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ヘンゲルブロックのマーラーを聴く [音楽]

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Thomas Hengelbrock (http://www.abendblatt.de/より)

ジョン・バルビローリのマーラーのライヴ集が伊Memories Reverenceから現在2セット発売されている。第1集に収録されている第1番は1959年1月、ニューヨーク・フィルとのカーネギー・ホールでのライヴ。歴史的に貴重な録音なのかもしれないが、モノラルだし、音もくぐもっているし、それに冬だからか聴衆の咳が多かったりして、最初は音楽に入って行けないのだが、古いフルトヴェングラーの録音と同じでそのうちに気にならなくなる。
でも最新のヘンゲルブロックのマーラーと較べてしまうと、音の鮮明さに相当な隔たりがあるのだが、でもそれは60年近い時の差があるのだからあたりまえなので、そもそも較べるほうが間違いである。

ただ、たとえば有名な第3楽章 (悲しい 「Are You Sleeping?」) などを聴き較べてみると、もっとも違いがあるのはそのアーティキュレーションであり、バルビローリはなるほど確かにバルビローリなので、それはたとえばバーンスタインなどとも異なるのだが、そうした20世紀の巨匠たちの音作りとトーマス・ヘンゲルブロックの音は著しく異なっていて、でもそれがマーラー解釈の面白さで、またそれだけ違いが出やすいのがマーラーなのだとも思う。

ヘンゲルブロックとバルタザール=ノイマンのことは前のブログに書いたが (→2017年04月16日ブログ)、ヘンゲルブロックは北ドイツ放送エルプフィルハーモニー交響楽団 (NDR Elbphilharmonie Orchester) の首席指揮者であり、ヘンゲルブロックに注目するのならば、むしろNDRを中心とした演奏活動をメインに考えたほうがいいのかもしれない。

ヘンゲルブロックのマーラー第1番のCDは、1893年ハンブルク稿に拠るものと表示されている。マーラーは1889年にこの第1番をブダペストで初演したが、失敗したといわれる。その第1稿 (ブダペスト稿) を改訂した第2稿を1893年にハンブルクで演奏した。この第2稿をハンブルク稿という。第1稿も第2稿も5楽章であり、第2楽章は 「花の章」 といわれる。
しかしマーラーは第2稿をさらに改訂し、「花の章」 を削除して4楽章にした。そして編成を4管とした。これが第3稿であり、最終的な交響曲第1番となっている。

いままで、削除された 「花の章」 を復活させる意味で 「花の章付き」 などと表示された5楽章版が存在したが、第3稿のなかに 「花の章」 を挿入したただけだったりする演奏もあったようである。マーラーは 「改訂の鬼」 みたいな人だったので、それぞれの稿のなかにも細かい違いがあり、第3稿にも幾つかの異なる楽譜が存在するようである。
ヘンゲルブロックのハンブルク稿版は、第2稿の段階のマーラーをなるべく忠実に再現した演奏とのことであるが、ハンブルクでの上演の翌年 (1894年)、さらに改訂してヴァイマールで演奏されたものをヴァイマール稿と呼び、ヘンゲルブロックの演奏はこのヴァイマール版に近いとの情報も読んだが、未確認である。

さて、ヘンゲルブロックの演奏を聴いてみると、そのクリアさとしなやかさ、全体のピュアなイメージに驚く。録音が優秀なこともあるのかもしれないが、そんなことではなく、肌理の細かい音で成り立っている印象を受ける。
第2稿と第3稿では、どの楽器がどのように違うのかを詳述している評などもあるのだが、そんなに聴き込んでもいないし、細かい専門的なことはわからないのでそうしたことは措くとして、その違いは3管と4管の差にあるのだと直感的に思う。なぜならトゥッティで鳴ったときのバランスが異なるからである。

3管は、4管と比較すればややつつしまやかであり、ヘンゲルブロックのバルタザール=ノイマンに通じる古楽的なテイストを持っている (とはいっても古典派だったら2管なのだから3管は普通なのだが)。第3稿の場合、基本は4管だが、ホルンは7本に増強されていて、パワフルさがまるで違う。
ヘンゲルブロックはそうしたパワフルさでなく、まだ若きマーラーの不安定にさすらう心を現したかったのかもしれない。特に、音の流れの中から立ち現れてくる木管にドキッとする表情がある。こうした表情はテンシュテットにもジンマンにも無かった音である。それはマーラーに対するアプローチが異なるからなのだ。
ただ、たぶんマーラーが最終的に志向したシンフォニーの音は、バーンスタイン的な執拗で起爆力のある音——不適切な言葉かもしれないがヘヴィな音だったのだろうとは思う。ヘンゲルブロックはその方法論を採らなかった。それによって生かされた部分もあるし、失われた部分もあると思う。

ndr.de/のサイトを見るとすでにマーラー第2番、第9番のプロモーション動画がある。この方向性でヘンゲルブロックの次のマーラーが出てくるのだろうと思われるが、どのような演奏になるのか、とても楽しみである。


