのだと思う。注目すべきなのはもちろんそのラプソディである。
バルナバーシュ・ケレメン (Barnabás Kelemen, 1978-) はこの新全集においてコチシュの信頼を一手に受けているが、その音はコチシュのバルトークに対する視点と非常に似通った面がある。
協奏曲とかソナタのような比較的スクエアな、言葉をかえていえば伝統的で主にドイツ音楽的な作品に比肩させようと考えるのならば、どうしてもその語法にすり寄らなければならないので、その書法もそのような制限を受けているように思える。民族的な特有の音をあらかじめ所有しているという枷をはめようとする中央ヨーロッパ語族からの偏見は、バルトークであっても武満徹であっても同様であった。だがラプソディのような作品の場合は、比較的自由に曲想を構成することができるので、そこにマジャールの、そしてロマ的な熱い思いが濃厚に入って来る。

もっとも、いたずらにマジャールとか民族的なテイストを強調すればそれは俗な音に傾きやすく、それがダメなのではないがバルトークはたぶんそうした音を目指してはいなかったはずである。バルトークがその究極としてリスペクトしていたのはバッハとベートーヴェンであるのは明白であり (つまり私にとっての3Bとはバッハ、ベートーヴェン、バルトークであり)、もっといえば一番スクエアな形式による作品群はそれらへの挑戦であった。
だがそうした曲、たとえばヴァイオリン・ソナタを聴いていても、このケレメンとコチシュのアプローチはすごい。けっして俗に堕しないが、スクエアな書法から外れるように見せかけてぎりぎりでとどまっているような方法論が見えて、それでいて音の一粒一粒が生きている。
それがラプソディの場合だと、もっと全開になってしまうので、でもそれがマジャールの、憧憬を呼ぶべき音なのだ。最も強く感じるのは――それはラプソディにあってもソナタにあっても言えるのだが、リズムの揺れでありその昂揚感である。下世話にもなりかねないアーティキュレーションであり、先の宣伝文の 「狂気と兇暴性」 とはよく言ったとあらためて感じるのだが、しかしバルトークの音は乱暴に強引に爆音で弾いたら決して得られなくなってしまう音である。その作曲者のパッショネイトな影が音の背後に存在する。

このディスクにはそれぞれの曲の異稿も収録されていて、ラプソディ第1番のフリッシュの第2稿、第2番のフリッシュ第1稿、そして協奏曲第2番の第3楽章第1稿とある。

ケレメンは2009年からクァルテットを結成して弦楽四重奏の演奏もしているようだが、wikiによれば (と書こうとしたらja.wikiにはケレメンの項目すらなかったのだが) ケレメンは、イェネー・フバイ→エデ・ザトゥレツキー→エステル・ペレーニ→ケレメンと続く系譜のなかにあり、ケレメン・クァルテットのサイトによればクァルテットの活動も続いているようだ。コンサート・スケジュールを見るとバルトークやベートーヴェンのラズモフスキーなどの曲目があり、そのクァルテットでの演奏も是非ホールで聴いてみたいものである。


Barnabás Kelemen, Zoltán Kocsis/
Bartók: Violin Concerto, Rhapsodies for Violin & Orchestra
(Hungaroton)
https://www.amazon.co.jp/dp/B00L4XN5UE/
Bartok_vK&Rhapsodie.jpg

Barnabás Kelemen, Zoltán Kocsis/
Bartók: Sonatas for Violin & Piano Nos1,2; Sonata for Solo Violin
(Hungaroton)
バルトーク : ヴァイオリン・ソナタ集 (Bela Bartok : Sonatas for Violin & Piano Nos 1, 2 , Sonata for Solo Violin / Barnabas Kelemen (violin), Zoltan Kocsis (piano)) [SACD Hybrid] [輸入盤]




Kelemen & Katalin Kokas play Bartók
https://www.youtube.com/watch?v=XG7r8WJqJI8

Kelemen Quartet/Bartók: String Quartet No.5-V movement
live 2011
https://www.youtube.com/watch?v=PdmxrfQA32M
nice!(85)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

ヴァーツラフ・ノイマン ― ドヴォルザーク《交響曲第8番》 [音楽]

VaclavNeumann_170704.jpg
Václav Neumann

『のだめカンタービレ』でドヴォルザークの第5番を千秋が振る話が出てきて 「何をマニアックな」 というような言い方がされていたことを覚えているのだが、それまでの少女マンガにおけるいかにも有名曲という選択肢から外れた選曲で、マンガのなかで扱われる音楽のステップがひとつ上がったような感じがした。

ドヴォルザーク (Antonín Leopold Dvořák, 1841-1904) は《新世界より》があまりにも有名過ぎるし、下校時刻の定番の音楽みたいなイメージがあるのだが、弦楽四重奏曲《アメリカ》などとともに、その胸に沁みいるセンチメンタルなメロディが色褪せないのはなぜなのだろうか。
ドヴォルザークの交響曲は、特に《新世界より》には山ほどの種類のCDがあるが、前半の番号の曲を聴きたいとなると、全集盤に頼らざるを得ないことが多い。私はずっとヴァーツラフ・ノイマンの1981~87年の録音によるコンプリート盤 (日本コロムビア盤) を愛聴していたが、それを聴いて識ったのが第1番で、これもまた私の好きな若書きの習作であり、未熟だけれど清新な初期作品として偏愛するに足る曲である。楽譜は紛失したことになっていて、ドヴォルザークの死後、ずっと経ってから発見され演奏されるようになった。標題の 「ズロニツェの鐘」 は彼が子どもの頃に暮らした町の鐘のことを指す。

