So-net無料ブログ作成
検索選択

夕焼けみたいに沈む気持ち、あるいは過去の歌の記憶 [音楽]

sottebosse_151031.jpg

最も幼い頃の記憶の中に祖母に連れられて行った場所の記憶というのがあって、たとえば桜木町とか田原町という駅の名前が今でも覚えている記憶のひとつだ (桜木町とはJR根岸線横浜駅のひとつ隣の駅、田原町というのは地下鉄銀座線浅草駅のひとつ前の駅である)。
その記憶は断片化していて、かすかに残る当時の風景の記憶もほとんど消えていて、もはや記号化された抽象的な単語となってしまっているので、だからその言葉を聞くと横浜とか浅草というその具体的な場所の記憶というよりも、祖母との楽しかった頃のことを思い出す一種の触媒として私の記憶に作用する。

今から思うとなぜあんなに煩雑に桜木町に連れられて行ったのかが謎なのだが、たぶん何か仕事の用件があって行かなければならなかったのだろうけれど、それを聞きたくてもすでに祖母はこの世にいないのでそれは永遠に謎のままだ。とりあえずその用事が済んでしまうと祖母にも開放感があるのが幼い私にもわかって、その後はついでにちょっと遊ぼうというのがいつもの流れ。明るい港の風景のような記憶が甦りそうになることもあるが、それが私の幼い頃の本当の記憶なのか、それとももっと後の記憶があたかもその時のことだったように強引に関連づけられたものなのかもよくわからない。

山崎まさよしの〈One more time, One more chance〉という曲の歌詞の中に桜木町という言葉が出てくる。「いつでも捜しているよ どっかに君の姿を 明け方の街 桜木町で」 という部分を初めて聞いたとき、それは衝撃的な不意打ちだった。その歌詞の内容とは無関係に私の中の古い記憶にその 「桜木町」 という言葉が作用して、懐かしさのような、私にだけわかるごく内省的な幼い頃の空間が立ちのぼってきたような気がした。
でもそれは山崎まさよしの歌ではなくて、Sotte Bosseのカヴァーを聞いたときのことである。

Sotte Bosseの歌の記憶も、もう随分過去のことになってしまったとあらためて思う。ヴィレッジヴァンガードという雑貨店で繰り返しかかっていた《Essence of life》はあの店の雑多な商品と雑然とした雰囲気の中で、ふと耳をそばだたせるなにかを持っていた。「あれ誰が歌ってるの?」 というような口づてでだんだんと評判が広がっていったように覚えている。カヴァーの流行の一端を担ったともいえるだろう。
その《Essence of life》の7曲目に〈One more time, One more chance〉が入っていた。

歌は、必ずしもその曲や歌詞に共感するから記憶しているということばかりではなくて、その曲あるいはその曲を聞いた時に共有していた自分の過去の記憶とシンクロして、記憶から呼び覚まされるということもあるのではないかと思う。
《Essence of life》はあの時代を切り取るためのハサミなのだ。

Sotte Bosse と同じ頃だったか、それともそれよりちょっと後の記憶としての Perfume の曲の幾つか。テクノライクにもかかわらず〈I still love U〉はその中で少しだけ異質で、なんとなく和風な印象として残っているのはきっとその歌詞のせいだ。
ゲンズブールの〈Cargo culte〉の歌詞について考えていたとき、バンジャマン・バルーによれば、その書き方はアルチュール・クラヴァン (Arthur Cravan, 1887-1918) の提唱していた〈prosepoême〉に近いのだという (韻が行を重ねる毎に次第に強くなること、または次第に弱くなることを理想とする手法をprosepoêmeと名付けた)。少なくともフランス語詞の形式において、すべては韻があるかないかの違いにあり、韻が最も重要だが (ゲンズブールは内容よりも韻だと考えていたはずだ)、日本語の詞にはそのような韻がない。そのかわりにごく微少な助詞の使い方の違いなどで印象に差異が生じる。〈I still love U〉はそうしたかたちの詞で、抽象的でありながら、しんとした感情の機微が見え隠れする。ときどきトニック・マイナーで終わるべきところがトニックになったりする小さな仕掛けも含めて、それは柔らかな言葉のように見えながら、いつまでも残る過去の痛みに近い。

最近識ってハマッてしまった Chvrches のアルバム《Every Open Eye》のジャケットデザインを見ていたら、これってglobeの《Relation》だと気づいた。ネットにもそうした意見が載っていて、基調の色は違うけれど、デザインコンセプトが《Relation》と同じで、でもオリンピック・ロゴのようにパクリじゃなくてglobeに対するリスペクトなのだと思う。それは音の作りかたについても同様に言える。
リチャード・パワーズの『オルフェオ』で作曲家エルズが 「音楽理論の中に音楽の本質はなく、音楽はまず模倣なのだ」 と悟ることとそれは同質なのだ。

でもそうした幼い頃のそんな記憶はいつも記憶の表面にあるわけではもちろんなくて、いつもは、ずっと深いところに沈んでいる。それは胸にしまいこむ遠い記憶である。


SOTTE BOSSE/Essence of life (Essence of life)
Essence of life




Perfume/トライアングル (徳間ジャパンコミュニケーションズ)
トライアングル(初回限定盤)




http://tower.jp/item/2572147/

Chvrches/Every Open Eye (Hostess Entertainment)
Every Open Eye (Deluxe)




Sotte Bosse/One more time, One more chance
https://www.youtube.com/watch?v=WPkW_E62Gns

Perfume/I still love U (live 2009)
https://www.youtube.com/watch?v=s0JHAqI1QUw

Chvrches/Leave a Trace (Pitchfork Music Fes 2015)
https://www.youtube.com/watch?v=ZQoXwGu15HI
nice!(82)  コメント(7)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

1977年、Ghosts、山下洋輔 [音楽]

YosukeYamashita_151027.jpg

ふと、山下洋輔のCDを見つけたので聴いてみた。《Ghosts by Albert Ayler》というタイトルで、録音データは1977年05月23日、ドイツでのライヴ録音である。
Klaus Kühne at “Jazz in der Kammer,” Deutsches Theater Berlin となっているが、Deutsches Theaterは1850年に建てられた劇場で、1977年だとまだ東ドイツの頃だ。

オフィシャルサイトのバイオグラフィによると山下の初ヨーロッパ・ツアーは1974年であり、メルス・ジャズフェス、リュブリアナ・ジャズフェスなどで大ウケして、以後しばらくは毎年のように渡欧するようになった頃。1976年からドラムスが小山彰太に変わり、そのトリオでの演奏の記録なのだが、オフィシャルのディスコグラフィにはこのディスクは掲載されていない。
1977年のリストでは《アンブレラ・ダンス》が1977年06月16日にドイツのルドヴィヒブルクでの録音となっているから、それより3週間ほど前のライヴである。
内容は〈キアズマ〉と〈ゴースト〉の2曲だが、CDのジャケットの曲順は逆になっているし、ドラムスの小山彰太は Shoichi Koyama と表示されているしグズグズだ。でもブートではないと思う。リストに無いのは、たぶん日本盤が出ていないからだろう。

音はくっきりとしていてデッドで、想像していたよりも意外に音がクリアでシンプルで、そんなにグチャッとしていない。もっと破壊的な、音の洪水みたいなものを想像しているとそんなことはなく、山下のピアノも和音の重なりによる重層的な音が出てくることはあまりなくて、サックスとピアノのラインのからまり合いという印象を私は持った。
たとえばオーネット・コールマンの《At the “Golden Circle”》はオーソドクスとまでは言えないけれどスウィングしていてダーティな音もなく、ごく正統的なジャズに近く聞こえると私は以前書いたことがあるが、この山下&坂田の音も、ある意味それに似ていて各音の配列がアヴァンギャルドなだけで、構成自体はごく単純で昔からのジャズ・イディオムなのだということがはっきりとわかる。だからあくまでジャズであって現代音楽ではないのだ。

つまりそれは一種のステロタイプで到達地点が決まっているので安心して聴けてしまうのかもしれない。水戸黄門で最後には必ず印籠が出てくるのに似ている。
セシル・テイラーの場合も生じるカタルシスは似ているが、到達地点がちょっと違う。安心しないように工夫されている部分がある。あえて工夫していないからそうなってしまうのかもしれない。

ただ、山下トリオの演奏は観客にはかなりウケている。この〈ゴースト〉は坂田のインプロヴィゼーションの中に童謡の〈赤とんぼ〉が出てくるので有名なのだが、たぶん東ドイツのリスナーにはそんなことはわからなくて、アドリブの中での偶然に生成されたメロディくらいに思っているのだろう。
ただそれは結果としての単純なカタストロフィではなくて、山下のピアノにはそこに至るまでに意外に整然とした音で積み上げていく部分があって、そのピアニスト対管楽器奏者の対抗のしかたはセシル・テイラーのグループに見られる構造と同じだ。スピードだけで対抗しないで和音で重ねていこうとするが、その音がまだ若くて、1977年のヨーロッパという時代を感じさせる。

