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スター・ウォーズ — ジョージ・ルーカスとリドリー・スコット [映画]

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数日前のニュースでフィリップ・K・ディックの『高い城の男』がアメリカでドラマ化されたのだそうだが、その広告として地下鉄のシートをナチスの鷹の紋章や日本の旭日旗のデザインにして、物議を醸しているとのこと。
『高い城の男』(The Man in the High Castle, 1962) はディックの、alternate history物とジャンル分けされるSF小説で、ドイツと日本が第2次世界大戦で勝った後の世界を描いている。
パラレル・ワールドの一種でもあり、スチーム・パンクも同様の変種と考えてよいが、そうしたなかで最も有名なのが『高い城の男』だと言えるだろう。

YouTubeにあるトレーラーを見ても、見ようによってはかなり危険な画像であるが、つまりナチスに対する賛美でなく単なるマテリアルとしてそのシンボルが出てくるだけでも拒否反応はあるわけで、これをドラマ化するというのはある意味、かなり冒険なのだと思う。
エグゼクティヴ・プロデューサーとして、そのトップにリドリー・スコットの名前があったので、ああやっぱり、と納得してしまった。リドリー・スコットは《ブレードランナー》の監督であるが、それは同じディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』がベースとなった作品だからである。

だが、今、SF映画の話題といえば、もちろん《スター・ウォーズ》である。エピソード7が12月に公開ということで、トレーラーは見られるが、まだそんなに詳しいことはわかっていない。少しずつ、小出しにしてくるプロモーションはいつものことであるが。

スター・ウォーズの中にアーシュラ・K・ル=グィンの『ゲド戦記』の影響が多く見られることはすでに以前のブログに書いたが (→2014年12月10日ブログ)、《フォースの覚醒》トレーラー冒頭にある “Who are you?” “I’m no one.” という応答は、ゲド戦記・2の『壊れた腕輪』(The Tombs of Atuan, 1971) を連想させる。
ゲド戦記・1の『影との戦い』(A Wizard of Earthsea, 1968) で、名前の重要性を説き、相手の真の名前を知るものはその者を操ることができるほどに名前が重要だったのに対し、『壊れた腕輪』ではその名前が無い (奪われた) という状況にあるアチュアンの巫女を描くところからストーリーが始まる。
エピソード7もアチュアンも、どちらも主人公が女性であるところも共通している。
ゲド戦記というとどうしても過去のアニメを連想してしまうが、残念ながらあのアニメよりもスター・ウォーズのほうがル=グィン的なテイストはいかされている。

ルーカスの《スター・ウォーズ》が典型的なSFの明るいセンス・オブ・ワンダーを具現化しているのに対し、リドリー・スコットは負の、暗いイメージとしてのSFのにおいがどうしてもつきまとう。
その時代の2人の作品を時代順に並べてみると入れ子細工のようになっていることに気がつく。

 Lucas: Star Wars [episode 4] (1977)
 Scott: Alien (1979)
 Lucas: The Empire Strikes Back [episode 5] (1980)
 Scott: Blade Runner (1982)
 Lucas: Return of the Jedi [episode 6] (1983)

《エイリアン》は少し際物的なイメージが強かったが、ルーカスのスター・ウォーズ・シリーズへの応答とも思えるのが《ブレードランナー》だと思ってよいだろう。リドリー・スコットは常に、退廃、偽善的未来、絶望、悲哀を語る。
作品としてあまり成功しているとは思えないが、《ブラック・レイン》(1989) でも彼の主題は一貫している。久しぶりの《スター・ウォーズ》の再開時に、規模は違うけれどリドリー・スコットがディック作品でその名前を現して来たのは偶然なのだろうか。

でも《スター・ウォーズ》も作品を重ねる毎に、少しずつ憂愁の色がほの見える部分があるようになってきた。それは単なるスペース・オペラではありませんよ、というエクスキューズなのか、それともアメリカそのものがそういうテーマを欲しているのか、私にはよくわからない。
それと、新宿プラザが無くなった今、《スター・ウォーズ》はどこで観るべきなのかが、もっとよくわからない。誰か教えてください。


Star Wars: The Force Awakens (trailer)
https://www.youtube.com/watch?v=BDvZ9UECfj8#t=122
The Man in the High Castle (trailer)
https://www.youtube.com/watch?v=zzayf9GpXCI
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嵐が丘とテンシュテット [音楽]

