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下水のにおいとジャズの死 —《上海バンスキング》のメモ [シアター]

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串田和美、吉田日出子、笹野高史 (L to R/bookandbeer.comより)

井上陽水が1979年にリリースしたシングルに〈なぜか上海〉という曲があるが、同時期にオンシアター自由劇場の大ヒット作《上海バンスキング》という作品がある。この頃、なぜ上海だったのか、というのが私の素朴な疑問である。単純にそのノスタルジックでややあやしげな都市名とそれから連想されるなにかが流行だったのだろうか。

《上海バンスキング》は斎藤憐によって書かれた戯曲で、1836年、日本の軍国化を嫌ったジャズメンが上海に逃れて楽しくジャズをやろうとする物語なのであるが、やがて日中戦争が始まり、上海の自由な租界は潰えて、悲劇的な結末となる。

記録によると《上海バンスキング》の初演は1979年とあり、翌1980年の『新劇』3月号に戯曲が掲載されたことになっている。
だが上海といえば、それに先行する戯曲として佐藤信の《ブランキ殺し上海の春》がある。この作品は喜劇昭和の世界3『ブランキ殺し上海の春』として1979年に刊行されているが、戯曲にはブランキ版と上海版があり、同書によれば最初のかたちであるブランキ版が上演されたのは1976年11月、そして上海版が1979年5月となっている。

佐藤信と斎藤憐とはもともと自由劇場という同じ劇団に所属していた。それが演劇センター68/71となり、そして斎藤はそこから別れて串田和美、吉田日出子などとオンシアター自由劇場を結成した (正確にいえば最初は 「自由劇場」 で 「オンシアター」 という言葉が後から追加された)。
68/71が比較的硬派で政治的側面を持っていたのに対し、オンシアター自由劇場はエンターテインメントな演劇を目指していたともいえる。しかし、この同時期に上海というキーワードが並立したのは、佐藤信に対する斎藤憐のレスポンスと思えなくもない。
ブランキ殺しは一種のアナザー・ワールド的な構成をとっており、そこにルイ・オーギュスト・ブランキという悲劇の革命家をシンボルとして嵌め込んだユニークな作品であるが、《上海バンスキング》のほうが大衆に受け入れられやすかったことは確かである。
尚、同時期に、上海という名詞を含んだ作品として、寺山修司の映画《上海異人娼館 チャイナ・ドール》(1981) がある。

68/71も初期の自由劇場も、その音楽は林光と密接な関係があったが、《上海バンスキング》では越部信義が音楽を担当している。越部の最も有名な作品は野坂昭如作詞による〈おもちゃのチャチャチャ〉であろう。

《上海バンスキング》上演における特徴のひとつは、劇団員がバンドマンとなって実際に楽器を演奏したことである。別にプロのプレーヤーだったわけではなく、シロートだった人たちがなんとかジャズバンドのかたちにまで演奏の腕を上げた。もちろん最初は散々な出来だったのかもしれないが、そのナマ演奏の迫力というのはなにものにもかえがたくて、しかも次第にその演奏はこなれていったのだと思える。特に笹野高史のトランペットはとても味があった。
また、吉田日出子の歌唱は1930年代に活躍した歌手・川畑文子を模倣したものであることは久生十蘭の記事ですでに触れた (→2012年05月03日ブログ)。
そして《上海バンスキング》は2010年まで、劇場をかえて繰り返し上演されていた。

《上海バンスキング》の悲劇的な最後は、音楽がなにも救ってくれないことの暗示でもある。ひとりは阿片におぼれて廃人となり、もうひとりは召集されて戦争では死ななかったのに帰還する途中で死んでしまう。上海の街の下水のにおいは自由なあこがれの匂いから死臭を思い起こさせるにおいに変わる。
そして戦争の暗い影のなかで、彼らのやりたかったオールドファッションなジャズも時代遅れとなっていた。ビ・バップが擡頭してきた時期でもある。主人公たちはチャーリー・パーカーの演奏を聴いて 「これがジャズなのか?」 と嘆くのである。それは上海の死と同時に懐かしきジャズの死であり、そして彼らの死でもあったのだ。


上海バンスキング・FIRST (アート・ユニオン)
上海バンスキング・FIRST




オンシアター自由劇場+博品館劇場/上海バンスキング
上海バンスキング [DVD]

