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ヴィンテージとアヴァンギャルド —『装苑』など [ファッション]

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装苑 2017年7月号

書店で雑誌を見ていたら満島ひかりが表紙になっている『MOE』を発見。新しい雑誌かと思ってしまった。これってありなのかなぁ、中身は変わらないんだけど。なんでも先月号からモデルあり表紙になったらしい。先月号の表紙はのんとのこと。

それはいいとして、『装苑』7月号の特集は 「ヴィンテージからファッションを学ぶ」 だった。これがなかなか面白いんです。あくまで古着じゃなくてヴィンテージで、トップの記事は原宿のMARTEというショップの野村仁美、そして欅坂46の志田愛佳、けやき坂46の長濱ねるの会話で、内容自体は何ということないんだけれど、野村の50~70年代のワンピースへの溺愛というキャッチが今のファッションへのアンチテーゼともなっている。
最近のゆるめ&らくちん傾向なトレンドとも言えないようなトレンドと較べると、「ウエストを絞った体のラインが美しく見える服が好き」 という志田の言葉には説得力がある。古い服を古い服として着るのではなく、テイストの変わったマテリアルと考えることは一種のファンタシィでもあるのだが、特に日本ではトレンド以外のものは全くといっていいほど市場に出回らなくなってしまうのだから、そうしたなかでこういう選択肢もありなのだと思う。
といっても、ヴィンテージでなく、まさに古着でしかない古着屋も存在するので、話はややこしいのだが。特集末尾には東京ヴィンテージショップ+マーケットガイドもあり。

かつてヴィヴィアン・ウエストウッドはウエストが無い服は服ではないと断言していたが、その孤立性と独善性が本来のファッションのベーシックであり、それはかつて鷲田清一が形容していた拘束性に連なる。

アンティークとヴィンテージには基準があり、基本的には100年以上経っているものがアンティークであり、それより新しいものがヴィンテージ、これは家具などにも同様に言えるのだが、そのことをコスチューム・ジュエリーという記事で稲田梨沙が書いている。コスチューム・ジュエリーというのも、つまりハイジュエラーで作られるような高価な品でない、いわゆる貴石を使わないジュエリーを指すのだそうだが (p.51)、むしろそのアイデアとセンスが、ヴィンテージなワンピースを選ぶセンスと共通する。高価な品でないということから連想したのは、森茉莉が11歳のときに父親に買ってもらったという 「伯林の洋服屋に注文した時、ごく値段の安い玩具同様の」「偽もののモザイクの首飾り」 のことだった (『贅沢貧乏のお洒落帖』ちくま文庫・p.122)。
批評精神のないままにファスト・ファッションを選べばそれは単にチープにしか映らない。それを自分なりにどのようにアレンジするかということと、自分なりのトレンドを見つけていくということとは通底するのだ。古着は利用するのに失敗すればただの 「お古」 だから、トレンドのお仕着せよりずっとエネルギーを必要とする。

「100年前のヴィンテージから見えるもの」 という記事で目を引くのは、昭憲皇太后の大礼服の写真で、凝った刺繍は和服の伝統から較べればまだ全く未知数のなかで作られた過去を見せていて、もう100年以上経っているのだから、ヴィンテージというよりまさにアンティークな遺産である (p.59)。こうした努力とか開拓精神のようなものが今の日本にあるかと考えると甚だ心許ない。

そしてヴィヴィアン・ウエストウッドのコラム記事 Fashion Revolution には、Who made my clothes? という文字が大きく書かれていて、「服を買う時は、良いものを選んで、それを長もちさせなさい。私たちは数より質を大事にしていかなくてはなりません。ファッションを仕事にしている私には、人々が消費ばかりする危険な傾向に対する責任があると考えています」 というヴィヴィアンからの言葉が載っている。大デザイナーである彼女はずっと長くひとつの靴を履いていて、破れてもテープで補修して尚、持たせているというのだ。写真まである (p.96)。

さて、『VOGUE』7月号を読むと、真っ赤な地色のページに川久保玲の記事がある。メトロポリタン美術館の今年のファッション展はコム デ ギャルソンとのこと。
リン・イェーガーは、川久保のことを 「その並外れた想像力や驚異の大胆さ、そしてアーティストとしてのクレイジーなヴィジョンは、時として見る者を真に圧倒する」 と絶賛するのだが、パーティーの描写のなかで 「楽しんでいる人々を横目に、部屋の両隅におずおずと佇み、うつむいて床を見つめる人物が二人いた――川久保と私である」 というのには思わずホントかな、と笑ってしまった。川久保については納得できるけどイェーガーさんは、ね (p.086)。
表紙にも使われている2017-18AWの写真はモデルの髪の毛が縮れていてヒツジのようだが、以前のギャルソンに、ニットをフェルトのように異常に圧縮させたコレクションがあったことを思い出させる。縮れる、曲がる、撚れる、というような形容に照応する処理にときとして執着するなにかが川久保にあるように感じられる。それは穴あき、ほつれ、やぶれ、といったダメージを創始期から引き摺っている彼女のテーマでもある。

