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トマス・スタンコ《Message from Poland》 [音楽]

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Tomasz Stańko (culture.pl/Życie i twórczośćより)

前記事で私は、トマス・スタンコの音の形容として 「若い頃のもっとストレートで行き場のないような音」 と書いたが、その若い頃の録音が最近再発された。
《Jazzmessage from Poland》は1972年、スタンコが30歳のときのライヴで、彼の2ndアルバムである。オリジナルはJG Recordsであるが、再発盤はBe! Recordsという名称で、モノクロのイラストのジャケット・デザインが印象的だ。

ライヴが録音されたのはドイツのイーザーローンという、ドルトムントの近くにある人口9万5千人 (現在) の古都である。どのような経緯でこのライヴが行われたのかはわからないが、試みにいくつかのディスコグラフィを参照してみると1972年という時代が見えてくる。

1972年とは華やかな時代である。デヴィッド・ボウイの《Ziggy Stardust》がリリースされた年であり、フュージョンの大ヒットアルバムとなったチック・コリアの《Retrun to Forever》もそうである。
しかしたぶんスタンコはそうしたシーンとは無縁であったと思われる。ポーランドはソヴィエト連邦の強い支配下にあり、しかし1970年にグダニスク暴動があった。ドイツもまだ東西に別れていた。
チック・コリアと別れたアンソニー・ブラクストンのライヴ《Town Hall 1972》は1972年5月22日。そしてこのスタンコのライヴはその6日後の28日である。もちろん偶然であろうが、光があれば影があるという比喩に従えば、これらのライヴはすべて影の領域にある。タルコフスキーの《ソラリス》も、ジョージ・ロイ・ヒルの《スローターハウス5》も、ル=グィンの《さいはての島へ》も1972年だった。

《Jazzmessage from Poland》は2つのパートに別れているが、Part 2の〈Piece for Diana〉の音が魅力的だ。ほとんどジャズ的ではない、つまりスウィングしていない音の重なりで曲が始まる。パーカッションの燦めき。そこから連想したのは、全く異なるのだがマリオン・ブラウンの《Afternoon of Georgia Faun》(1971) であった。だがジョージア・フォーンが南国の鳥や密林を連想させるのだとすれば、《Jazzmessage from Poland》のサウンドは、そんなに楽天的ではなくて、もっと喉につかえるような何かだ。ジョゼフ・コンラッドのような闇であり、ブラインドの隙間から覗く未知の狂気である。

13分過ぎから22分頃まで、ヴァイオリンの持続音に乗って、急にアヴァンギャルド性を増すスタンコ、そしてサックスのムニアクのソロ。この頃のスタンコは、トランペットの音がぐちゃっとしていないで、ごく普通のストレートなブロウで、まだ若さを感じてしまう。
私が最初に聴いたのはリュブリャナ・ジャズ・フェスティヴァルでのライヴの録音であったが、その頃にはすでにスタンコはあのダークな音色を獲得していたから、ある意味、スタンコのアンデンティティが定まっていない未完成な時期とも言えるが、その未完成さが音楽の真摯さとなって伝わってくる。

ボウイが《Low》で〈ワルシャワ〉をその中心にしたのは1977年。ポーランドはまだ影の領域のなかにあった。


Tomasz Stańko/Jazzmessage From Poland (Be! Records)
Jazzmessage From Poland




Tomasz Stańko/Piece for Diana
https://www.youtube.com/watch?v=voIFtaxQFqI
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コメント 4

末尾ルコ(アルベール)

これは実に大好きなタイプの楽曲です。30分近いけれど次々と展開していって、気分は高揚していきます。いろんな音を楽しめるのも嬉しいです。最近はより「音」に敏感になろうと心掛けています。「声」も含めて、「音」はとても神秘的です。すべて音楽は「音の組み合わせ」だということも不思議です。『Ziggy Stardust』と『Retrun to Forever』が同年だったというのもやや驚きです。『Ziggy Stardust』は今でもしょっちゅう聴いてますが、間違いなく生きている限り聴き続けるアルバムだという点も凄いことです。『ソラリス』と『スローターハウス5』も同じ年だったんですね。『スローターハウス5』は最初テレビで観て衝撃を受けました。(こんな映画もあるんだ)という驚きで、当時はまだ原作についても知りませんでした。

>ジョゼフ・コンラッドのような闇であり、ブラインドの隙間から覗く未知の狂気

う~ん、なるほど。また『闇の奥』を引っ張り出したくなります。ボウイの「ワルシャワ」が1977年。そこでワレサが「連帯」を結成したのがいつだったか確認したら、1980年でした。
前回のお言葉、

>でも言葉にすべき音楽が存在するときには
それを言葉にしなければならないと思うのです。

(なるほど!)と感銘を受けました。まったく同感です。音楽もそうだし、他の分野も、「語るべきは語らねば」ですね。 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2017-04-26 08:58) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

そう言っていただけるとうれしいです。
音楽を世間に広めていくためには、
どうしてもビジネス活動が必要ですが、
音楽がビジネスそのものになってしまうと
それは音楽から変質した何かになってしまいます。
芸術かビジネスか、
この境界線がどこにあるのかはむずかしいですが、
《Ziggy Stardust》と《Retrun to Forever》では
明らかに立ち位置が異なります。

《ソラリス》はレムの原作を読んだときには
これを映像化するのは無理だと思いました。
邦題がまだ 「ソラリスの陽のもとに」 であり、
作家名もスタニスラフ・レムと呼んでいた頃です。
タルコフスキーのテーマは人類の尊大さに対する警告ですが、
冒頭のシーンには、自然の造形の前では人工物は無力である
という意味合いもあると思います。

「ブラインドの隙間から覗く未知の狂気」 とは
コッポラの《地獄の黙示録》の冒頭シーンを指します。
ワーグナーを嫌いにさせる映画でしたね。(笑)

少し話が広がりすぎるかもしれませんが、
日本語wikipediaにはオリヴィエ・メシアンが
捕虜収容所にいたことの記述が1行で済まされています。
また、最も重要なフランスwikiに行くためのリンクが
ありません。
こうしたことには、邪悪な意図を感じます。
by lequiche (2017-04-26 15:28) 

green_blue_sky

亀戸天神の藤はGW中見頃ですが、人出が多いと藤が見えません(^_^;)
それに身動きが取れなくなります(笑)
by green_blue_sky (2017-04-27 18:30) 

lequiche

>> green_blue_sky 様

そうですか〜。
身動きができないほど混んでしまうのはちょっと・・・。(^^;)
それだけ人気があるんですね。
by lequiche (2017-04-28 08:25) 

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