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トマス・スタンコ《December Avenue》 [音楽]

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Tomasz Stańko

トマス・スタンコ (Tomasz Stańko, 1942-) の《December Avenue》は2016年6月にレコーディングされたアルバムである。収録地は南フランスのStudios La Buissonne, Pernes les-Fontaineとある。でも、それがどこであっても、いつであっても、スタンコの音は同じだ。冷たいひとしずくの音が流れて、すっと全ての風景を変えてゆく。いつでもそこでは12月の静かな木枯らしが響いている。

スタンコ・クァルテットは、前アルバム《Wisława》(2013) と較べると、ベーシストがルーベン・ロジャース (Reuben Rogers) に変わったが、ピアニストのダヴィ・ヴィレージェス (David Virelles)、ドラムスのジェラルド・クリーヴァー (Gerald Cleaver) は同じ。
スタンコのアプローチは、どんな曲を吹いているときでも、ひとつのモニュメントをいろいろな角度から見た解析結果のようで、光を透過させたネガフィルムに浮かび上がる物体のようでもあり、しかしなぜか懐かしいにおいを感じさせる。常に同じようでいて、でもどこなのか判別のつかない夢のなかの景色に似ていて、いつも違う場所なのかもしれない。
賑わいもなく色彩の乏しい町の、その街路をたどって歩いてみると、懐かしさの亡骸だけがとり残されている。そして、もつれて前に出て行かない足。しがみつく根は、冷え切った明け方の毛布だったりする。

アルバムはスローな〈Cloud〉から始まる。終わったような終わらないような装い。何曲か続くそうした静謐の連なりは5曲目の〈Burning Hot〉で打ち破られる。繰り返すベースのリフの上にアヴァンギャルドなピアノが重なる。ヴィレージェスのピアノが、ときとしてややフリーに駆けずり回るときがスリリングで彼の本領のように思える。

7曲目の〈Ballad for Bruno Schulz〉はポーランドの不遇な作家、ブルーノ・シュルツ (1892-1942) に捧げられた曲。その悲哀ともとれるトランペットの後の8曲目〈Sound Space〉では、ベースとピアノの音数の少ない対話のように思えて、突然ピアノがセシル・テイラー化する。

そして9曲目はタイトル曲〈December Avenue〉。トランペットの上行するテーマが印象的だ。全体の雰囲気はメインストリームなジャズといってよい。
10曲目の〈The Street of Crocodiles〉は、アルコ・ベースとブラシのスネアの上に展開されるトランペット、そしてピアノの内省的なつぶやき。トランペットもピアノも点描的で、ヴィレージェスはまた異なった一面を見せる。
11曲目の〈Yankiels Lid〉はベースの効果的な刻みから始まる、ミディアムの軽快な曲。マッコイ・タイナーを一瞬連想させるようなピアノだが、長くは続かない。そしてここでも長めのベースソロ。
もともとスタンコの音楽的ルーツは、アヴァンギャルドなスタンスのプレイであり、しかしそれは破壊的でも強迫的でもなかったために、ごく中庸でスタンダード風であるという、いわば誤解を受けながらそのまま年齢を重ねてしまったような面があって、そうしたプロフィールはチャールス・ロイドに似る。さりげなさの中に隠した棘はいまだに鋭い。

ピアノのヴィレージェスとベースのロジャースの使い方が上手いのも特徴としてあげられる。キューバ生まれのヴィレージェスには多彩なテクニックがあり、何でも弾けそうな予感がする。多分にフリー寄りであり、自身のアルバム《Continuum》ではフリー・ドラマーの重鎮、アンドリュー・シリルを起用している。

スタンコのフレージングは、一音一音の粒立ちがつぶれるようにつながってしまうときがあるが、それが彼特有の音を形成しているともいえるし、そのダークな音色はあいかわらず健在だ。エキセントリックではなく、といって枯れているわけでもなく、サウンドに滋味が滲み出てきているような感じがするのは年齢を重ねたためなのだろうか。
若い頃のもっとストレートで行き場のないような音と較べると、齢をとるのも悪くないと思えるのである。


Tomasz Stańko/December Avenue (ECM)
December Avenue




Tomasz Stańko/Wisława (ECM)
Wislawa




Tomasz Stańko New York Quartet/December Avenue trailer
https://www.youtube.com/watch?v=rB7GF8KWG4E

Tomasz Stańko Quartet:
live at Jazzklubb Fasching Stockholm, 2016.4.7.
(1曲目:December Avenue)
https://www.youtube.com/watch?v=eFsC-SHjDcU
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コメント 4