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Klaus Tennstedt

テンシュテットのマーラーとよく言われる。でもマーラーのCDは複数にあるし、とりあえずバーンスタインで聴いてるからいいんじゃないかなと思っていた。だが、数合わせで何か買わないと、という時にたまたまテンシュテットのマーラーが目に付いたので買っておいた。ロンドン・フィルである。
データを見ると1977年から86年までのスタジオ録音と1988年から93年までの数曲のライヴ録音という構成になっている。

クラウス・テンシュテット (Klaus Tennstedt, 1926-1998) はドイツ人の指揮者で、旧・東ドイツで活動していたが、1970年に西ドイツに亡命。それ以後に名前が比較的知られるようになる。ロンドン・フィルとの演奏に定評があり、1983年から87年まで音楽監督を務めた。

まず、マーラーの交響曲第1番を聴き始めたとき、指揮者によってこんなにも音が違うということの最たるものとしてこれが例になるのではないかと思ってしまった。
基本的に私は作曲家優先なので、極端にいえば、曲が聴ければ演奏は誰でもいいと思っているのが常なのだが、テンシュテットはそれを思い切り打ち砕く。第1楽章の出だし、カッコウが鳴いてだんだんと明るくなってゆくあたりでも、テンシュテットの音はずっと何かの影を引き摺っている。それは憂鬱の影だ。なぜこんなに暗いのだろうか。

民謡 Frère Jacques (Are You Sleeping?) を元に短調化したメロディから始まる第3楽章の、主題が終わって変奏されていくときの繊細で憂鬱な動き。いつも心はなぜか空しい、呆けていて何もなくて、そんな言葉がずっと持続している。
私は今まで、この第3楽章がちょっと安易で通俗というふうにとらえていたのだが、テンシュテットの音は全然違う。この主題はうらぶれたサーカスのようなイメージで、色褪せた思い出のように頭の中にまとわりつく。

第2番の第3楽章は、冒頭のティンパニに続く弦の表情の付け方に完全に引き込まれる。このリズムと木管のうねりくねるような一瞬一瞬の動きは邪悪で、鳥肌が立つようで、限りなく美しい。その弦や木管の奏でるさりげない邪悪さはバルトークの《中国の不思議な役人》を彷彿とさせる。
第5楽章 Im Tempo des Scherzos (Wild herausfahrend) は異常に長く、バランスから見たらひとつの楽章という長さを逸脱している。
マーラーは陰鬱で、暗く悲しげで不安定な心を現しているが、むしろ明るい曲調のときにその明るさの背景にいつも見える狂気の影のほうが強く訴えてくるものを持っている。明るさはいつも見せかけだ。

第1番から第3番まで聴いて、その先に行けず何度も繰り返し聴き直してしまう魔力がテンシュテットには存在している。

前ブログでケイト・ブッシュのことを書いたのを突然私は思い出す。ケイト・ブッシュの最高傑作は《The Dreaming》だと思うが、それは一種の狂気を伴っているからで、でもデビュー曲の〈嵐が丘〉が、そうしたタイトルが付けられていることについて私は少し不満だった。
〈嵐が丘〉(Wuthering Heights) はエミリー・ブロンテの同名の小説からとられたタイトルだが、〈嵐が丘〉なのならばもっと狂乱じみて破壊的で《The Dreaming》の音のようにダークでなくてはならないはずだ。
むしろこのテンシュテットのマーラーのほうが嵐が丘にふさわしい。なぜドイツの音楽からイギリスの小説を連想したのかわからないが、私が直感的に思ったのはそんなことだ。
エミリー・ブロンテは、たった1作の長編を書いただけで30歳で早世する。エミリーだけでなくブロンテ姉妹は皆、短い生涯であった (長女のシャーロットが38歳、三女のアンが29歳)。エミリーの生前、その作品は通俗的な読者たちからは評価されなかった。エミリーの技法が当時の文学作品としては先進的過ぎたためである。

グスタフ・マーラーの作品は常にまやかしの希望と大量の絶望と孤独に満ちていて、今でこそその作品は有名だが、その当時どれだけマーラーの作品が理解されていたのだろうか。その生涯は、娘 (長女マリア・アンナ) に先立たれ、齢の離れた若き妻のアルマとは次第に心が離れ、彼自身も50歳で死を迎える。極端な絶賛と連鎖する不幸の歴史がマーラーの作品の通奏低音である。femme fatale とも呼ばれたアルマだけが長命であった。

テンシュテットは1985年、ロンドン・フィルとの最も緊密な活動の最中に癌が発見され、治療を続けていたが演奏活動は1993年までであり、1998年に死去した。このコンプリート盤の最後に収録されている第7番のライヴはその最後の年、1993年の録音である。


Klaus Tennstedt/Mahler: Complete Symphonies (Warner Classics)
Mahler: Complete Symphonies Klaus Tennstedt