しかし交響曲はやはり後期のほうが作品としての完成度は高い。高いけれども十分にセンチメンタルであり、通俗であり、でもストレートでありながら深い曲想を持っている。
そのなかで第8番は、疲れたときに最も心を癒やしてくれる曲のように思えて、ひとり感傷の褥に沈むのである。

第8番はG-durであるが、第1楽章はいきなり短調で始まるし、そして第3楽章 Allegretto grazioso も同様に短調である。それはg-mollの3/8拍子の悲しみのワルツである。

ヴァーツラフ・ノイマン (Václav Neumann, 1920-1995) には、1968~73年にかけてスプラフォンに入れた録音もあり、この古いほうの録音のほうが良いとする意見も多いようだ。1968~73年録音はノイマン48歳から53歳、1981~87年録音だと61歳から67歳ということになる。人間は多分に、最初に聴いてしまった演奏を最高とする傾向があり、それは初めて刷り込まれてしまった音源がどうしても一番強く記憶に刻まれるからではないか、と思われる。それは過去の自分の経験からも類推できるのである。

それでともかく、古いほうの録音も手に入れてみた。捷スプラフォンのコンプリート盤《Dvořák/Symphonic Works》である。どちらのほうがよいかという意見はネットなどをざっと見ても百家争鳴、かまびすしきかな、という状態だが、はっきりいってそんなに違いは無い。同じ指揮者でオケも同じ、ただ録音された時期が違うだけなのだから、そんなものだろう。雑な感想なのかもしれないが、そんなに違ったら逆に困るのではないか。その十数年の間に音楽に対する姿勢に大転換がない限り、そんなに変わるはずはない。
当時の政治情勢によってその緊張感に違いがあるというような意見も、もっともなようにみえてそうでもない。それよりも具体的な録音時の状況とか機材とか、もちろん指揮者やオケの精神的・肉体的状態のほうがファクターとしては大きいのだと思う。
むしろ本来、聴き較べするのなら違う指揮者、たとえばケルテスとかと較べてみるのが妥当なのだろうけれど。

ただ、聴いて最初に思うのは、1回目の録音は大変良い音に録れているのだが、かすかに紗がかかっているような感じがする。録音時期が古いこともあるが、それよりこれがチェコ盤であることが影響している可能性はある。日本盤だったら少し違うのかもしれない、と思うのである。デジタルはアナログと違い国内盤でも海外盤でも音質は関係ない、とする説もあるが、それは違うと思う。

2回目の録音は音質的に優れているだけでなく、聴きやすい。ディナミークも豊かで各楽器の表情付けもうまい。それは2回目であること、指揮者として経験値が高まり、こなれていることなどが考えられるが、それだけでなく、よりリスナーにわかりやすいように、というふうに音を作っているように思える。逆にいうと通俗的な色合いは高い。

第8番の第3楽章を聴いてみると、まず1回目のほうがテンポはやや遅く、そして2回目はやや速めであるだけでなく、音に表情がある。1stヴァイオリンも、11小節目からの主題にはプラルトリラーがあるが、それがくっきりときれいに弾かれている。同様に39小節目からのヴァイオリン、ヴィオラのスタカートも肌理が細かく、きれいに粒が揃っている。対して1回目の録音ではややざらっとした感触がある。そして2回目の43小節目からの抑揚のつけかたは、やり過ぎとも思えるくらいに波のようにうねる。
でも、では2回目のほうが良いかというと微妙だ。私は2回目のほうを先に聴いているので、その刷り込みがあるのだという前提でいえば、最初はやはり2回目のほうが良いように思えたのだが、繰り返し1回目の録音を聴くうちに、このかすかな紗のようなものは録音のせいではなく、うっすらとした寂寥なのだと感じられるようになってきた。
つまり全体的な音作りは、2回目のほうがややコマーシャルである。1回目のほうが朴訥であり、きらめきがないのだが、その鈍色のゆったりとした流れに陶然となる。

174小節あたりからリタルダンドしてAndanteになり180小節目でダルセーニョしてin tempoに戻る個所で聴かれるほんの少しのパウゼ、ここに1回目の寂寥の表情が見える。2回目のは単なるダルセーニョでしかない。

でも、これらは細かいことであって、最初に述べたように、そんなに違いはない。どちらも素晴らしいドヴォルザークである。
そんなことより、たとえば80小節目からの1stヴァイオリン→オーボエ→フルート→オーボエ→クラリネット→チェロ&コントラバスと渡ってゆく音の流れに、効果的にちりばめられるピチカートに、ドヴォルザークの心を聴くのである。彼はどんな曲に対しても妙な小細工をしないし、音楽はいつも真っ直ぐで誠実で、それでいて悲しい。でもそれは乾いた悲しみである。

dvorak_sym08_3_01.jpg
dvorak_sym08_3_02.jpg
ドヴォルザーク:交響曲第8番第3楽章冒頭


ヴァーツラフ・ノイマン/ドヴォルザーク交響曲全集 (日本コロムビア)
ドヴォルザーク:交響曲全集




Václav Neumann/Dvořák: Symphonic Works (Supraphon)
Symphonic Works




Václav Neumann/Dvořák: Symphony No.9 (1993.12.11 live)
https://www.youtube.com/watch?v=HMMM4ClQyv0

Václav Neumann/Dvořák: Symphony No.8 (1972)
https://www.youtube.com/watch?v=BUKqpH7N2EQ
nice!(75)  コメント(4)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

シモーネ・ヤングを聴く ― ブルックナー《Studiensinfonie》 [音楽]