末尾ルコ(アルベール)

「December Avenue」、視聴しました。「ive at Jazzklubb Fasching, Stockholm, April 2016」は途中までですが、じっくり愉しませていただきます。それにしてもいつも素晴らしいお記事を拝読していますが、今回はさらに美しく、しかも分かりやすい文章で、何度も読み返したくなります。まるで映画のシーンのような映像が即座に浮かぶような内容を書きながら、音を聴いたらそのクオリティと見事に一致しているように感じます。音楽と違うものを描写しているようで、実は音楽そのものの表現になっている。そんな感じを受けました。そしてとても理解しやすいのが素晴らしいです。わたしは音楽ファンではあるけれど、音楽の専門教育を受けているわけではないし、楽器もやらないので、音楽批評家の文章の中には(まあ、そんなものかなあ)というくらいでピンと来ないものもありますが、今回お書きくださった文章は、わたしにとってはとてもフィットするものでした。音楽を言葉で表現するのってとても難しいですよね。その意味でも、(素晴らしいなあ)と敬服した次第です。  RUKO


by 末尾ルコ(アルベール) (2017-04-21 16:45) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

どうもありがとうございます。
でも拙文にそれは幾らなんでも褒め過ぎで面映ゆく思います。(^^;)

スタンコに私が思い入れがあるのは、
マイナーだったりローカルだったりして評価されにくいものを
少しでも広めたいという気持ちからです。
こうした内容のとき、私は各国のwikiを参照するのですが、
スタンコの場合、日本語wikiはもうひどいもので、
英語wikiも似たり寄ったり、スカスカです。
ある程度のアルバムリストが存在するのはポーランドwikiのみでした。
ポーランドには苦難の歴史があり、そうしたなかで、
映画ではアンジェイ・ワイダとかロマン・ポランスキー、
SFのスタニスワフ・レムのような人を輩出してきました。
音楽ではもちろんショパンがいますし、
スタンコのアルバム《Litania》はクシシュトフ・コメダに、
《Wisława》はヴィスワヴァ・シンボルスカに捧げられています。
シンボルスカはノーベル賞を授与された詩人です。

ですからデヴィッド・ギルモアのライヴは
グダニスクで開催されたことに意味があるのです。
https://www.youtube.com/watch?v=8BpwIkXUMt4
https://www.youtube.com/watch?v=_hmdVLI--nI

(以上のことは、一応、過去ブログにも書きました)
http://lequiche.blog.so-net.ne.jp/2012-02-14
http://lequiche.blog.so-net.ne.jp/2013-08-10
http://lequiche.blog.so-net.ne.jp/2012-02-09

音楽を言葉にするのはむずかしいです。
でも言葉にすべき音楽が存在するときには
それを言葉にしなければならないと思うのです。
by lequiche (2017-04-22 02:00) 

NO14Ruggerman

<マッコイ・タイナーを一瞬連想させるようなピアノ
というくだりに着目して〈Yankiels Lid〉をユーチューブで
拾って聴いてみました。確かにマッコタイナーの
雰囲気がアリアリですね。
キューバ出身のピアニストなのですね。
ステレオタイプと言われてしまいそうですが、欧州のサウンドとは思えないような泥臭さとかリズム感を感じました。
David Virelles・・掘り下げてみたくなりました。

by NO14Ruggerman (2017-04-24 00:31) 

lequiche

>> NO14Ruggerman 様

ヴィレージェス、良いピアニストですね。
(Virellesは英語読みだとヴィレルスですが、
キューバはスペイン語なのでLLEだとジェになります。
でもジャズは主に英語圏なので
ヴィレルスと呼ばれてるような気もしますが)

彼はフィレキシビリティが広くて、
多彩な引き出しを持っているように感じます。
ECMでは、スタンコのアルバム以外では、
クリス・ポッターのアルバムに参加しています。
自己のアルバムも何枚かありますが、
アンドリュー・シリル以外では
マーカス・ギルモアというドラマーを起用していますが、
彼はロイ・ヘインズの孫とのことです。
ギルモアは最近チック・コリアとも共演していますね。

泥臭いというのはキューバのせいもあり、
またスタンコがポーランドであることの影響もありますね。
ショパンの作品にどうしても泥臭さが残るのは、
やはりポーランドだから、というのと同じ意味合いです。
by lequiche (2017-04-24 02:39) 

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