Klaus Tennstedt & Chicago Symphony Orchestra:
Mahler Symphony No.1, 1st Movement, Live 1990
https://www.youtube.com/watch?v=Lj_T-i2bZm4
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エリック・クラプトン — While My Guitar Gently Weeps [音楽]

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Eric Clapton

記憶とは貯蔵されているものではなく、その時々に新しく採り出されて再生されるシステムなのだという。記憶の素子は生きているから、それは再生される毎に少しずつ変容する。だから記憶は、単なる幻想に過ぎないのかもしれない。記憶の錯綜や美化は演出家次第でどうにでも変化するのだ。

あの頃の切れ切れの記憶が、不意につながってひとつの映像となって甦ることがある。アマチュアのロック・バンド。それはあてどのない毎日と同じような、目標の無いプラクティスに過ぎなかった。幾つもの無為の記録。むしろアフターアワーズの、果てしのない会話やゲームの中にその目的があったのかもしれなかった。

練習日はいつも曇りだった。日差しのある晴天でもなく、雨降りでもない、どんよりと暗いだけの曇り空。彼の住んでいた薄暗い、陽の当たらないアパートの風景を妙に鮮明に思い出す。
いつもは使わない渋谷の練習スタジオをとったことがあって、それは坂の途中にあり、病院のような蒼白な階段を昇って行くと、意外に広いスペースで、グランドピアノが置かれていた。

そのピアノを見て突然、ビートルズの While My Guitar Gently Weeps をやろうということになる。安易な発想。While My Guitar... は、ホワイトアルバムに入っているピアノのイントロが印象的な曲だ。だが、せっかく練習したのに空回りする意欲だけで、結局その企ては潰えてしまう。
ホワイトアルバムは、すでに求心力を失ったビートルズの4人が、それぞれ勝手に作った曲を持ち寄っただけの歴史的な寄せ集めアルバムで、ポリシーが存在しないという面において大人の音楽なので、ガキどもがコピーするのには不向きだった。

彼のアパートの近くにある、よく行くという定食屋にメンバー全員でぞろぞろと入って、遅い昼食を食べながら、今度はクリムゾンをやろうと言われても、それはもっと無理なプランだったように思う。でも実行に移さない前の幻想としては素晴らしかった。あなたが定食屋なるものに初めて入ったというのは、つまりひとり暮らしの孤独な生活を識らなかっただけだからだった。

 Prince’s Trust 1987 の While My Guitar... は、あの印象的なピアノの
 イントロになっていないが、ジョージ・ハリスンもリンゴ・スターも妙
 にコワモテで、自己の音楽への強い意志の力を感じる。
 While My Guitar... も Hotel Calfornia も、昔のギターは皆、啜り泣く
 ものだったのだろうか。[a]

中央線沿線の西荻窪から高円寺までのどこかの駅が最寄り駅だったのだが、でもどこの駅だったのか忘れている、雑然として薄汚れたスタジオに一度だけ行ったことがある。その時、どんなメンバーだったのかも忘れてしまったが、初めて会ったギタリストはタカナカがコピーできると言っていて、「タカナカって誰よ?」 と思って、前もって少し予習していったのだが、それは幾らアマチュアとは言え、完コピという言葉とは隔絶した、まるでダメージ加工して穴の空いたジーンズのようなテクニックのギターで、ギタリストってどうして自信過剰なやつばっかりなんだろう、と心の中で思っていた。
とはいえ、今の時代から見ると、ああした音楽もまたバブルの頃のあだ花とも言えて、きらびやかだけれどまるで味の無いカクテルのように儚くて、でもそうした音が必要とされていた時代があったのだと納得させられる。

でもそのとき、本来やろうとしていた曲はクラプトンの Wonderful Tonight で、ソースは武道館ライヴからのコピー。あまりにそれぞれの音楽の志向が違い過ぎていた。読んでも全然わからないビュトールの Mobile に、何かのチケットの半券がしおり代わりに挟んであった。

 Greatest Version と表記された Wonderful Tonight は、クラプトン
 の髪がまだ長く、レイドバックしていなくて (いや、もう十分にしてい
 るのかもしれないが)、スタンダードのように毎ステージ延々と歌い継
 がれ、繰り返されるたびにどんどん年老いてゆく Wonderful Tonight
 のクラプトンにはまだ達していなくて、そのちぐはぐに見えてしまう中
 途半端さが、歌にも年輪というものがあるのだということを思い出させ
 てくれて、不思議な気持ちになる。[b]