SimoneYoung_170630.jpg
Simone Young conducts the BBC Symphony Orchestra
performing Bartók’s Concerto for Orchestra, 2017.03.11.
(theartsdesk.comより)

シモーネ・ヤングのブルックナーは初稿へのこだわりで有名だが、初めて聴いたのが第4番で、ほどなくして全集盤が出てしまった。しかし分売だとSACDで全集は普通のCDフォーマットになっている。こだわるのならSACDだが、価格なら圧倒的にCDなので、ともかく聴けるほうを選んでしまった。

第1番の前の、最も最初の交響曲 f-moll が収録されている。
習作交響曲 (Studiensinfonie)、あるいは第00番などとも呼ばれる。まさに習作としての作品なのだが、これを書いたとき、ブルックナーは39歳、なかなか交響曲にとりかからなかったのはブラームスに似ている。
ブルックナーが交響曲としての番号を冠することにした第1番を書いたのは42歳で、ブラームスが第1番を一応完成させたのは43歳であった。

習作といえばたしかに習作で、音のつくりかたがブルックナーのがっちりとした感じがしなくて、とてもナイーヴでロマン派である。
でも、初期の頃の作品というのは少し言葉足らずであったり、技巧的に未成熟なものがあったとしても私はとても好きだ。たとえばショパンのピアノソナタ第1番とか、バルトークのコシュート、ラフマニノフのピアノ協奏曲第1番など、それより以降の作品に較べれば完成度は低いのかもしれないが、その瑞々しさを聴くのもひとつの方法だと思う。

ブルックナーの交響曲は、弟子たちが後で改訂して、しかもそれは改訂というより改竄だったりしたことが多くて、それらをクリアするために、本来ブルックナーが書いた楽譜に戻すような作業が行われた。シモーネ・ヤングのブルックナーへの取り組みは、さらに遡ってなるべくブルックナーが最初に書いた音楽を再現して演奏しようとする試みである。なぜならブルックナーは書き換えれば書き換えるほど前より悪くなってしまうから、という定説があるほどだからだ。
ただ、このf-mollの交響曲の場合は、それ自体が習作であることにより、そうした改訂の嵐にはさらされないで来たはずである。

ざっと聴いてみると、すでに語り尽くされているように、主題が弱いとか、ブルックナー的構築性が無いとか、さらにはメンデルスゾーンのパクリだとか、そうした声に納得できる面もあるけれど、決してそんなに悪くない。
また、シモーネ・ヤングを悪く言う人は特に、ブルックナー的な構造の表現が弱いとか、ブルックナー的ゲネラル・パウゼが見られなくて音が流れてしまっている、みたいな評価をしているようだが、このf-mollには、そもそもそうしたブルックナー的特徴が顕著に見られないので、逆にいえば、すごく安心してロマン派的感傷に浸れる。さらにいうなら、流れてしまって何が悪いのだろうか。音楽は流れるものなのに。
といって、そんなに極端にセンチメンタルな様子は見られないし、弦も管もバランス良く鳴っているし、優等生的な音のつらなりであって、突然破綻するような部分は存在しない。だから習作なのであろうが、でもブルックナーは最終的にこの曲を破棄しなかった。だから若書き (ではないのだけれど) 的な意味で自分の歴史のなかに位置づけたのだろうと考えられる。

特に第2楽章、第3楽章のやわらかでコワモテでない表情が美しい。
第2楽章 Andante molto は中間部のほのかに悲しい繰り返しが胸を打つ。その後も、明るさが戻ったと思うと、でも雲はところどころに停滞していて去らなくて、木管と弦が競い合い、そして第3楽章へ。
第3楽章 Scherzo: Schnell はc-mollとなって、いかにも短調らしい比較的オーソドクスな構成が続く。後半は一転、愛らしい弦が姿を見せるがすぐに冒頭の再現となって、最後のあたりで金管がちょっとギラッと光るのもワザがある。

ということでこれから番号順に聴いていくことになるはずだ。


Simone Young/Bruckner: Sämtliche Sinfonien (OEHMS classics)
ブルックナー:交響曲全集




YouTubeにブルックナーがないのでマーラー
Simone Young & Philharmoniker Hamburg
Gustav Mahler: Symphony No. 2 „Resurrection“
https://www.youtube.com/watch?v=lz6EdSVaTv8
nice!(75)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

夏至と冬至のあいだ — ラルフ・タウナー《Solstice》 [音楽]

RalphTowner_170628.jpg
Ralph Towner

夏至を過ぎて、これから日は短くなるばかり。でも夏の暑さはこれから。
そんなときにラルフ・タウナーの《Solstice》を聴く。アルバム・タイトルはSolsticeだが、収録されている曲のひとつは〈Winter Solstice〉、つまり冬至だ。1974年の12月にオスロでレコーディングされ、1975年にリリースされたECM盤である。

私は1枚だけラルフ・タウナーのLPを持っていて、それがこの《Solstice》だったのだが、魔が差したのか (というのは言葉遣いが違うかもしれない)、再発盤のCDを買ってみた。通販サイトの表示には紙ジャケットという表示があるが、ごく薄い2つ折りのパッケージで、デジパックよりも薄く、でもデジパックのように縦より横幅のほうが長くて正方形ではないという中途半端なかたちだ。普通のプラケースのほうが扱いやすいので、このnew packageというのはちょっとがっかり。
《Solstice》は暗い地色のジャケットの中央の小さめのワクの中に水色と青で木が描かれているイラストがある印象的なデザインで、その周囲の地色は暗い紫であったはずなのに、このパッケージではどう見てもただの黒。こうした改変はたぶん廉価にするための方策だろうが、デザインにこだわっていたはずのECMらしくない。

