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泉麻人『僕とニュー・ミュージックの時代』を読む [本]

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書店で、泉麻人のレコード評に関する本があったのでちょっと手にとってみたら、これらのアルバムは皆、オンタイムで買って何度も聴き込んだもので、針音のあるレコードであることが重要なのだ、と書かれていた。
アナログレコードは何度も聴くと、その部分が針でこすれてノイズが出てしまう。でもそうして新品のものを使用することによって傷がついて自分のものになっていくことこそが過去の記憶なのだという意味なのだろうと思った。

泉麻人は、ちょっとマニアックでサブカルチャーに詳しい人という印象があるのだけれど、普段の私ならまず買わない種類の本で、でもこの前書きの部分にすごく納得してしまって、買ってきた。
それは『僕とニュー・ミュージックの時代』というタイトルで、でも著者もことわっているように、音楽論というのでなく時代論のような内容で、雑誌に連載されたものをまとめたごく軽いエッセイ集である。

思っていたとおり、彼の若い頃に聴いたニュー・ミュージック系というか、いわゆるJ-popについての内容なのだが、全然わからない部分もあって、でもそれがとても面白い。
たとえば、繰り返し出てくるのが、自分の気に入った曲をカセットに録音して、自分のオリジナルカセットを作るという描写で、それはドライブのBGMとして使用されるのだという。つまり自分のお気に入りの音楽を選択して一種のDJ作業を行っているわけで、それはPCに登録された曲がランダムに出てくるような最近のシステムとはまったく逆の方法論で、その能動的な行動力に感心する。それに、ドライブというイヴェントが当時のポパイ少年たちにとってはかなり重要な意味を占めていたらしいこともわかる。

ポパイ少年と書いたのは、『POPEYE』という雑誌の話が繰り返し出てくるからであり、さらに泉はポパイの前身の雑誌から知っていて注目していたらしいが、いわゆるカタログ文化というか、いろいろなノウハウが記述されている雑誌で、それって間違っていることもあるのかもしれないのだけれど、ともかくやってみようという、とりあえず能動的な、ある意味、脳天気な志向の雑誌なのである。

今までTVなどでたまに見かけたときも、マニアックな人であるのは知っているのだけれど、その得意とする分野みたいなのがよくわからなくて、ぼんやりとした印象しか持っていなかった。
意外だったのはナイアガラ・フリークであったと書いていたことで、つまり大瀧詠一が好きだったとのことなのである。だが、ついに本人とは直接会っていないというのがいかにも泉麻人らしい。
彼にとって最も思い入れのあるのは、はっぴいえんどや松任谷由実や吉田拓郎なのではないか。歌謡曲の一番古いのは舟木一夫あたりで、そのへんがどのくらいまでリアルタイムなのかわからないが、つまりかなり幼い頃から彼はマニアックな素質を持っていたのだろう。
大貫妙子に会ったとき、ネクタイの小さなシミをめざとく見つけられて笑われたなどという些細なことを覚えていて、なぜならその日は泉の父親が亡くなった日だったそうで、そんなことはもちろん言わず、そのくだらない笑いにむしろほっとした、みたいなくだりになぜかとても共感する。

私にとって全然わからない部分というのは、たとえばサタデー・ナイト・フィーバーの頃のディスコ・ブームについての記述とか、昔の萩原健一のTVドラマに関することとかで、でも全然わからないのにもかかわらず興味をそそる。それは泉麻人独特の淡々とした熱気である。

はっぴいえんどの歌詞のなかに 「電車通り」 という単語があって、「これはかつて都電が走る道の俗称として使われていた」 と解説されているのだが、「松本隆のはっぴいえんど時代の詞には、よく幻想としての都電(路面電車)風景が描かれる」 というのだ (p.150)。つまりその頃、そうした風景はすでに過去のことだったというのである。