山下の著書の中にこの日のライヴについて書かれている個所がある。

 三年後の今年 [1977年のこと]、別のルートで今度は東ベルリンでコン
 サートをやった。満員の聴衆はほとんど若者で、その反応はすばらしか
 った。よく知っている聴衆だということがすぐ分かる。東ベルリンでは
 西側のラジオの電波は容易に受信できる。我々の演奏も何度かラジオで
 流れた。(『ピアノ弾き翔んだ』徳間書店、p.114)

だがその後に、当時のいかにも東ドイツらしい逸話が書かれている。演奏後、楽屋にやってきた東ドイツのジャズ・ピアニストが、西側のフェスティヴァルに招待されたので役所に許可してもらうように申請したものの連絡が来ず 「なしのつぶて」 だったこと。山下トリオのように西側から東に入ることはできるが、東から西に行くのは相当困難だったということがこのことからも推察できる。きっとそうした不条理を当時の彼らは何度も味わってきたのだろう。
スターリンの頃のソヴィエトほどではないにしても、芸術というものに対する迫害が必ず存在していたのだ。クラシックならともかくわけのわからないジャズはアヤシくて危険だとする狭隘な偏見の思想が根底にある。それは何かわからないもの/理解しがたいものを頑迷な規律というもので束縛しようとする圧力であり、東ドイツは幸いなことに統一されて無くなったが、まだそうした恐怖政治とねたみやそねみを利用した密告で人の心を縛ろうとする国が無くなったわけではない。

この山下のライヴで異様に盛り上がるリスナーには、そうしたプレッシャーから逃れたいとする切実な希求があったからなのに違いないとこの録音を聴きながら思う。このライヴから12年たってベルリンの壁は無くなった。だが今でも幾つもの見えない壁が世界には依然として存在している。


Yosuke Yamashita Trio/Ghosts (East Wind)
http://www.amazon.fr/Ghosts-Yosuke-Yamashita-Trio/dp/B00A8D7X9K

山下洋輔/ピアノ弾き翔んだ (徳間書店)
ピアノ弾き翔んだ (1978年)




Yosuke Yamashita Trio/Ghosts
1977.05.23.
Klaus Kühne at “Jazz in der Kammer,” Deutsches Theater Berlin
https://www.youtube.com/watch?v=xOt_cJMLCsc
nice!(83)  コメント(3)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

リチャード・パワーズ『オルフェオ』を読む ― fugue [本]

RichardPowers_151023.jpg
Richard Powers (www.stanford.eduより)

リチャード・パワーズ『オルフェオ』を読む (→2015年10月09日ブログ) の続きです。

パワーズがこの小説の中で繰り返していること、それは音楽とは何か、なぜ音楽というものが存在していて、それを必要とする人々が存在しるのかということである。それは比較的早い段階にエルズの言葉によって明確に語られている。

 音楽は “何か” そのものであって、何かを “意味” しているのではない、
 と。(p.79)

これは後に、やや言葉をかえ 「音楽は何かについて語るものでは」 なく、「音楽自体がその “何か” なの」 だとも書かれていて (p.208)、また 「文法はあるが、辞書はない。何かは分かるが、意味はない。差し迫ってはいるが、必要性はない」 のが音楽であるとも言う (p.234)。
そうした音楽に対する姿勢は 「音楽というものは何かをするわけではない。小麦の上の埃よ。砂漠の中の砂よ」 というネルーダの詩句にその源泉があると考えられる (p.403)。

主人公のピーター・エルズという作曲家は、音楽について深く真摯に相対するゆえに、現代音楽という、小難しい音楽を追究すればするほど誰にも理解されず、自分では軽薄だと思う曲やオリジナリティのない模倣性の勝る曲であると思っていたもののほうが一般的リスナーに受け入れられてしまうことの矛盾を感じながら、その生涯を過ごしてきた。
音楽は結局何も伝えられないし、自分が最も伝えたかった音楽は誰にも聴かれなかったのだということをエルズは悟る。それは彼が人生を70年も過ごしてきたときにわかってきた諦念だ。そして木々の葉の葉脈の中に発見したような自然の中にあらかじめ含まれている音楽は誰にも聴かれず、ただそのものとして在るのみなのだ。その虚しさと美しさをエルズは認識する。それは自分がこれまでやってきたことのアナロジーを発見したことでもある。

 曲がどんな働きをするか。私には全くわからない。おそらく何もしない
 だろう。ひょっとすると、それがそこに存在することさえ、人は忘れて
 しまうかもしれない。結局のところ、ただの歌にすぎないのだから。
 (p.396)

「ただの歌に過ぎない」 という表現に、音楽を最も直裁に語る透徹した響きがある。
自然の音楽は、それが自然であるゆえに自然で、ひっそりとそこに在る。聴かれるために音楽はあり、聴かれなかったらそれは音楽ではないとする顕示欲的な音楽認識とは対照的な地点にそれはある。
諦念とは人間的感情であり、自然は卑俗な感情を持たない。それは隔絶した孤高の美学である。つまりオークの葉脈のリズムに達するまでのエルズの道程は、手垢にまみれたこの惑星の音楽という消費財の再生産活動に過ぎなかったのかもしれない。それはあの 「遠い惑星」 とは無縁の腐敗物だ。

だから 「人間は地獄と取り引きをするために音楽を使う」 (p.364) というフレーズには、地獄から妻を取り戻そうとして、その最終過程で失敗してしまったオルフェオ (オルフェウス) の神話を想起させるよりも、物欲や名誉欲のために音楽さえも利用しようとする、すべてが経済システムの範囲でしか成立しない現代の人間社会へのあきらめがあるのだ。対価で換算するしか表現のしようがないものは本来のクリエイトという言葉から限りなく遠く、芸術ではないからだ。

小説の中に頻出する作曲家などの固有名詞とそのエピソードは、エルズの、というよりパワーズの嗜好と視点が見えて興味を引く。
メシアンの収容所における《時の終わりのための四重奏曲》成立までの描写が、音楽の訴求力とその限界点について冷静に語っていることは言うまでもないが、メシアンが子どもの頃、『アスタウンディング・ストーリーズ』を夢中で読んでいたという話 (p.135) は本当のことなのか、もし本当だとしたら、少し意外過ぎて微笑ましい (『アスタウンディング・ストーリーズ』とはSF創生期の頃のアメリカのパルプ・マガジンの誌名である。その頃のSFは通俗とステロタイプな冒険活劇に満ちていて、必ずセクシュアルなイメージを伴う読み物であった。Science Fiction ではなく、Sexual and Fetishism である)。
SFを連想させる描写は終盤のボナーのいる病院の描写にもあって、「施設全体が恒星間宇宙船を舞台にしたSF物語みたいに感じられる」 (p.375) という個所はA・E・ヴァン・ヴォートの『宇宙船ビーグル号の冒険』(The Voyage of the Space Beagle, 1950) のイメージのように感じられる。

メンデルスゾーンに対するエルズの視点あるいは敵意も面白い。
エルズと離婚したマディーは、すぐに堅物の学校長チャーリー・ペネルと再婚するが (p.236)、エルズの知らないところですでに再婚する路線は決定されていたようで、エルズは突然のことにうろたえる。そしてエルズは知り合いを辿って、2人の結婚式がベタなメンデルスゾーンの楽曲で占められていたことを知るが、そこには嫉妬と軽蔑が混在しているように読める。
エルズがリチャード・ボナーと初めて会話したとき、ボナーのプロフィールは次のように説明されている。「彼は昨シーズン、老人ホームを舞台にした妙な『真夏の夜の夢』を演出し」、そして反戦デモにはインド人傭兵の扮装をして参加していたというのである (p.150)。もちろんここで話題にされている『真夏の夜の夢』はシェイクスピアの戯曲のことであるが、音楽のジャンルにはメンデルスゾーンの同名の曲が存在する。
このボナーの『真夏の夜の夢』への執着は、ストーリーの終わりに近く、アルツハイマーになって入院している病院内でのリハビリの一環として、患者 (新薬の被験者) 同士で『真夏の夜の夢』を暗記して応答し合う、というシーンが描かれている (p.372) ところにもあらわれている。
単純にシェイクスピアだけを考えてもよいかもしれないが、なぜわざわざ『真夏の夜の夢』かと考えると、メンデルスゾーンに対するスタンスが見えてくる。つまり大衆受けしていて、上品で、非のつけどころのないメンデルスゾーンというアイテムに対するエルズとボナーの心情と理解の屈折度が現れている。
以前のブログに私はトマス・M・ディッシュの『歌の翼に』について書いたが (→2014年02月01日ブログ)、〈歌の翼に〉もメンデルスゾーンの歌曲である。こうした扱われかたにメンデルスゾーンの普遍性と大衆性を知ったような気がする。

