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ニワムシクイを聴く ― メシアン〈La fauvette des jardins〉 [音楽]

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Anatol Ugorski

一昨日からずっと、ウゴルスキの弾いたメシアンを聴いていた。
私は今までメシアンのピアノ曲は、ワーナー・クラシックス (エラート) の《Messiaen Edition》を基本としていた。このエラート盤のピアノはイヴィンヌ・ロリオである。もう1セット、メシアンがあって、それはブリリアント・クラシックスの《Messiaen Edition》である。そのピアノはビーター・ヒルである。DGの《Messiaen Complete Edition》は持っていない。発売時に、メシアンはもういいか、とパスしてしまったのである (買いたいと思ったときにはCDは無し)。

だが、各作曲家に関して 「とりあえず曲だけ揃っていればいい」 と思っていた私のそれまでの規準を打ち破ったのが児玉桃の〈ニワムシクイ〉(La fauvette des jardins) だった (ニワムシクイの収録されているECM盤《La vallée des cloches》のことはすでに書いた→2014年02月22日ブログ。尚、古いCDには 「庭のほおじろ」 とする表記もあり)。

昨日は、ずっと遅くなった新年会があって、公園に向かう道はいつの間にか多くの店に覆われ、住宅街にまでその触手を伸長していて、そのひとつの触手の先端にあたるところにあるいままで知らなかった店だった。道は祭日のためか、大変賑わっていて行き交う人と明るい照明、あってもなくてもよいのだけれど食指を誘われてしまう商品の数々で、まさにお祭りのようだった。
料理と会話はとりとめもなく流れてゆくが、スコセッシの映画《沈黙》を奥さんと一緒に観に行ったという人に対して、映画はひとりで観に行くものだと主張する人がいて面白かった。でも、このなかで、すでに2人は《沈黙》を観ているのだということのほうが、ずっと映画館に行ったことのない私にとっては印象に残った。

アナトール・ウゴルスキの《鳥のカタログ》(Catalogue d’oiseaux) は、かつてDG盤で出ていたのだが今は廉価盤パッケージに変わってしまっていて、調べたら、タワーレコード盤が出ているのに気がついた。これのほうが安いしオリジナルデザインだし、というのが購入の動機である。その最後に〈ニワムシクイ〉も入っている。
しかしウゴルスキの鳥は、ロリオのように立ち昇る音響ではなく吹きすさぶ音群であって、ときに暴力的に躍動する。刺激的だがちょっと疲れる。その打鍵はbarbaroなバルトークを連想したりする。

その後、ぼったくりバーのようなカラオケ店に行って、でもどこも街は人の波で、そこで私はふと気づいた。あ、これは 「星野君のヒント」 なのだと。「なぜ小鳥はなくか」、その解答はすでに出ている。〈この信仰のない時代の夜もすっかり冬のものだ。酔客ばかりのアスファルトの路をわれわれは騒ぎながら歩き、吉祥寺駅で別れた。〉せめてFunkyに行ったほうがよかったのかもしれない。

もう一度、立ち返って児玉桃の〈ニワムシクイ〉を聴いてみる。メシアンは確認するまでもなく沈黙のなかにある。しかしその沈黙の出生には、リチャード・パワーズが書いたように捕虜収容所で書かれた作品もあるのだ。それは妙に胸騒ぎのするようなピンクノイズを連想させる。信仰のない時代には不似合いなのかもしれない。
だからウゴルスキのような疾風怒濤も存在するべきだし、同時にその沈黙を純化させたようなクリアな児玉桃も存在するのだ。かつてロリオが弾いたそれはメシアンが示した規範であり、時代はそこから限りなく流れてきてしまっている。そういう意味からすると、メシアンはすでに過去の人なのだ。だが彼が書いた祈禱書は永遠に存在する。
児玉桃の回想するオルガンを弾くメシアン。オルガニストには世俗と隔離された秘教的なイメージがあるのかもしれない。たとえばセザール・フランクとか。
ぼったくりバーで飲んだ安ワインにアタマをやられたようになりながら、その情けないアタマで考えたことはだいたいそんなことだった。


Anatol Ugorski/Messiaen: Catalogue d’oiseaux
(Tower Records Universal Vintage Collection +plus)
http://tower.jp/item/4292757/
messiaen_catalogue_170212b.jpg

Anatol Ugorski/Messiaen: Catalogue d’oiseaux〈Le chocard des Alpes〉
https://www.youtube.com/watch?v=hcq-gnwkNUQ

Momo Kodama/ECM recordsのPV
https://www.youtube.com/watch?v=j--4Cn5EzBo
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コメント 8

hatumi30331

最近は、鳥が気になって仕方ない季節です。^^
ついつい上向いて〜鳴き声聞いて撮ってしまう。

向新しってる?
もしかして泉州にいた事あるとか?
枝豆あん「あぜ餅」美味しいのよね。

昔は、家で飲み会良くしましたが・・・
最近は親族のときだけ。
友だちまで〜しどんくなって来て・・・
年やね。^^;
by hatumi30331 (2017-02-12 12:56) 

lequiche

>> hatumi30331 様

これから春に向かって、鳥と花と、気になりますね。

いえいえ、東京から出たことないです。
むか新さんのサイトを見ましたが、
私の知っているのとは中身がちょっと違ってます。
各地にいろいろな種類があるんじゃないでしょうか。