ところで私は、ラルフ・タウナー (Ralph Towner, 1940−) をほとんど聴いていないのだ。LPの《Solstice》を聴いたときもあまりピンと来なくて、そのままになっていた。だからどんな傾向の音だったのかもほとんど忘れている。例のECMっぽい音、といえば全てが包含されてしまうのだけれど、そういう音だったという記憶だけがあった。

矛盾するかもしれないが、私はECMの創る音は好きなのだけれどフュージョンとかニューエイジ・ミュージックと呼ばれる音楽があまり好きではない。フュージョンはその音楽そのものに深みが感じられないので、そしてニューエイジ・ミュージックはそういうジャンルの区分けそのものが嫌いだ。というか、ワールド・ミュージックという称呼と同じで、またJポップをニューミュージックとしたのとも似ていて、業界の十把一絡げな方便に過ぎないからであり、ニューエイジ・ミュージックなどというものは存在しない。

さて、あらためて《Solstice》を聴いてみると、ほとんど過去の記憶の残滓通りだったことがわかる。ラルフ・タウナーはギタリストであるが、ピアノも弾く。聴いてみて一番印象に残ったのは〈Drifting Petals〉であって、しかしそれはギターでなくピアノ演奏の曲である。
一方で、たとえば〈Piscean Dance〉などは音数が妙に少ないのだけれど、いかにも当時のフュージョン系のリズムとノリであり、今聴くと時代性を感じさせてしまう (つまり古い)。

でも〈Drifting Petals〉や〈Nimbus〉の前半のソロ部分のような演奏を聴いてすぐに思い浮かべたのは、エグベルト・ジスモンチである。ジスモンチもタウナーと同様にギターとピアノを弾くし、その音の傾向も一聴したときは似ているように思えてしまう。

ラルフ・タウナーはECMでのソロ名義とは別に、オレゴンというグループでの演奏を継続していて、オレゴンは、まさにオレゴンをルーツとしたローカルなバンドで、マルチリード・プレイヤーのポール・マッキャンドレスとともに、40年以上の息の長い演奏活動歴がある。
このオレゴンの演奏とか、オーソドクスなジャズチューンの曲を聴いてみると、タウナーはやはりアメリカの基本的なジャズがそのベースにあることがよくわかる (たとえばNardisなど)。ジスモンチには、当然だがラテンのテイストがあるが、タウナーにはそれがなく、2人の傾向の違いがよくわかってくる。
《Solstice》はタウナーの音楽活動のなかで比較的初期の作品であるが、ECMの特徴的なリード・プレイヤーであるヤン・ガルバレクが加わっていることで、よりECM的になっているとは言えるだろう。

そういうふうに見てからもう一度、アルバム最初の曲〈Oceanus〉に戻ってみると、アルバム全体のイメージが、かなりガルバレクの個性に引っ張られていることがわかってくるが、同時に、ヨン・クリステンセンのドラミングの美しさがあらためて感じられる。ガルバレクの傑作《Witchi-Tai-To》(1974) における演奏と同様の、細かくクリアなリズムに陶然とする。


Ralph Towner/Solstice (ECM)
SOLSTICE




Ralph Towner: Nardis (solo)
https://www.youtube.com/watch?v=7b3ioveZK9k

Ralph Towner: Witchi-Tai-To (12弦solo)
https://www.youtube.com/watch?v=r_13j5GoNDU

Oregon/Witchi-Tai-To (piano) Viersen Festival 2009
https://www.youtube.com/watch?v=4k7R-kwGImU
nice!(65)  コメント(8)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

Xperia CMの矢野沙織 [音楽]

SaoriYano_170615.jpg
Saori Yano

XperiaのCMが矢野沙織になっていた (→A)。ソニーモバイルのサイトを見ると3人のパターンがあるようだが、Xperiaはこのところずっと、このカッコイイ系をメインにしているみたいだ。コスプレ・ヴァイオリニストAyasaもそうだったが、ハイレゾをイチオシにするために、今回のはちょっとメタリックな感じを狙ってみた意図が透けて見える。
クラシックだってジャズだってカッコも大切なのだ。カッコだけじゃダメだけど。

矢野沙織のことは以前に書いたが (→2014年07月21日ブログ)、《Sakura Stamp》の後のアルバム《Parker’s Mood》そして《Groovin’ High》は、よくできているんだけれど感覚的にちょっと……という印象があって、少し遠ざかってしまっていた。
でも、矢野沙織以降、急にジャズとかフュージョン系の女性サックス奏者が輩出してきたことは確かである。

小学校時代にブラスバンドでサックスをやることになったのが矢野の楽器との出会いだったというが、昔は、つまり私が子どもの頃は、伝統的な吹奏楽においてサックスはマイナーで、あまり人気の無い楽器だった。でも最近はブラバンといっても、単なるマーチングバンドではなくなってきているので変化があるのかもしれない。
ともかくジャズやフュージョンにおいてはサックスは花形楽器であるし、最近の音楽教室では管楽器を教えてくれるところも多くなり、そしてサックスの場合、特にクラシック系のサックスだと講師の先生がたは圧倒的に女性である。
ボディが金属製ではあるけれど、サックスはクラリネットなどと同じ木管楽器なので、親しみやすい楽器なのかもしれない。

ということで〈I Got Rhythm〉を聴いてみる。2005年、ニューヨーク、SMOKEでのライヴはリチャード・ワイアンズ、ジョン・ウェッバー、ジミー・コブのトリオをバックにしている (→B)。ジミー・コブは《Kind of Blue》の頃のマイルス・バンドにいた人で、いまやドラマーの重鎮である。矢野沙織はこのとき18歳。それが今は30歳になってしまったのだから、時の流れはあっという間である。