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正岡まどか (吉田日出子) &the上海バンスキング楽団/リンゴの木の下で
1994 (終演後、劇場のロビーで行われたライヴの様子である)
https://www.youtube.com/watch?v=xfoInIHogzA

ウェルカム上海 (5:30~頃から)
2010.03.07.
https://www.youtube.com/watch?v=H6CKSTqftC8&index=1&list=RD_Ra4iO9yIEI

川畑文子/上海リル (1935)
https://www.youtube.com/watch?v=zBw_VKosIus
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コメント 6

majyo

上海バンスキング で吉田日出子さん 見ていないのですが
見たかった・・・・
吉田さんが独特の味のある方ですね
博品館でやったのですね。

井上陽水のなぜか上海は
確認の為聴いてみました。はい よく聴いていた曲です
陽水はCD持っていましたから
映画の舞台になった古い上海に行ったみたいとずっと思っていました



by majyo (2017-02-06 19:20) 

末尾ルコ(アルベール)

深作欣二の『上海バンスキング』は観ているはずですが、あまり記憶に残っていません。リンクしてくださっている動画、視聴させていただきました。楽しいですね。この楽しさはオールドファッションなジャズならではのもので、日本の歌謡曲的雰囲気とも十分親和的なポテンシャルがありますね。わたしがジャズを聴き始めたのはけっこうな大人になってから(笑)で、概ねパンクだったティーンの頃(笑)にコルトレーンなどに挑戦したけれど、当時はまだ「お勉強」という感じで聴いてました。ジャズが楽しめるようになった時には既にロバート・グラスパーらも出ていて、いわばオールドファッションもグラスパーも並行して聴いていたようなものなので、「これがジャズなのか?」 という衝撃は、ある意味当時の人たちにしか持てない贅沢だという気もします。当時の上海がよく題材になるのも分かる気がします。ゴージャスでデンジャラス、そして「大人の男と女」にミュージックと、いろいろ揃ってますものね。 RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2017-02-07 00:49) 

lequiche

>> majyo 様

吉田日出子さん、まさに個性的な女優ですね。
舞台芸術は見逃してしまうと永遠に観られませんから、
いわばナマモノであり、稀少です。
博品館だけでなく日本全国を公演して回ったようです。

私は、井上陽水はほとんど知らないのですが、
タイトルにそういうのがあったことは覚えていました。
そうですか。有名な曲なんですね。
今の上海に昔の面影があるのかどうかわかりませんが、
日本人にとってノスタルジックな街ですね。
by lequiche (2017-02-07 04:57) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

余程印象的な映画でないと
記憶というのはすぐに薄らぐものです。
映画は深作欣二のと串田和美自身が監督したのとありますが、
私は深作監督作品は観ていません。
串田和美のは、演劇とは少し切り口が異なりますが、
しんとした雰囲気の映画だったことを覚えています。

ロバート・グラスパーというのは知りませんでした。
R&B系のピアニストのようですね。
ジャズも次々に変遷していくようでないと衰退しますから、
新しいテイストが出現してくるのは歓迎すべきことです。

過去の上海がどういう街だったのかは、
伝聞推定ですし、修飾されている部分もあると思います。
それは一種の退廃ですが、それゆえに魅力的ですね。
by lequiche (2017-02-07 05:00) 

ぼんぼちぼちぼち

舞台上海バンスキング、もっと早く大人になってたら絶対観に行ってたのになあと思いやす。
映画版は観やした。
寺山さんの上海異人娼館は、公開早々に劇場で観やした。
それにしても自由劇場は、たくさんの優れた人材を輩出しやしたね。
by ぼんぼちぼちぼち (2017-02-07 13:11) 

lequiche

>> ぼんぼちぼちぼち様

7年前までは繰り返し上演していましたので、
観ることは可能だったと思いますが残念でしたね。
小日向文世さんは、先日のドラマ《重版出来!》で
マンガ界の重鎮・三蔵山先生を演じていましたが、
そういう役になってしまったのかという感慨があります。
遊眠社だった田山涼成さんなどもそうです。

《上海異人娼館》は、う〜ん、イマイチに思えました。
ポーリーヌ・レアージュの原作といわれていましたが、
最近、レアージュの作ではないとわかったようです。
by lequiche (2017-02-07 17:59) 

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