誰かにきいた話なのだが、本ならお金さえ出せばどんな過去の本でも手に入るが、雑誌だとその入手難度は高くなり、さらに、たとえばチラシとかパンフレットなんてどうやっても手に入らない。だから捨てられてしまうようなもののほうが風俗論には不可欠なのだというのである。
泉麻人の記述には、ごく曖昧な個所もところどころあるが、それは記憶がいい加減だからではなくて、資料がなかったり記録がなかったりすることについてだからなのであると思う。
みうらじゅんが、いらないものとか、どうでもいいものにこだわるのも、そこにその時代の本来の風俗と文化があるからだ。

以前に書いたことがあるのだけれど、ハーラン・エリスンの〈ジェフティは5つ Jeffty is Five〉は昔のアメリカのTV番組とか、そうした風俗的なことを書いていて、それが全然わからないのにもかかわらずとても面白い。泉麻人が描く昔のTV番組の解説に似ている。でも、そういうのを面白いと感じるか、それとも自分が経験したことでないから、もしくは興味がないから、ということで面白味を感じないのか、それは人それぞれなのだと思う。

私がこの本を読んでいて唐突に連想したのはスチームパンクのことだった。スチームパンクはその舞台そのものが幻想であって、でもそこにノスタルジアを乗せようとする設定が真髄であり、その無理さ加減が虚構の都市への憧憬なのである。
過ぎてしまったことは美しい、という言葉だけでは片付けられない過去のリアルさが泉麻人の視点にあって、それが、やっぱり音楽はアナログレコードだよね、みたいなところに行き着くのではないかと、ふと思ってみた。


泉麻人/僕とニュー・ミュージックの時代 (シンコーミュージック)
僕とニュー・ミュージックの時代[青春のJ盤アワー]

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ペイズリーの雨 ― プリンス [音楽]

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たしか、映画《バットマン》のサントラ盤が最初に買ったプリンスのCDだった。CDは黒い缶に入っていて、中のパンフレットも丸いかたちになっていた。この映画以降、アメリカン・コミックで知っていたバットマンとやや違って、映画作品におけるバットマンのイメージはごく暗い。いや、そもそもコミックスという媒体が軽く見えるからそう思えたのかもしれなくて、バットマンは最初からずっと影を持っていたのだろう。その暗い影のひとつの要素としてプリンスが音楽を担当していたのは象徴的だった。

それからプリンスを遡って聴いていったが、最も有名な《Purple Rain》は別にして、その時期の傑作は《Around the World in a Day》と《Sign o’ the Times》だろう。《Around the World in a Day》は一種のコンセプト・アルバムであり、一方の《Sign o’ the Times》は何でもありの全部盛りだ。そうした異なるコンセプトであるのにもかかわらず、どちらでも通用して、どちらでも屹立するところがプリンスである。

ただ、《Purple Rain》を中心にした《1999》から《Lovesexy》あたりまでのアルバムが、若くて鋭くてスキャンダラスでインパクトが強かったために、プリンスはどうしてもその初期の作品だけで語られがちだ。それがプリンスにとっての不幸だったのかもしれない。

私はそんなに熱心にプリンスを聴いたわけではないので、プリンスが元・プリンスになってしまった頃の活動はあまり知らない。それはわざと自分の立場をマイナーなポジションにしていたような状況にもよるのだと思う。再び聴いたのは《Musicology》であって、プリンスは全然変わらないし、それでいてより進化/深化したというような印象を受けた。スキャンダラスに見える部分は後退していたが、そもそもプリンスをスキャンダラスとは私は思わない。かつての伝説のロックスターたちの、ドラッグとかヴァイオレンスといった放埒なイメージでかたちづくるはずの自分の偶像を、同じようにトレースするように見せかけて、プリンスに感じるのはむしろ禁欲的な音楽に対する姿勢だ。歌詞とか、見かけの印象と、音楽そのものとは実は別のものなのだ。

たとえば《3121》(2006) でもその楽曲のクォリティは変わらず、悪い言葉でいえば円熟っぽいような、一定の満足度は得られるのだけれど、でもかつてのインパクトはなくなってしまったのかとも思ったが、その後のスーパーボウルのハーフタイムショーを観たとき、やはりその姿に、プリンスがなぜプリンスなのかということを痛烈に感じた。