ずっと時代を下った The Red Shoes ならリアルタイムで買ったのを覚えている。それは渋谷のどこかのCDショップで、赤いトウシューズの入っている限定盤というのもあった。なぜかあの頃、CDを買うのなら渋谷だった。渋谷は今よりももっと汚くごちゃごちゃしていて、なんとなく心が安まった。
これは誤解される言い方なのかもしれないが、振り返ってみると The Red Shoes はケイト・ブッシュらしいケイト・ブッシュとしての最後のアルバムだと思う。
アルバム全体のイメージが暗くて、それはつまりタイトルに冠されたアンデルセンの呪いなのかもしれなくて、And So Is Love はずっと抑制され続けるギターが特徴的で、こときれるようにしてそれは終わる。ギターはクラプトン、そしてオルガンはプロコル・ハルムのゲイリー・ブルッカーである。
The Red Shoes はマイケル・パウエル/エメリック・ブレスバーガーの1948年の映画 The Red Shoes からもインスパイアされたとのこと。ああ、中尊寺ゆつこなんて人もいたなぁ、とこれを書きながら突然思い出した (中尊寺ゆつこはマンガ家で、当時ケイト・ブッシュ・ファンクラブ会長だった)。

 アルバム The Red Shoes のパーソネルには、他にプリンス、ジェフ・
 ベックなど。リリース時の1993年頃はプリンスの名前はシンボルマー
 クのようなものだったが、このアルバムには Prince と書かれている。
 Why Should I Love You? がプリンスとのコラボレーション・ナンバー。
 この曲に限らず、プリンスのギターワークはもっと評価されていい。[c]

街がどれほど賑わっていても後味の悪い醒めた記憶のようだった。そしてその頃の音楽への思いは実体が無くて、密閉された箱の中から見た風景のようで、最初から色褪せている。


The Beatles/White Album (Universal Music)
ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)




Eric Clapton/Just One Night (Polydor)
Just One Night




Kate Bush/The Red Shoes (EMI)
The Red Shoes




[a] George Harrison/While My Guitar Gently Weeps
https://www.youtube.com/watch?v=-uk11C5jXW0

[b] Eric Clapton/Wonderful Tonight
https://www.youtube.com/watch?v=qx3EQQQ6yjM

[c] Kate Bush/And So Is Love (Red Shoes)
https://www.youtube.com/watch?v=F4R6LMYTgoc
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細胞の意思 — 森達也『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』 [本]

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Charles Robert Darwin

気鋭の科学者たちへのインタヴューをまとめた森達也の『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』はスリリングで、しかもひとつのテーマに収斂していて、科学について全くシロートである私のような読者にも興味深い内容であり、連載されている頃から興味を持って読んでいた。
ひとつのテーマとは、書名通りの 「私たち人類とは何であるのか」 という素朴な、しかし究極の疑問のことであり、〈私たちはどこから来て、どこへ行くのか〉という言葉はポール・ゴーギャンの作品〈D’où venous-nous? Que sommes-nous? Où allons-nous?〉(我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか/1897-1898) からとられている。

先月上梓されたこのインタヴュー集を、今まだ読んでいる最中なのだが、感じたのは、リチャード・ドーキンスの 「利己的遺伝子論」 からの強い影響力があることである。「生物は遺伝子によって利用される乗り物に過ぎない」 というドーキンスのテーゼは衝撃であり、それによって影響された思考は数多いのではないかと思われる。ドーキンスとスティーヴン・ジェイ・グールドの論争を念頭に置いて、森達也の各科学者へのアプローチは、むしろドーキンス的な考え方に対する懐疑とか不信から発しているようにも思える。
もちろん、だからといって単純に反ドーキンス的な発想なのではなく、「でも、そりゃないよ」 とでも表現してしまえるような、あまりに整合性を持って言い切ってしまうドーキンスに対する原初的なぼんやりとした不満が感じられるし、それは読者である私自身もそうであった。
それともうひとつ、キーワードがあるとすれば、それはさらに素朴なことだがダーウィニズムをどのように捉えるかということである。

だが逆に、宗教と科学ということについての考えさせられる提議は、今、この世界に起こっていることや身近なことごとと引き合わせてみるたびに納得させられることが多い。
第1章は生物学者の福岡伸一との対話であるが、そこで森は科学の限界性を突く。

 何よりも、最も基本的な命題である 「なぜ何もないではなく何かがある
 のか?」 については、科学はほとんど答えることができないでいる。
 (p.22)