エルズとマディーの間にセーラが生まれて、それから2人が離婚に至るまでの短い幸せな期間、エルズとセーラは2人で毎日、曲を作る遊びをして過ごしていた。そのことを、すでに心の離れていたマディーは父と幼い娘との好ましい交歓と思わない。それは前にすでに引用した 「[妻は2人の作曲遊びを] 金のかかる自堕落なガラス玉遊戯として見ているのだ」 (p.209) という言葉に示されている。
この 「ガラス玉遊戯」 という言葉は、もちろんヘルマン・ヘッセの同名の小説 (Das Glasperlenspiel, 1943) のタイトルを引用しているのだと思われるが、ヘッセには『ロスハルデ』(Roßhalde, 1914/湖畔のアトリエ) という芸術小説がある。『ロスハルデ』は画家と、不和となった妻と、そしてその間にいてどちらにもかわいがられる男の子という関係性で成り立っている。画家には芸術と普段の生活との葛藤があり、にもかかわらず絵画を描くことに没入してゆく芸術の魔力について書かれた作品だと思うが、『オルフェオ』を読みながら私が連想したのはまずこの『ロスハルデ』だった。
『ロスハルデ』の場合、その末路はもっと悲劇的で、そうした悲しみの上に芸術は成立しているように見える。そして『ロスハルデ』の悲劇性はヘッセの人生の一種の投影でもある。同じくヘッセの音楽を描いた『ゲルトルート』(Gertrud, 1910/春の嵐) よりも『ロスハルデ』のほうが、芸術家の心情の強さが顕著であるし、それはパワーズの芸術に対する姿勢にも通じる。

そしてこの 「ガラス玉遊戯」 という言葉は、ショスタコーヴィチについて語る部分での形容、「オルフェウスの遊戯」 という言葉と重なる。次の個所である。

 エルズは車を夕日に向けて走らせながら、一九三六年の火炎嵐へと突進
 していった。オルフェウスの遊戯においてトップの座にあった大胆な作
 曲家。聡明で、いつも予想を超えたことをし、万人に尊敬された人物。
 『ムツェンスク郡のマクベス夫人』は二年の間、ほぼ完全な絶賛を得て
 いた。(p.308)

しかしスターリンの大粛清が起こり、ショスタコーヴィチもその批判に晒される。そのような歴史的迫害を思い出しながら、そしてショスタコーヴィチの5番を聴きながら、エルズは車を運転し逃亡を続けているのだ。ショスタコーヴィチへの迫害と自分に降りかかってきた災厄が重なっているような思いにエルズが捕らわれる描写が続く。

逃亡の中で、ニューメキシコ州のさびれたモーテルに泊まったとき、シャワーを浴びながらエルズは突然バルトークの幻影を聴く。

 タオルで身体を拭いているとき、バルトークの『管弦楽のための協奏曲』
 の偉大な夜の歌が聞こえてきた。あまりにはっきり聞こえるので、隣の
 部屋から壁越しに聞こえているのだと彼は確信した。彼は立ち上がり、
 耳を澄ました。派手な金管楽器に彩られたその曲は、前世紀の荒っぽい
 ゴミ焼きから救い出す無類の値打ちがあるように思えた。こんな曲を作
 る人間は当然、この世に生きる権利がある。しかし、曲は慈善事業の一
 環として依頼されたもので、作曲家はそれから一年半後、赤貧の中で亡
 くなり、葬儀に参列したのも妻と息子を含め、わずか八人だった。
 (p.344)

バルトークは第二次大戦の中、ハンガリーの劣悪な政治状況から逃れるためアメリカに移住したが、アメリカは約束の土地ではなく、彼はほとんど認められることもなく白血病で亡くなる。バルトークの人生にはメシアンやショスタコーヴィチよりももっと救いがない。

エルズが作曲家としての道をあきらめ、大学に勤めて、地味な音楽を授業をしていたとき、彼は自分がごく初歩的な音楽に現れるセオリーについて自分が知らないことに思い当たる。

 彼は一年生に最も簡単なことを教えようとし、自分がそれを知らないこ
 とに気付いた――なぜ偽終止を聴いた聴衆の胸が切なくなるのか、ある
 いはどうして三連音符がサスペンスを生むのか、あるいはなぜ関係短調
 への転調によって世界が広がるのか。(p.337)

それは最も通俗で基本的な音楽の中に、音楽の本質が隠れていることを意味する発見である。葉脈の中にナチュラルな (ナチュラルの?) 音楽が隠れているのとそれは重なる。
高邁な音楽理論の中に実は音楽の本質は無いということは、エルズが山小屋に籠もったとき、体系 [システム] を捨てること、独創性 [オリジナリティ] でなく模倣なのだ (p.245) と悟ったことにも通じる。

そしてエルズの人生には、何人かの、エルズにとって印象的な女性が存在していて、それが彼の行く道へのガイドとなっている。もちろん最初の女性はクララで、しかしエルズにマーラーを教示したはずの彼女は結局、古楽の中に自分のポジションを見つけて安住してしまったように見える。エルズはイギリスで再会したクララに対して 「彼女からは神々しさが失われていると気づく」 (p.256)。

 二時間にわたる紋切り型の音楽は、二十世紀まで再び現れることのない
 奇矯ではかない音句と驚くべき和声に満ちていた。どこまでが作曲家の
 力量不足で、どこからが隠れた才能なのか、エルズには判別できなかっ
 た。しかし、それはどうでもよかった。その夜のコンサートは、永遠に
 忘れ去られていたかもしれない不揃いな真珠を次々に見せた。(p.256)

それはスウェーリンク (Jan Pieterszoon Sweelinck, 1562-1621) の曲で、「不揃いな真珠」 という表現はバロックの語源であると同時に、クララの性格とその人生を暗示している。コンサートの後に行ったクララの部屋に 「まだ全く無名だったアルヴォ・ペルトの手にキスをする三十九歳の女」 (p.262) の写真をエルズが見つけるのもそのあらわれである。エルズはペロタンの宿る過去の闇にクララを置いて去ってきたのだ。

エルズの娘セーラは、幼い頃はエルズと毎日、曲を作って遊ぶが、やがて《ミクロコスモス》を弾くようになり、マディーとの離婚後、成長してニューヨークにやってきたときは破れTシャツを着てザ・クラッシュの〈ロンドン・コーリング〉を聴いている (p.240)。さらにエルズが山小屋に籠もっていたときには、やかましい音楽を聴いてルービックキューブで遊ぶようになっている (p.245)。だがそうした子供時代の反抗期を越えて、20歳になる頃、再び父と会うようになる (p.340)。そしてエルズがセーラからもらった犬がレトリバーのフィデリオだったのだが (p.363)、音楽を理解する利巧な犬だったそのフィデリオが死んだところからこの小説は始まっているのだ。
セーラはマディーと異なり、エルズを理解しようとしている。

逃避行の末にエルズはマディーとも会う。そしてマディーに告げるのだ。

 君とセーラを捨てて音楽を選んだのは間違いだった。たとえ世界を変え
 るためとはいえ。(p.330)

それがエルズの本心なのかどうかはわからないが、彼の語った音楽観である 「差し迫ってはいるが、必要性はない」 が事実なのだとすれば、音楽は究極には必要が無いのだという諦念であるともとれる。
セーラに対するエルズの思いは 「これが私の作った唯一まともな曲だった」 (p.402) という言葉にすべて集約されている。つまりストーリーの中に流れているのは一人娘への愛情であり、子育ての記録でもあり、それはセンチメンタル過ぎる結末にもつながる。
エルズが14歳の時、父親が急死し、それ以後彼は継父にも慣れ、マディーとの結婚と離婚を過ぎ、そして結局ひとりになってしまうが、セーラやボナーがいるとはいえ、その触れ合いは薄かったり間歇的だったりして、エルズの生涯はその芸術観と同様に孤独である。

また、何度も衝突と和解を繰り返すボナーとの生涯の関係は友情というものの記録でもあるかもしれないが、そうした結論にしてしまうと、輝かしかったはずの芸術論的構造が急に安っぽく色褪せてしまうようにも思えるので知らないふりをすることにする。
ボナーという人物への私の印象はまるでセルゲイ・ディアギレフのようで、だとするとエルズは当時の作曲家の誰か、たとえばモーリス・ラヴェルとかそのあたりなのかもしれない。