Hengelbrock, NDR Sinfonieorchester/
Mahler: Symphonie No.1 (SMJ)
マーラー:交響曲第1番「巨人」[1893年ハンブルク稿(5楽章版)]




長い曲なのでさわりだけでも。
Hengelbrock/Mahler: Symphonie Nr.1 D-dur (live)
https://www.youtube.com/watch?v=RKA6G1icH1U&t=2781s

Hengelbrock/Mahler: Symphonie Nr.1 D-dur
2015.03.26 live: Korean ART Centre Concert Hall
https://www.youtube.com/watch?v=GDej24w2HYY

Hengelbrock/Mahler: Symphonie Nr.1 D-dur (CD)
https://www.youtube.com/watch?v=1Z2lR5jqRQo&t=32s
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コメント 10

末尾ルコ(アルベール)

リンクしてくださっている曲はどれも大好きです。と言いますか、(あ、この曲、マーラーだったのか)と今明確に認識したという自分がそうした不埒な人間だったことも今明確に認識しました(笑)。実はクラシック、曲にはいろいろ接しているのですが、いまだタイトルと一致しないものも数多くあります。まだまだ努力が足りないですね、わたし(しゅん 笑)。まだリンクくださっている曲を通しては聴いてないのであれなんですが、「3管と4管の差」とか「ホルンは7本に増強」とかのお話を読むと、(なるほど、そういう点に注目する聴き方があるのか)と目を開かされます。ところでお時間がある時にお答えくださればうれしいですが、例えばこのような1時間、あるいはそれ以上の曲の場合、どのように聴いておられるのかなと。やはり曲に向き合って、集中して聴いておられるのだろうと想像しますが。あ、話は変わりますが、ライヒーの曲、ちょいちょい聴いておりまして、この前はマリンバで演奏しているものを聴いて、何かこう心地よく、創作意欲が増すんです。 RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2017-05-04 02:58) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

ヴァージョン違いの演奏までお聞きいただきありがとうございます。
実際には、2管と3管の差に較べれば、3管と4管の差は少ないと思います。
違うといえばもちろん違いますが、それより指揮者が
その曲をどのように鳴らしたいかというポリシーのほうが大きいです。
リンクした動画を見ますと3管といいながらもホルンは5本使っていて、
7本と5本だと、その差は微妙だと思います。
ですからハンブルク稿にノスタルジックな期待を持ってしまうのは
行き過ぎなのですが、そのアプローチの仕方において
ヘンゲルブロックは私の好みです。
バーンスタインは私のマーラーの標準ではあるのですが、
聴いていて疲れてしまうことがありますので。

私はそんなに集中して聴くというほどではなくて、
ながら聴きだったりしますが、でもまずざっと全部を聴きます。
それから気になった部分を繰り返し聴いたりします。
このヘンゲルブロックの場合は単発のCDですが、
冒頭に書いたバルビローリだと2セットで合計9枚ありますので、
まず全部聴きます。すると全体像がなんとなくわかります。
ただ、やはり第一印象が自分にとってどうかというのは重要です。
聴いてみてあまり感動を覚えなかったものについては
ブログには書きません。
悪口を書いても仕方が無いし、やがて自然淘汰されます。
ですから時間としてはかなりかかります。
武満徹が、スノッブな重箱の隅をつつような批評——
あの指揮者がこう指揮していたとか、テンポがどうとか、
そのようにして教養をひけらかしているのは意味がない
というようなことを言っていましたが同感です。
(それは教養というより、単なる自慢話なのだと思いますが)

マリンバはその響き自体に人間の先祖代々の遺伝子を揺するような
独特のヴァイブレーションがあるように感じます。
木を叩くという原初的な音色だからでしょうか。
YouTubeには加藤訓子のPVがありますが、
シークェンス・パターンに乗るマリンバの響きがいいですね。
https://www.youtube.com/watch?v=CjMQyjpj9Cc
by lequiche (2017-05-05 16:13) 