科学が発達すればするほど――たとえば地球という環境の特異性は増すばかりであり――神学はかえって揺るぎないものとなって、その存在証明が強化されるという部分があるのだという。最先端の科学者が、ともすると神秘的なものに惹かれたりするのもその一環なのだ。
ドーキンスが無神論者であり、そうした全ての神秘的なもの、偶然、暗合などを排除することによる整合性は明快だが、むしろ整然とし過ぎていて、そこに何らかのアンチテーゼを唱えたい思考が働いてしまうのも確かである。

ダーウィンが『種の起源』を書いたのはメンデルの遺伝子の発見より前であり、ダーウィンに突然変異という発想は無かったのだという。ただ、ダーウィニズムの自然淘汰や適者生存という考え方は資本主義と相性がよく、それらはつまり市場原理なのだと言われると思わず納得してしまう。

第1章の福岡伸一との対話で興味深かったのは、エピジェネティクス (epigenetics) という考え方で、チンパンジーとヒトのゲノムの差異は2%しかなくて、でもその2%は特異な遺伝子が2%あるのではなく、遺伝子のセットが変わらなくても、onになる順番とか、タイミングとか、それぞれのボリュームが変わることによって変化がおこるのだという。それを遺伝子の発現と称するのだそうだ。

少し間を飛ばしてしまうが、面白かったのは第4章の生物学者・団まりなとの対話である。
団まりなは細胞などについて話をするとき、擬人化した言葉で語るのだという。だが科学の分野において擬人化というのは一種の禁忌だということだ (でも、そう言いながらドーキンスの 「生物は遺伝子の乗り物」 って擬人化そのものだと思うのだが)。それで私は嫌われる、と団は笑う。単に科学的な常識にとらわれているだけでなく、団が女性であるということへの偏見もあるのだと断定する。
しかも団の擬人化は、単なる比喩ではなく、実際に細胞そのものに意思があるのだとする見方なのだ。生物には脳があるからそこで思考できるのであって、脳の無い細胞に意思などというものはないとする常識的な考え方を、それは単なる物理的でメカニカルな視点に過ぎず、でもそれだけでは説明できない現象があるのだという。
細胞自体が、全体を脳のように活用して生きているのだという。それは一種の本能のようなものと考えてもよいのだろうか。

細胞の原核とハプロイド、ディプロイドにに関する説明も面白かった。ハプロイドは染色体が単体1セットの細胞のことをいい、ディプロイドは2倍2セットの細胞のことをいう。ハプロイドは無限に増え続けるがディプロイドは分裂回数に限りがある。限りがあるということは死があるということで、細胞が複雑になればなるほど、それは寿命を持つようになるということである。なぜ生命は、限りがあり、いつかは死んでしまうという不利な条件を受け入れたのか。
また、団は生命の脆さに関して語る。なぜこんなに貪欲に生に執着するのに、簡単に死んでしまうものなのだろうという疑問。

なぜ生命に寿命があるのかということについて、森は追求しこだわるが、それについての答えは各学者によって各様だ。全能者=神という概念を安易に持ち出さないことによる思考。それが科学なのだとあらためて思う。

団まりなとの対話の最後に追記があって、彼女はこのインタヴューの翌年 (2014年) に急逝したのだと書かれてあった。細胞分裂には限りがあるということについて、寿命のある生命ということについて改めて考えさせられるし、そのことについてセンチメンタルなのかもしれないが茫然とするしかない。


森達也/私たちはどこから来て、どこへ行くのか (筑摩書房)
私たちはどこから来て、どこへ行くのか: 科学に「いのち」の根源を問う (単行本)

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チェリビダッケを聴く [音楽]

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Sergiu Celibidache

チェリビダッケは影の人である。
最も興味を持ったきっかけはHMVのトピックスにあった鈴木淳史の記事である。それは1992年のブルックナー7番、確執のあったベルリン・フィルとの38年振りの演奏のBDの映像に対する解説であった。鈴木淳史によればそれはチェリビダッケにとっても、ベルリン・フィルにとっても、双方が満足できていない演奏で、けれどそれゆえに 「その両者の拮抗がウネリとなって、強烈な瞬間をところどころに聴かせる演奏になった」 のだという。
これって穿った見方をすれば、失敗作だから買うなというニュアンスにもとれるのだが、そうだとするとかえってどうしても見たくなるような、人間の好奇心につけ込むような上手い解説であった。

そのチェリビダッケの Warner Classics盤のいわゆる《Celibidache Edition》というのが廉価だったので今、聴き始めているところだ。なぜ 「いわゆる」 かというと、HMVでもtowerでもamazonでもそのような表記になっているが、実際のパッケージにはどこにも editon という文字が見られないからだ。でもわかりやすいので Celibidache Edition と呼ぶ慣用に従うことにする。