私はプリンスのライヴを1回しか観ていないが、しかもかなり遠くの席であったにもかかわらず、その強烈な感覚をいまだに忘れることはない。特に感じたのはそのギターとかピアノの上手さである。ピアノはロックであることをすでに超えていて、私はそこにモーツァルトの再来を聴いた。
モーツァルトは人間世界に突然現れて疾走し消えてしまったが、以後、それ以上の作曲家があらわれることはない。プリンスにも同じような印象を私は抱いている。そしてその忽然とした消え方は、漠然と、このひとは人間の姿をしていたが人間ではなかったのではないかと思わせる。そして最もすぐれた芸術は人間の手に届かないものなのではないかという疑問となって、暗い翳のなかにいつまでも残り続ける。


Prince/Purple Rain, Superbowl 2007
https://www.youtube.com/watch?v=CEFyP-Q7CVE
Superbowl (full version)
http://www.dailymotion.com/video/x465wsz_2007-prince-halftimeshow_music
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オスロの8月 — ヤン・ガルバレク《All Those Born with Wings》 [音楽]

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Andrej Tarkowskij

1986年はアンドレイ・タルコフスキーにとって最後の年であった。《サクリファイス》はその年の5月、カンヌで審査員特別グランプリを受賞したが、12月に彼はパリで亡くなる。54歳であった。結果として《サクリファイス》は遺作となってしまった。
タルコフスキーにとって当時のソ連は居心地の悪い国であった。彼はジョージ・オーウェルの描いたディストピアの年である1984年に祖国を捨て、《サクリファイス》はスウェーデン映画となっている。撮影はイングマール・ベルィマン映画のカメラマン、スヴェン・ニクヴィストであった。音楽にセバスチャン・バッハを選択しているのも《叫びとささやき》と同じだ。

ヤン・ガルバレクは1986年8月に《All Those Born with Wings》を作った。リリースされたのは1987年だが、ガルバレクの音楽が最も内省的な頃である。すべての曲はガルバレクひとりの多重録音により製作されている。内容は〈1st Piece〉から〈6th Piece〉までという、順に付けられた無機的なタイトルの6曲。だが、音楽は決して無機的ではない。その3曲目〈3rd Piece〉がタルコフスキーに捧げられている。In memory of Andrej Tarkowskij とある。

ガルバレクのその前の作品は《It’s OK to listen to the gray voice》(1984) であるが、このアルバムではアルバムタイトルを含めた全曲のタイトルがスウェーデンの詩人、トーマス・トランスロンメルの言葉から採られている。クァルテットによる演奏となっていて、《All Those Born with Wings》に較べればいつものガルバレク節ではあるが、この時期に共通した内省的な印象は同様に感じられる。

かつてガルバレクは、キース・ジャレットのヨーロピアン・クァルテットのメンバーであったが、1980年代のキースは、1983年からスタンダーズ・トリオというユニットを組み、ごくオーソドクスなジャズナンバーのルーティンワークによるピアノ・トリオで大評判になっていた頃である。ちょうど日本のバブル景気の時代でもあった。

そうしたシーンの賑わいと較べると、メインストリームの喧噪とは無縁なガルバレクの周囲は静寂に支配されているように見える。ごく平均的でスウィングするスタンダードなジャズという範疇から、こうしたECM盤は完全にこぼれ落ちている。
《All Those Born with Wings》は、ジャンルからすればアンビエントとかヒーリングとかそういう印象が強いが、ではミニマリズムかというとそれとはちょっと違う。前半は、比較的わかりやすい散発的なメロディを基にした曲であり、3曲目の〈3rd Piece〉は前2曲に較べると遅くて、ときどき立ち止まって振り返っているようで、ふわっと暗い。
後半の、すなわち〈4th Piece〉以降になるとシークェンス・パターンに載せてサックスがソロをとるという構成で、いつものガルバレク的なイメージが濃くなってくる。