いっぷく

コメントありがとうございました。
ほどほどの距離というのは、他人とはとれても
肉親とはなかなか難しいものですね。

by いっぷく (2017-05-05 22:47) 

lequiche

>> いっぷく様

むずかしいです。
最近流行りの 「承認欲求」 が蔓延し過ぎなんだと思います。
日本の古いムラ社会観がまだ残っているんでしょうか?
あなたはあなた、わたしはわたし、
でいいと思うんですが。
by lequiche (2017-05-06 01:04) 

keroyon

こんにちは。
今さらネタですが、ようやく「カルテット」を録画していたのを
見終わりましたので、改めてlequiche さまが書かれていた
カルテットの記事を拝見していました。
個人的には、最終回がちょっと意外な展開でしたが
おもしろく、いろいろ考えさせられたドラマでした。
lequiche さまのドラマネタの記事が好きで(他のネタも
好きですが)、自分が見たドラマの記事を拝見するのが
いつも楽しみです!
by keroyon (2017-05-06 12:59) 

ponnta1351

聴いてみました。マーラーは名前は知ってますよ。分らないながらも音楽は何でも聴くのは好きです。でも演歌は・・・?
by ponnta1351 (2017-05-06 16:06) 

lequiche

>> keroyon 様

そうですか。
ドラマって少しシュンが過ぎてから見るのも
それはそれでまた良いものだと思います。

確かに最終回は、ちょっとどうなの? という印象があります。
坂本裕二、最後に日和った、という意見もありますが、
ああいうのもあれはあれでいいんじゃないかと思います。
あの終わりかたって、実はかなり暗いよなぁとも感じますし。
途中で、松たか子の影が薄いような展開もありましたが
最後になって、やっぱり主演は松たか子でした、
というのがすごいです。

でも私は基本的にはそんなにドラマは見ないので、
逆にあまり見ないから、ドラマを見慣れている人とは
ちょっと違う感想になっているのかもしれません。
最初に見て、これダメ、と直感的に思ったらもう見ません。
その直感はだいたい間違わないです。
映画でも演劇でも最初の10分間が勝負です。
また次のハマれるドラマが出て来て欲しいです。(^^)
by lequiche (2017-05-06 18:54) 

lequiche

>> ponnta1351 様

マーラーも死んで100年を過ぎてから、
急に人口に膾炙するようになってきたような気がします。
私が好きな人は、マーラーもナボコフもピアソラも、
認められるまでは故郷と断絶した放浪者であって、
そうした異邦人的孤独な心情に惹かれます。

演歌は……う〜ん、どうなんでしょうね。
音楽的には順列組み合わせで幾らでも作れる
ステロタイプな楽曲構造というのが冷静な見方だと思います。
by lequiche (2017-05-06 18:54) 

うっかりくま

血流の悪い頭がこんがらがってきました(@0@)。
細かい改訂が幾つもある中で、どれを採用し
どう演奏するか、指揮者の考えひとつで変わる
というのは、面白いような面倒なような・・。
どうして変えようと思ったのかも知りたいし、
聞き比べるマニアも多そうですね。ともあれ、
lequiche さんが良いと思われたものは聞いて
みたくなります。


by うっかりくま (2017-05-07 23:38) 

lequiche

>> うっかりくま様

当時、マーラーは作曲家としてよりも
指揮者としてのほうが有名だったわけですが、
他人の曲を平気で直してしまったりして
とんでもない指揮者だったわけです。
他人の曲を平気でイジるんだから、
自分の曲なんか改訂し放題! となります。

マーラー1番の一番の謎は、
なぜ 「花の章」 を削除したかということですが、
いろいろと言われている理由も所詮は後世の人間の推理で、
真相はマーラー本人しかわからないわけです。
しかも 「花の章」 は後から発見された経緯がありますから、
実はこれはニセモノだったという推理小説が出てくるかも。
(ソレハナイ ^^;)

ハンブルク稿の採用というのは
「花の章」 を最終稿にハメ込むと違和感があるので、
最初の頃の楽譜に合わせようという意図なのでしょうが、
私のようなシロウトには、どう違和感があるのかはわかりません。
でもそういう研究は進んでいるはずです。

初稿を採用しているので有名なのが
シモーネ・ヤングのブルックナーです。
ブルックナーは優柔不断な人だったらしくて、
改訂すればするほど前より悪くなるという評価があります。
ヤングのブルックナーはまだ全部聴いていないのですが、
すごく清新な印象があります。

楽譜を検討するという手法は、
昔の曲をピリオド楽器で演奏するというのと同様で、
最近の流行という面もありますが、
あまり奇矯な感じにならなければ良いのではないかと思います。
by lequiche (2017-05-08 00:49) 

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