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エボニー&アイボリー — マイク・モラスキー『戦後日本のジャズ文化』 [本]

BennyGoodman_170807.jpg
(L to R) Charlie Barnett, Tommy Dorsey, Benny Goodman,
Louis Armstrong, Lionel Hampton
(jazzinphoto.wordpress.comより)

久しぶりにスリリングな本を読んだ。
それはマイク・モラスキーの『戦後日本のジャズ文化』という本である。2005年に青土社から出されたが、今年、岩波現代文庫から復刊されたのを読んでの感想である。

モラスキーは1956年アメリカのセントルイス生まれで現在早稲田大学教授、この本は彼が日本語で書いた最初の本とのことである。タイトルにあるようにジャズの話が中心とはなっているが、音楽的に特化したものではなく、むしろ文化論であり、アメリカと日本のジャズとの対比ということから捉えるのならば比較文化的な面も見られる。
「日本の居酒屋の大ファンであり、赤提灯をテーマにしたエッセイも執筆している」 とのことだが、英語ネイティヴでありながら、かつ日本語もこんなに上手いなんて……。同著でモラスキーはサントリー学芸賞を受賞した。

まえがきにおけるアメリカと日本のジャズ評論の姿勢の違いということに、まずどっきりさせられる。アメリカにおけるそれは白と黒の二項対立であり、つまり白人対黒人という面からジャズは何かというふうに考えるのに対し、日本人は白でも黒でもないから、その二項対立に与し得ないということである。それは 「日本人ははたして「本物」 のジャズが演奏できるのか?」 という日本人ミュージシャンの悩みであり、モラスキーはE・テイラー・アトキンズという人の指摘を援用し、それをauthenticity (本質論主義) と形容する (p.397)。そのいわゆるコンプレックスが日本人ジャズの根本にある、とする論理なのである。

そしてもうひとつ、人種に対する問題意識は日本人自身は直接関与することではないけれど、そこそこに理解しているのとは対照的に、著しく欠如しているのがジェンダーだとする。なぜならジャズ・ミュージシャンを形容する言葉としての 「ジャズメン」 という言葉は、あきらかに男性優位の表現であり、実際にジャズ・ミュージシャンは圧倒的に男性が多いにせよ、一時期に隆盛を極めたジャズ喫茶にしても、全ては男性主体な接客法が常道であったのだという。にもかかわらず、では今までの日本人ジャズ・ミュージシャンのなかで最も世界的に影響力が大きかったのは誰かといえば、それは穐吉敏子 (秋吉敏子) であるとするのだ (p.vi)。
モラスキーはそう断言しているが、私も全くその通りだと思う。つまり穐吉は、アメリカ人でないという障壁と、男性でないという障壁を乗り越えて、自分の音楽をアメリカ人に納得させたおそろしくアグレッシヴなミュージシャンなのである (穐吉については以前、簡単に書いた→2012年02月17日ブログ)。

まず、アメリカにおける白人対黒人という対比において挙げられるのが、スウィングとビバップである。スウィング・ジャズはダンス・ミュージックがその母体であり、アメリカ民主主義の象徴であるが、対するビバップは踊ることを拒否する 「通」 向けのアンダーグラウンド音楽であるとする (p.2)。
モラスキーは日本におけるジャズの黄金期、全盛期は3回あったという。昭和初期のダンスホール時代、戦後すぐの大衆向けのダンス・ミュージックとして、そして1960年から70年代前半にかけての大学生中心のモダンジャズ全盛期の3回である (p.393)。

 「東京行進曲」 の出現と同年には、本郷赤門前の〈ブラックバード〉と新
 橋の〈デュエット〉という日本初と思われるジャズ喫茶が生まれ、一二
 月から川端康成の 「浅草紅団」 が東京朝日新聞の夕刊に掲載され始めた
 ことを考えると、日本で最初の〈ジャズブーム〉は一九二九年に始まっ
 たといってもよいだろう。(p.6)