こうしたアンビエントとも思える音は、以前の私ならあまり好きではなかった種類の音だ。つまりそれはこうした音楽の志向性に、スタンダードなジャズを至上とする音を強引に期待していたからに他ならない。だがそれはあまりに視野が狭かったのだろうと今では思える。ジャズはスウィングすべきという枷を外せば、それは無限の広がりとなる。というようなことをあらかじめ想定してECMを始めたのがマンフレッド・アイヒャーだったのだ。
たとえばECMのリストにアロヴォ・ペルトが加わったのがいつ頃からなのか私にはわからないが、《Tabula Rasa》が1984年にリリースされていることから、こうした傾向の音楽が一般的になってきたのもやはりこの頃だったのだとあらためて知ることになった。

最初はピーター・ガーランドについて書き始めようと思ったのだが、特徴のない繰り返しパターンに翻弄され続けて (こうした微妙な変化こそミニマリズムなのかもしれない)、そのうちに手探りの流れがかわって、気がついたら《All Those Born with Wings》を聴いていた。といってこれはガルバレクではなく、あくまで《All Those Born with Wings》のなかのガルバレクである。そういう意味では、やや異質なガルバレクといえるのかもしれない。


Jan Garbarek/All Those Born with Wings (ECM)
All Those Born With Wings




Jan Garbarek/Molde Canticle
https://www.youtube.com/watch?v=ZmIo2nttex8
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《パリ18区、サラヴァの女たち》を聴きながら思い出したこと [音楽]

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Jacques Higelin, 2016

コアポートという発売元からサラヴァのCDが出ているのに気がついた。《パリ18区、サラヴァの女たち》というコンピレーション盤と、そしてもちろんフォンテーヌである。
これまでサラヴァはオーマガトキという新星堂系列の、いわばマイナーレーべルから出ていて、それはそれでよかったのだが、コアポートは日本コロムビアの子会社で、つまり最初に戻ったのだと思うと感慨深い。

私が最初にフランス語の歌を意識して聴いたのは、ありふれた古いシャンソンを集めたコンピレーション盤で、まだ学生でそんなにお金などなかった私は、知人から借りたその盤を繰り返し聴いていた。その当時でもすでに古色蒼然とした内容なのだったと思う。でもその盤に刷り込まれてしまったので、〈パリの空の下〉はエディット・ピアフではなく、リーヌ・ルノーでないと、と思っている。

そうした古風なシャンソンからするとピエール・バルーの創ったサラヴァの音はずっとシャレていて、しかも音がデッドで、すぐそこで鳴っているようで、その至近さに最初はドキッとしたものである。

今回の《パリ18区、サラヴァの女たち》も、オーマガトキから出ていた《サラヴァの屋根裏部屋》と同じようだが、すべて女性歌手というのが今回の選択基準のようだ (オーマガトキのコンピレーションについては→2012年05月31日ブログ参照)。以前の私はこうしたコンピレーションというのかオムニバスな内容が嫌いだったのだが、そのゆるい相乗り感みたいなのがこころよいこともあるのだと最近感じるようになってきた。

でも、ぼんやりとこの《パリ18区、サラヴァの女たち》を聴いているうちに、それはフォンテーヌの〈はたご屋〉の似非バロックみたいな音の流れとか、イジュランとフォンテーヌのデュオによる〈お前に生ませた子供〉といった曲のなかから突然思い出したことがあって、それはイジュランとアレスキーのアルバムのことである。
ジャック・イジュランとアレスキー・ベルカセムによるアルバム《Higelin et Areski》はwikiによれば1969年のリリースになっている。2人とも1940年生まれだからこのアルバムが録音されたとき29歳。このつまらないアルバムをなぜか私は持っていて、いきなりつまらないと形容したのは最初に聴いたときの印象で、なぜなら華がなくて地味だし、もう聴くことはないな、と思いながらもそんなに聴く盤が数多くないので、また取りだして聴いてみたりしているうちに、その渋い味わいがわかってきたのかもしれなかった。自分の感性とかその日の気分とかによっても左右されるのかもしれないが、繰り返し聴かないとわからない音楽もある。