他に『VOGUE』今月号では 「これ誰?」 的な上戸彩のポートレイトも新鮮だが、最も美しいと思われるのは、巻末近くにあるスタイリスト/ジョヴァンナ・バッタグリアによるポップカラーな You’re My Favorite Pin-up というページで、パトリック・ドゥマルシュリエのカメラによるディースクエアード2、アルチュザラ、ミウミウなどにラテックスのサイハイソックスを履いたモデルのポーズは過剰に人工的であり、先進の美学はこのあたりなのだろうと思わせる (p.224)。

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top and skirt: DSQUARED2
style: Giovanna Battaglia Engelbert
photo: Patrick Demarchelier


装苑 2017年7月号 (文化出版局)
装苑 2017年 7月号 (雑誌)




VOGUE 2017年7月号 (コンデナスト・ジャパン)
VOGUE JAPAN(ヴォーグジャパン) 2017年 07月号




MOE 2017年7月号 (白泉社)
MOE (モエ) 2017年7月号【特集:大人からの絵本 おすすめの300冊】




Metropolitan Museum of Art
Rei Kawakubo/Comme des Garçons
Art of the In-Between/2017.05.04-09.04
http://www.metmuseum.org/exhibitions/listings/2017/rei-kawakubo
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末尾ルコ(アルベール)

わたしも女性ファッション誌を手に見るのが大好きです。男性ファッション誌は滅多に手にしません。女性ファッション誌の方がより美的で、より芸術的かつ感覚的ですよね。男性ファッション誌は普通色彩が豊富ではなく、何だかんだ言って、たいがマッチョなメンタリティが漂っているのが肌に合わない場合が多いです。マッチョが何もかも悪いとは言いませんし、映画や小説などであれば、タフでハードボイルドな男が出てくるのが好みなのですが、それと、ファッション誌と同じ格好している男性を見かけるのがあまり好きではないのです(笑)。今回のお記事に名前の出ている雑誌もよく手に取っています。

>「ウエストを絞った体のラインが美しく見える服が好き」

「~48」とか「~46」とかについては、メンバーも知らず、その成り立ちについても批判的なのですが(笑)、この意見には頷けます。

>日本ではトレンド以外のものは全くといっていいほど市場に出回らなくなってしまうのだから

本当にそうですね。そもそも大方の人たちがアッという間にトレンドに群がりますし。こうした人たちは「トレンドの中で工夫」はしているのでしょうが、本当の工夫はしてない人が多いですよね。

>その孤立性と独善性が本来のファッションのベーシックであり

大同感です。そして、

>「服を買う時は、良いものを選んで、それを長もちさせなさい。私たちは数より質を大事にしていかなくてはなりません。ファッションを仕事にしている私には、人々が消費ばかりする危険な傾向に対する責任があると考えています」

いい言葉ですね。わたしの場合は、「質のよく良くないもの」でも気に入れば長持ちさせています。経済的問題も多分にありますが(笑)、案外安価なアイテムでも体形とかコーディネイトにしっくり来るものがあったりします。 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2017-06-04 11:44) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

マッチョなメンタリティ!
あ、そういうことなんですか。納得できます。
基本的に男性ファッションは保守的で無変化を好みますから、
極端にいえばトレンドは存在しません。
もっとも女性誌などのトレンド提案を見ていると
今年の流行色は何色とか、太めのパンツがキテルとか、
誰にも同じ恰好をさせようとしている意図があるのでしょうか、
とても粗雑でアナクロな設定で、ずっとまだ昭和のままです。
他人と同じファッションはファッションじゃありません。

48や46は残念ながら私もよくわかりません。
雑誌のプロフィールを転載しただけです。
でもとりあえずアイドルタレントのほうが
一般の人よりはファッションへの感覚は高いと考えられます。
しかし48ってヤな数字ですね。考え過ぎでしょうか。