スウィングは一世を風靡したがその音楽のスター楽器はクラリネットであった。時代を担ったひとりであるベニー・グッドマンは貧しいユダヤ系の生まれであり、幼くしてプロとなった。そのため、ああした音楽は下品だとするエリートからの冷たい目も当然あったのだと思う。
しかしグッドマンは偏見にもめげず、まだ人種差別が強い頃にもかかわらず、メンバーに黒人を採用した。1938年の有名なカーネギーホール・コンサートは、クラシック音楽の殿堂であるカーネギーホールで、しかも白人のミュージシャンと黒人のミュージシャンが混淆して演奏するという画期的なコンサートだったのだ。それはそれまで、あり得ないことだったのである。
バルトークの書いたクラリネット、ヴァイオリン、ピアノのトリオによる《コントラスツ》(1938) は、グッドマンとヨゼフ・シゲティに献呈された。3人の演奏による録音も残されている。

グッドマンが成功してから製作された《ベニイ・グッドマン物語》(1956) という伝記映画があって、「あんな甘っちょろい映画」 と酷評するのを読んだことがあるが、甘っちょろいのはこうした映画の常である。それよりもそこに至る道程がどれだけ困難だったかを考える必要がある。

戦前の、モラスキーが分類する日本におけるジャズの最初の黄金期には、上海におけるジャズシーンも含まれる。それは斎藤憐の《上海バンスキング》にも描かれたスウィングの時代であった (上海バンスキングについては→2017年02月06日ブログ)。

(つづく→2017年08月10日ブログ)


マイク・モラスキー/戦後日本のジャズ文化 (岩波書店)
戦後日本のジャズ文化――映画・文学・アングラ (岩波現代文庫)




マイク・モラスキーwebsite
http://www.molasky.jp

The Benny Goodman Quartet: I Got Rhythm (1959)
https://www.youtube.com/watch?v=NTKOgTk2gGE

Benny Goodman and His Orchestra: Sing Sing Sing (1957)
https://www.youtube.com/watch?v=YsVJuulCmAE

江弘毅×マイク・モラスキー 江弘毅の言いっ放し五都巡業
まさかの追加講演! 「東西呑み比べ文化論」
https://www.youtube.com/watch?v=MnyOqiQw3RA&t=31s
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末尾ルコ(アルベール)

これは実に興味深い内容ですね。

>白と黒の二項対立であり
>コンプレックスが日本人ジャズの根本にある

欧米の文化が日本へ入ってきた際に、極めて高い確率で起こる、「欧米での文脈の喪失」がジャズでも起こっていたわけですね。これはラップやヒップホップなどが取り入れられた際に、「黒人の白人社会に対するプロテスト」という文脈は吹っ飛ばされて、いきなりラップ風に生温いラブソングとか歌うグループが輩出したことを思い出しました。フランスでもラップ、ヒップホップは強烈なプロテストとしての存在感が大きく、友人のフランス人が初めて日本のラップ風を耳にした時に、「えらく優しいラップじゃないか」と苦笑交じりに語っていたのが印象的でした。

>著しく欠如しているのがジェンダー

かつてはジャズ喫茶などで、へヴィースモーカーの男性が厳めしい顔で聴く音楽というイメージがありましたね。そもそも日本の男性って、「女子どもには分からない」というフレーズを自慢げに使う習慣が根強くありました。それにしてもあらためて穐吉敏子 (秋吉敏子)の偉大さを確認させていただきました。
カーネギーホールで黒人メンバーも加わったジャズバンドが演奏したことのいかに凄いことだったかもよく分かりました。
今でこそ多くの日本人は黒人の文化をある程度受け入れている感はありますが、かつてほとんどの日本人は黒人を同様の人間とは見做してなかったということは、わたしが子どもの頃の周囲の反応としてもよく記憶しています。もちろん現実に黒人の方など日本の地方ではまず見かけない時代でしたが。

ピリスに関するご説明、とても興味深く拝読し、lequiche様の音楽に対するスタンスの一端も披露していただいた感があります。

>標準的な世評とはちょっと違う曲に

このようなデリケートな聴き方にこそ、音楽を本当に愉しめる秘訣があるのかなと思いました。

>それは覇権主義であり、

う~ん、なるほど。クラシックの世界にはそのような方々がけっこうおられそうですね。まあ「芸術」の世界にはどうしてもいますよね。高知県立美術館周辺にさえ(笑)、スノッブ風人物たちが跋扈しておりますから。

ショパンの、「田舎者」で「土臭い」というお話も、(なるほど)と頷かされることばかりです。そうですよね。華麗なイメージもありますが、ポーランド・・・。田舎でありながら、奥深くヘヴィーな歴史と伝統を持つ土壌の中から生まれてきた音楽なのですね。今後はまた、ショパンもさらに新たな気持ちで鑑賞できそうです。