〈I Got Rhythm〉はジョージ・ガーシュウィン作曲のスタンダード・ナンバーであるが、試しに聴き較べてみると、まずチャーリー・パーカーのはYouTubeにはあまり良い演奏がなかった。なぜか鈍重な感じがする。それでこうしたビ・パップ系として最も比較しやすいのはソニー・スティットである。
スティットはパーカー直系のサックスであるが、この余裕となめらかさ、アーティキュレーションはすごい (→C)。スティットはほんのわずかだけ、マイルス・バンドにいたことがあるが、飲んだくれで解雇されてしまったという。そうなのか。ちょっと見た目と違うけど、まぁジャケット写真には見た目のよいのを使うのがお約束なので何とも言えない。

〈I Got Rhythm〉という曲を遡ってゆくと、たとえばベニー・グッドマンがある。昔のスウィングの時代は、どうしても曲芸的なテイストがジャズには求められていたが、単純に楽しく音楽の喜びに満ちているのがグッドマンの特質である。ライオネル・ハンプトンが素晴らしい (→D)。

さて、矢野がジャズにのめりこむきっかけとなったのがパーカーの〈Donna Lee〉である (実際にはマイルスの作曲であるともいわれる)。この曲は《Sakura Stamp》の冒頭に収められているが、パーカーを良くコピーしていて、しかもパーカーよりやや速い。サックスとトランペットの2管で、トランペットはニコラス・ペイトンである (→E)。元となるパーカーはこれである (→F)。
しかしパーカーはそんなに簡単に超えられる存在ではないので、たとえば油井正一と悠雅彦の対談番組でも同曲をかけているのがあるが (→G)、これはトランペットの無い、パーカーだけで吹いているテーマとインプロヴィゼーションである。

特に〈I Got Rhythm〉などを聴くと、ベニー・グッドマン、ソニー・スティット、矢野沙織と、時代によってその音楽性が変わってゆくのが如実にわかる。上手いとか下手とかではなく、好き嫌いでもなく、音楽とは歴史に寄り添うものなのだという感慨がある。つまりガーシュウィンは単なる素材であり、それをどのように変奏するのかがジャズなのだ。


矢野沙織 BEST ~ジャズ回帰~ (Columbia Music Entertainment)
矢野沙織 BEST~ジャズ回帰~(DVD付)




A: Xperia CM
http://www.sonymobile.co.jp/adgallery/

B: Saori Yano/I Got Rhythm
https://www.youtube.com/watch?v=k5JFtt9rf9I

C: Sonny Stitt/I Got Rhythm
https://www.youtube.com/watch?v=TFq-JQyoy54

D: Benny Goodman/I Got Rhythm
https://www.youtube.com/watch?v=NTKOgTk2gGE

E: Saori Yano/Donna Lee
https://www.youtube.com/watch?v=sDsDhh3evtc

F: Charlie Parker/Donna Lee
https://www.youtube.com/watch?v=02apSoxB7B4

G: Charlie Parker/Donna Lee (油井正一&悠雅彦)
https://www.youtube.com/watch?v=ErWbBWlWD3s

スコット・ロスのスカルラッティを聴く [音楽]

ScottRoss_170524.jpg
Scott Ross

1685年に生まれた作曲家にはヨハン・セバスティアン・バッハ、ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル、そしてドメニコ・スカルラッティがいる。歴史の中でこのように突出した人物が生まれる確率は万遍なくあることではなくて、ある時点に偏在して出現することが多いような気がする。1685年もそうした年なのかもしれない。

ドメニコ・スカルラッティ (Domenico scarlatti, 1685-1757) はアレッサンドロ・スカルラッティの息子であり、つまり作曲家二世である。あまり知られていないピエトロ・フィリポ・スカルラッティも作曲家でドメニコの兄である。
ドメニコの作品は《マリア・マグダレーナ・バルバラ王女のための555曲の練習曲》が有名である。内容的には単一楽章の数分で弾く練習曲の体裁なのだが、普通、ソナタという名称で呼ばれる。
長大な曲集であるため校訂者が複数にいて、人によって作品番号が違うが、最も使われているラルフ・カークパトリックの校訂版も一般的に手に入るのは選集に過ぎない。
カークパトリックは私が最初に買ったArchiv盤のバッハのレコードの演奏者で、でも最近までスカルラッティの研究者であることは知らなかった。彼の整理したスカルラッティの作品番号の記号はカークパトリック番号Kkであり、現在この番号で表示されることが多い (カークパトリック番号はKでもよいとされるが、通常、Kはモーツァルトのケッフェル番号なので、エラート盤ではKkの表示となっている)。

そのスカルラッティのソナタを全曲弾こうと企画し完成させたのがスコット・ロスである。
スコット・ロス (Scott Stonebreaker Ross, 1951-1989) はアメリカのチェンバロ奏者であるが、主にフランスとカナダで暮らした。スカルラッティのアルバムもRadio Franceで録音され、仏エラート盤でリリースされている。
スコット・ロスのチェンバロは、ひとことで言って明快な音であり、それは彼の資質によるものか、それともスカルラッティの作品がそもそもそうした音楽なのか、たぶんその両方なのだと思う。
スコット・ロスに対してチェンバロのグレン・グールドというような形容もあるようだが、グールドのような屈折した感情はないしトリッキーな印象もない。というよりスカルラッティはそれほどの複雑な感情を必要としていない曲なのである。たとえばバッハなどと較べると歯切れ良くストレート過ぎるのかもしれない。でもそれはもともと音楽の中心地として存在していたイタリアの栄華の音なのである。それは通俗であるとか音楽的に底が浅いとかいう意味ではなく、そうした曖昧な色味を必要としていなかったからなのだろう。長調の曲が主体であるが、ときどき混じる短調も、しんと澄み切った夕方の哀しみである。
調性的にも、バッハの平均律は例外として、スカルラッティの場合は 「普段使い」 のしやすい調性が選択されていることがほとんどである。それはこの時代のころ他の作曲家の場合も同様であり、調性はまだその調性固有の特徴を持っていた。