エルズとボナーが出会って、マディーに歌わせようとしていたエルズの〈ボルヘス・ソング〉を早速演劇化しようと試みるエピソードから私が連想したのは、なぜかクルト・ヴァイルの《三文オペラ》だった。ブレヒトとボルヘスでは随分違うような気がするが、違わないようにも思える。

パワーズが頻出させるノスタルジックな固有名詞はハンナ・バーベラの〈フリントストーン〉とか〈ジェットソン〉までならなんとかわかるが (p.150)、〈チュー・チュー・チャーリー〉(p.151) となると謎である。まるでハーラン・エリスンの〈ジェフティは五つ〉(Jeffty is Five, 1977) のようだ。本物の固有名詞の中にウソが混入しているところも同様である。そうした固有名詞の多さを楽しめるのかどうかもパワーズを読む鍵なのかもしれない。


リチャード・パワーズ/オルフェオ (新潮社)
オルフェオ




《追記》
朝日新聞2015年10月25日に大竹昭子さんの本書の書評が掲載されています。簡潔で本質をとらえている明快な書評で、当ブログの100倍は良い内容です。ネットに公開されていますので是非ご一読ください。
http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2015102500012.html
nice!(75)  コメント(6)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

ビル・エヴァンス《Conversations with Myself》を聴く [音楽]

BillEvans_151021.jpg
Bill Evans with Monica Zetterlund, 1966 (thebillevans.tumblr.comより)

ビル・エヴァンスには《Conversations with Myself》(1963) というアルバムがあって、サイドメンのいないひとりだけの演奏であるが、単なるソロピアノではなく、自分のピアノを重ねた多重録音によって成り立っている。
ジャズ・マニアには、そのようにして編集された音はジャズじゃないという意見もあって、つまり一発で録った演奏のみが優れたジャズであるとする考えらしいのだが、クラシックでもつぎはぎエディットするのはカラヤン以降はあたり前だし、ライヴ録音でさえ編集されている盤があるし、ジャズでもマイルス・デイヴィスの《In a Silent Way》が編集による完成形であることはよく知られた事実である。

ということでビル・エヴァンスのこのアルバムは、ジャズという音楽の〈1回性〉を重視するリスナーにとっては邪道なのかもしれないし、自分の弾いた音を聴きながら、さらに自分の音を重ねるという方法論がナルシスティックだという批判もあるようだ。
また、1961年のヴィレッジ・ヴァンガード・セッション直後にスコット・ラファロを失って、その精神的打撃からエヴァンスがなかなか回復できなかったから内省的な音楽に偏ってしまったというような伝説もある。
そうした伝説に騙されて、私も聞き返してみることがあまり無かったのだが、でもそうした見方は単に先入観と推測だけで語られていることに過ぎなくて、実際にこのアルバムを聴いてみると、かなり違った印象を受ける。

まず全体の大雑把な印象は強いアタックとスウィング感があって比較的スピードのある曲が多く、そしてクセのあるセロニアス・モンク曲が3曲もあるあたりから、エヴァンスが目指していたのは耽美とか内省ではなくてむしろ実験的/挑戦的な色合いが濃いと思われる。
ヴィレッジ・ヴァンガード・セッションの翌年、1962年のデータを見ると、ジム・ホールとのデュオ《Undercurrent》を経て、《Interplay》《Loose Blues》といった管を加えたセッションアルバムがあり、模索といえばそうなのかもしれないが、単なるピアノトリオだけに頼らないアプローチを実験していたともとれる。

アルバム最後のトラックの〈Sleepin’ Bee〉はその後のアルバム《Trio 64》でも取り上げられ、そして1968年の《at the Montreux Jazz Festival》でも演奏されているメリハリのある佳曲である。この曲で締めくくられているのは次につながる前向きの明るさがエヴァンスの心情にあるように感じられる。

だがそうした中で唯一、暗いとまではいえないのだが、やや異質な演奏がある。7曲目の〈N.Y.C.’s No Lark〉だ。マイナーを基調とした音は気怠くて、なんとなく不穏な空気を漂わせ、いつものエヴァンスの手クセとはやや違うジャズ的でない音が混じる。終末部で、ほんの一瞬ものすごく速いパッセージが幾つも交錯し、終わりらしくなく終わる。

アルバム《Conversations with Myself》セッションは1963年2月6日にまずこの曲が録音された。〈N.Y.C.’s No Lark〉はエヴァンスの自作曲で、そのタイトルは Sonny Clark のアナグラムである。
ソニー・クラークはビル・エヴァンスよりやや先輩のピアニストで、1951年にピアニストとして仕事を始め、1953年にはテディ・チャールズ、アート・ペッパー、バディ・デフランコなどのアルバムに加わり、1955年に自身最初のアルバム《Oakland 1955》をリリースした。大ヒットアルバム《Cool Struttin’》が発売されたのは1958年である。
対して、ビル・エヴァンスの1st《New Jazz Conceptions》(1957) が録音されたのは1956年の9月、2ndの《Everybody Digs Bill Evans》が発売されたのは1959年3月である。
だがソニー・クラークは薬の過剰摂取がもとで1963年1月13日に31歳で亡くなっている。つまりエヴァンスの〈N.Y.C.’s No Lark〉はソニー・クラークの死から約3週間後に弾かれた、彼のためのレクイエムなのだ。

ソニー・クラークはサイドメンとしての録音が多数あるが、リーダー・アルバムはそんなに多くない。《Cool Struttin’》もアメリカでは日本ほど有名なアルバムではないとのことである。
私が好きなのは《Cool Struttin’》より前に発表されているピアノトリオのアルバム《Sonny Clark Trio》である。ピアノの鍵盤の線画を無造作に重ねて配置したブルーノートらしいデザインのジャケット。冒頭のガレスピーの曲〈Be-Bop〉の速いパッセージに惹かれる。
音がときどきこぼれたり完全に弾き切れてなくて、左手はコード (というより単音だったりする) をシンプルに鳴らすだけ。リズムも不安定だったりするのだが、その全体的な雰囲気がノスタルジックで心地よい。

ビル・エヴァンスはどうしてもそのコードワークと繊細なピアニズムばかりが強調される傾向にあるが、その力強いタッチが彼のもうひとつの顔であり、それはすでにジョージ・ラッセルのオーケストラにおけるエヴァンスのアプローチの項で書いたが (→2014年10月09日ブログ)、右手だけでどんどん弾いていく手クセのあるラインのなかにエヴァンスの真髄があるような気がする。そしてそれはソニー・クラークの、端正でなくむしろときどき破綻するような、けれどどこまでもストレートなラインに通じるものがあると思う。
〈N.Y.C.’s No Lark〉の最後に現れる急速なパッセージはそうしたクラークへのリスペクトであり憧憬でもあるのだろうが、エヴァンスは全く崩れることなく弾き切ってゆく。
その頃のジャズシーンには短命なジャズメンが多い。それゆえに一瞬の音のひらめきは鋭く心に突き刺さりいつまでも残り続ける。


Bill Evans/Conversations with Myself (Polygram Records)
Conversations With Myself




Sonny Clark Trio (Blue Note Records)
Sonny Clark Trio




Bill Evans/N.Y.C.’s No Lark
https://www.youtube.com/watch?v=-G3-yUZEh-E

Sonny Clark/Be-Bop
https://www.youtube.com/watch?v=WFwSumEDj24
nice!(61)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

クリュイタンスのラヴェルその他 [音楽]

Cluytens1965_151018.jpg
André Cluytens (1965)

Venias盤のクリュイタンス・ボックス vol.1の続きです。

クリュイタンスのベートーヴェンの第9番は第1楽章の入りかたがすごく洗練されているというか、ちょっとクールで異質な音に聞こえて、9番シンフォニーの怒濤のイメージからは少し外れている。そもそも9番というのはベートーヴェンが作曲した最後の交響曲でしかも合唱が付いているという特殊な曲であるということだけでなく、フルトヴェングラーのバイロイト盤が9番のイメージそのものをかたちづくっているわけで (少なくともたぶん日本の昔からのクラシックシーンにおいて)、もうベートーヴェンは完全に聴力を失っていたから彼の音楽は魂の叫びであって云々というような惹句の付きそうな、ベートーヴェンのパッショネイトな部分が9番という曲には確かに存在するのだけど、でも音楽って、特にクラシックと区割りされるジャンルは、そんなTVのバラエティ番組の解説みたいなのとは少し異なる位置にあるはずなのだと思う。小学生向けの伝記本じゃないんだから。