セルジュ・チェリビダッケ (Sergiu Celibidache, 1912-1996) はルーマニア人の指揮者で、第2次大戦後、ナチ協力者として指揮者の職から遠ざけられたフルトヴェングラーにかわってベルリン・フィルの後継指揮者コンクールで優勝し、デビューしたのがそのキャリアのはじめである (フルトヴェングラーの戦時下の動画は→2015年10月18日ブログにリンクしてあるが、これを見るとハーケンクロイツの圧政がリアリスティックに感じられ、フルトヴェングラーがナチ協力者と名指しされたのも仕方がないような印象を受ける)。
しかしチェリビダッケは尊敬するフルトヴェングラーのために奔走し、彼をベルリン・フィルに返り咲きさせることに尽力しながらも、自らはベルリン・フィルとの関係性を悪化させてしまう。その結果としてフルトヴェングラーの死後、その後継はカラヤンに渡ってしまい、チェリビダッケはローカルなオーケストラを渡り歩くことになってしまったのである。陽はカラヤンにあたり、チェリビダッケは常に曇り日の道を歩いていた。

彼の指揮は、特に晩年になってからの特徴として、まずテンポが 「遅い」 ということがよく言われる。また生前、演奏を録音してそれがメディアになって世間に流通されることを極端に嫌ったため、レコードやCDが少なかった。そのためコンサートでしか聴くことのできない幻の指揮者と言われ続ける。死後、多くの録音が発売されたがそれも厳選されていて、まだ多くの録音が公開されていないということだ。

Celibidache Edition の Symphonies というセットにはハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ブラームス、シューマンの交響曲群が収められている。ベートーヴェンはその交響曲のほとんどが収録されているが第1番だけなくて、そのかわり第4番が2つある。
まずこのベートーヴェンを聴いてみる。CD3というディスクには第2番と第4番がカップリングされていて、第2番もとても良いが、この第4番ともうひとつの第4番 (CD5に収録) の2つを聞き比べてみるのが面白い。それぞれ1987年と1995年の録音で、後者は最晩年の演奏であるが、まず世評にあるテンポ設定が 「遅い」 ということについて、そんなに遅くはないんじゃない? と私は思う。演奏時間で物理的に比較すれば遅いのかもしれないが、音楽のスピード感というのは相対的なものであって、たとえば晩年のカール・ベームは本当に遅くて、そのままどんどん遅くなって指揮棒持ったまま死んじゃうんじゃないか、と不謹慎なことを考えてしまうくらいだった印象があるが、チェリビダッケはそういうふうには遅くないのである。

この2曲の第4番では、1995年のほうがすごくチェリビダッケである。特に第2楽章など、おいおい、そーゆーのあり? ってくらいにあちこちに仕掛けがあって、聞こえないはずの音が聞こえたり、くっきり感が妙に鮮明なところがあったりして、私が連想した比喩は、すでによく使われている表現だが、グレン・グールドの指揮者版だということであった。最初は 「ええっ?」 と思うのだが、次第に慣れていくとそれがとても心地よい。
でも第5番だと、トリッキー過ぎて、ちょっとあざといかな、と感じてしまう部分もある。このへんの境界線がむずかしくて、でも極端な緩急の違い、強調感の違いを武器としてリスナーに迫ってくるところもグールドに似る。
ブラームスの第1番 (CD10) も、第4楽章のゆったりくっきりとした造形が 「至福のブラームス味」 となって、それは上質な料理とか酒類のようで、心に次々とまとわりつく。私にはブラームスの第1番の規範としてフルトヴェングラーがあるが、こういう第1番もありだなとも思わせられてしまうのがチェリビダッケの魔術なのかもしれない。

グールドはコンサートを拒否してスタジオに籠もりその録音のみが彼の表現形態であったが、チェリビダッケは逆に複製して再生される音楽を拒否しコンサートに全てを賭けた。それらは正反対のように思えて実は同一なのではないかとも思う。
チェリビダッケはブルックナーを得意としていたが、私は比較的ブルックナーが苦手なので、チェリビダッケの解釈がどうなのか、今、急激に興味が湧いているところだ。


Celibidache Symphonies (Warner Classics)
Celibidache: Symphonies




Celibidache/Mozart: Requiem (rehearsal)
https://www.youtube.com/watch?v=yiM0Yr4cXBE
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真実のサンプリング — ピアノのこと [雑記]