チェンバロという楽器の特性もあって、その鍵盤は現代のピアノのように反応速度が良くないから、たとえばアルゲリッチの弾く、まるでプレストのような速度のKk141のアレグロも、スコット・ロスの場合は、ごく普通に感じられる一曲に過ぎない。
音楽はスピードではないのである。速く指が回ればすごくてエライというものでもない (といって、アルゲリッチのスカルラッティが悪いということではないが)。もちろん指が速く動作することは必要だが、そもそも速度記号にしても、当時感じていたアレグロの標準的な速度と現代のアレグロはきっと違うはずだと思う。極端にいえば当時と現代では、1ランクくらい速度の感じ方に違いがあるのではないだろうか。

また、スコット・ロスを聴いていて思ったのはチェンバロという楽器は雑音を伴う音色であるということだ。先日話題にした武満徹の場合、彼は《ノヴェンバー・ステップス》をはじめとする日本の楽器を採用した曲についての解説で、日本の楽器はストレートな音色でなく、皆、制限されてわざと音の出しにくいように調整された楽器を用いている、と言っている。そして日本の楽器は欧米の楽器と較べるとノイズがあり、たった一音の中に機能的な音色ではない意味性があり、そしてそのノイズ (というよりそれは自然音に近似している) が独特の存在感を表すための役目を担っているというのだが、バロック時代の楽器の音も、武満が指摘しているのとはやや違う意味だが、十分にノイジーなのではないかと感じたのである。
チェンバロはピアノのようにハンマーの打鍵によって音を作るのではなく、ギターと同じように撥弦によって音を出している楽器である。弦がこすられるときに滑らかで無い音が発生する。それは今回、彼のそのかなり特徴的なアーティキュレーションも含めて聴いたからそういう感想を抱いてしまったのか、それともスコット・ロスが限定的にノイジーな演奏者であって、他の演奏者はそうではないのか、微妙なところである。特に左手で和音を作り出すときにその刺激的なざらっとした感触が、トリガー音としてリスナーの耳に達する。

スカルラッティのソナタのアプローチは多彩だ。バッハのように複雑で対位法的な様相を呈することはほとんどない。またバッハほど研究されていないために、奏者によってその演奏に 「揺れ」 が見られる。それはバロック期の装飾音がかなり自由であったということ以上の融通性を持っているように思える。そして、同じような構造のヴァリエーションの中で、しかも無機的な速度記号の表示だけで羅列されたソナタのひとつひとつが輝いているのはなぜなのだろう。


Scott Ross/Scarlatti: The Complete Keyboard Sonatas (Erato)
Scarlatti: The Complete Keyboard Sonatas




Scott Ross/Scarlatti: Sonata Kk209
https://www.youtube.com/watch?v=3vpG1PgFF34

une leçon particulière de musique avec Scott Ross
(Bach: Partita etc.)
https://www.youtube.com/watch?v=vkQp_QIzd7w

Martha Argerich/Scarlatti: Sonata Kk141
https://www.youtube.com/watch?v=wjghYFgt8Zk
nice!(84)  コメント(4)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

ブロッサム・ディアリーを聴く [音楽]

BlossomDearie_170517.jpg
blossom dearie/my gentleman friend (1961) ジャケット

ブロッサム・ディアリー (Blossom Dearie, 1924-2009) は、ピアノを弾きながら歌うニューヨーク生まれのジャズ歌手である。一度聴いたら忘れられないコケティッシュとも思える声に特徴があり、wikipediaでは light and girlish voice と表現されているので、そういうイメージでとらえられているのかと思っていたが、あらためて聴いてみると全然ベティ・ブープなどではない。シンプルな中に、しっかりと芯の通ったヴォーカルのように思う。そしてピアノが美しい。ナット・キング・コールもピアノが上手かったが、天は二物を与えることもあるのである。

ディアリーはアメリカで、ウディ・ハーマン・オーケストラ (the Blue Flames) やブルー・レイズ・バンド (the Blue Reys) などのジャズ楽団のコーラス・グループで歌っていたが (カッコ内はグループ名)、1952年にフランスに渡る。そしてパリでクリスチャン・ルグランなどとブルー・スターズというコーラス・グループを結成。このグループはレ・ドゥブル・シスを経てスゥイングル・シンガーズへと連なる系譜にある。ちなみにスゥイングル・シンガーズは8人のジャズ・スキャットのコーラス・グループとして知られ、バッハの曲をアレンジした《Jazz Sébastien Bach》(1963)という大ヒットアルバムなどがある。メンバーのひとり、クリスチャン・ルグランはミシェル・ルグランの姉である。

しかしディアリーはコーラスで歌うことから離れてアメリカに戻り、ソロのヴォーカル・アルバムとして最初に出されたのが《Blossom Dearie》(1957) である。パリの香りはこのソロの1stアルバムにも生かされており、〈It Might as Well Be Spring〉などもフランス語で歌われている。
正確には《Blossom Dearie》の前にプレスティッジ、エマーシーなどから出されたアルバムがあるが、ソロ・ヴォーカルということで考えればこのヴァーヴからのアルバムがディアリーのキャリアの第1弾と考えてよいのではないだろうか。