クリュイタンスのリズムというのは独特で、この9番においても、インテンポなんだけれどそれでどんどん押し切っていくというのとは違って、回り始めてしまった車輪をそのまま抵抗なく回してやるというか、作為的に音を作っていくのでない方向性がとても印象に残る。
それが爽やかとか軽いとかいう形容にすると全然ズレてしまうので、アクがなくて聞きやすいという印象がある。巨匠なのに 「オレがオレが」 みたいな自己主張があまりない。ベルリン・フィルのベートーヴェン全集はクリュイタンスとの録音が初めての全集なのだという。

ベートーヴェンの全集では、私はバーンスタイン盤を持っていて、バーンスタインはマーラー全集もあるのだが、どちらも全部聴くとへとへとになってしまうような気がして、もちろん内容的には格調高い名盤なのだけれど、全部を通して聴くようなことはまずない。でもクリュイタンス盤ならベートーヴェンは簡単に聴けてしまうような気がする。もっともマーラーに関しては、クリュイタンスには《さすらう若者の歌》があるくらいで、交響曲の録音があるのかどうかは知らない。たぶん録音はしていないのではないかと思う。

さて、vol.1の6枚目以降はいかにもクリュイタンスらしさの漂うフランスものが並んでいる。
ベルリオーズの《幻想交響曲》はフォーレの《レクイエム》とともに、クリュイタンスのもっとも有名なレパートリーだが、vol.1に収録されているのはどちらも有名なほうで、幻想が1958年フィルハーモニア管、レクイエムが1962年パリ音楽院とのセッションである。
というのは、vol.2のセットにはそれぞれの同曲の別録音、1955年パリ・オペラ座管、1950年コロンビア管の録音が収録されているからである。つまりvol.2はほとんどモノラル期の録音の集成といってよい。

《幻想交響曲》は何年か前に廉価盤で出ていたのを買った覚えがあるのだが、今あらためて聴いてみると、そんな最近に聴いた記憶ではなくてもっと昔から何度も聴いていたdéjà-vuみたいな記憶があることに気づいた (音なのだからvuと言うのは少し変だが)。
音の記憶というのは曖昧そうでいて意外にシビアな部分があって、たとえばクラシックなら、すでに知っている曲の場合、それが聞き慣れた演奏であるか、それとも初めて聴く演奏なのかは、すぐにはわからなくても次第にわかってくるものなのだと思う。それでこの《幻想》を聴くと明らかに手垢のつくくらい何度も聴いた感触がある。それは音の輪郭のそこここに見知ったかたちで現れる。でも私はごく最近、廉価盤を買うまでこのディスクは持っていなかったはずなのだ。だとしたらどこでその既知感のある記憶が生成されたのだろうか。どこかで何回も繰り返し流されていたのを無意識に聴いていてそれが潜在的に残っていたとか、いろいろ考えてみたがよくわからない。
自分の記憶なんて、自覚もなく無意識のうちに簡単に捏造したり消去したりできるのかもしれない、と考えてみたりする。

でもともかくこの《幻想》は、いまでもこの曲のスタンダードなのだと思う。《幻想》を聴きながらその音楽から湧き出てくる幻想をそのまま絵にしたような石ノ森章太郎のコミックがあったことを唐突に思い出した。
今から考えるとごく稚拙なイメージなのかもしれないが、《幻想》とはそうした視覚に翻訳するのにもわかりやすい雰囲気と構造を持っている。学校の下校時に流されるドヴォルザークほどポピュラーではないにしろ、十分にありふれ過ぎている曲で、なによりも強烈に具象的だ。
それはベルリオーズの次のディスクに収録されているムソルグスキーとかボロディンにもいえて、たとえば《禿山の一夜》なんて、普段ならわざわざ聴くことなんて絶対にない曲だが、こうして流れのついでに聴いてみるとそのカリカチュアライズされたわかりやすさが、ちょっと新鮮である。どうしてもディズニーの昔のアニメのシーンなどを連想してしまうのだけれど。

モーリス・ラヴェルの作品が比較的多く選択されていて、順番に聴いていくとそれはdisc 9のフランクの交響詩4曲の後の《亡き王女のためのパヴァーヌ》から始まる。もはやライト・クラシックあるいはBGMに近い印象を持ってしまってそうした先入観で聴いてしまいがちだが、この曲のラヴェルの真の美しさは、アンニュイとか耽美とは無縁のところにあるというのが改めて感じられる演奏のように思う。
それは同じ有名曲の《ボレロ》にも言えて、一定のリズムの反復と冒頭から次第にクレシェンドしていくオーケストラがこの曲の特徴だが、スネアのリズムはとてもくっきりとしていて、やや大きめでメリハリがあり、繰り返されるパターンが単なる循環するリズムではないように聞こえる。クレシェンドもそんなに大げさでなく、それでいてきちんと曲の全体像は崩れることなく次第に膨れ上がりmaxになって終わる。
ベートーヴェンの演奏と同じで、クリュイタンスはリズムに対する感覚がとりわけ鋭いように思える。無闇に揺らしたり特異なことをしないけれど、その音の作り方にクリュイタンスのなかにある一定の持続するリズムがいつも関与しているような印象がある。

ラヴェルは他に《ダフニスとクロエ》《クープランの墓》《マ・メール・ロワ》などがあるが特に《ダフニスとクロエ》にクリュイタンス独特のアプローチを感じた。クリュイタンスを通して 「時計職人」 的とも言われるラヴェルのオーケストレーションの精緻さが感じられる。

Venias盤はデータの記載法がやや分かりにくくパッケージも簡素だが (紙ボックスがビニールコーティングされていないので、カドがこすれて色がとれる)、何より廉価なのが取り柄。amazonだと高価ですがHMVなどでは3,000円くらいで買えます。


André Cluytens The Collection vol.1 (Venias)
アンドレ・クリュイタンス・コレクション 1957-1963録音集




André Cluytens The Collection vol.2 (Venias)
アンドレ・クリュイタンス・コレクションvol.2 1952-62Recordings




ショスタコーヴィチとクリュイタンスの共演
Dmitri Shostakovich & André Cluytens/Shostakovich: PIano Concerto No.1
https://www.youtube.com/watch?v=nVDJAdeWE1U

関係ないけど、たまたま見つけたフルトヴェングラーの戦時中の動画
Wilhelm Furtwängler/Wagner: Die Meistersinger (live 1942)
https://www.youtube.com/watch?v=3rM96_RS1Os

クリュイタンスのベートーヴェン [音楽]

cluytens_151014.jpg
André Cluytens

Venias盤のクリュイタンス・ボックスが2セット出ていて、とりあえず買っておいたのを聴き始めたら、すごいです。
このVeniasというのは過去の名盤の再発を専門にしているようなレーベルなのだが、パッケージの表紙も個別のジャケットも全く同じデザインで、シンプルに曲名と演奏者が記載されているだけで、無愛想といえば無愛想なんだけれど、でもとりあえずこのクリュイタンス盤はこれで十分。なぜなら内容が素晴らしいから。

アンドレ・クリュイタンス (André Cluytens) といえばフォーレのレクイエムを筆頭としたフランス物のオーソリティという印象があるが、そうした先入観を見事に打ち砕いてくれたのがベートーヴェンの録音である。
ベルリン・フィルによるベートーヴェンの交響曲全集は1957年から60年にかけて、ベルリンのグルーネヴァルト教会におけるセッション録音である。あまり期待しないで聴き出したら、古さを感じさせない演奏にびっくり。それに音もそんなに悪くない。むしろとても自然で、最近の録音における、ともするとエグさの際立つ色づけがない。

構成は1枚目のCDが第1番と第3番、2枚目が第2番と第4番というようにひとつ置きの奇数−奇数、偶数−偶数という組み合わせで収録されている。今、4枚目の第6番/第8番を聴いているところだが、世評ではこの第6番が名演だということだ。私の感想では第2番が特に印象に残ったが、でもどの曲も遜色なく高い水準の演奏ばかりである。第1番、第2番という最初のほうの曲をこれだけ聴かせてしまうのは非凡であり、クリュイタンスの解析力が並でないことがよくわかる。

音楽の流れはそんなに重たくなく、だからといって軽薄なわけではない。トリッキーな強調とか、えっ? というような妙な解釈もない。それでいて全体の音の姿にキレがあって、スタイリッシュなのかもしれないが、理知的で健康なベートーヴェン像が表出している。
アタマをかきむしるようなベートーヴェンでなければイヤというリスナーには向かないかもしれないが、私はこれはひとつの傑出したベートーヴェン解釈だと思う。
たとえばエーリヒ・クライバーとかカール・シューリヒトだと正統派なんだけどやや古くて辛いかも、という個所が無いわけではなくて、でもカルロス・クライバーだと良いのだけれど時々、えっ? という部分があるので、そういうことを勘案するとこのクリュイタンス盤はスタンダードとして聴くのに、意外にいいのかもしれないとも思ってしまう。