アルバム《Higelin et Areski》最後の〈Remember〉は、2人の語りと歌によるデュエット曲で、つまり以前のブログにも書いた《Je ne connais pas cet homme》のなかの〈C’est normal〉と同様に、フォンテーヌとアレスキーの常套手段のひとつである。このアレスキーらしいどこか懐かしさの漂うメロディのルフランはなにものにも替えがたい。

思い出して聴いてみたら、この素朴さとセンチメンタリズムはあまり何も加工しないといういつもながらのポリシーに貫かれていて、そういうのをぼんやりとした記憶としてずっと覚えているというのは、もしかしたら私には人間的な進歩がないのかもしれないと思ってしまう。たぶんそれはその通りなのだろう。夕方になると鳥が巣に帰っていくように、結局戻る場所はいつも同じだ。
そしてその頃から、時間こそずっと経ってしまったけれど、きっと時そのものはそんなに動いてはいなかったのだ。


パリ18区、サラヴァの女たち (コアポート)
パリ18区、サラヴァの女たち




Higelin et Areski (Saravah)
Higelin Et Areski




Jacque Higelin et Areski/Remember
https://www.youtube.com/watch?v=TFUHKd7gro4
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オスロ・リハーサル・テープ — ビル・エヴァンス [音楽]

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Bill Evans, 1966

4月10日発売のResonance盤《Some Other Time》が1日早く、9日に配送されてきたので早速どんな音なのか聴いてみた。これはいわば久しぶりのビル・エヴァンスの新譜である。発掘音源というのは、そのほとんどがそれなりの音源に過ぎないのだが、このアルバムに限ってはそうではない。
プライヴェートで録音され死蔵されていたテープが48年振りに甦ったのだという。《At the Montreux Jazz Festival》のライヴの5日後にスタジオで録音された音源である。でもまだよく聴き込んでいないので、書くことについてためらいがある。

YouTubeにレゾナンスのプロモーション動画もあった。でもそうしたものを見ているうちに、BillEvansArchiveにある〈Oslo Rehearsal Tape〉というのを見つけた。モニカ・ゼタールンドとの動画が幾つかあり、彼女の歌う〈Some Other Time〉もあるので、それに関連して出て来たらしい。このオスロ・リハーサルはゼタールンドとのコンサートのためのリハーサルだということだが、ゼタールンドはおらずピアノ・トリオのみの内容である。
モノクロだが、非常に躍動的なエヴァンスのピアノが見られる。メンバーはビル・エヴァンスとエディ・ゴメス、それにドラムスがアレックス・リール。このヴィデオは1966年にリールのプライヴェート動画として撮られたものだということだ。

《Some Other Time》は1968年の録音だから、このオスロはその2年前ということになるが、この時期のエヴァンスがいかに絶頂期にあったかが窺い知れる。エディ・ゴメスは1944年生まれだから、この時22歳。失礼だがとても22歳には見えない。
エヴァンスとゴメスはすでにユニットとして固まっていて、ご当地ドラマーのリールが 「やらせてもらいます」 状態なのだが、そつなくこなせていてなかなかである。

最初は断片的なピアノの試し弾きをしていたりするが、16:30あたりからトリオの演奏となる。TV局がカメラのポジションを確かめるためのリハでもあるようだ。
32:30あたりから〈枯葉〉となり、それが終わって36:38頃からテーマとなり、その直後の、左手はひざに置いたままで、右手だけで速いパッセージを弾く一瞬のソロが素晴らしい。

でも、こうした貴重な録音や動画はビル・エヴァンスに限らずまだきっと存在するのだ。とりあえずそうしたなかのひとつである《Some Other Time》がリリースされたことを喜びたい。《Some Other Time》についてはまたあらためて。