《Blossom Dearie》(1957) から《My Gentleman Friend》(1961) までの初期アルバム6枚をCD3枚に収めてあるReal Gone JAZZレーベルの廉価盤《Six Classic Albums》で聴いた。ピアノ・トリオにギターを加えたクァルテットというのがほとんどのフォームであり、どれもが同じパターンといえばその通りなのだが、スタンダードでメインストリームなジャズ・アルバムとして聴ける良質な音で綴られている。ところどころに入るフランス語詞も違和感がない (5枚目の《Soubrette Sings Broadway Hit Songs》(1960) のみラッセル・ガルシアによるオーケストレーションとなっているが、トゥッティで鳴るようなオケではない)。

私は長い間、アルバム2枚目の《Give Him the Ooh La La》(1958) のアナログ盤でしかディアリーを知らなかったが、1曲目の、ランニング・ベースだけで始まりそれに歌の乗る〈Just One of Those Things〉は今聴いてもスリリングだ。フランク・シナトラとは全く異なるスピードなのが心地よい。このアルバムの〈Just One of Those Things〉〈Like Someone in Love〉そして〈Between the Devil and the Deep Blue Sea〉と続く導入部は秀逸である。(でも〈Between the Devil and the Deep Blue Sea〉の邦題が 「絶体絶命」 だと初めて知ったのだが、直截すぎて……)

ざっと聴いて心惹かれるのは1枚目のアルバムのロレンツ・ハートとリチャード・ロジャースの〈Ev’rything I’ve Got〉のここちよい韻の連鎖だったりして、でもソロ第1作としての気負いもあまり感じられないのに、1曲1曲がとても練られているのはさすがである。インストゥルメンタルの〈More Than You Know〉のしっとりしたギターとピアノのインタープレイも心に沁みる。ギタリストはハーブ・エリス、マンデル・ロウ、ケニー・バレルと変わっているがいずれも名演である。
アルバム5枚目のオスカー・ハマースタインII&リチャード・ロジャースの〈The Gentleman Is a Dope〉の暗くスゥイングするヴォーカルとオーケストレーションも美しい。ガルシアは木管の使い方が洒落ている。(選択したのが2曲ともたまたまリチャード・ロジャースだったが、その作品は書かれた映画やミュージカルそのものが知られなくなっても曲だけが残る典型である。ロジャースについては→2016年03月21日ブログに簡単に書いた)
そしてディアリーの歌はほとんどがごく短い曲なのに、その空間にジャズのエッセンスが満ちている。YouTubeには若い頃から21世紀になってのライヴまで幾つもの動画があるが、年齢を重ねてからの姿も凜としていて、その基本は柔らかなBe Bopの形見である。


Blossom Dearie/Six Classic Albums (Real Gone JAZZ)
6 CLASSIC ALBUMS




Blossom Dearie/I Wish You Love
live french TV 1965
https://www.youtube.com/watch?v=4hGjzuXchGg

Blossom Dearie/Just One of Those Things
https://www.youtube.com/watch?v=x4PzlqMTaNs

追加リンクしました。
Blossom Dearie/Try Your Wings
https://www.youtube.com/watch?v=9an3X-qlo5Y
nice!(91)  コメント(10)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

立花隆『武満徹・音楽創造への旅』を読む・1 [音楽]

takemitsu_170511_a.jpg
(左から) 武満徹、小澤征爾、横山勝也、鶴田錦史 Toronto, 1967

立花隆『武満徹・音楽創造への旅』をやっと読み終わった。集中して読めればいいのだが、時間がとれなくて手の空いたときに読んでいたのでなかなか進まない。ギッシリ2段組で800ページ近くあるのだから仕方がないのだが、長さはあまり感じられなかった。内容的にもギッシリである。

武満徹の生前、立花がインタヴューして雑誌に掲載した内容が元になっているので、重複している個所もあるし、やや混然としている部分もある。だが、つまり 「聞き書き」 のようなものであるのにもかかわらず、立花隆流のルポルタージュになっていて、日本の経済成長期における現代音楽の動向がどうだったのかが体感できるような構成になっている。編集して整然ときれいにまとめてしまったら、この時代性を映し出しているようなパワフルな部分も薄まってしまったのかもしれないと思うと、雑誌掲載時のかたちを残したままで良かったのであろう。

ただ、本が出てからすでに1年以上が経過しているし、他の文献を参照しようとすると、この本も含めて武満徹について書かれたものはあまりにも多いので、その情報量の多さに茫然としてしまう。武満徹は音楽だけでなく、自身の多くの著作もあり、それが音楽作品と関連し合っていることもあって、すべてをひもとくのは不可能なのではないかと思う。誰もが大きな象のごく一面しか見られないという状況なのだ。
音楽作品も、もっともメインの現代音楽作品以外に、多数の映画音楽などが存在し、それは彼がまだ作曲家として売れていない頃、生活費を稼ぐ目的で作られたものを含め多岐にわたるが、それでいてどこにも武満色が感じられる。
まともに武満論を書けるような力量は私には無いので、ミーハー的な感覚をもって、ごく簡単な感想を書いてみようと思う。

一番笑ったのは、黒澤明と映画の仕事をしたときの回想の部分である。武満と黒澤は音楽的な意見が合わずにぶつかったこともあるらしいのだが、黒澤は意外に小心で、武満にズバリと不満を言わないことがあったのだそうである。そして武満が語るのには、

 朝ホテルの部屋のドアの下から、ズズズッと紙が入ってくるの。それに
 『ぼくはきみの音楽が大きらいです。黒澤明』なんて書いてあるわけ。
 (p.89)