ヴィヴィアンが言っているのはおそらく、
流行という言葉に踊らされて
毎年毎年合成皮革の靴を使い捨てるのよりも、
何年も履ける革靴をひとつだけ買いなさい、
というようなことだと思います。

もちろん安価でもしっかり作ってある製品もあり、
それだったらとてもCPは高いですね。
ただ、長く使うということを想定した場合、
また靴を例に出して申し訳ないですが、
靴の内側に合皮を使うなんてあり得ないことだと思います。
by lequiche (2017-06-04 19:15) 

ぼんぼちぼちぼち

コスチュームジュエリー、30代の頃ハマってずいぶん買いやした。トリファリとか。
安価なわりに作りがしっかりしていて そして何よりもデザインが優れていて魅力大でやした。
今でも大切にジュエリーボックスにしまってありやす(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2017-06-04 21:29) 

lequiche

>> ぼんぼちぼちぼち様

さすがです!
でもその頃のトリファリだと、今ではもう価値が出てしまってますね。
デザインが優れている、というのもよくわかります。
それと、昔作られたもののほうがデザインが良いのではないか、
という漠然とした印象もあります。
私がまだ小学生の頃、叔父がヨーロッパで買ってきたカメオは
そんなに高価なものではないはずなのですが、品が良いのです。
大人になってから、どんなに高価なカメオを見ても
顔の造形とか曲線がイマイチなんですね。
今、良いカメオって存在しないんじゃないかと思ってます。
by lequiche (2017-06-04 22:37) 

トロル

先日、キャットストリート辺りを歩いていたら、
ウエストの繊細なラインを際立たせた
ヴィンテージのワンピースを着た可愛らしいひとたちと
何人かすれ違いました。
大切に着られて(もしかしてそれなりにほつれなどの手入れもされて…)
今尚美しく、時を超えてそれぞれが再び選ぶ
個性的なファッションというのは、
目に嬉しい楽しさでした。
身体つきの華奢な年代ならではの美しさも懐かしいなぁと思いました。
by トロル (2017-06-05 19:21) 

lequiche

>> トロル様

おぉっ、まさにヴィンテージ服好きな人たちみたいですね。
確かに体の華奢さが必要なウエストラインってありますけど
でもそれを隠す方向にいくのは逃げだと思うんです。
ここ数年のファッションはイージーでダル過ぎます。

プラスして最近のファスト・ファッション見てると、
「資源を大切に」 というのと正反対みたいな
使い捨て推奨の極限の浪費みたいなのが目立ちます。
ルコさんへのレスにも合皮靴のことを書きましたけど、
合皮しか使わない廉価靴メーカーってどうなの?
と私は思うんですが。
合皮は手入れしなくて済むじゃん! っていうような
安直な思想があるんでしょうね。

アズディン・アライアがプラダの下で
昔の価値ある服のコレクションを企てたのだって、
服は決して消耗品じゃないということが根本にあります。
でも日本ではアライアは誤解されたままだったし。
ヴィヴィアン・ウエストウッド展で見た
ハリスツイードの美しさとか格調の高さみたいなものも
最近はニセモノ騒ぎがあって、イメージが汚されるばかりです。
日本人ってモノを大切にする民族だったはずなのに
違ってきちゃったのかなぁと思います。
by lequiche (2017-06-06 06:41) 

トロル

笑 自分では上等な方の靴を買ったつもりなのに、内側の合皮の劣化に泣く!って経験あります。靴底だけが異様に早く磨り減って、使い物にならないものとか…。
「妥協せず少し贅沢でも本当に欲しい物を買うのが、実は倹約にもなるし、物を大切にすることになる」って.確か夏木マリさんがお母様か、お祖母様の言葉だって仰っていたのが印象に残っています。
値段に関わらず、吟味して選んだお気に入りは自分の一部のような想いで、楽しんで大切にしたいなと思いますもんね♪
わたしは可愛くて雑多な物も興味があるので、その辺ゴチャゴチャにならない様に、秩序も欲しいな。
by トロル (2017-06-06 10:01) 

lequiche

>> トロル様

そうそう。靴底がすごく減るのあります。
早く買い替えてもらったほうが儲かりますから〜。
でも、そのメーカーの靴は二度と買わない!
って思われてるとも知らずに。(-_-;)

高くても良いものなら実は倹約になる、って
まさにその通りです。
でも、安いものを毎年どんどん買い替えて
目先が切り替わるほうが良い、と思っている
(思わされている) 消費者がほとんどなんだと思います。

物欲は果てしないので、どこで線を引くか、ですね。
by lequiche (2017-06-06 20:00) 

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