     *

ディスクユニオンには、今、一番売れているアルバムの掲示があるが、11日は《Some Other Time》が1位と2位だった。


Bill Evans/Some Other Time (Resonance Records)
サム・アザー・タイム:ザ・ロスト・セッション・フロム・ザ・ブラック・フォレスト [日本語帯・書き下ろし解説、英文解説全訳付] [輸入CD]




Bill Evans Oslo Rehearsal Tape 1966 Live Video
https://www.youtube.com/watch?v=2mn0hZtVE04
Resonanceの《Some Other Time》PV
https://www.youtube.com/watch?v=I8Di1Y_znmY
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カフェ・モンマルトルのセシル・テイラー [音楽]

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Cecil Taylor, 2012

セシル・テイラーのアルバム《Complete Live at the Café Montmartre》を聴く。
カフェ・モンマルトルはデンマークのコペンハーゲンのライヴハウスで、レコーディングされたのは1962年11月23日と記載されている。
1962年がどのような年だったかというと、前アルバムのビュエル・ネイドリンガーとの《New York City R&B》が1961年1月9日~10日であり、その次には、同年10月~11月にかけてレコーディングされたインパルス盤の《Into the Hot》(1962) というタイトルの、ギル・エヴァンス監修による半分だけセシル・テイラーという妙なアルバムが存在するが、それをカウントしなければ《New York City R&B》と1966年リリースの《Unit Structures》をつなぐアルバムがこのカフェ・モンマルトルである。
つまりユニット・ストラクチャーズに至るまでのセシル・テイラーの音楽の発展途上の記録として重要なライヴであると考えられる。しかしユニット・ストラクチャーズ前夜というにはあまりにそこに至るまでの期間は長く、つまりカフェ・モンマルトルからユニット・ストラクチャーズまでは4年もあるのだ。

ちなみにその時期のジャズ・シーンを見てみると、たとえばマイルス・デイヴィスはギル・エヴァンスとのオーケストラによる《Sketches of Spain》(1960)、《Quiet Nights》(1963) を作っていた頃であり、1965~1966年になると《E.S.P.》(1965)、《Miles Smiles》(1967) のクインテット時代となる。ジョン・コルトレーンは1963年なら《Ballards》だが、1966年にはすでに《Ascension》にまで達しており、翌年亡くなってしまう。
つまり、ごく短期間の間にジャズという音楽がどんどん変容していった時代であり、そうしたなかでマイルスやコルトレーンとセシル・テイラーとの接点はほとんど感じられない (コルトレーンとの《Stereo Drive》というアルバムが存在するが)。それらをジャズというジャンルでひとくくりにするのはややむずかしいような気がする。
またユニット・ストラクチャーズのリリース以前のセシル・テイラーはまだ名前が広く知られていない頃であり、こうした激しい変容のなかで、いわゆる雌伏期であったのかもしれないが、そこだけ時が止まっているようにも思える。

カフェ・モンマルトルのアルバムは、アナログディスクの時代には《At the Café Montmartre》と《Nefertiti, the Beautiful One Has Come》とがあったようだが、後に統合されて《Nefertiti, the Beautiful One Has Come》というCDになった。私が最初に聴いたのもこのアルバムである。
2016年になってSolar Recordsから出されたのが、この日のライヴのコンプリート盤《Complete Live at the Café Montmartre》ということなのでわざわざ聴き直してみようと思い立ったのである。収録曲数は2CDに全13曲となっている。

パーソネルはセシル・テイラーとジミー・ライオンズ、サニー・マレーというベースレスのトリオであり、このピアノ、サックス、ドラムスというフォーマットを真似たのが後の山下洋輔トリオである。
こうして改めて聴いてみると、ジミー・ライオンズのアルトはまだかなり伝統的なフレーズに引き摺られていて、たとえば冒頭の〈Trance〉ではピアノから始まるので、そのヴォイシングはいままでのジャズ・イディオムと異なった印象があるのだが、2曲目の〈Call #1〉では、まずライオンズが吹き始めるために、その最初のフレーズはインティメイトなジャズクラブを彷彿とさせるような懐かしいジャズテイストの感じられるブロウなのだ。だがすぐにその予定調和は崩れていく。何となく無理にアヴァンギャルドさせているようにも感じられるのだけれど。
〈Call #1〉におけるテイラーの音の組み立て方は非常に構造的で、コンテンポラリーな傾向が強い。音楽を牽引しているのはあきらかにテイラーである。