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ピアノには消音ピアノという種類があって、某有名メーカー (と一応書いておくことにする) の商品名でいうとサイレントピアノというのだが、普通のアコースティク・ピアノの内部に装置を取り付けてピアノの生音を出さないようにし、その代わりにヘッドフォンで音が聞こえるというしくみである。
ピアノは鍵盤を押すとハンマーという部品が弦を叩いて音が出るのだが、そのハンマーを寸止めにして (音が出ないようにして)、代わりに鍵盤を押したという信号を内蔵の電子音に変えてヘッドフォン端子から出しているのだ。サイレントにするかしないかは簡単に切りかえることができる。

私の家のピアノはこのサイレントピアノなのだが、消音にすると鍵盤のストロークがやや変わるし、出てくる音もちょっとなんかなぁ、という感じなので、もちろん夜だったら利用するけれど、基本的にあまり使いたくはない。
だからヘッドフォンからの音を真剣に聴いたことがなかった。

ところがこの前、なんとなくヘッドフォンからの音を聞いていたら、調律が少し合ってないような気がする。全部のキーではなくて、このへんの音域だけ違和感があるという感じ。
たまたま調律をする時期だったので、調律師さんに電子音は調律できるのかどうか聞いてみた。でも、そんなことできるわけない。音はサンプリングされた音なので最初から決まっている音です、ということ。そりゃそうですよね。
そもそもピアノは平均律なのだから完全に音が合うわけはないとか、そういうムズカシイことではなくて、単純に、ちょっと調律が合ってないなぁということです。

さて、調律が終わってから調律師さんに聞いてみると 「狂ってました」 とのこと。あー、やっぱり。
説明によると、サンプリング音は、グレードの高いグランドピアノなどの音をサンプリングしてそれをサイレント用の音にしているのだそうだが、たぶん1音1音録るらしく、そのときの元の音となるピアノの調律が少しズレていたのではないかとのこと。とは言っても調律の誤差の許容範囲内で、調律なんて高音部を作業してから低音部を作業しているうちにまた高音部はズレてくるものだし、逆に多少ズレているほうがピアノの音が 「わぁあぁ~ん」 と広がった感じになってピアノっぽい、という捉えかたもあるらしい。
つまりこのピアノと同機種のピアノに積まれているサンプリング音は皆同じようにちょっとズレている音だということになる。ウチの機種はもう随分古いので、最近の機種ならサンプリングの方法だって進歩しているし、きっと違う音源が載っているのだと思う。

そんなこと指摘したのは私が初めてらしくて、「耳が良いからわかるんですね」 と言われたのだけれど、このくらい誰にでもわかるはずで、ただ、そんなことあるわけないという先入観があるから気づかないし、気づいても、あまり誰も何も言わないのかもしれない。結論としてサンプリングされている音なんて結構アバウトなんだということです。アバウトなのがナマ楽器テイストということでもあるし。

最初から電子ピアノとして製作されている機種の場合は、PCM音源みたいなのなら、こうしたことは起こらないはずだ。そもそもサイレントピアノは、本来のピアノのハンマーアクションをそのまま転用しているので、音が出ないとはいいつつも、ガシガシと結構うるさい。思い切りフォルテシモで弾くと、ハンマーが寸止めの範囲を越えて振れるため、少し弦が鳴ってしまったりする。家の外にまで音が漏れないだけで、室内ではその近くで安眠はできないだろう。
だから音を出したくないということだけで考えれば、純粋な電子ピアノのほうが有利。ただサイレントピアノの鍵盤のタッチは、やや変わるとはいえアコースティク・ピアノそのものだから、それが唯一の、しかし最も重要な利点である。クラヴィナントカはどんなに高級品でもアコースティク・ピアノにはなれない。

調律されたばかりの生ピアノの音と比較したら、違和感はさらに増加してました。生音とサイレント音とを切り替えて聞くと (どのように表現したらいいのかむずかしいのだが) 各音の間隔が違うような感じがする。けれどそれは瞬間的なもので、すぐに慣れる。
まぁそんな細かいこと言っても楽器の音なんてすぐに狂ってくるものだし、だからといってピアノは自分で調律できないので、自分で調律できる楽器に較べると、やや不利なのかもしれない。

調律師さんは、他の楽器のことにも詳しくて、調律終了後、最近の業界事情などの話でメチャメチャ面白くて異常に盛り上がったが、書くと差し障りがありそうなこともあるので書きません。
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本がそれ自身で語り始めようとするとき — 寺山修司とバルトーク [雑記]

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(left to right) Josef Szigeti, Béla Bartók and Benny Goodman
recording Bartok’s “Contrasts” in 1940.