よく知られていて、録音数も飛躍的に多い第5番/第7番をどのように振っているのかと期待していたら、期待以上の音だった。こういうふうな5番はなかなか無い。被虐的で深刻でなく、それでいてベートーヴェンの苦悩がかたちづくられて再現される。指揮者ってこういうものなのか、とも思うが、それよりもなによりも、ベートーヴェンの譜面の書き方がいいのに違いない。あたりまえだけど。
5番って悲劇と絶望のような第1楽章ばかりが強調されがちだけれど、後の楽章にいけばいくほどその未来への確信の強さが強調されるというか、第1楽章はそこへの導入のための長いプレリュードなのだと感じる。

それでくだんの第6番。私が最初に聴いた6番はフルトヴェングラー/ウィーン・フィルで、それは叔母の持っていたレコードだったのだが、まだ小学生だった私はそれを繰り返し聴いていたので、どうしても最初に聴いた音の刷り込みっていうのはすごく影響力があると思うのだが、このクリュイタンスの6番は簡単にそれを凌駕する。もちろんフルトヴェングラーが悪いと言っているのではないのだが、印象が極端に違う。これを言葉にするのはむずかしい。すごく抽象的にいえば田園風景が立体的なのである。ちょっと眠くなる6番というのが今までの私の6番の印象だったのだが、それは平面的な映画のようにして風景を見ていたためなので、風景の中に入り込んで行けるのなら眠さは感じないはずだ。そして第8番の第2楽章の軽やかさにも、第6番に通じる何かがある。
8番まで聴いてきて気がついたのは、クリュイタンスの特徴はそのリズムにあるのだと思う。決して停滞しないリズム。晩年のベームの引き摺るようなリズムとは対極的なリズム。もしかするとカルロス・クライバーより私にとって好ましいかもしれないクリュイタンスのリズムにほとんど陶酔してしまいそうになる。

後半のディスクにはベートーヴェンなどの小さめの曲、つまり序曲などがまとめられていて、またウィーン・フィルとのムジークフェラインでの演奏の断片 (つまり1楽章だけの演奏録音) も収録されているが、まだ聴いていない。どのように違うのかを聴いてみるのも楽しみである。

リチャード・パワーズの『オルフェオ』は愛犬の死から話が始まるのだが、犬の名前はフィデリオというのだ。なぜフィデリオなのか、と考え出すとすべての小説は推理小説になってしまう。
安心してください。クリュイタンス・ボックスには、フィデリオ序曲ももちろん入っています。


André Cluytens The Collection vol.1 (Venias)
アンドレ・クリュイタンス・コレクション 1957-1963録音集




André Cluytens The Collection vol.2 (Venias)
アンドレ・クリュイタンス・コレクションvol.2 1952-62Recordings




André Cluytens/Ravel: Daphnis et Chloé
https://www.youtube.com/watch?v=r0jnd3Gtun0
nice!(65)  コメント(3)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

リチャード・パワーズ『オルフェオ』を読む ― prélude [本]

RichardPowers_151009.jpg
Richard Powers

リチャード・パワーズの『オルフェオ』(Orfeo, 2014) は読了してからもう一度最初に戻ると、ああここに書いてあったのか、というように推理小説の伏線風な構造が見えてきて、思わず 「してやられた」 感の湧いてくる楽しさがある。

基本になっている現在進行形のストーリーは単純だ。主人公ピーター・エルズは売れない現代音楽の作曲家、教鞭をとっていた大学特任教授の仕事も辞し、「アメリカン・クラフツマン様式の家に暮らす、物静かな年配の芸術家 [ボヘミアン]」 (p.6) である。
彼は日曜 [DIY] 生物学の趣味もあって、設備機材を揃えているが、細菌を培養しているのではないか、バイオテロを行おうとしているのではないかという嫌疑をかけられ、留守中に家宅捜索をされてしまう。難を逃れたエルズは家に帰らずそのまま逃避行の旅に出る。

もう一つのストーリーは、その逃避行の間に挟まれるエルズの幼い頃からのクロニクルであり、その過去の回想の記述の量のほうが多く、小説の根幹となっている。そうしたエルズの歴史には、その時々の実際の社会の話題が、ごく最近の事件 (9・11とか3・11) までも含めて織り込まれ、その中にエルズの生涯という虚構がはめ込まれたかたちになっている。
何よりも現代音楽という、一般的視点から見ればごくマイナーな音楽ジャンルに深くかかわってきたピーター・エルズというパーソナリティの造形が興味深い。それは同時に、おそらくパワーズ自身の音楽に対する拘泥や共感と捉えてもよいだろう。

子どもの頃から、エルズは周囲の人々の興味と相容れない自分を見出す。スポーツも、映画も、テレビ番組もつまらないものに思えてしまう。

 ピーター・エルズは十三歳までに、アメリカという名の8気筒の空気力
 学的熱情と袂を分かつ。もはや自分の趣味が人を当惑させても何とも思
 わない。彼が必要とするのは数学とモーツァルト。あの遠い惑星へ戻る
 ための地図だ。(p.25)

彼は兄・ポールやその友人たちによって〈ロック・アラウンド・ザ・クロック〉などの当時流行していたロックンロールを無理矢理聴かされるが、エルズにとってロックは繰り返しの多い、単純過ぎるコードだけを用いた音楽でしかなく、つまらないと思うばかりなのだ。

高校生の時、エルズはチェロを弾くクララ・レストンと知り合いになる。彼女に自分と同類の 「遠い惑星からやってきた」 においを感じとったのだ。ツェムリンスキーのクラリネット三重奏曲を弾くクララ。
クララはエルズにマーラーの《亡き子をしのぶ歌》を聞かせる。エルズはそれまで、たぶん一般的にはまだ評価の定まっていない、というよりは悪評のあったマーラーを避けてきたが、それがきっかけでマーラーにのめり込む。マーラーがリュッケルトの詩にのめり込んだのと同じように。それは 「エルズに初めて音楽の仕組みを教え」 (p.36) てくれた曲だった。
クララは生意気なマーラー評をエルズに言う。

 この曲は調性の死を告げる弔いの鐘なの。(p.41)

彼女はトールキンの描くエルフのようで、常に先導して新しいものを見つけてくる才覚を持ち、エルズは彼女に影響され翻弄される。クララには他に友人がおらず、エルズとクララとは常に触発される2人だけの閉じた世界を持つことになる。

 愛の古代汎大陸 [パンゲア] のうち、海面上に残されているのはわずかに
 二つの島のみだ。八百年前のコンドゥクトゥスをまるでニュースフラッ
 シュのように聴くクララ・レストンについて彼が覚えているのは、子供
 が書いた五分の歌に収まる程度のことだった。クララ以前はどんな曲も、
 彼を傷つける真の力を持たなかった。クララ以後、彼はあらゆる曲に危
 険を聴き取った。{p.46)

彼はクララに聴かせるために、あるいは彼女を驚かせるために曲を作るようになるが、そうした2人の関係性は、クララがイギリスに留学したことによって突然終わりを告げる。しかし、幼い恋だったのかもしれないが、クララがエルズに音楽に対する興味を開眼させたこと、作曲することの興奮を覚えたことは、終生、エルズにとっての指針となる。
マーラーがアルマ・シンドラーに送った交響曲第5番のアダージェットの楽譜の意味するものに、エルズが自分とクララとの関係性のアナロジーを見出したこともあるのかもしれない。アダージェットはみだらな官能がやがて裏切りとなり死に至る道すじの表象であり、ヴィスコンティがマーラーを擬したアッシェンバッハに、テーマ曲のようにして用いたのも同様の理由による。

クララと別れたエルズはイリノイ大学で学ぶが、そこは著者パワーズが学んだ大学である。彼はイリノイ大学を 「大平原 [プレーリー] のダルムシュタット」 と形容している (実際のドイツのダルムシュタットは第2次大戦後、1947年から現代音楽に関する活発なセミナーが開催された、現代音楽 (の作曲家) にとっての総本山のような場所である/ダルムシュタット夏季現代音楽講習会 Internationale Ferienkurse für Neue Musik, Darmstadt)。

時はジョン・F・ケネディが暗殺された頃、ローリング・ストーンズやビートルズが擡頭してきた時期であった。エルズはエド・サリヴァン・ショーでビートルズを見るが、彼のビートルズ評は 「伝染性の高い七の和音」 (いわゆる7th) の使用が若者をしびれさせる要因なのであり、またビートルズはシュトックハウゼンを盗んでサージェント・ペパーズを作ったという辛辣さである (p.109)。