武満はアカデミックな場で音楽を学んだことはないが、その周辺に集まっていた人びとが、何でそんなに、と思えるほど優れた個性を持っていて、そうした環境は彼の才能が人を呼び寄せるパワーとなって働いたのではないかと思わせる。
一柳慧との出会いはあまりにも偶然過ぎる。武満の下宿の前の道をチェロをかかえて通る父親と息子がいて、その息子が一柳慧だった。武満は一柳に声をかけ、そこで交友が始まった。そのとき武満19歳、一柳は16歳だったという。武満は一柳からメシアンの楽譜を借りる。メシアンなどまだ誰も知らなかった頃である。
一柳は高校卒業後に渡米して当時のジュリアード音楽院に入る。アメリカでジョン・ケージの影響を受け、日本に戻って来て、そうしたアヴァンギャルドな音楽を紹介し、また自分でも作曲した。天才的ピアニストとも言われた。小野洋子と最初に結婚したのが一柳である。

武満徹を語る場合、最も重要な作品はやはり《ノヴェンバー・ステップス》であり、立花の記述もそこへ収斂していくような構成が見て取れる。
だがそこに至るまでの数々の試行錯誤のなかで、ミュージック・コンクレートについて武満が述懐している部分が大変興味深い。ミュージック・コンクレートとは1948年にフランスのピエール・シェフェール (Pierre Henri Marie Schaeffer, 1910-1995) が創始したジャンルと言われているが、今の言葉ですごく簡単に表現するのならサンプリング音のコラージュである。だが当時、サンプリング機器などはもちろん無く、テープレコーダーにより録音した音をそのまま、あるいは変調させてストックし、さらにそれらのテープをスプライシングして完成させる作品である。シェフェールの盟友として、後にリュク・フェラーリなどの名前もある (私の偏愛する作曲家のひとりであるフェラーリについては少しだけ、すでに書いた→2012年02月03日ブログ)。

シェフェールの作品が最初に公開演奏されたランピール座の客席にいたのが、1951~52年に給費留学生としてフランスにいた黛敏郎で、黛は日本に帰ってきてからミュージック・コンクレートの作品を作る。そうした時代の風潮に武満も影響を受けるが、そのサンプリング音の作り方がものすごく原始的なのである。たとえばある自然音を録音したら、その音の入っている分の磁気テープを切断して壁に貼り付けていくのである。何百本何千本ものテープが、七夕の飾りのようなひらひら状態で分類され、あの音はどれ、と探して、持ってきてつなぎ合わせるのである。
テープレコーダーもまだ大型の時代で (といっても実際にどんなものなのか知らないが)、NHKのような専門的な場所にしか存在していなかった頃である。
おそらくモノラルか、あったとしても2chで、それらのデッキを複数に使ってピンポン録音するのだが、当然のことながらどんどんノイズは増してしまうので、限界を感じて武満はそれをやめてしまう。

今、バリー・マイルズの『ザップル・レコード興亡記』という本を読んでいるのだが、アップルの一種のウラメニューとしてザップルというのがあったのだそうで、バリー・マイルズはそのザップルを取り仕切っていた人である。
ポール・マッカートニーのアヴァンギャルド・ミュージックへの傾斜について、以前にもそのような内容の本が出ていたが、見逃してしまった。一般的なイメージとは裏腹に、ジョン・レノンは比較的コンサヴァティヴな音楽志向があり、ポールのほうがアヴァンギャルドであることが知られるようになったが、そのザップル・レコードに至る経緯の中で、Revoxを導入する話やポールがBrenellのテープレコーダーを使っていることなどが出てくる。
そしてカットアップという言葉で語られていることは、つまりテープを切り貼りしてランダムにつなぎ合わせたりすることによって音を作り出すアヴァンギャルドな手法であり、それはポールが〈エリナー・リグビー〉を書いた頃という記述で判るように1966年頃の話である。
武満がミュージック・コンクレートに出会った頃からすでに15年が経過していて、テープレコーダーも小型化されてきたのであろう。そしてアヴァンギャルドなクラシック音楽レヴェルで取り扱われていたテープ音楽が、ポップスにまで広がって来た証左であるとも言える。ザップルが始まった頃、ポールはルチアーノ・ベリオを好んでいたと書いてあるが (ザップル p.26)、武満とベリオは1961年に親交を結んでいた。ベリオはその時ちょうど、日本に滞在していたのである (p.736)。

そして武満がバーンスタイン/ニューヨーク・フィルから依頼され作曲した《ノヴェンバー・ステップス》が初演されたのが1967年11月9日。それは西洋オーケストラに日本の琵琶と尺八をソロ楽器として導入した曲で、大成功を収める。バーンスタインと武満の糸を繋いだのは若き小澤征爾であった。
その同じ年、1967年6月1日にリリースされたビートルズのアルバムが《サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド》である。1960年代後半は、まさにアヴァンギャルドの時代だった。

(つづく→2017年08月18日ブログ)

takemitsu_170511_b.jpg
武満徹&カールハインツ・シュトックハウゼン


立花隆/武満徹・音楽創造への旅 (文藝春秋)
武満徹・音楽創造への旅




バリー・マイルズ/ザップル・レコード興亡記 (河出書房新社)
ザップル・レコード興亡記: 伝説のビートルズ・レーベルの真実




小澤征爾/新日本フィルハーモニー交響楽団
武満徹:弦楽のためのレクイエム
live 1990.11.06. 東京文化会館
https://www.youtube.com/watch?v=lpBiLQV0lM0
nice!(91)  コメント(20)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