>すべての時代の思想よりずっと下、ですね。(^^)

まさに、その通り!
それと、何でも「新しいものの方がいい」というイカれた思考の人は、現代はさらに多くなっていますよね。そうした人たちは、「時代とマジョリティが自分のバックにいる」という妄想を抱いているからよりたちが悪い。でもわたしも「よちよち」をマスターするように頑張ります(笑)。  RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2017-08-07 09:37) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

どんなものでも日本人の感性に合わせてローカライズしてしまう
というワザが日本人は上手い、とも言えます。(^^)
ただ、ジャズの場合でもブルースの場合でも、
特定の人種でなければできないということはないと思います。
これは何でも同じで、
ベートーヴェンはドイツ人の演奏でなければならないとか、
そういうのは一種の逃げでもあるような気がします。
ただ、総体的に言って、日本向けにローカライズすると
なんとなくやわらかな感じになってしまう、という傾向はあって、
ですからやさしいラップになってしまうんでしょうが、
それは長所でもあり短所でもあります。
ただ、ラップの場合は言語的特性が特に重要なのかもしれません。

「オンナ子どもには分からない」 というようなセンスは、
「ガイジンに日本情緒なんて分かるわけない」 というのと似てます。
モラスキー先生ご本人が言われているんですが、
この本を出したときの反応として、
「あぁ、こんなに詳しいこと、ガイジンに書かれてしまった」
という反感というか諦めがあったのだそうです。
特に日本人は、日本的なものは日本人以外の人にはわかりっこない、
という思い込みが強過ぎるようです。
能狂言とか歌舞伎とか和歌俳句とかわかりっこないというふうに
全てにたかをくくっていたので、
浮世絵はごっそりとアメリカに持って行かれてしまいましたし、
伊藤若冲の最も重要な作品は皆アメリカにあるんです。

白人のベニー・グッドマンが黒人のライオネル・ハンプトンを
自分のバンドに採用したように、
黒人のマイルス・デイヴィスは白人のビル・エヴァンスを
自分のバンドに採用しました。
どちらも音楽の才能が第一と考えているからで、
そういうフィールドに人種的な偏見が入り込むスキはないのです。
でも、まだまだ偏見や差別はなくなりませんが、
それは人間の負の部分にそうした精神構造があるからでしょうね。

一度付いてしまった評価とか評判はなかなか切り換えられないです。
ピアニストだったら 「ショパン弾き」 というような形容があります。
でも、それは単純に商業上の販売戦略であって、
本人が必ずしもそうなのか、そう考えているのかどうかはわかりません。
オーケストラの定演では必ず安全パイが必要なのです。
ベートーヴェンやブラームスを入れておけばとりあえず安泰ですし、
車雑誌が売れないときはポルシェの特集をすればいい、
というのと似てます。
それで満足するリスナーのほうが大多数だから、
という理由なのでしょうが。

同様なことはブログにもいえて、
ブログで他人と同じようなことを書いてもダメだと思います。
それだと埋もれてしまう。というか自分でも面白くないです。
なるべく他の人が書いていないことを書くというのが
ひとつの方法論です。
かといってあまりトリッキーになってはいけませんが。
私のブログで最初にたくさんのアクセスがあったのは
モートン・フェルドマンを書いたときでした。
なぜ、こんなにアクセスがあるか? とびっくりしました。
そのことは私に今後の方針のヒントを与えてくれたのです。
ナイス数とアクセス数は必ずしも比例しません。
むしろソネブロ以外からのアクセスのほうが重要なのです。

ショパンの土俗性というのをはっきりと意識したのは、
エル=バシャのピアノを聴いてからです。
彼自身はレバノン人で、ポーランドともフランスとも
異なるスタンスにいる人です。
ショパン自身は自分がポーランドから来た者であることを
報せたかったのか、それとも隠匿したかったのか、
それもわかりません。でも音にそれは現れます。

何にしても 「新しもの好き」 によって時代は進歩しますから、
一概に否定することはできませんけれど、
でも、マジョリティを背にしていると錯覚している人は、
どこかの国の為政者と同じで、まるで勘違いしていますね。
背にするべきものはマジョリティでなく
常にマイノリティでなければなりません。
それでなければ背に負う意味がないはずです。
by lequiche (2017-08-07 22:46)