マーラー以後にエルズがシンパシィを持った作曲家はメシアン、ショスタコーヴィチ、そしてバルトークであった。彼等の名前から感じられる共通項は迫害と不幸の歴史である。
パワーズが音楽史の一断面として挿入したエピソード、オリヴィエ・メシアンがドイツ軍の捕虜収容所で書いた《時の終わりのための四重奏曲》(訳者はこの曲のタイトルを、慣用となっている 「世の終わりのための……」 とせず、fin du tempsをそのまま訳し 「時の終わりのための……」 とした、とある) の生成過程の記述は長く、その時代の黒く重い影を映していて、メシアンへのシンパシィとリスペクトに満ちている。(p.119)
捕虜であるメシアンに曲を書かせようと便宜をはかるドイツ軍の収容所の所長。捕虜をも聴衆に含めた演奏会で、結局その曲の反応は微妙だった。それは1941年1月15日のことだった。

 凍て付く空気の中で最後の音が消え去るとき、何も起こらない。とらわ
 れの聴衆は黙ったまま座っている。そして沈黙の中では、畏怖と怒り、
 当惑と歓喜、その全てが同じに聞こえる。ようやく、拍手が起きる。濃
 緑色のチェコの軍服に木靴という格好の捕虜たちが再びこの世に降り立
 ち、ぎこちないお辞儀をする。(p.129)

1967年の暮れにエルズはマディー (マドリン・コア) と出会う。彼女はエルズの難曲を歌ってくれるソプラノ歌手に応募してきたのだが、サイケデリック・バンドをやっていて、バーズのシングル〈Eight Miles High〉のB面〈Why〉をいつも小さな声でハミングしている。(p.139)

そしてまたエルズはリチャード・ボナーとも出会う。マディーと一緒に出かけたジョン・ケージのイヴェント《ミュージサーカス》の会場の喧噪と混沌の中でひとりで指揮をしている男を発見する。彼がボナーで、エルズより3つ年長の劇場芸術を専攻している男だ。(p.149)
エルズとボナーは意気投合して、ケージについて、音楽そして芸術について語り合う。ボナーはエルズがマディーに歌わせようとしている〈ボルヘス・ソング〉を演劇化しようと提案する。
それがエルズとボナーの生涯にわたるコンビネーションの始まりだった。2人は音楽を伴う舞台芸術/イヴェントを何度も試行錯誤しながら上演し、ケンカして別れ、また元に戻り、次の新たなイヴェントを企画することを繰り返す。

エルズとボナー、そしてマディーによる最初の公演の後、エルズとマディーは結婚する。
2人の間にはやがて娘・セーラが生まれ、エルズと娘は毎日、曲を作る遊びを見つける。だがそうした幸福な日々は次第に崩れてゆく。音楽だけでは生活ができず、エルズは美術館の警備員の仕事を見つけたりするが、そうしたエルズをマディーは醒めた冷たい目で見るようになる。

 妻は彼がそうしている時間をまさに、金のかかる自堕落なガラス玉遊戯
 として見ているのだ。(p.209)

そんなとき、ボナーが突然やってきて、エルズに一緒に映画を作らないかと誘う。時はミニマリズム全盛の頃で、ボナーはエルズにテリー・ライリー、フィリップ・グラス、スティーヴ・ライヒを聴かせる。
マディーは2人が一緒に映画を作ることに対して良い顔をしない。やがて2人は離婚する。マディーはスクウェアな教育方針をとるニューモーニングという学校の校長と再婚する。その結婚式に使われた音楽がメンデルスゾーンであったことを、エルズは人づてに知る。(p.236)

エルズの12時間もかかる長大な曲は不評に終わり、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの〈毛皮のヴィーナス〉のかかる祝賀会でボナーはエルズをこきおろし、2人はケンカ別れをする。
離婚し、音楽の仕事も無くなったエルズは、ケーキ屋や配管工として働く。4年間働いた後、配管工の上司から勧められて、エルズはニューハンプシャーのホワイト山脈にある小屋を借りることになる。まるでマーラーのようにして、エルズはその小屋で隠遁したようにして作曲をし、10年間を過ごす。(p.242)

ある日、兄からの報せにより、エルズは母が交通事故で死んだことを知る。ロンドンに出かけたエルズは母の遺産がある程度残されていることを聞く。
そのロンドンでエルズは偶然見つけたポスターに導かれ、クララのコンサートに行く。それは無名なバロック期の作曲家をとり上げたプログラムで、2人はコンサート後に再会するが、2人の音楽への興味は3世紀隔たっていることを知る。(p.259)
クララはエルズを誘惑しようとするが、夫が帰ってきたらしいのに気づいて、エルズは彼女の家から去る。その後、再びクララと会うことはなかった。

このクララとの再会と別離の回想の後に、現在のエルズの逃避行の話が続く部分は小説のなかでシンボリックな意味を占めている。エルズは 「プレーリーの中の小さなダルムシュタット」 であるイリノイ大学の、かつての喫茶店に入る。店内は若者たちでいっぱいだ。その中にかつて若者だった、今は逃亡者であるエルズが紛れ込む。
店内に環境音楽が響く。それはソプラノによる歌だ。

 何て小さな思考が人生の全体を満たすのか。
 何て小さな思考が。(p.269)

この曲は何? と会話する恋人たち。わからない2人にエルズが教える。固有名詞だけで。

 ライヒ。ウィトゲンシュタイン。プロヴァーブ。(p.269)

エルズはライヒを聴きながら、その曲を振り返りながら、解析をする。
〈プロヴァーブ〉はウィトゲンシュタインの言葉を歌詞とする1995年の作品であるが、ライヒの音はペロタンの模倣であり、パロディでありながら、古風なノートルダム楽派の和声が現代の音楽によみがえっていることへの感慨とノスタルジアをエルズは感じる。
それは若い頃、エルズにマーラーを教えてくれたクララが、その頃から古風なコンドゥクトゥスを聴き、古風な音楽にとりつかれ、結局バロック・アンサンブルで演奏して生活していたことに重なる回想となったのだ。

再びエルズの過去の記憶。
やがて、天安門事件があり、ベルリンの壁が崩壊した頃、現代音楽界の中である程度の地位を得ていたエルズのもとにボナーがやって来る。
またボナーとの共同作業が始まる。今度はNYシティオペラで、1534年のミュンスターの包囲に題材を得た作品を提案する。
その記憶に、現在のエルズの逃避行への過程が重なり、さらにショスタコーヴィチの大粛清の歴史が記述される。アマチュア音楽批評家スターリン (とパワーズは書く) の恐怖は、現実のハイウェイを走るエルズのパトカーへの恐怖に通じる。
エルズは考える。

 プラトンから平壌 [ピョンヤン] まで、音楽を規制しようという動きは尽
 きることがない。音楽が無限の脅威をはらんでいるかのように、和声の
 可能性はいつも規制される。(p.310)

ボナーとの共同作業によるオペラの生成過程を記述するパワーズのこのあたりの筆致は素晴らしい。(p.303)
ミュンスターの包囲は、直前に類似の事件が起こり、センセーショナルな話題となり、公演もヒットしたが、エルズは続演を拒否することになる。(p.315)
いつものようにボナーとケンカ別れをし、エルズは小さな大学に勤め、地味な音楽の授業を継続する生活をする。

エルズの記憶の回想は次第に今に近いものに移ってくる。9・11の頃、エルズ60歳の頃の音楽の教え子ジェンとの会話。
彼女の編み出した技法は15世紀のフォーブルドンもどきであった。古いものが新しく甦るということでは、クララのときのコンドゥクトゥスを思い出させる。
かわりにジェンからエルズへと報される 「時の終わりのための音楽」 は、レディオ・ヘッドやビョークやデリンジャー・エスケイプ・プランであり、エルズはそれらの音に、時を経て、メシアンやベリオが大衆向けに生まれかわったような印象を抱く。
エルズはジェンにピアノの鍵盤の1音を叩かせ、1つの音は1つの音でなく、無限の音が包含されていることを悟らせる (p.356)。それはエルズが若い頃、キャロル・コパッチから指導されたこと (p.89) の伝授である。

さらにエルズは2年間バッハだけを聴き、次にモーツァルトに移行しようとしたら、まるで白内障で視覚が変わるように、音楽を聴いても、聴覚の何かがかわってしまったような状態となる。
音楽もまた歴史であり、歴史の堆積はそれを学ぼうとする者にとって、後になればなるほどその重層さに茫然とするばかりになるはずだ。