飲み会って、話題が合わないとき、
しんどくなることがあります。
人それぞれだから趣味が違うのはあたりまえですけど、
興味のある話題とそうじゃない話題とがあって、
そういうのは年代とともに変わっていくんでしょうね。
それより家でひとりで飲みながら
TVでも観てるほうがいいや、って思ったりしてしまう、
まぁそれって後ろ向きな傾向ではあるんですが、
っていうようなことです。(^^;)
by lequiche (2017-02-12 13:16) 

末尾ルコ(アルベール)

どちらも聴かせていただきました。美しいですね~。しかも今回のお記事、いつもに増して美しい感覚。音楽とマッチしております。どちらも初めて聴く曲で、またしても有難うございます。このまま夜更け、ずっと聴いていたい心地よさがあります。メシアンについてはほぼ何も知らず、よって今回初めて聴いて、ただただ「美しい」という感想です。話は少し逸れますが、最近NHK FMで現代音楽の番組をまとめてやってまして、ちょっと(どうかなあ)という曲が多かって、その意味では印象に残ったのですが、現代音楽というのは敢えて「美しい」から離れているのかとも思ったのですが、あるいはそれとも「新しい美」ということなのか。と、とりとめなく書いてしまったのは、今回聴いた2つの曲に間違いなく「美」を感じたからでもあります。 わたしは飲み会というのはまず行かないんです。勤めていたときも、新人の時だけは仕方なく行きましたが、一定のポジションになってからは一切無視しました。「くだらない話」を聞かされることが多すぎて。それに、「飲まなくても」楽しい時間はいくらでも創れるという気持ちもあります。ちなみに映画は一人で鑑賞するのが一番いいとは思いますが、確実に映画の嗜好が共通するのであれば、二人以上で観るのが楽しい時もあります。ただ、飲み会もそうですが、わたしはグループ行動というのがとても苦手、もっと言えば、嫌いで、「4人以上」で街を歩くなんていうのはまずありません。などと、lequiche様の美しい文章に心地よくなり、とりとめなく書かしていただきました。  RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2017-02-13 01:01) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

いつも鋭いコメントをいただきありがとうございます。
今回の文章は、ごく簡単ですけれど仕掛けを作ってみました。

メシアン→ブーレーズというルートは私の基本的な思考のひとつで、
メシアンも以前よりは解りやすくなってきているように思います。
現代音楽系のことを書くと、いつもコメントは少ないのですが、
アクセス数は異常に多かったりするのが謎です。(^^)

現代音楽といってもあまりにも漠然としていて、
ドビュッシーの後期のあたりから
現代音楽と定義される場合もありますし、
なかには、しょーもない音になっている作品というのも
ないことはないです。
私は否定的なことは書きたくないので、
感銘を受けない作品については書かないようにしています。
そうはいいながらも、歯に衣着せて書いてしまったものが
ないわけじゃないです。(^^)

児玉桃さんのECM盤 Debussy/12 étudesは新譜ですが、
やっぱりそう来たか、という感じもありますし、
これについてはまた改めて書こうと思っています。

飲み会に関しては、つまり反省をこめて書いてみたわけで、
どーしてそーゆーところに行く? と問われたら、
義理と人情の世界だから仕方なく、ですよね〜。
いまにも健さんが出てきそうです。(-_-;)
もちろんそんなんじゃなくて面白い飲み会もあるんですが、
今回みたいなのは、どういう傾向か結果はわかってるので。
一種のボランティアとでもいったほうがいいです。
すべては最初から見えていますから、、
つまり私にとって意外性はほとんどありません。
そういう意外性のないものって
悲哀とでも形容されるべき感慨があります。
by lequiche (2017-02-13 03:15) 

るね

メシアン、名前は聞いていたけれど初聴きでした……。

うーむ(-_-;)
何でしょう、この
「わけわかんないし落ち着かないのに、まだ聴いていたい」
って妙な気持ちは。
by るね (2017-02-14 01:20) 

lequiche

>> るね様

あはは。鋭い! その通りです。
でも、わけわかんないのがわかるようになるのは
単なる 「慣れ」 です。
昔はドビュッシーだって何やってんだかわからなかったけど、
今は、ごく普通なクラシック音楽になりつつあります。

メシアンのピアノ曲は、
奥さんのイヴォンヌ・ロリオがいつも弾いていて、
「とって出し」 で、一種の家内工業みたいな感じでした。
ブーレーズはメシアンの弟子ですが、
なまじっか指揮ができるから自分の曲を自ら指揮していた。
でもそれだと普遍性が獲得できないからダメなんです。
誰もが演奏することによって、さまざまな角度から見られるので、
そこに普遍性が生まれます。
最近、メシアン弾きのピアニストも多くなってきましたので、
メシアンもだんだんと普遍性が出て来て、
少しずつわかりやすくなっていくと思います。

武満徹は自分では演奏も指揮もしなかったので、
早くに普遍性を獲得できました。
これからメシアンの音楽に求められることは、
まさにそれなんです。
by lequiche (2017-02-14 02:22) 

いっぷく

コメントありがとうございます。
墓じまい、普段の生活では意識することもないですが
墓の問題は一度きちんと考えておくべきものと思っています。
by いっぷく (2017-02-15 22:31) 

lequiche

>> いっぷく様

意識することもないだけでなく、
できればあまり考えたくないようなことです。
でもそうした面倒事って、いざというときが
必ず来るんですよね〜。それが問題です。(^^)
いざというときの前にどうしておくか、ってことですね。
by lequiche (2017-02-17 01:52) 

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