3曲目の〈Lena #1〉を経て長尺の〈D Trad, That’s What #1〉そして〈Nefertiti, the Beautiful One Has Come #1〉へと至る演奏は、比較的録音状態もよく、このアルバムの白眉である。ライオンズのソロも、相当練習したんだろうなぁ、という整然とした積み重ねかたをして迫ってくる。ただ後期コルトレーンのようなパッショネイトな昂揚感はなくて、もっと直截であるがゆえに醒めた情熱のように感じる。その部分が、同じフリーと言われながら最も異なる部分だと思える。
それはコルトレーンの音の複雑性があくまでジャズのルーティンから発展させていったものであるのに対し、テイラーのルーツはブルースと現代音楽にあるように感じられるからである。たとえばマルカンドレ・アムランが古典曲を崩していく演奏を聴いていても、その崩し方の法則性にセシル・テイラーと同じテイストがあるように聞こえる (下記YouTubeのショパンを参照)。
CD2ではリズムが伝統的ジャズ風にスウィングしている曲もあるが、この後、ユニット・ストラクチャーズに向けて次第に確立されていった彼の一種のパルス的なリズムは、ジャズ風にはスウィングしない。ところどころでテイラー独特の低音部における和声の萌芽が聞こえるが、それも伝統的ジャズ本来のテイストとは無縁な音の使い方である。

今回のCDでは収録曲が全13曲に増えているが、追加された3曲は残念ながらカフェ・モンマルトルの録音ではない。追加されたのは次のトラックである。

CD1:
 07 What’s New? [incomplete]
CD2:
 05 Spontaneous Improvisation
 06 Flamingo

CDの表記によれば、この3曲にはベーシストのカート・リンドストロム (Kurt Lindstrom) が加わったクァルテットでのライヴ演奏で、1962年11月、スウェーデン、ストックホルムのゴールデン・サークルとあり、CDに収録されたのは初めてと書いてある。
だがセッショングラフィによればCD2の05、06のレコーディングは 「October, 1962」 とあり、1カ月食い違っている。LPとしては《The Early Unit 1962》というイタリア盤で過去にリリースされたことがあるようだ。
CD1の07についてはセッショングラフィにも記載が無い。これは音が非常に悪く、音もくぐもっていて、音飛びもあり、状態の悪いテープから生成されたものだと思われる。ただ歴史的に考えれば貴重と言えるのかもしれない。これもベースが入っているので、おそらく同じセッションと思われる。したがってカフェ・モンマルトルの音源は今までに出ていた10曲で全部なのだろうと考えられる。

カフェ・モンマルトルが稀有の存在であるわけは《Into the Hot》の録音日が1961年10月10日となっていて、それから上記の1962年のゴールデン・サークルのライヴまで、現在のところ、他の録音が存在しないからだ。さらにカフェ・モンマルトル後も、1965年になるまで彼の録音は存在しない。セシル・テイラーは売れない頃、皿洗いをしていたと述懐しているが、ユニット・ストラクチャーズの1966年まで、不本意ながら彼のそうした仕事は続いていたのだろう。


Cecil Taylor/Complete Live at the Café Montmartre (Solar Records)
Complete Live At The Cafe Montmartre




Cecil Taylor/Call #1, Café Montmartre, 1962.11.23.
https://www.youtube.com/watch?v=KQcf8nVzmCM

Marc-Andre Hamelin/Chopin: Valse du Petit Chien
https://www.youtube.com/watch?v=9XLbOw6WLS0
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