 ますます多くの人がますます多くの曲を作るにつれ、ほとんどの曲は誰
 にも聴かれることなく消えていくことになる。しかしそれもまた美しい
 事実だ。というのも、そうなればほとんど全ての曲が誰かにとって埋も
 れた宝となりうるからだ。(p.362)

学校で教えることからもリタイアさせられ、人生から退役したような立場となった2009年秋、犬と散歩していたエルズは、オークの葉の葉脈に刻まれたリズムを発見する。自然の摂理の中に存在している音楽を彼は理解する。

 世界が抱えているほとんどすべての曲は永遠に、ほとんど誰にも聴いて
 もらえない。(p.364)

 人間は地獄と取り引きをするために音楽を使う。失われた和音を捜そう
 とする人間はわが身を売り渡す。人間は偶然の音楽の中に自らの運命を
 聴く。(p.364)

そしてエルズの幼い頃からのクロニクルはついに終わりを迎え、現実の逃避行に収斂する。
エルズはボナーのいる病院に辿り着く。それは仲違いを何度も繰り返した友との17年振りの再会だった。ボナーはアルツハイマーが進行していて、自分のメモの意味がわからなくなる、などという。リチャードではなくて、まるでアルジャーノンのチャーリーのようだ。年齢を隠すために白粉を塗っているというのは、まるで《ベニスに死す》のようだ。

ボナーはエルズに何をやろうとしていたのかを問う。エルズは、音楽ファイルを生きた細胞に入れようとしていたのだと答える。(p.379)
ボナーは、エルズのその作品を最後までやり遂げるべきだと進言する。

 誰にもその音楽を耳にすることはないと、私は思っていた。あれは無人
 の客席に向けて書いた曲だった。(p.385)

 私が作りたかったのは、私たちがいなくなったずっと後にここがどんな
 場所だったかを伝えるような曲だ。(p.386)

小説の最後の部分はわざと省略しておくが、人称代名詞が突然 「あなた」 になるところ (p.397) は、ミシェル・ビュトールの『心変わり』を想起させる。音楽的な昂揚感のある言葉の連なりはロレンス・ダレル風であるかもしれない。

解説に引用されている『黄金虫変奏曲』(このタイトル The Gold Bug Variations はゴルトベルクのパロディである) の中の翻訳についての記述は、この『オルフェオ』にも共通に感じられるパワーズの視点と考えてよい。以下、少し長いが引用する。

 世界は翻訳でしかない、翻訳以外の何物でもない。だが、逆説的なこと
 に、言い表わしがたいことに、それはまさにほかでもない、ここという
 場所の翻訳なのだ。(p.426)

 翻訳とは、移植したいという渇望とは、シェークスピアをバンドゥー語
 に持ち込むことが肝要なのではない。肝要なのは、バンドゥー語をシェ
 ークスピアに持ち込むことなのだ。土着のセンテンス以外に、その言語
 に何が言えそうか、それを示すこと。めざすのは、起点を引き延ばすこ
 とではなく、目標を拡げること。かつて可能だった以上のものを抱擁す
 ることだ。有効な解読を行なったのち、「正しい」 解決を思いついたのち
 ―― たとえそれがどれだけ一時的で、試験的で、入れ替え可能な、局部
 的なものであれ ―― 二つの拡張された、高められた言語 (シェークスピ
 アもまた、アナロジーがアフリカの平原に適応することによって永久に
 変わる) が三角測量の六分儀を形成し、それが廃墟の塔の高みをふたた
 び指し示し、限定された言語を、言わなくても知が通る場へと導いてい
 くのだ。(p.426)

(つづく→2015年10月23日ブログへ)


リチャード・パワーズ/オルフェオ (新潮社)
オルフェオ




タッシ/メシアン:世の終わりのための四重奏曲 (SMJ)
メシアン:世の終わりのための四重奏曲(期間生産限定盤)

nice!(76)  コメント(11)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

Recording Angel ― アルヴェ・ヘンリクセン《Cartography》 [音楽]

ArveHenriksen_151004.jpg
Arve Henriksen

この前、ディーノ・サルーシのサイドメンのトランペッター、パレ・ミケルボルグについて触れたが、そうしたECM系のダークなトランペッターのひとりとして、マーカス (マルクス)・シュトックハウゼンの名前もあげておいた。マーカスはカールハインツ・シュトックハウゼンの息子であるが、その音楽性に父からの影響はあまり無いように思える。

ヨハネス・トニオ・クロイシュの《Art of the Guitar》のなかに〈panta rhei〉というディスクがあって、これはクロイシュとのギター&トランペットのデュオである。これを聴いていて思ったのだが、マーカスにはダークネスはあるのだけれど、それはざらついた暗いダークさではなくて、もっと澄んだ響きの孤独感なのだ。この滑らかな清涼ともいえるトーンに少し驚く。そうした意味で彼のトランペットはECM系の暗いトランペッターのなかでは特異である。
ただ、クロイシュのギターはこのOehms盤の録音のせいなのだろうが、妙に大きい音像と残響、そして大味な音色が印象に残るばかりであまり好きになれない。

トマス・スタンコやミケルボルグより、もっとざらついていて、ジャズ的なスウィング感などほとんど無いトランペッターとして、アルヴェ・ヘンリクセン (Arve Henriksen) がいる。といっても私はまだ《Cartography》(2008) というアルバムを聴いただけなのだが、音をさらにいじりまくるヤン・バング (Jan Bang) とエリック・オノーレ (Erik Honoré) のコラボレーションによって成立しているアルバムだといってもよい。
デヴィッド・シルヴィアンの Samadhi Sound のラインナップのなかにバングとオノーレを起用した《Uncommon Deities》という作品があったが、私はまだ未聴である。
そしてこのヘンリクセンの《Cartography》のなかにもシルヴィアンがヴォイスで参加している曲が2曲ある。

バングの担当パートは live sampling, samples, beats, programming, bass line, dictaphone, organ samplies, arrangement と表記されていて、その加工マニア風なプロフィールが容易に想像できる。

だが、このヘンリクセンのアルバムのパーソネルのなかに Trio Mediaeval という名前を発見した。Trio Mediæval (正確な表記はaとeがこのように合字) は3人の女声コーラスのグループ名らしいが、たとえば〈Recording Angel〉では voice sample とクレジットされている。こうした古風な和声構造を想起させるヴォーカル/ヴォイスというと、どうしてもエンヤを思い出してしまうが、mediaeval (あるいはmedieval) とあるようにそのルーツはもう少しスクウェアなのだろう。
なによりもリチャード・パワーズの小説のなかに mediaeval music のエピソードが出てきたのを読んだばかりなので、偶然なのだろうけれどその暗合が不思議だ。パレストリーナより昔の音楽であるコーラスの原点としてのオルガヌム。

バングの作り出すすべての音は変調され、不連続で、ざらついていて、わざとラフにエディットされて繋がれたような、幾つものノイズの集合の上に成立されているように聞こえる。
その隙間を埋めるのは、たとえばいつか聞いたクジラの声の録音とか (そんなSEをバックにしたジャズの曲を聴いた記憶がある)、フィールドワークされた寒村の記憶とか、そうした元々は素朴な自然音からのサンプリングのような、抽象の狭間から生成された音のような気がする。
ノイズは耳障りなこともあるが、かえって心に安らぎを与えることもある。アナログディスクのスクラッチノイズから始まる最近の曲があったが、それは古い映画のフィルムの画面のようにわざと傷の付けられた模造品に似て、ノスタルジアを誘う偽装なのだ。世界はノイズに満ちているのかもしれない。そしてヘンリクセンのトランペットは傷のついた光沢面のように、いつも濁っている。クラシックトランペットでは不可とされる音だ。
トランペットが入ってくるとき、同じタイミングで下を支えるベース。これはジャズの1ジャンルなのかもしれない、と一瞬錯覚させる瞬間。

YouTubeでクリスチャン・フェネスとのデュオ Jazzhouse, Copenhagen, 19th of March, 2015 という長い動画を見つけたが、コラボする相手によってそのスタイルを変えていっても、ヘンリクセンの本来持っている音型のクセのようなものは終始変わることがない。
特定のジャンルに属しにくいそうしたトランペッターがECM系には多いのか、それともたまたま目についているだけなのか、まだよくわからない。


Arve Henriksen/Cartography (ECM Records)
Cartography (Ocrd)




Arve Henriksen/Recording Angel
https://www.youtube.com/watch?v=t6jx3OoVHnk
Arve Henriksen/Blue Silk
https://www.youtube.com/watch?v=wrfW4CJrvDM
Fennesz & Henriksen/Jazzhouse, Copenhagen, 19th of March, 2015
https://www.youtube.com/watch?v=37LattIVyAs
nice!(72)  コメント(3)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