新聞に《レミング》の新聞広告が載っていた。《レミング》は寺山修司の戯曲で、生誕80年という惹句とともに演劇を中心とした幾つかのイヴェントがリストアップされている。2013年の公演の配役を替えた再演であるがパブリシティは踏襲されていて、ポスターに使用されている画はブリューゲルのバベルの塔で、ブリューゲルにはもっと普通の明るい雰囲気のバベルの塔もあるが、これは負のイメージを持っているほうのバベルの塔だ。たぶん狸の棲んでいるバベルの塔である。

つい最近、生物学系の本を読んでいたら 「レミングの暴走はディズニーのヤラセだよ」 ということを遅まきながら知って、レミングという言葉から連想するイメージを修正しなければならなくなった。寺山がこの本を書いた頃、彼はレミングに対してどんな認識を持っていたのだろうか。

バルトークの3つの舞台音楽は彼の作品のなかで特殊な位置を占めている。オペラ《青髯公の城》、バレエ《かかし王子》、パントマイム《中国の不思議な役人》はそれぞれ異なるジャンルのための音楽であり、具体的な舞台での上演という目的のために作られながら、内容はやや抽象的でありながら蠱惑的であり、それはバルトークの最もダークで性的なイメージを垣間見せる。《中国の不思議な役人》(Der wunderbare Mandarin/A csodálatos mandarin) の内容が非常識で不謹慎であるという評価にさらされたのは有名な話だ。
寺山に《中国の不思議な役人》と《青ひげ公の城》という同名の戯曲があるのは、その不道徳さと背徳感が寺山の嗜好と想像力を刺激したからに他ならない。

たまたまCDが見当たらなかったのでYouTubeにあった小澤征爾の《中国の不思議な役人》を聴いてみた。冒頭のオーケストラが静まってクラリネットのたゆたうようなソロが始まり (楽譜[13])、それに導かれてオーケストラがトゥッティでリズムを刻み始める部分 (楽譜[16]) が私はとても好きで、ストラヴィンスキーっぽい感じもするが、でもこのリズムはすぐに静まる。この美しさは比類がない。

寺山修司の演劇については以前にも書いたことがあるが (→2013年04月23日ブログ)、彼の戯曲/台本はひとつのプランであるという見方を私はしてきた。そうした方法論はかつて安部公房も試みたことがあるし、それは演劇においては明確に認識できるが、彼の他の作品の方法論の全てが実はそうなのではないかという気がする。したがって寺山修司作品の、ある程度まとまった納得のいく全集はいまだに存在していないと私は思うし、おそらく今後もそれが出されることはないだろう。なぜなら本とかディスクという媒体だけでその作品を格納するのはむずかしく、そこに現出するのはある一面からの虚像であって寺山修司の全体像ではないからだ。
むしろ自らの実像を現さないために彼はそのような方法論を採ったのではないかと思われる。

たとえプランであっても、もう戯作者本人はこの世にいないのだから、それをテクストとして演劇を成立するしかないのだろう。ピアソラはいないがピアソラの音楽は残ったように、次善の策であるかもしれないが、寺山の戯曲もシェークスピアのようにして残らざるをえないのかもしれない。どのようにアレンジメントされてもその本質が変わらない核のようなものをそれは備えているからである。それはどのようにしても寺山修司の影を持つフレキシビリティがありながら、どのようにしても寺山修司そのものではない。

《レミング》のサブタイトル 「~世界の涯まで連れてって~」 という言葉も、安部公房が唐突に提示した 「世界の果」 (「ガイドブック」) という言葉からの引用なのではないかと、ふと考えてみた。


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Seiji Ozawa/Bartók: Concerto for Orchestra, The Miraculous Mandarin
(ユニバーサルミュージッククラシック)
バルトーク:管弦楽のための協奏曲、バレエ「中国の不思議な役人」




PARCO STAGE/レミング
http://www.parco-play.com/web/play/lemming2015/

Seiji Ozawa/Bartók: Der wunderbare Mandarin
http://www.nicovideo.jp/watch/sm21685709

注1) バベルの塔の狸とは安部公房『壁』(1951) に収録されている 「バベルの塔の狸」 からの連想である。「ガイドブック」 は1971年の安部公房の戯曲。『安部公房全集』第23巻 (1999) に収録されている。
注2) バルトークの Contrasts (1938) はクラリネット、ヴァイオリン、ピアノのための作品。これにチェロを加えればメシアンの Quatuor pour la fin du temps (1940) と同じ編成になる。偶然とはいえ、どちらもクラリネットの音色がその重要なファクターとなっている。Quatuor pour la fin du temps (時の終わりのための四重奏曲) の成立の経緯についてはリチャード・パワーズ『オルフェオ』のブログですでに書いた (→2015年10月09日ブログ)。
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